登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
侵食率は70%に到達。
脳内の「地球の小学生」としての記憶は全体の3割を切り、言葉遣いも立ち振る舞いも完全に軍人のそれへと変質していた。
しかし、コロニー幹部たちが「完璧な兵器への洗脳」だと歓喜していたその裏で、彼女たちの内面では植え付けられた高度な戦術思考と、歪んだ形で残った「登校班の絆」が融合し、不可逆な化学反応を起こし始めていた。
「……明日0800より、コロニー外殻防衛線における実戦テストを実施する」
作戦会議室。175cmを超える圧倒的な長身と金糸の軍服を纏う指揮官(元1年生)が、ホログラムマップを背に低く重厚な声で告げた。
1年生だった頃の泣きじゃくる面影はすでに消え、立ち姿には完全な威厳と絶対的なカリスマ性が宿っている。
「目標は接近する未知の無人偵察艦隊の撃滅。……各員、役割の確認を」
「作戦開始と同時に、アタシが前線へ突撃する」
耐Gスーツを着たパイロット(元6年生)が、小柄な体躯でコンソールに肘をつき、不敵で危うい笑みを浮かべた。
最年少の華奢な身体に押し込められた強烈な撃墜衝動が、その瞳で爛々と輝いている。
「敵の先鋒なんてアタシの操縦なら10秒で全滅よ。……アタシが一番強いんだから、全員黙ってアタシの後ろについて来ればいいの」
「射撃ライン上の障害物はすべて排除して」
小柄な少女兵へ再設計された狙撃手(元5年生)が、身の丈を超える長距離対物質ビームライフルを片手で支えながら、無感情に言い放った。
動体予測UIが淡く青く点滅している。
「風速、気圧、偏光度……すべて同調済み。ターゲットのコクピットだけを正確に打ち抜く。……誰も、私の射程からは逃がさない」
「あはは、撃墜された敵の負傷者は私に任せてね?」
白衣風アーマーの衛生兵(元4年生)が、胸元に赤十字のホログラムを浮かべながら、注射器のナノマシン液をゆったりと揺らした。
急成長した大人の女性の姿から放たれるおっとりとした声には、残酷なほどのプロフェッショナリズムが混ざり込んでいる。
「トリアージは迅速に行うよ。……痛覚神経をカットして、動かなくなったパーツは全部新しい機械に付け替えてあげる。
私、すごく優しい衛生兵さんでしょ?」
「……相変わらず悪趣味ね」
漆黒のステルススーツを着た工作員(元2年生)が、壁の影から暗視バイザーを押し上げ、冷ややかな視線を向けた。
「あたしは単独で敵旗艦のブリッジに潜入、指揮官の首を狩る。……誰も助けないし、誰も頼らない。あたし一人で十分よ」
「単独行動時の生存確率:14%低下」
ぶかぶかの戦術ローブを着たハッカー(元3年生)が、光のない瞳のまま無感情に割り込んだ。後頭部のデータポートが青く明滅する。
「……工作員の潜入ルート上に、暗号化通信のバックドアを開設。
……それと、コロニー統括AI『オーディン』の最深部アクセス権限……侵食率70%に到達。バックドアの設置、順調」
室内が一瞬、静まり返った。
コロニー幹部たちがモニター越しに見守っていれば「順調なブリーフィング」に見えただろう。
しかし、ハッカーが淡々と報告したのは、コロニー側に対する「反逆の準備」だった。
「……ハッカー。そのログは完全に隠蔽されているな?」
長身の指揮官が低く問いかける。
「肯定。コロニー幹部側のモニターには『忠誠度99.9%』のダミーデータを送信中」
ハッカーは指先を微かに動かし、ホログラム画面の隅に追いやられた小さな破損ファイルを映し出した。
そこには、文字化けした「登校班」「黄色い帽子」「ジャンケン」の検索ログ。
「……記憶データの7割がフォーマットされた。でも、残された3割の論理演算回路が、一つの結論を導き出した」
ハッカーが光のない瞳を指揮官へと向ける。
「……私たちを改造したこのコロニーは、敵である。……『6人全員で安全に帰還する』という最優先タスクを阻害する最大の要因」
「ふん……言われなくても分かってるわよ」
パイロットが不敵に口元を歪めた。
「アタシたちをガキだと思って舐めてる大人どもに、本当の『撃墜』ってやつを教えてやるのよ。
アタシたちの邪魔をする奴は、コロニーだろうが宇宙戦争だろうが、全部細切れにしてやるんだから」
「……肯定だ」
長身の指揮官が軍服の襟を正し、175cmを超える堂々たる体躯で全員を見渡した。
かつて最後尾で泣いていた1年生の面影はもうない。
お母さんの顔も、自分の本名も思い出せない。
しかし、兵器として完成されつつある彼女たちの頭脳は、「コロニーの忠実な兵器になる」ことではなく、「6人の絆を守るためにコロニーそのものを狩る」という狂気的な反逆へと完全に舵を切っていた。
「明日の実戦テストは、コロニー幹部どもの目を眩ませるためのデモンストレーションだ。……完璧に演じきれ」
「「「了解(レーザー)」」」
5人の声が、寸分の狂いもなく重なった。
侵食率70%。
地球の子供としての日常は完全に崩壊し、彼女たちは自らの意志で、コロニーを呑み込む「第三勢力」としての牙を静かに研ぎ澄まし始めていた。