登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
防衛区画の薄暗い待機室。本来の記憶はすでにあやふやな霧の向こうへと押し込められ、6人は「地球の登校班」と「コロニーの特殊兵器」という2つの人格が複雑に交差する過渡期を迎えていた。
語彙や口調はすでに軍人のそれへと変質しているものの、ふとした拍子に幼い感情の歪みが露呈する。
「……ねえ、これ。誰の?」
白衣風ナノマシンアーマーを着た元4年生の衛生兵が、医療用ポーチの底から取り出したのは、押し潰れて泥のついた小さな「名札」だった。
表面には黄色い防犯ブザーの紐が絡みついている。
「汚いな。感染源になる、処分しろ」
元1年生の指揮官が、軍服の袖口を正しながら冷酷に言い放った。
その身長はすでに175cmを超え、立ち姿には完全な威厳が備わっている。
しかし、名札を見つめるその瞳の奥だけが、微かに揺れていた。
「……だめ」
ぶかぶかのローブを着た元3年生のハッカーが、後頭部のコードを揺らしながら無表情で名札を奪い取った。
感情の起伏がほとんど削ぎ落とされた声で、淡々とキーボードを叩く。
「この物体には『班長』『黄色い帽子』『じゃんけん』というキーワードが関連付けられている。メモリのクラッシュを防止するためのデータアンカーとして保持を推奨」
「おい、ハッカー。アタシをそのマヌケな『班長』って言葉で括るんじゃねえよ」
パイロットとなった元6年生の少女が、耐Gスーツのヘルメットをコンソールに叩きつけた。
最年少の華奢な体躯に押し込められたイライラを隠そうともせず、不敵かつ危うい笑みを浮かべる。
「アタシはパイロットだ。明日の出撃で敵の旗艦を沈めればいいんだろ?
操縦桿を握ってるときだけが、アタシがアタシでいられる瞬間なんだよ……邪魔する奴は、味方だろうが撃ち落とす」
「……相変わらず危なっかしいね、元・班長さん」
物陰から音もなく現れたのは、漆黒のステルススーツに身を包んだ元2年生の工作員だった。
暗視バイザーを押し上げ、斜に構えた皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「そんなに焦って死にたいなら一人で突っ込めば? アタシは誰も助けないし、誰も頼らない。……潜入任務のついでに、あんたの遺品くらいは回収してあげてもいいけど」
「なんですって……!?」
「やめなさい、2人とも。無駄な争いは心拍数を乱すわ」
小柄な体で身の丈を超える長距離対物質ビームライフルを手入れしていた元5年生の狙撃手が、冷徹な声で割り込んだ。
視界の動体予測UIが淡く青く発光している。
「明日の作戦、私の射撃ライン上に割り込んだら……味方識別信号(IFF)が残っていても撃ち抜くから。……でも」
狙撃手は一瞬だけ手を止め、膝の上に置かれた名札を盗み見た。
その瞳に、かつて弟妹の世話をしていた優しい少女の残影が過る。
「……誰も、死なせない。あたしが……全員、射程内で守るから」
「ふふ、みんな仲良しで結構なことだねぇ」
衛生兵が、ナノマシン注射器の薬品量を調整しながらほんわかとした笑みを浮かべた。
だが、その目は全く笑っていない。
「もし傷ついたら、遠慮なく言ってね? 腕でも脚でも、切り落としてもっと強い義肢に付け替えてあげる。
……だって、みんなを五体満足で『帰す』のが、私の衛生兵としての責任だから」
「……帰す?」
指揮官が低く重厚な声で呟いた。
軍人としての冷徹な戦術思考の裏側で、侵食しきれていない幼い精神が悲鳴を上げている。
「どこへ帰るというのだ。我々の任務は、このコロニーを守り、敵を殲滅すること……」
指揮官はそこまで言って言葉を詰まらせ、頭痛に耐えるように眉間を押さえた。
「……ちがう。『下校』だ。……全機、明日の戦闘に備えて待機せよ。……我々は、6人全員で……作戦を遂行する」
「了解、指揮官(リーダー)」
ハッカーが無機質に頷き、名札を戦術ローブのポケットの奥深くへと仕舞い込んだ。
本来の人格はすでに7割以上が戦場仕様の精神構造に上書きされていた。
しかし、残された25%の「登校班の絆」は、コロニーへの忠誠ではなく、歪んだ形で「6人全員で生き残る」という異常な執着へと変貌を遂げつつあった。