登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
改造手術から5日。脳内に流し込まれる軍事データと戦闘OSの定着率は過半数を超えた。
待機室の硬い金属床の上、彼らは地球の小学生としての記憶と、植え付けられた兵器としての本能の狭間で、激しい精神の変調をきたしていた。
「……ねえ。今日って、何曜日だっけ」
白衣風アーマーの元4年生の衛生兵が、どこか虚ろな瞳で天井を見上げながら呟いた。
手元では、軍用ナノマシン注射器を器用に分解・結合する動作が自動作業のように繰り返されている。
「月曜日……かな。ううん、5時間目にドッジボールがあるから、水曜日……?」
「無駄な思考プロセスね。曜日の概念は作戦行動において優先度最低よ」
壁の影から聞こえたのは、漆黒のステルススーツを着た元2年生の工作員の声だった。
フードを目深にかぶり、暗視バイザーの縁を指で弄びながら、斜に構えた冷たい視線を向ける。
「地球の日曜とか水曜とか……そんなの覚えてて何になるの?
どうせ誰も迎えに来ない。あたしたちは売られたのよ。……フン、最初から一人で生きていく方が気が楽でいいわ」
「売られてなんか、ない……ッ!」
パイロットとなった元6年生の少女が、耐Gスーツの拳をコンソールに叩きつけた。
小柄に縮んだ身体を震わせ、今にも飛びかからんばかりの鋭い眼光で睨みつける。
「俺が……アタシが班長だ! みんなをちゃんと家に送り届けるって、登校班の決まりなんだよ!
だから……だからアタシが、一番強い戦闘機に乗って、邪魔な敵を全部細切れにしてやる! アタシの操縦なら、誰にも負けないんだから!」
「班長、声が大きい。戦闘用通信プロトコルに負荷がかかる」
ぶかぶかの戦術ローブを着た元3年生のハッカーが、光の消えた瞳のまま無感情に割り込んだ。
後頭部のデータポートから這うコードが、カタカタと小さく震えている。
「『登校班』という単語の検索結果……該当データ、徐々に破損中。
……ねえ、班長。『じゃんけん』って、どうやって遊ぶんだっけ。私の脳内メモリから、ルールの記述が消えかかってる」
「……グーと、チョキと、パーだよ……」
小柄な少女兵へと作り変えられた元5年生の狙撃手が、膝の上に載せた長距離ビームライフルの銃身を撫でながら、力なく呟いた。
「勝った人が……一番前を歩けるの。……ねえ、あたし、弟の宿題を見てあげなきゃいけないのに。
……手の震えが止まらないの。照準器を覗くと、弟の顔じゃなくて、敵機のコクピットの構造図が見えるの……!
助けて、班長……あたし、おかしくなっちゃう……!」
「泣くな……! 狙撃手が動揺してどうする……!」
部屋の最奥から響いたのは、凛とした、しかしどこか破綻しかけた低く重厚な声だった。
175cmを超える圧倒的な体躯と軍服を纏った元1年生の指揮官が、ゆっくりと立ち上がる。
その立ち姿は完璧な司令官の威厳に満ちていたが、大粒の涙がその美しい頬を伝っていた。
「司令官が……泣いていては、部隊の士気が下がる……。
でも、でもぁ……! お母さんの顔が、思い出せないんだよぉ……! 僕、まだ1年生なのに……っ、なんでこんな大きな体になっちゃったの……!?」
指揮官は軍服の袖で必死に顔を覆い、子供のように泣きじゃくった。
1年生の泣き虫な心と、大人として部隊を率いる指揮官の人格が、50%という五分五分の境界線で激しく衝突し、悲鳴を上げていた。
「……指揮官、泣かないで」
元4年生の衛生兵が歩み寄り、穏やかな、けれどどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべて指揮官の頭を撫でた。
「頭が痛いなら、鎮静剤を打ってあげるね。記憶の混乱も、脳の該当領域を局所麻酔すれば楽になるよ?
……ふふ、大丈夫。ボクがみんなの痛みを、全部消してあげるから……」
「触るな……! 余計な情けは捨てるって、言ったでしょ……!」
元2年生の工作員が背を向け、暗視バイザーをカチリと下ろした。
だが、バイザーの奥で彼女の唇は固く噛み締められていた。
「……帰りたくないわけじゃないわよ。でも、今のあたしたちのこの体で帰って……お父さんやお母さんが、笑って『おかえり』って言ってくれると思うの……?」
その一言に、待機室は痛烈な静寂に包まれた。
耐Gスーツの元6年生は拳を握りしめたまま俯き、元5年生の狙撃手は銃を固く抱きかかえ、元3年生のハッカーは光のない瞳で暗い床を見つめ続けた。
侵食率55%。
地球へ帰りたいという「幼い願い」と、二度と元の日常には戻れないという「兵器としての冷酷な現実」が、6人の絆を歪に軋ませ始めていた。