おせいそうすほそ系TSヒーラーは、生きているだけで偉いと思う 作:うすひら
──ケアラの街には、大陸最高と名高いヒーラーがいる。
そんな話を、リリナは少し前に聞いたことがあった。
どんな傷でも生きていれば必ず治してしまう優秀なヒーラーで、生歌というレアスキルも所有しているという。
優秀なスキルをどれだけ持っているかが、この世界における才能の指標だ。
特にこの生歌は、使用している間使用者が発動するあらゆるスキル、魔術の効果を強化する。
その強化量自体が凄まじい上に、歌そのものに魔力を必要としない。
スキルというのは常時発動するタイプでなければ、基本魔力を必要とするのが普通。
だというのに、生歌はその例外に位置しているのだ。
理由は定かではないが、かつて生歌を所持していた人物曰く。
──このスキルを持つものは、神に愛されているという。
この事をリリナに教えてくれた人物は、ケアラの街の”生歌の魔女”を見ればその理由が解ると語った。
今から、一年ほど前のことだ。
それほどまでに、”生歌の魔女”というのは凄まじいのだろうか。
きっと、多くの冒険を乗り越えて英雄と呼ばれる偉大な冒険者の一員になったに違いない。
リリナはそう考えていた。
才能あるものには、それを活かす義務がある。
それがリリナの信条だ。
正確に言えば、小さい村の中で優秀なスキルを複数保有し、将来を期待されて育ってきたリリナが行き着いた結論である。
才能ある人間は期待されるのが普通で、それに答えないと周囲から失望されてしまう。
それがリリナの根底にあるものだった。
唯一自分を対等な友人として扱ってくれるジョンとシェリアと共に、リリナは冒険者になるべくケアラの街を目指した。
その道中に恐ろしい狼の魔物と出くわし、敗北。
何とかジョンとシェリアは守れたけれど自分の命は保たない。
そんな状況でなおリリナが恐れたのは──村の人達を失望させること。
ただ、それと同時に安堵もしていた。
ある意味で、リリナは疲れていたのだろう。
もう、故郷の人々の期待に答える必要はないのだ、と。
──そんなリリナは、件の”魔女”に命を救われた。
魔物に襲われ、共に冒険者となるべく旅立ったジョンとシェリアを庇って死にかけた。
そして死んだと思っていたのに意識を取り戻した時、リリナが最初に聞いたのは歌だったのだ。
温かな歌、美しい歌。
吟じられる言葉は、確か大陸の西方にあるトスカーラ王国の子守唄だろうか。
村の人々の期待に答えるため、彼らが買い与えた書物を夜遅くまで読みふけっていたリリナだから、頭の片隅にそんな知識が残っていた。
しかし、普通の人ならこれがどんな歌かはさっぱりわからないだろう。
死の淵を彷徨っていたなら、なおさら。
だけどどうしてか、リリナはそれが解ったのである。
そして聞き取れたからポツリと、自分が生きているのだとこぼした。
けれども何故聞き取れたのかを考えるよりも先に、衝撃が襲う。
抱きかかえられたのだ。
「安心してください──貴方は、生きているだけでも偉いんですよ」
その言葉に、不思議と涙が出た。
今までそんなこと、一度も言われたことがなかったから。
最初のうちは、些細なことでも周りは褒めてくれた。
段々とハードルが高くなっていって、やがてちょっとのことでは褒めてくれなくなった。
──最後に褒められたのは、一体どれほど前のことだろう。
きっとこの人は、リリナの抱えているものを解ってくれているのだ。
抱きしめられた温もりから、そう感じた。
しかしだからこそ、不思議でもある。
どうして生歌の魔女は、生きているだけでも偉いと言ってくれたのだろう。
彼女の才能を考えれば、リリナとは比べ物にならないくらい、周囲の期待に押しつぶされそうな人生を送ってきただろうに。
なのに、こんなにも優しい言葉をかけてくれるのは何故か。
わからない。
あまりにもわからないことが多すぎて、リリナはただ一人泣いた。
──それからしばらく、リリナは回復直後ということもあってか意識がぼおっとしていた。
どうもその間に生歌の魔女はどこかへ行ってしまったらしい。
心配して付き添ってくれたジョンとシェリアに礼を行って外に出る。
冒険者登録は、今日中にやればいいだろう。
今は少し、一人になりたかった。
大丈夫なのかと問われたが、生歌の魔女の治療は完璧だったらしく、調子は全く悪くない。
そうして外に出て、ふらふらと街を歩いた結果──
──屋台広場で、餌付けされている生歌の魔女を見つけた。
両手いっぱいに料理を手にし、あちこちから声をかけられ、声をかけられる度にふらふらとそちらへ寄っていく。
口はリスみたいに頬を膨らませており、後なんか微妙にさっきより小さい気がする。
頭身が低いというか、デフォルメされたというか。
──同じ生き物? と思わず首を傾げてしまった。
「むきゅ」
「あっ」
そして目があった。
「──んく、先ほどぶりですぅ。リリナしゃんとおっしゃいましたね? ご無事で何よりといいますかー」
「あ、えと、はいです。大変お世話になりましたです。生歌の魔女様……です」
「んぐんぐ、硬いですねぇ~、お姉さんの事はクリス、と読んでくれてもいいんですよ?」
二人して広場のベンチに腰掛けて、話を始める。
敬語なんてほとんど使ったことがないから、喋り方が自分でもぎこちないな……とおもう。
その点、クリスと名乗った魔女様は自然体だ。
なにしろ、話の途中でも遠慮なく屋台の食べ物をもきゅもきゅしているくらいだし。
それを見ていると──
「そうだ、せっかくですし……こちらの焼き鳥をどうぞ。私の奢りですよぉ? タレがね、タレがいいんですよぉ」
にこやかに、焼き鳥の串を差し出してくる。
慌ててそれを固辞するも、クリスの勢いに押し負けて結局リリナは受け取ってしまった。
そして──
「──誰かに期待され続ける生活は、苦しいですよねぇ」
突然、リリナが抱えてきた悩みをピタリと言い当てられてしまった。
「え、あっ……!?」
「あ、驚かせちゃいました? あのジョンという子がリリナさんは助からなきゃ行けないっていってたんです。それでピンと来ちゃいましてぇ」
「ジョンが……」
いつの間にか食事を食べきったクリスが、両手の指を重ねるようなポーズをしながら言う。
語られたジョンの言葉、きっとシェリアも同じ気持ちだっただろう。
あの二人は、村で唯一と言っていいリリナと対等に接してくれる二人だ。
けれども、リリナに対してもっとも強い期待を抱いている二人でもある。
他にも嫉妬や羨望のような感情も、きっと抱いているだろう。
それでもそれを顔に出さず、リリナと接してくれている。
だからこそ、リリナの二人に対する感情も複雑だ。
「……クリスさんも、そうやって期待されてきた、です?」
「まぁそうですねぇ、私の場合は父が有名な冒険者だったというのもありますし……でもまぁ、気にすることはないと思いますよ?」
言っているそばから、周囲の屋台の店主がクリスに食べ物を持ってくる。
それをクリスは代価を支払って受け取り、片っ端から頬張って行く。
その度に何だか頭身が伸び縮みしているような気がした。
なんなんだろう、この人は。
「案外、自分の振る舞いたいように振る舞っていれば、そのうち周囲は納得するというか……
「ええ……いいのです? それ」
「いいんですよお、んーおいひい。リリナちゃんも食べてくらはい。んっく」
「は、はいです」
言われるがまま、焼き鳥をいただく。
たしかにクリスの言う通り、タレがよく肉に染み込んでいた。
「……おいひいです」
「そーでしょうそーでしょう。そしてこういうのをいっぱい食べると満足するんですよお。……誰かからの賞賛じゃなくて、自分の満足を優先してみるのはいかがですか? きっと、楽しいですよー」
「……それは」
なんとなくだけど、理解できた。
クリスの周囲にいる人物は諦めたのではない。
これほど楽しそうに生きているクリスを見たら、それでいいのだと思わずには居られない。
「えと、生きているだけでも、偉い……です?」
「はい、死んだらそれでおしまいです。生きていればきっと、楽しいことだってありますよ」
「じゃあ……
ああきっと、クリスを知ったものの多くはこう思うのだ。
「最高じゃないですかー?」
──自分もこういう風に生きたい。
そしてクリスはそれを全力で肯定してくれるだろう、と。
だから屋台の人達はクリスを餌付けしようとするのだ。
クリスの存在は、それだけで周囲に肯定を与えてくれるものだから。
そしてそんな存在を前にしたリリナもまた、強くクリスに憧憬を抱くのだった。
頭身が伸び縮みする系うすほそ、縮んでる時は結構丸い。
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