あの後、行商人の青年とは街に着いた時点で別れた。妖魔相手にボコボコにされる姿を見られたのだ、もう二度と彼からの依頼は期待できないだろう。
まあ、たかだか商人一人、こちらは腐っても特権階級の退魔師である。依頼など掃いて捨てるほどではなくともそれなりにあるのだ。
人生失敗がつきもの、切り替えていかなくてはならない。
「鬼飼さん、辛(かのと)級護衛依頼、依頼報酬、襲撃された村の探索報酬、己(つちのと)級妖魔泣狐の討伐報酬、合わせて金80両5貫です」
この国の金銭の単位は両、貫、銭で1両=4貫=4000文。普通の日雇が100文程度の報酬だ。
そうして報酬の内訳を見てみれば5貫が護衛依頼、10両が村の探索、70両が討伐報酬であった。
やはり上級は金になるな、そう思うと同時にこうして改めて見ると、上級と中級の報酬は隔絶したものなのだなとも感じる。
なんなら退魔師の間でも上級を討伐できて初めて一人前と見なされるし、報酬も周りからの目も上級とそれ未満では何もかもが別世界だ。
中級上位相当の辛(かのと)の依頼が5貫で少しでも上級が関わっていた村の探索報酬が10両。これだけで8倍である。
退魔師の世界は未熟者にとても厳しい、命に関わるのだから仕方がないが。
「ありがとうございます」
それだけ言って受付を後にする。
しかし臨時収入が入ったとはいえ安心できない。
退魔師というのは何かと金がかかる仕事だ。真面目にコツコツ働かずに、いざという時呪具不足で死んでしまっては目も当てられない。
故に私は常日頃から、依頼掲示板とかいう依頼の紙がかかった不親切設計の板を眺めているのだ。
さて、依頼掲示板だが、他の職業組合ではこんなことはしていない。
退魔師組合独自の仕様であり、退魔師が貴族、武士に並ぶ特権階級であること。
呪符などを使う関係上、文字が読み書きできることが当たり前だという前提のもとこんなことが行われている。
あと何気に板が高くて、私が上の依頼を取る時は台が必要なのが私にとっての一番の不親切ポイントだ。
「めぼしい依頼は……流石に無いか」
あの後、馬車で街まで帰ってきた時にはもう夕方であった。当然そんな時間にめぼしい依頼など残っていない。
それでもついつい見てしまうのが私の癖であった。
「鬼飼、何してる、早くいくぞ」
そんな私を赤い髪の鬼の少女、クチナシが急かしてくる。
「いやでも、もしかしたら掘り出し物の依頼が」
「そんなものは無い、どうせ明日も来るんだからどうでもいいだろそんなの」
そう言って彼女は私の首根っこを掴む。そして、そのまま組合の外まで引っ張られてしまった。
・・・
『夜市』というものがある。
私のような普通の退魔師を始め、モグリや、ちょっと暴力を飯の種にしてる人たち、なんならどこからか忍び込んだ妖魔やガチ目の犯罪者もいる。
夜になると、街の繁華街近くの区画にひっそりと開かれるそれは、あらゆる非合法品と希少品が飛び交う危険地帯であった。
そんな夜市の道の端、明らかに高級そうな木で作られた屋台の中にその女性はいた。
黒に赤色の裏地、白と赤の花模様を金糸と銀糸が彩り、大量の呪符が金属を使って吊るされている。
青白い満月と赤い提灯の火に照らされて、その美しい金の髪を輝かせる。
彼女は蛍さん。街一番の美人であり、私が拠点にしているこの霧隠街が誇るガチ目の犯罪者、正しく化け物、泣狐など片手でワンパンできる地仙級の人外様である。
「こんにちは蛍さん」
「えぇ、鬼飼くん。こんばんは、今日はどうしたのかしら」
知り合いに会った。だから挨拶をした。
それに柔らかい態度で彼女は答えてくれる。
それだけで周りの雰囲気が変わった。その透き通る声と闇夜に浮かぶ艶姿。ある者は怯え、ある者は目を逸らしてそそくさと立ち去り、鼻の下を伸ばしているどうしようもないアホバカマヌケもいる。
私も出来れば関わりたくないのだが、見かけたらから仕方なく挨拶をした。
そうしなければ失礼だからだ。
何が彼女の機嫌を損ねるのかわからない以上、こうして細々としたところで好感度稼ぎをしていて悪いことはない。
つまり挨拶は大事ということだ。
「それにしても珍しい。貴方、普段こんなところに近づかないでしょ」
「いえいえ、そんなことはありませんよ、ここいらの呪具や呪符にはいつもお世話になっていますから」
図星だったが、またまた冗談でしょうにと愛想を振り撒く。
彼女はこの夜市の顔役の一人である。嘘でも彼女の前で夜市の悪口など言えた物ではない。
明らかに出所のおかしい呪具、禁制品、妖魔の身体の一部、どこの家から流出したのか分からない家宝、どう考えても売買してはいけない何か。
そんなものが色々見えるが触れてはいけない。この世界で長く生きるコツは都合の悪いことには目を瞑り、偉い人にはなるべく逆らわないことである。
「私の懐も普段は寂しいのですが、久しぶりにまとまった金が手に入りましてね。こうして何か掘り出し物が無いのか探しに来たのですよ」
「それなら私の店も見て行ってちょうだい。この街でも屈指の品揃えよ」
そうして彼女のいうように店の中を見てみると一つの黒い箱が目に入る。
「はて、あれはなんでしょうか?」
「拘束呪具『黒棺』、中に入ってるのは鵺の原種よ」
「鵺、ですが?」
中級妖魔群『鵺』、多種多様な亜種が存在し、その姿から大きく離れない範囲で物理的な変化が可能。
そしてその原種といえば……
「そう、変幻自在、あらゆるものに化けその能力の一部を模倣する」
「かつて大量発生で朝廷を苦しめたと聞きます。それで本当に変幻自在の原種である怪鳥『鵺』は絶滅した」
そう、本当に鵺の原種ならば相当なレアモノだ。少なくとも大判小判を箱詰めして持ってきても買えやしないだろう。
「そして今残っているのはなりふり構わず変化したまま子を成した結果生まれた不完全な亜種だけです」
「ちょっと前に蔵から出てきたのよ。昔集めた宝飾品に紛れ込んで今まで隠れていたみたい。とっても貴重な『お宝』よ」
昔っていつだよ、貴方いつから生きてるんですか。そういうことが思わずよぎったが決して口にしてはいけない。
「なるほど、それでお値段はおいくらですか?」
興味がそそられる、目が惹きつけられる。まともには買えないと理解していてもどうしても欲しくなってしまう。
いつもこうだ、ついついこういったことを口にしてしまう。これだってさっき飲み込んだ言葉と同じ、どうせ碌なことにならないとわかっているのに。
「そうね300両くらいなら売ってもいいかしら」
安い。少なくとも絶滅した妖魔など研究機関にでも流せばその十倍の額を最低額として交渉を始められるだろう。
だから相場とくらべて、とても安い。
それはそれとして買えない、でも今のでさらに欲しくなってしまった。
「貴方、今80両も持ってるでしょ?」
何故?そう思った次の瞬間には納得し、その次の瞬間には畳み掛けるように次の言葉が告げられる。
「大丈夫よ。人魚に天使、他にも色々、貴方の体はとても価値が高いわ。残りは一年後まで待ってあげる」
そう言ってクスクスと笑う彼女に対して、私は80両を支払い黒い箱を受け取った。
宵越しの銭は次話まで持たない。それがこの小説の常識です。