登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
コロニーの兵士用配給食堂。
金属音と無機質なアナウンスが響く中、6人は丸テーブルを囲んでいた。
侵食率65%。地球での「当たり前の日常」と、コロニーで植え付けられた「兵器としての行動様式」が複雑に混ざり合い、彼女たちの「日常」は奇妙で歪なものへと変質していた。
トレイの上に並べられたのは、味っ気のない灰色と緑色の栄養高効率ペースト(プロテインパック)。
「……いただき、ます」
ぶかぶかの戦術ローブを着たハッカー(元3年生)が、光のない瞳のままボソリと呟いた。
後頭部のデータポートから這うコードが小さく跳ねる。
彼女はスプーンを握るのではなく、ペーストのチューブに直結されたデータスキャナーのホログラムを操作していた。
「カロリー:850kcal。必須アミノ酸構成比:適正。……ねえ、これ、醤油かけると美味しくなるやつ?」
「醤油ってなに?」
小柄な少女兵へ再設計された狙撃手(元5年生)が、無表情に尋ねた。
身の丈を超える長距離対物質ビームライフルを足元に立てかけたまま、テキパキとペーストを口に運ぶ。
その動きは極めて合理的で、一切の無駄がない。
「……わからない。データ検索……該当する味覚パラメータ、破損。ただ、昔、目玉焼きにかけてた記憶ログが残ってる」
「目玉焼き……黄身を潰さないように食べるの、上手だったよね、あたし」
狙撃手の手が一瞬止まる。視界に表示された動体予測UIが、食堂の隅で談笑する大人の兵士たちを捉え、無意識に「頭部:照準可能」の赤枠を表示させた。
彼女は眉をひそめ、冷たく視線を逸らす。
「……ダメだ。見ると、射撃ラインを計算しちゃう」
「あはは、仕事熱心だねぇ」
白衣風アーマーの衛生兵(元4年生)が、ほんわかとした笑みを浮かべながら、トレイの上のビタミン剤を綺麗に色ごとに並べ替えていた。
急成長した豊満な体を揺らし、注射器のシリンダーをストロー代わりにプロテインドリンクを啜る。
「でも、ちゃんと栄養摂らないとダメだよ? 体調崩したら、私が『外科的処置』で胃袋に直接チューブ通してあげなきゃいけなくなっちゃうからね」
「気味の悪いこと言わないでよ」
漆黒のステルススーツを着た工作員(元2年生)が、暗視バイザーを少し引き上げ、冷ややかな視線を向ける。
自分のトレイを隠すように抱え込み、他者との距離を保っていた。
「あたしに触ったら、腕の仕込みナイフで喉元掻き切るわよ。……フン、どうせあたしのペーストに毒でも盛るつもりでしょ。一人で食べるから放っておいて」
「毒なんて盛るかよ! 衛生兵(アイツ)はそんな面倒なことしないだろ!」
耐Gスーツを着たパイロット(元6年生)が、小柄な身体で身を乗り出し、ペーストのパックをガツガツと口に流し込んだ。
「食ったらすぐシミュレータ室に行くぞ! 今日は敵の重爆撃機機台を15秒で全滅させる練習をするんだ! アタシの操縦なら10秒でいける……ッ、げほっ! げほっ!」
「あーあ、焦るから喉詰まらせてる。……はい、水」
衛生兵がクスクス笑いながら水パックを差し出す。
パイロットは顔を赤くしてそれをひったくり、一気に飲み干した。
「うるさい! 俺が……アタシが一番強いんだから、口挟むな!」
「パイロット、食堂内での大声は通信プロトコル違反」
ハッカーが淡々と指摘し、チューブの最後の一滴を絞り出した。
その時、テーブルの端で重厚な金属音が響いた。
175cmを超える圧倒的な長身と金糸の軍服を纏う元1年生(指揮官)が、静かにトレイを置いたのだ。
完璧な威厳と洗練された動作。しかし、彼女のトレイの上には――ペーストパックの横に、「折り紙で折られた小さな赤いイチゴ」がぽつんと置かれていた。
「……指揮官、それは?」
狙撃手が尋ねる。
指揮官は一瞬だけ表情を強張らせ、冷酷な軍人の顔を崩さず、低く美しい声で答えた。
「……給食のデザートだ」
「給食……?」
工作員が眉をひそめる。
「作戦前のメンタルコントロールの一環として、自己生成した視覚的オブジェクトだ。……問題ない」
指揮官は凛とした佇まいのまま、赤い折り紙のイチゴを愛おしそうに、けれど誰にも触らせないように手の中に隠した。
1年生だった頃、給食で一番好きだった食べ物。
記憶の大半が戦術データへと書き換えられていく中で、脳の片隅に残ったその小さなカケラを、彼女は「指揮官としての威厳」の裏で必死に守り漏らしていた。
「……ねえ、指揮官」
ハッカーが光のない瞳を向けた。
「明日の作戦が終わったら……みんなで『じゃんけん』して、勝った人がそのイチゴ、もらえる?」
「……許可しない」
指揮官は軍服の襟を正し、冷徹に言い放った。
「あれは私のだ。……全機、食事を終了し、1300より防衛戦略会議を開始する。……遅れるな」
「「「了解」」」
全員が声を揃えて立ち上がる。
手元に残された折り紙のイチゴと、完璧に洗練された軍事行動。
地球の放課後の空気と、コロニーの死臭が混ざり合うテーブルの上に、残されたペーストの空きパックだけが静かに転がっていた。