交通事故に遭ったら、異世界転生じゃなくて、怪人に改造された件。 作:華洛
【新世代の魔法少女の形態】
確か――渡された資料に書かれていた名前は、葛葉空だったか。
精霊によって魔法少女にされた中学生。
空はボールペンサイズの変身道具を掲げると、そのまま変身バンクシーンへ移行した。
淡い青白い光が足元から立ちのぼり、空の身体を包み込んでいく。
きらめく粒子が帯のように四肢へ絡みつき、制服の輪郭をなぞるように新たな衣装を編み上げていく。
ふわりと裾が開き、胸元に青い宝石めいた意匠が灯る。
なるほど、確かに見栄えはする。ずいぶん金のかかっていそうな演出だった。
(……今どきの魔法少女って、全裸で変身しないんだ)
≪当たり前だ。今は平成ではなく令和だぞ。中学生の変身シーンを全裸で通して売れるわけがないだろう。きちんと謎の光で包む、親切設計だ≫
(……うち、秘密結社で、その製品を作ってるんだよね)
≪売れない商品を作ってどうする。売れてこそ正義だ。まあ、開発部では“全裸変身派”と“光で包む派”が数カ月揉めたがね≫
(ろくでもない議論してるなあ……)
開発部も大変だ。
いや、やっぱり大変で済ませてはいけない気もする。
そんな話をしているうちに、変身バンクは終わりに差しかかる。
(……今のうちに攻撃して奪ったら)
≪君はアホウか。変身バンクは様式美だ。それを攻撃するなど、悪の組織以下の屑だぞ≫
(……秘密結社なんだよね、うち)
≪我々は中立・混沌組織だ。正義も悪も、白も黒も等しく顧客として扱う。だからこそ、守るべき流儀というものがある≫
流儀。
その言葉をこの組織が口にするだけで、だいぶ胡散臭い。
「魔法少女・ブルーシエル! ここに推参っ」
光が弾け、青髪に青と白の衣装をまとった魔法少女が姿を現す。
中学生らしい華奢さはある。けれど、細い手足の奥に一本筋の通った強さが見えた。
可愛い、というより、普通に強そうだった。
変身も終わった。
だったら、もう遠慮はいらない。
腰に下げた刀の柄へ手をかける。
その瞬間、視界から青が消えた。
「っ」
次の瞬間には、ブルーシエルの足が刀の柄頭を踏み抜いていた。
鞘走りかけた刃が止まる。
そのまま身を捻った回し蹴りが、私の脇腹へ叩き込まれた。
鈍い衝撃。
身体が宙へ浮き、数メートル先まで軽々と吹き飛ばされる。
床を滑り、壁に肩からぶつかってようやく止まった。
(魔法少女のくせに足癖悪くない!?)
だが、痛みは思ったほどでもない。
直撃の感触はある。重いし鋭い。けれど骨が軋む気配も、内臓が潰れる感じもない。
以前の俺なら、今ので数日は起き上がれなかったはずだ。
怪人の身体というのは、どうやら本当に頑丈らしい。
≪ふむ。実家が古武術の道場で、変身前から基礎戦闘能力が高いようだね。魔法少女化でそこへ増幅がかかっている≫
(……そんなのを魔法少女に選んだ精霊をぶん殴りたい)
≪だが、総合スペックでは君の方が数段上だ。なんといってもラスボス級の万能強襲用怪人だからね。それを活かせるかは、君次第だよ≫
(もう少し具体的なサポートが欲しいんだけど)
≪今は忙しい。裏社会の要人の手術中でね。こうして話してやるのが精一杯さ≫
(え、手術してるの?)
≪昨今は暴対法の影響で、表の医者も裏社会とは付き合いづらい。人体を把握した天才は、どこでも重宝されるものだよ≫
(……医師免許、持ってるの?)
≪ブラック・ジャックは持っていなかっただろう。そういうことだ≫
無免許医かよ。
……いや、今さらか。
むしろちゃんと医師免許を持っていたら、その方が驚く。
壁を蹴って体勢を立て直す。
軽く踏んだつもりだったのに、靴底の下でコンクリートが細くひび割れた。
(うわ、自分でちょっと引くんだけど)
≪その程度で引くな。まだ一割も扱えていないよ≫
頼もしいのか恐ろしいのか、よく分からない評価だった。
とにかく、さっさと変身グッズを回収して帰る。
長居するほど面倒が増える気しかしない。
今度こそ刀を抜こうとした、そのとき。
背筋が総毛立った。
反射で身体をひねる。
直後、私の背丈の倍はある赤い魔力の刃が、さっきまで首のあった位置を薙ぎ払った。
空気が裂ける。
遅れて熱を帯びた風圧が頬を叩いた。
「大丈夫? ……シエル」
「ソレイユ!」
いつの間にか、もう一人。
赤を纏った魔法少女が立っていた。
渡された資料にあったな。
魔法少女名はルージュソレイユ。
本名は暁風光。
手にした剣には、陽炎のように揺らめく赤い魔力がまとわりついている。
青が疾さなら、赤は圧だ。立っているだけで空気が張り詰める。
≪残クレ型魔法少女が増えたところで、回収対象は青い方だ。赤い方は優先度が低い。無視して構わない≫
残クレ型魔法少女。
精霊が《ア・バオア・クー》から残価設定型クレジットで購入した変身道具を使い、変身した魔法少女のことを指す。
魔法少女というものは、長く続けられる仕事ではない。
心身の成長、適性の変化、契約条件の更新、精霊との相性。
理由はいろいろあるが、短ければ数カ月、長くてもせいぜい一年。
なら、新品を一括で買うよりも、残価設定型で導入し、頃合いを見て回収・再調整・再販した方がコストパフォーマンスはいい――というのが、精霊界隈で最近の主流らしい。
夢も希望も分割払い。
魔法少女の世界も、思った以上に世知辛い。
「何をぶつぶつ言っている!」
先に仕掛けてきたのはブルーシエルだった。
床を蹴る音が弾ける。
速い。さっきよりも明らかに速い。
拳が来る。
半歩引いてかわす。
かわした鼻先を青い残光が掠めた。
続けざまに肘、膝、裏拳。
息をつく暇もなく打撃が連なる。
素手の魔法少女と聞いて、少し舐めていたかもしれない。
こいつ、普通に怖い。
受けるたび、怪人の身体が衝撃を散らす。
耐えられる。だが、軽くはない。
まともにもらい続ければ、そのうち崩される。
(分析! 分析ください主任!)
≪打撃偏重、接近戦特化。間合いを潰して制圧するタイプだ。正面から付き合う必要はない。君の方がリーチも出力も上だよ≫
(それを最初から言って!)
ブルーシエルの拳を鞘で弾き、横へ流す。
その隙に一歩退いて間合いを取る――そこへ、赤い閃光が割り込んだ。
「そこだっ!」
ルージュソレイユの剣が、燃えるような赤い魔力をまとって袈裟に振り下ろされる。
反射で抜刀。
白銀の刃と赤い魔力刃が噛み合い、甲高い衝突音が響いた。
重い。
華奢な見た目に反して、剣越しに伝わってくる圧力は重機じみていた。
踏ん張った足元が、めり、と沈む。
次の瞬間、横合いからブルーシエルの蹴りが飛んでくる。
「くっ……!」
刀を押し返しながら身体を捻り、蹴りを腕で受ける。
衝撃で数歩ぶん滑らされるが、今度は転ばない。
青が近距離で崩して、赤が火力で仕留める。
中学生にしては連携が完成されすぎている。
いや、最近の魔法少女はチーム戦までローンに含まれているのか。
≪含まれてはいないが、オプションで連携訓練パッケージはある≫
(あるんだ……)
嫌な業界知識ばかり増えていく。
ブルーシエルが再び踏み込む。
ルージュソレイユが背後で魔力を練る。
正面から受け続けるのは、さすがに分が悪い。
私は大きく息を吸い、刀を水平に構えた。
そのとき、身体の奥――骨でも筋肉でもない場所で、何かが熱を帯びた。
視界が澄む。
金と銀の視界の奥で、二人の動きがほんの少しだけ遅く見えた。
(これ、もしかして……)
≪魔眼の初期同調だ。未来視というほど大仰なものではないが、視線、重心、魔力の流れから次動作を先読みする補助機能だね。高性能だろう?≫
(説明は後!)
見えた。
ブルーシエルは左にフェイントを入れた後、低く沈んで足払い。
ソレイユはそれに合わせ、逃げ道を塞ぐように斜め上から魔力刃を撃ち込んでくる。
なら――。
私は逆に前へ出た。
「えっ」
ブルーシエルの驚く声。
足払いの軌道へ自分から踏み込み、蹴り足の内側を膝で押さえつける。
崩れた体勢のまま肩を掴み、半回転。
飛んできた赤い魔力刃へ向けて強引に投げる――寸前で、その身体を手放した。
「シエル!」
ルージュソレイユが咄嗟に軌道を逸らす。
赤い刃が天井を斜めに焼き裂いた。
轟音。砕ける破片。舞い上がる白い粉塵。
その隙に、私は床を蹴った。
コンクリートが爆ぜる。
自分でも引くほどの加速でブルーシエルの懐へ潜り込み、刀ではなく鞘のまま鳩尾へ叩き込む。
「かっ……!」
空気を吐かせる鈍い音。
ブルーシエルの身体がくの字に折れ、そのまま後方へ弾かれた。
追撃に移ろうとして、背筋を灼くような気配に反射で飛び退く。
直後、さっきまで私のいた床を巨大な赤い斬撃が抉り飛ばした。
遅れて爆風。
長い髪がばさりと舞う。
「よそ見を、するなぁっ!」
ルージュソレイユが吠える。
その剣から迸る赤い魔力は、さっきより明らかに出力が上がっていた。
仲間をやられて本気になった、というやつだろう。
怖い。情緒がまっすぐすぎて怖い。
(主任、これ、思ったより大事になってない?)
≪問題ない。想定内だよ。中学生は感情の振れ幅が大きいから、出力変動も激しい≫
(そういうことじゃなくて!)
怒声とともに、ルージュソレイユが突っ込んでくる。
縦薙ぎ、横薙ぎ、突き。
一撃ごとに赤熱した軌跡が空間へ残り、避けるだけで肌が焼けそうになる。
受ければ重い。
かわせば危うい。
そこへ呼吸を立て直したブルーシエルまで戻ってきた。
「ソレイユ、右!」
「分かってる!」
完全に挟まれた。
青の打撃が死角を突き、赤の斬撃が逃げ場を削る。
連携の密度が、さっきより一段上がっている。
さすがに二対一でこのまま付き合うのは面倒だ。
いや、面倒で済んでいるあたり、怪人の身体がおかしいのだけれど。
拳をいなし、斬撃を弾き、蹴りをかわしながら、私はじりじりと後ろへ下がる。
そのときだった。
≪……ふむ≫
落華の声が、妙に落ち着いた調子に変わった。
(今度は何)
≪朗報だ。ネゴシエーター部門から連絡があった。先方と話がついたとのことだ≫
(つまり……どういうこと?)
≪支払いプランが更新された。支払いが継続されるなら、彼女たちは優良顧客だ。強制回収プロセスは中止でいい。撤退したまえ、零落マオ≫
落華はあっさり告げた。
その声音には、ほんの少しだけ営業成績の改善を喜ぶ社員じみた満足感が混じっている。
(終了って……今めちゃくちゃ殴り合ってたんだけど)
≪武力示威は交渉における重要な補助線だからね。今回の回収圧力が功を奏して、先方も支払い計画の見直しに応じた。実に建設的な着地じゃないか≫
(建設的かなあ!?)
確かに死人が出るよりは建設的かもしれない。
でも、さっきまで首が飛びかけていたのだけれど。
≪十二回払いを二十四回払いへ変更。追加分の支払いで総額は多少上がるが、月々の負担は軽くなる≫
(つまり、アニメで言うと一クールで終わるはずが、続編決定で追加一クール延長ってこと?)
≪ふむ。言い得て妙だね。概ねその理解でいい≫
私はため息をつき、抜き放っていた刀を鞘へ戻した。
目の前の魔法少女と敵対する理由がなくなった以上、戦う意味もない。
「逃げる気!」
ブルーシエルが拳を構える。
ルージュソレイユも剣先を下げない。
当然だ。さっきまで殺し合いをしていた相手が、急に帰ると言い出したところで信用できるわけがない。
私は小さく肩をすくめた。
「そう警戒しなくてもいい。こっちにも仕事の都合ってものがあるのよ」
「仕事……?」
ブルーシエルが眉をひそめる。
いかにも正義の味方らしい反応だった。
「要件がなくなった。だから帰る。それだけ」
「そんなの、信用できるわけないでしょ!」
「でしょうね」
実際、私だって逆の立場なら信用しない。
それでも、これ以上やる理由がないのは本当だった。
ルージュソレイユが一歩前へ出る。
「シエル、下がって。こういう手合いは、隙を見せた瞬間に来る」
堅実な判断だ。
この赤い方、思ったよりずっと真っ当なのかもしれない。
(主任。どうするの、これ)
≪簡単なことだ。帰りたまえ。相手に事情を説明する義理などない。少しはミステリアスに去るがいい≫
(その雑な美学、嫌いじゃないけど)
私は二人へ向き直った。
「勘違いしないで。別に見逃してあげるとか、そういう話じゃない」
わずかに声を低くする。
こういうのは雰囲気が大事だ。
「今日は引くだけ。次がないと思わないことね、魔法少女」
ブルーシエルの肩がぴくりと揺れた。
ルージュソレイユの視線も、さらに険しくなる。
よし、たぶんそれっぽくは聞こえた。中身が三十八歳のフリーターでも、見た目がラスボス級美少女怪人ならハッタリは多少効くらしい。
「待て!」
ブルーシエルが叫ぶ。
「あなた、何が目的なの!」
まっすぐな声だった。
この子はきっと、敵にも理解できる理由があると思っている。
世界はちゃんと分かる形で動いていると、まだ信じている。
眩しい。けれど、こっちはその期待に応えられる側じゃない。
「目的、ねえ……」
世界征服でも、復讐でも、絶望の拡散でもない。
私の今回の仕事は、もっと地味で、夢がなくて、口にした瞬間いろいろと台無しになる種類のものだ。
だから私は、少しだけ笑って誤魔化した。
「企業秘密ってやつ」
「っ……!」
ブルーシエルが悔しそうに歯を食いしばる。
たぶん今の返し、すごく悪役っぽく聞こえたのだろう。
実際には、本当に秘密結社の業務上の秘密なだけなのだけれど。
私は踵を返す。
壊れた床を踏み、焼け焦げた壁の脇を通り過ぎる。
背後から飛びかかられても対応できるよう、気配だけは切らさない。
だが、追ってはこなかった。
ブルーシエルは拳を握ったまま立ち尽くし、ルージュソレイユは警戒を解かず、それでも無理に距離を詰めてはこない。
賢明だ。こっちとしても助かる。
出口へ向かいながら、小声で呟く。
(で、結局どうまとまったの)
≪再契約だよ。残存分を再査定し、支払いプランを長期へ組み直した。月々の負担は軽くなるが、総額は増える。実に堅実な落としどころだ≫
(うわあ……)
≪おかげで商品運用は継続。先方は戦力を維持でき、我々は債権を確保できる。誰も損をしていない。素晴らしいではないか≫
(いや、たぶん精霊はちょっと損してるよね)
≪夢や希望を前借りするとは、そういうことだ≫
ひどく達観した声で、落華は言った。
人生訓みたいに言っているが、たぶんかなりろくでもない。
背後で、ブルーシエルの声がもう一度だけ飛んだ。
「次に会ったら、絶対に逃がさないから!」
私は足を止めず、ひらりと片手だけ振った。
「そのときはそのとき。せいぜい頑張りなさいな、魔法少女」
言ってから、少しだけ可愛く言いすぎた気がした。
外見に引っ張られて、口調の調整がまだ安定しない。困る。
建物の外へ出る。
夜風が、熱を持った頬を撫でた。
勝ったわけでも、負けたわけでもない。
ただ戦って、途中で話がまとまったから帰る。
夢も希望も魔法も友情も、最後にものを言うのは契約書と支払い能力。
そんな現実を知っているのがこっちだけだというのも、なんとも趣味が悪い。
魔法少女の敵というのは、本来もっとこう、絶望とか闇とか、分かりやすく嫌なものを背負って現れるべきなのだろう。
少なくとも、交渉成立を受けて現場から撤収する回収担当の怪人なんて、あまりにも風情がない。
――だが、まあ。
そういう格好のつかない事情で回っているのが、案外この世界の本当の姿なのかもしれなかった。