希死念慮持ち薄幸令嬢。未来の剣聖に「殺しにきてください」とお願いしたら、人生設計を台無しにされる。 作:匿名そのさん
窓際に置かれたベッドの上で上体を起こし、部屋の外の景色を見る。
今日はやや曇りのようで。
外に出るには少し寒い気候かしら。
「ソフィー。パパはもう泣いていないかしら」
「そうですね。お嬢様のご無事な姿を確認できましたから」
昨日、冒険者ギルドへ行った後の帰りで。
私は大変申し訳ないことをしたと罪悪感に駆られてしまいました。
泣いてしまわれたのです。パパが。
ママも。
ソフィーも散々怒られてしまって。
でも、私の我儘を聞いてくれただけなのだと必死に弁明して。
何とかその場を切り抜けたのだけれど。
もう冒険者ギルドへは二度と行かないという約束をすることによって。
「……ロクデナシ」
「お嬢様」
まるで私の考えていることなどお見通しだと言わんばかりに、ソフィーがいさめてくれる。
少しだけ面白くって、笑ってしまう。
こういうところも良くないのでしょうね。
「良い我儘と悪い我儘もあるのね。学んだわ」
私がよく我儘を言うようになったのは、それでパパとママが喜んでくれるから。
なんで喜んでくれるのかはよくわからないわ。
だとしても。結果として喜んでくれるのだから、それは良いことでしょう?
と、思っていたのだけれど。
どうやら違ったみたいね。
「お嬢様」
二度目の呼びかけには応じて、ソフィーの方を見る。
とても悲しそうな表情をしているわ。
そう、悲しいのね。
何が悲しいのかしら。
それがわからないから、やはり私はロクデナシなのだわ。
「……私は、お嬢様を敬愛しております」
「愛、愛ね」
「ええ。愛しているから、怒るし喜ぶし、悲しむのです」
ソフィーはこういう時、何度も言い聞かせるように愛という言葉を囁いてくれる。
不思議なことに、私にはとんとこの愛という言葉がわからないの。
愛って、何?
虫の息の子供を生かすこと?
苦しみの中で生かせ続けること?
一回でも頼んだことがあったかしら。私が、死にたくない、助けてって。
でも、これを言えばみんなが悲しむってことぐらいは分かるの。
だから、言わない。
胸の奥にしまっておく。
いつか訪れる、死が私を導いてくれる日まで。
「その愛というのは不思議ね」
「……」
愛、愛ね。
愛というならば、私は愛玩動物と何が違うのかしら
自由に動けない分、彼ら以下ではないかしら。
パパとママが満足するために生かされている愛玩動物。
パパとママが満足するために動くお人形。
それが今の私。
惨めね。
けれど、役割は分かっているわ。
その日までは、真っ当すると決めているもの。
「いずれ、お嬢様にもわかっていただける日が来ると思います」
「ふふっ」
ソフィーったら。冗談が上手になったわね。
「――私が死ぬ日と、どちらが先に来るかしら」
たった三年。
きっと、すぐ過ぎるわ。
「……あら」
再び窓の外に視線を動かすと、異物が庭にいるのが見えてしまった。
黒いぼさりとした髪の少年。
昨日の、冒険者ギルドで出会った彼だ。
「ソフィー、窓を開けてくれる?」
「どうかなさいましたか?」
「いいから」
忍び込んできたのかしら。
パパやママにバレたら叱られてしまうわ。
「あら、あれは昨日の……」
「ええ、忍び込んできてしまったみたい」
そんなまるで野良猫が来たみたいな……。
などと言いつつも、ソフィーも二人に知らせようと部屋を出て行こうとはしません。
部屋の窓を開けると、こちらの様子に気が付いたのか、少年が近づいてきてくれる。
窓枠越しに見るその表情は、昨日よりもどこか思い詰めているように見えました。
「おはようございます」
「……ああ、おはよう」
「ふふっ、次からは正面から来られるようお願いしてみますね」
あら、ばつが悪そうな表情になりました。
やはり忍び込んでこられたのですね。
ふふふ、っと笑うと、少年も困ったように頭を掻きます。
「それで、どうしてここに?」
「……変な椅子に座っているお嬢様を調べたら、すぐにあんたにたどり着いた」
「あら、まあ」
この町では有名人らしいですからね。
色々な人に親しまれています。
外を出歩き始めてからは、なおのこと。
みんな私を憐れむことで、自分の身の境遇の良さを実感できているのでしょう。
それはとても良いことです。
幸せというのは、きっと、とても感じづらいもののはずですから。
私一人の犠牲でみんなが幸せになるのなら、それはとても効率が良いこと。
「――そういう、達観した表情が気に食わないんだ」
「はい?」
どういうことでしょう。
少年はどこか怒っているような表情をしています。
何に怒ってらっしゃるのでしょうか。
「そうだ。気に食わないんだ」
「どうかなさいましたか?」
「いや、どうして俺はここに来たんだろうと思い直してな」
あらまあ。
忍び込んできたと思ったら迷子でしたか。
随分計画的な迷子ですね。
「殺してくれ、と頼んだな」
「ええ、頼みましたね」
「あれはどういうことだ」
どういうことだ。
どういうことだときましたか。
この方ならわかってくれると思ったからこそ話したのですが……。
私の直感は間違っていたのでしょうか。
悲しい目。孤独な眼。
同じものを感じたのは、気のせいだったのでしょうか。
ちらりとソフィーの方を見る。
彼女は黙って部屋から出て行った。
私の望み通り、人払いをしてくれるみたい。
ありがとう、ソフィー。
「言葉通りの意味です」
「なぜ、死を望む」
なぜ……?
質問の意図がわからず、私は困ってしまいます。
ごめんなさい、愚鈍な私で。
「お前には両親がいる。あのメイドも、お前の事を思っている」
「ええ。大変申し訳ないことです」
「――それをどうして申し訳ないと思う」
説明しなければわかりませんか。
ならば、説明いたしましょう。
きっと、この方なら納得していただけると思うので。
「私がいなければ、パパもママももっと裕福な生活を、ゆとりがある生活をできていたでしょう」
「お前のせいで不幸になってると言いたいのか」
「違いませんか?」
私というお荷物のせいで、二人には大変不便を強いてしまっています。
ソフィーもそう。
彼女は私の我儘に付き合わされて、本当に大変でしょう。
私さえいなければ、もっと平穏な生活を送れたでしょうに。
「傲慢だな」
「傲慢、ですか」
「ああ、傲慢だ」
傲慢。おごり高ぶって他人を見下し、礼儀を欠いた態度や行動をとること。
意味は理解しています。
私は、皆さんを見下している?
「お前はお前のせいで、お前のせいでというが。他人の事を考えたことはあるのか」
「おかしなことをおっしゃいますね」
私が自分の事しか考えてないみたいな。
「考えれば考えるほど、私というお荷物が存在する意味がありません。わかりませんか? 私が存在することによって、どれだけ他人に迷惑が掛かっているか、損失が出ているか」
一時は私のせいで家が傾きかけたのですよ?
そんな存在、家に憑りつき破滅させる悪魔としか形容できないでしょう。
ソフィーもせっかくの縁談を断って私の側にいてくれると聞いています。
本人は口にはしませんが、良縁だったと伺っています。
これも厄でしょう。
私さえいなければ、起こりえなかった厄災です。
「その考えが傲慢だと言っている」
少年は憤りを隠すこともせず、眉間に皺を寄せて言います。
「他人の幸福を、不幸を、お前が決めるな」
――そうですか。
とても、とても残念です。
「……あなたなら、分かってくださると思いましたのに」
「理解はできる。だが、肯定はできない」
……そうですか。
本当に残念です。
残念? 肯定されなかったのが?
私は、私の考えを肯定されたかった?
「殺してくれ、と言っていたな」
「ええ。それが私の望みですから」
「それは、死んだらお前以外の人が幸福になるという考えの元だな?」
それは変わらない。
私という悪魔を取り除き、他の人が幸福になる。
それが、私の最大の望み。
「ええ、そうです」
なので、肯定します。
それがきっと、一番いいことですから。
「その原因は、お前が病に犯されているから。そうだな?」
「そう、ですね」
少し考えましたが、おおむね間違いではないでしょう。
私が病で弱い体だからこそ、ここまで迷惑をかけてしまっているわけですし。
治る目途も、今のところ立っていません。
少年は少しの間目を瞑り、何かを考えてらっしゃる様子。
しばしの沈黙の後、ゆっくりと瞼を開けた時には。
彼は、何かを決意した表情をしていました。
「――わかった。お前の事を、殺してやる」
「っ!? 本当ですか!?」
それはなんと僥倖なのでしょう。
ですが、そんな上手い話があるわけでもなく。
「ただし、交換条件だ」
彼は指を一本立てて、私の目の前に差し出します。
その意味は、約束を一つしろという意味なのでしょう。
「三年という期間をお前は提示したな」
「ええ、いたしました」
「なら、その三年は生きろ。何をしても生き残れ」
何という。
大変難しいことです。
「その代わり――三年後もお前の病が治らなければ、俺がお前を殺してやる」
少年の目は真剣そのもので。
嘘や方便の気配は欠片もありません。
ああ、でも、そうですね。
これは私の、誰も喜ばせない良くない我儘なのでしょうが。
死ぬのなら、この少年の手で殺されたい。
病で苦しんでもだえ死ぬよりも。
誰かの手で、綺麗さっぱり終わらせてほしい。
これは、非常に良くない考えだと思っています。
思っていますが。
望んでしまう。悪い私が。
「わかりました。三年ですね」
「ああ、三年だ。今日から、きっかり三年だ」
この望みを叶えるためならば。
多少の生き恥は我慢しましょう。
「――こら! そこのお前、何をしている!」
「ちっ。わかったか、三年だからな」
ソフィーが人を寄らせないようにしてくれてたはずですが。
ついに、終わりの時間が来てしまいました。
少年は俊敏な動きでこの場から離れ、瞬く間に見えなくなってしまいました。
できることなら窓から身を乗り出して、その行く末を見送りたかった。
そんなことすら、今の体ではできやしない。
「三年、ですか」
とても長い日々になりそうですね。
ですが、ええ。
これまでの日々に比べれば、幾分かは。
楽しく過ごせるかもしれません。
――そうして、果たされるかもわからない約束が交わされてから。
間もなく三年が経とうとしていた。
そんな、ある日の事でした。