希死念慮持ち薄幸令嬢。未来の剣聖に「殺しにきてください」とお願いしたら、人生設計を台無しにされる。 作:匿名そのさん
私は生まれつき体が弱い。
歩くのも人の介助がなければ五分と立たずに力尽きてしまうし、食事も人の十分の一程度しか取れやしない。それも、固形物はあまり食べられない。
お医者様曰く、大人になる前には死ぬと言われた。
パパとママは大変悲しんで、何とか私の寿命を延ばそうと東奔西走してくれている。
裕福だったお家が、一時は傾きかけるほどに。
「……ああ、今日もいい天気」
窓の外の光景を見て、私は目を細める。
良く晴れている。
最近は、よく外に出かけるようになった。
寿命を延ばす方法に伝説級のものが必要となって、ある程度内心で諦めがついたのがある。
どうせ長く生きられないのなら、少しでも一日一日を楽しく過ごしたい。
そういう意向の元での行動だった。
「ソフィー」
「はい、お嬢様」
部屋の隅で待機している侍女に話しかける。
彼女はソフィー。
私が産まれた時から側についてきてくれている人。
パパやママよりも、ソフィーの顔の方がよく見てるぐらい、ずっと側にいてくれている人。
私は勝手に、お姉ちゃんみたいだって思ってる。
私は兄妹がいないけれど。
いたら、きっとこんな感じなんだろうなって。
勝手に思ってる。
「今日も外に行きたいわ」
「……そうですね。今日もいい天気ですし」
お医者様からも、適度な運動は健康に良いと言われている。
ただ、日差しはあまり浴び過ぎないように、日傘をさしての外出になるけれど。
後は、私があまり歩けないから、車椅子という職人に作られた特別な椅子での移動になる。
だから、付き人がいないと私は外を出歩けない。
ソフィーにはお世話になってばっかりだ。
本当に。
最期の時まで、一緒にいてほしい。
「どこへ出かけたいとかありますか?」
「そうね。市場はもう巡ったから……」
ふと、まだ行ったことがない場所が頭によぎる。
パパからは危ないから言ってはダメだと言われている場所。
ソフィーにもきっと反対される。
けれども、ずっと気になっていた場所。
「ねぇ、ソフィー」
「……またですか?」
「今日こそは、駄目?」
やっぱりソフィーは私の事をよくわかってくれている。
私がどこへ行きたいか、言う前に察してくれた。
少しだけ困った様子で、それでも私が今日こそは引く気がないと察すると、溜息を一つ吐いた。
「仕方がないですね」
「ありがとう、ソフィー」
「ご主人様には、私からも一緒に謝ってあげます」
言いながら、そっと車椅子をベッドの横へ持ってきてくれる。
私のために作られたそれは、可能な限り乗ってる人に負担を与えないように設計されている。
ソフィーに介助されて、ベッドの上から車椅子へと乗り移る。
毎日行われている光景だ。
この家の中も、なるべく私に負担をかけないように設計し直されている。
車椅子でも移動できるよう、階段以外にスロープが用意されていたり。
私の移動が最小限で済むように、私の部屋は一階に移されたり。
とにかく、全て私のために作り変えられていた。
ありがたいことだけれど、同時に申し訳ないと思っている。
もしも私がいなければ、パパやママもこんなに苦労することはなかったのに、と。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ええ。楽しみね」
本当に、楽しみ。
「初めてだもの。冒険者ギルドは」
× × × × × × ×
冒険者ギルド。
そこは、荒くれたちが集う場所……だなんてお父様は仰っていたけれど。
実際に訪れてみると、凄く活気あふれる場所でした。
「まあ、凄い人の数」
「依頼者もそうですが、冒険者は誰でもなれますからね」
人生最後の職業。なんて呼ぶ人もいるのだとか。
そのぐらい、誰でもなれてしまうご職業なのだそう。
「若い人も多いのね」
「……親に保護されている方ばかりではありませんから」
危険を冒してもお金を稼がなければならない。
そのような人たちが集まっているのだとか。
「入口にずっといても迷惑ですし、もう少し中に入りましょう」
「ええ、お願いね、ソフィー」
なぜ私が冒険者ギルドを見てみたかったのか。
それは、私の生活が冒険者によって支えられているから。
私の治療に使われている薬草や素材の多くは、冒険者ギルドの方々が入手してきてくださっている。
家の騎士たちも頑張ってくれてはいるのだけれど……。
それでも、領地の事を思えば騎士たちではなく冒険者たちに働いてもらうのが一番いい。
と、パパが言っていたわ。
書斎で話をしていたのを、こっそり盗み聞きしたことがあるの。
「市場よりも活気がある気がするわ」
「彼らにとってはここでの情報が生死を左右されますから」
カラカラと車椅子の車輪が回りながら、私は進む。
あら、なんだか視線を集めているような……?
ちらりちらりと、皆さんこちらを見ているご様子。
「目立ってしまってますね」
「お嬢様のような方は、普段ここには訪れませんから」
「そうなのですか?」
「はい。依頼を出すにしても、使用人を使いますので」
なるほど。
確かに、その通りですね。
「なんだか恥ずかしいですわ」
こんなに多くの人に見られる機会はないものですから。
なんて思っていたら、私の背後にいたはずのソフィーが私を守る様に、前に立っていました。
どうしたのでしょう。
「お嬢様にその下卑た視線を向けるのを止めなさい」
「いいじゃねぇか。こんなところにくるってことは、そういうことなんだろ?」
お酒の香り。
酔っぱらってらっしゃるのかしら。
これは俗にいう……絡まれという奴?
「ソフィー、大丈夫?」
「ご安心を。この程度の男に負けるようでは、お嬢様の侍女は務まりませんよ」
「なんだってぇ? 女風情が生意気な。俺は長いこと冒険者やってんだぜ?」
どうしましょう。
ああ、こうなるからきっと禁止されていたのですね。
私が悪かったと認めれば、どうか穏便に済んだりはしませんでしょうか。
ソフィーが怪我を負った日には、私どのような顔をすればよいのかわかりません。
「――止めなよ、あんたら」
困り果てていた私たちを止めたのは、まだ声変わりもしていない少年の声でした。
「なんだぁ?」
「見っともない。冒険者の品位がとか、あんたらがそういうのだから言われるんだ」
ソフィーに隠れて見えないけれど、何やらもめている様子。
あら、ソフィーが退いてくれたわ。
と思ったら、即座に後ろに引かされました。
――次の瞬間、先ほどまで私たちがいた場所に、どさりと大きな男性が背中から倒れ込んでいました。
そんな倒れた男に剣を向けているのは、一人の少年でした。
ぼさりと揃っていない黒髪は、短ければよいという考えの元切りそろえられたみたいな乱雑さで。手足も細く、けれども確かに健康的な筋肉がついているのが見て分かります。
「情けない。俺みたいな小僧一人相手に、この程度か」
「て、てめぇ!」
「どうした。古参ぶってる癖に、今日冒険者になったばかりの俺に恥をかかされて何もできないのか?」
なぜこの場が硬直状態なのか、私には分かりませんが。
気迫、というのでしょうか。
少年からは、鬼気迫るものを感じます。
それは、簡単に人を傷つけてしまいそうで。
けれども、そっと触れてあげなければ崩れてしまいそうなほど繊細な、何かを。
「くそ! 覚えておけよ!」
大男は捨て台詞を吐き捨てて、立ち去ってしまいました。
それを皮切りに、何事もなかったかのように元の空気に戻ってしまう。
これが、冒険者ギルド。
きっと、先ほどのようなもめ事は日常茶飯事なのでしょう。
私が知らない世界すぎますわ……。
「おい、あんた」
「はい?」
「そうだ、珍妙な椅子に座ってる、あんただ」
お嬢様になんて口を、と憤るソフィーを手で制して。
私は座ったままながら、その場で頭を下げます。
「そうですね。まずはお礼を。助けてくださってありがとうございます」
「そうじゃない。なんで、こんなところに来た」
「こんなところ、ですか?」
思わず、きょとりと目を丸くしてしまいました。
まさか、この子がそんなことを言うだなんて思わなかったもので。
私の反応を見て、少年は深くため息をつきます。その様子は、明らかに呆れていると言っているものでした。
「冒険者ギルドってのは、ロクデナシの集うところだ。あんたみたいなお嬢さんが来る場所じゃない」
ロクデナシ。この言葉には、きっと少年自身も含まれているのでしょう。
きっとここの人たちは、何かを抱えて生きている。
「ええ。なら、私にピッタリですわ」
「お嬢様……っ」
「だって、私もロクデナシですもの」
私の台詞がよほど予想外だったのか、今度は少年の方が目を丸くしてくださいました。
その様子がおかしくて、また少しだけ笑います。
「多くの人を困らせて、多くの人に面倒をかけてもらって、ようやく生かされている命。いっそ、朽ちてしまえば皆さんを楽にできるのに」
そう、私は常々思っています。
――私なんか、産まれなければよかったのに。
早々に朽ち果ててしまえばいいのに。
誰かを困らせ続ける私なんて、きっと最初からいない方が良かったのです。
「でも、これは内緒にしてくださいね? きっと、皆様を悲しませてしまいますから」
ソフィーだけは、実は知っている。
私がこらえきれなくなって癇癪をおこしてしまうとき、必ずソフィーは側にいてくれるから。
私の胸中を知っているのは。ソフィーと、この方だけだ。
「……どうして、そんなことを俺に」
「どうしてでしょう。あなたも、どこか死にたがっているように見えたからかもしれません」
シンパシーを感じたというのは不謹慎でしょうか。
ただ、同じようなにおいを感じたのです。
「――あなたになら、お願いしても良いかもしれません」
これは身勝手な、私の願いだ。
「私はもう三年もせずに死ぬとされています」
「あんた、一体何を」
「身勝手な真似だとは理解しておりますわ。でも、私を助けてくださったあなたにだからこそ、お願いしたいのです」
臆病な私はきっと願ってしまうから。
似たような気持ちのあなたなら、分かってくれると信じられるから。
「三年後——もしも私が生き延びていたら」
ああ、今の私は心から笑えているでしょうか。
笑顔を作るのに慣れ過ぎていて、もはやどんな表情をしているのかもわからなくなってしまいました。
「どうか、殺しにきてくださいませんか?」
そうして、私の全ては幕を下ろすのです。
他人に苦労を強い続けてきた、身勝手な存在の終わりを。
あなたになら、託せます。
ああ、だから。
そんな辛そうな表情をしないでください。
名も知らぬ、心優しい少年さん。