曇天の空だった。春の肌寒い冷気が頬を撫でる。
雲の隙間からは光が微かに漏れ出し、村を薄暗く照らしている。
家屋はことごとく壊れている。何か大きなものがぶつかったような壊れ方だ。
渇いた血と砕けた骨、飛び散った肉の腐った臭い。
どうしようもなく滅んでしまった村。そんな中をゆっくりと進む一団がいた。
木製の小屋のような馬車、それを守る小柄な護衛が一人。
その護衛が私だった。
・・・
「この壊れ方はかなりひどい」
そう言って私は、壊れた家屋の破片を手に取る。それは私の手の3倍はあるかという木片だった。
「上級、少なくともその程度の実力はありますね」
それを見て馬車に乗っていた行商人の青年は不安そうにこちらを見た。
「鬼飼殿、本当に大丈夫なのですか」
彼の体は明らかに震えていた。それはきっと、寒さが原因ではないだろう。
思えば彼も不幸なものだ。後一つ村を巡ればやっと街に帰れるという時にこんな面倒ごとに巻き込まれているのだから。
「大丈夫かは知りませんが進むしかないですね。こうして滅びた村を発見してしまった以上は最低限、村の呪具を回収する義務が退魔師にはあります。そして、只人である貴方もこの危険な状況では、護衛である私についてくるのが最も安全。それだけです」
どうしようもない。そんな状況にそれでもと青年は往生際が悪く言葉を紡ぐ。
「しかしクチナシ殿を使えば「相手は上級ですよ、そうである以上戦力は分散できません。どうしても行きたくないというならここに置いて行きますが、その時は私の安全のためにクチナシは連れて行きます」」
話を遮った私に少し不満げな顔を見せた後、彼は諦めたように馬車を動かす。
動き出した馬車が、木片などを踏むたびに車輪がガタガタと音を立てる。
流れる風景、薄暗い中で僅かに届く太陽の光。飛び散った血や肉片に目を瞑れば清々しい朝であり、壊れた家屋も相まって、その風景に不覚にも私は幻想的な美しさすら感じてしまっていた。
静かな時間がしばらく流れる。
そう大きな村でもない。しばらくそうして進んでいれば程なくして村の中心部にたどり着いてしまった。
そこには、壊れた神社があった。
倒れた鳥居、崩れた社、本来澄み切ったような霊力が満たしているべきその空間はしかし今ではむしろ淀み切った瘴気が空間を満たしている。
「それでは行ってまいります。瘴気は霊気の少ない只人にとっては毒です、貴方はここでまっていてください」
私は一度馬車に乗り込んだ。そして青年にそう説明した後、その奥で眠りこける鬼の少女の肩を揺らす。
「行きますよ、クチナシ」
うんうんと唸り、彼女は目を開ける。とても眠そうで私の方まで不安になるが、それでも無理やり立たせて腕を引っ張り馬車から降り、神社の境内へと足を進める。
境内に入り霊力で瘴気を祓っていく。そうして進んでいく中で私は見てしまった。
「壊れている。中身は……無いか」
そのまま近づいて中を覗き込むが案の定、村を守護していた呪具は影も形も見当たらない。
「無いということは確認できました。もうここに用はありません。帰りましょう」
馬車に戻りそう言って来た道を戻っていく。
私が先頭を歩き、手を引かれたクチナシとゆっくりと進む馬車がそれに続く。
しばらくすると赤い布が引っかかった家屋が目に止まる。
しばらく進む。また目に止まる。
さらに進む。また赤い布が見える。
いい加減3回目、明らかに何かに化かされていることはわかった。
とりあえず腰の刀を抜いて、幻術解呪の札を霊力で燃やす。
青白い解呪の煙が周囲に漂う中でソレは現れた。
「しくしく」
ソレは建物の隙間からこちらを覗き込んでいた。
私は息を呑んだ。
それは白髪白眼の美しい少女だった。
そして薄い太陽光に照らされた不気味な白い影、全長は10メートル程だろうか。泣いたような笑ったような君の悪い顔をした無駄に大きな狐でもあった。
次はあの少女の姿は私たちを騙くらかすつもりだったのだろう。
幻術が未だに少し残っているせいで笑ったように口を引き延ばした白い狐の化け物と少女の姿が二重に見えているのだろう。それが一層気持ち悪い。
それは明らかに妖魔だった。そもそもそうでなければ狐がこんなにデカくてキモい姿になどなるものか。
しかもそいつはドス黒い妖力と真っ赤な殺気を放っている。
「獣の如きが、無駄に歩かせやがって、笑ってるのか泣いてるのかわかんないけど不気味なんだよ!」
そう言って、クチナシが白い狐に襲いかかる。
その目はぱっちりと開いていた。彼女が言うように無駄に歩いたせいですっかり起きてしまったのだろう。
その分、炎を纏った彼女の拳が鋭く狐の体に突き刺さる。
「う……う……うぅ」
拳が狐の毛皮越しに肉を抉り炎がその体と妖力を焼いていく、そして泣き、笑った。
するとどこからともなく黒い影が出てくる。目算でおよそ十体。
「配下召喚ですか、随分とバランス型ですね」
そう言って召喚された黒い狐のような怪物たちを切り伏せていく。配下共は大体が下級、精々中級下位と言ったところか。本体の方はクチナシの攻撃を耐えたところから戦闘力は上級下位、幻術や配下召喚など特殊能力も鑑みれば上級中位と言ったところか。
「非常に面倒ですね」
私が中級中位、式神であるクチナシが上級下位である。
互いの戦力は拮抗していた。
いや、むしろ……
「足手纏いがいる分、こちらが断然不利か」
そう言いながら腕に噛み付いた黒い狐を切る。白い狐の指示だろうか、その狐達は明らかに馬車の方へと向かっていた。
咄嗟に腕を挟まなければ、そのまま追いつけずに行商人の男は食い殺されていただろう。
「小賢しい畜生どもですね、全く」
噛み付かれた方の腕を霊力で動かし短刀を投げる。呪具『業鉄』。ただ頑丈、それだけの呪具だ。
今ので下級は大体片付いた、残る三体は中級程度だろう。
退魔師組合においては中級下位が五体程度いれば中級中位を殺せると分析している。
「つまり、もう私の敵では無いと言うことです」
水刃、三体をまとめて切り伏せる。
呪具『妖刀写し・村雨』、水属性の中級呪具だ。
「全く雑な仕事ですね、知能もなく対して連携もできない召喚物なんて」
戦力が互角と言ったがあれば嘘だ。正確には相手がしっかりと連携してきたら五角ということだ。
戦力の随時導入など愚策もいいところであろうに、それすらもわからない連中を捨て置いて本体の方へと向かう。
そのまま背後から切り付ける。今まで隙を窺うように耐えていたクチナシもそれに合わせて蹴りを飛ばす。
(クチナシは言動は幼いが戦う時は別人のように冷静でストイックなんですよね)
「横っ腹がガラ空きですよ」
「ちょこまか動きやがって、その足捩じ切ってやるよ」
「今度は耳を削いでみましょうか」
「ホレ、金棒だトゲトゲがめっちゃ痛いだろ」
そこからは一方的だった。
腹を突き足を潰して、耳を削いで全身をくまなく金棒で殴って行った。
「上級中位相当などと見積もりましたが、訂正しましょう。能力を持っているだけですね」
それでもまだ余力があったのだろう。
「うっ、うっ」
泣いた、少女が泣いた。
少女はボロボロだった。少女から離れた狐は無傷で今度は明らかに笑っている顔でこちらへ突進してきた。
風景が飛び意識が混濁していく。
「ぐっ……とても痛いですね」
飛ばされた。咄嗟に後ろに飛び退いたが突進の風圧だけで家屋にまで飛ばされた。
身体中の骨は折れ、腕は曲がってはいけない方向に曲がり、家屋にぶつかった衝撃で体のあちこちに木片が突き刺さっている。
私だったからこの程度で済んだが只人がこれを受けていれば人の形が保てないほどぐちゃぐちゃになっていただろう。改めて、人外である我が身に感謝した。
しかし、もう刀を握る握力さえ無い。視界がぼやけてそのまま暗くなる。
私の意識は妙に冷静なまま沈んでいった。
・・・
目を覚ました時、初めに感じたのは全身に棘を打ち込まれたような激痛だった。
数分程度では無いだろう。少なくとも数時間は経っており窓の外の太陽は天高く登っている。
私はいつのまにか馬車の中にいて、体もいつのまにか再生していた。
木片も刺さっておらず、内側はともかく外側はそれなりに見れる姿になっているだろう。
横を見れば、まだ再生中なのだろう。腕がなくなっているクチナシがいた。
「ぶっ殺しといた」
そうして聞くところによれば、あの狐の本体は幻術の一部だと思っていた少女らしい。
あの後、狐はクチナシの方にも襲いかかった。
しかしクチナシは腕を喰われながら少女を焼き殺した。
すると狐が消えた、そういうことらしかった。
「ありがとう」
「別にいい、たいしたことなかった」
その後の会話は続かず、しばらく静かになった。
そうして、揺れる馬車の中で背中の痛みを感じながら天井を見ていると、クチナシがふと思い出したように口を開いた。
「そういえばあいつ、呪具は持っていなかったぞ」