おせいそうすほそ系TSヒーラーは、生きているだけで偉いと思う 作:うすひら
「~~♪」
ふんふんと鼻歌を歌いながら街を征く。
今日も今日とて私は生きているだけで偉いのだ。
故に、上機嫌にもなろうというもの。
まぁようするに、人生をエンジョイしているということだね。
いいことだ。
で、そんな鼻歌なのだけど、聞くものが聞けばすぐに“誰の歌”か解るだろう。
これが少し珍しいパターンだと──
「~~♪」
「~~♪」
──
向かい側からやってきた少女が、私とまったく同じフレーズを口ずさんでいたのだ。
あまりにも、偶然。
自然とお互いの視線がお互いに向けられる。
すると、意外にもそれはまったく無関係というわけでもない相手だった。
「むあ」
「おっと君はー……シェリアちゃんですねぇ? こんにちはー」
「こんー」
シェリアちゃん。
リリナちゃんとジョンくんといっしょに冒険者となるべく山奥の村からやってきた少女。
見た目はなんというか、ふわもこの黒い羊さん。
ボリューミーな癖のある黒髪と、黒一色の女の子らしいふんわりスカート。
冒険者をしている時は、ここに黒いローブがつく。
典型的な後衛タイプの冒険者だ。
「クリスお姉ちゃん、クリスお姉ちゃん」
「おお、私の事をお姉ちゃんと呼んでくださる方が……自認お姉さんなのですが……なかなか呼んでくださる方がいなくて……」
「クリスお姉ちゃんって──」
あ、スルーされた。
一人お姉さん呼びに喜んでたらスルーされた。
正しい。
で、そんなシェリアちゃんの話題というのが──
「──お姉ちゃんも
「すいしょうひめたん」
案の定水晶姫──
水晶姫たん……たん!?
君こないだ、水晶姫様って言ってなかった!?
どうやら、人前だと様付けで、親しい人と話す時は「たん」らしい。
まぁ……シェリアちゃんから良い印象を持たれているってことで、喜んでおこう、うん。
「水晶姫たん、いいよねぇー」
「まぁ……人気ですからね」
水晶姫。
またの名を“偶像の聖女”。
ここ最近、町中で大ヒットしている
一般的に“歌”と言えば面白みのない童謡か、吟遊詩人の大仰な感じの“詩”が普通の時代。
彗星のごとくポップでキュートでクールなアイドルソングを突如として発表し、巷で話題をかっさらうのが水晶姫だ。
この世界には、音声を録音できる魔道具というのがあって、それがCD並に世界中で一般的に流通している。
安価で大量生産できるんだよね。
おかげで、この世界の娯楽において歌はかなり高い比重を占めてるわけだけど、その中でもとりわけ水晶姫は民衆に人気が高い。
まぁ何にしても前例のない歌を歌ってるからね。
この世界でアイドルソングを歌ってるのは水晶姫だけだ。
「シェリア、ずっと水晶姫たんの歌を聞きながら育ったのー、街に行けばもっともーっと歌が聞けるんだって。楽しみぃー」
「そ、それはよかったですねぇ」
──で、ここまでの語りからお察しの通り、水晶姫とは私のことだ。
いやこれがね、知り合いに天才としか言いようのない作曲家がいるんですよ。
そいつの前で前世のアイドルソングを少しだけ口ずさみながら生歌を使ったら、ビビっと来てしまったらしい。
水晶姫として私が歌っている歌は、全てその天才作曲家の女が作ったもの。
前世の歌を盗用したりはしてないよ、そいつの前でアイドルソングを歌ったのも一回きりだ。
その一回きりでアイドルソングの何たるかを完璧に理解し、この世界の大衆受けする形で作り直したのが、その
私は何もしてないよ。
なので報酬も作曲家に預けっぱなし。
私の分は分けて取ってあるらしいけど、ぶっちゃけ使う予定はないなぁ。
一体いくらに溜まっているやら。
「水晶姫様の歌声、とっても素敵なんだぁ、いやされるっていうかぁ、すくわれるっていうかぁ」
ああ、いや。
ボイトレなら結構頑張ったかも。
前世ではほとんど歌の練習なんてしてこなかったからね。
作曲家に死ぬほどしごかれて、そこそこ上達したのが今の私。
まぁ、そうはいっても作曲家曰くまだまだ全然だし、私自身それは実感してるけどね。
いやなんだって怠惰な私がそんなことしたのかっていうと理由は二つある。
一つは自分のためで、もう一つは曲を作ってくれた作曲家のためだ。
詳しく話すと長くなるのでまた今度ね。
でもまぁ、声質はいいんだ、私。
自分でもびっくりするくらい、いい声してる。
水晶姫が大ヒットしたのは、作曲家の完璧な歌と、私の声が原因だな。
ほら、今ここでもこうしてファンのシェリアちゃんが──
「──
────────危ない方向に傾きまくっているぅぅぅうううう!!!?!!?!?
えっ!!!?!?!?
さっきまでの流れと、シェリアちゃんのキャラでその流れ!?
まずい、道端でよだれを垂らしてうへうへし始めている!
うへーって言うのは私のキャラなんだよ!!
ニュアンス違うけど!!!
「あのねあのね、水晶姫たんのお歌を耳元で聞いてるとー、お腹がずんずんってするの。不思議だよねー」
「うおおおおお! ちょっと別の場所でお話しますよぉおおおおお!」
普段の私からは考えられないテンションで、シェリアちゃんの発言を誤魔化すようにしながら抱える。
んひゃう、とか抑揚のない声音でこぼすシェリアちゃん。
うおおおまずいまずいまずい!
なんかこう、事案みたいだ!
慌てて私は、人目につかない裏路地へと連れ込むとぜぇぜぇ息をしながらシェリアちゃんを見る。
「シェ、シェリアちゃん! ひ、人の好きは否定されるべきではありませんし、私も否定はしませんけどぉ。世の中には人前で話すべきではない好きもあるのですよ……!」
「そうなの?」
「こ、この話……他の人にはしましたか?」
「リリナちゃんがね、男の人には話しちゃだめって言ってたー」
「で、であれば……私とリリナちゃん以外には……話すべきではないかとおもいますー」
はぁ……はぁ……
ふぅ……やっと息が落ち着いてきた。
び、びっくりしたぁ、いきなりシェリアちゃんが「水晶姫たん、はぁはぁ」って言い出したかと思ったぁ。
「はぁはぁ……水晶姫たん……やっぱり素敵だよぉ……」
「い、言ってる……」
「うへへ……クリスお姉ちゃんも……水晶姫たん……好きぃ?」
「う、うーん……私ですかぁ?」
おっといきなりこっちに話が向けられた。
水晶姫が好きかどうか。
これは普通に考えれば本当にただ好き嫌いを聞かれているだけなのだが、というかそれ以外ないのだが。
それでも、私が答えるとなるとそれは“私が私を好きかどうか”という話にもなってくる。
変な話だ。
「うーん、もちろん歌は好きですよ? でなきゃ口ずさまないですし」
私は別に、自分のことを好きでも嫌いでもない。
歌に関しては、はっきり言って大好きだ。
何しろこれを作ってくれた作曲家は、私にとっては数少ない友人になるわけで。
その友人が私に送ってくれるものを、好きにならず何だというのか。
ようするに、歌は私のものではないから好き。
「でも、水晶姫を好きかって言うと……どうなんでしょう? 水晶姫って、歌しか世間に知られてないじゃないですかー」
「あー」
私は世間に自分を晒したくない。
だから、歌しか私は水晶姫として披露していないのだ。
人前に立ってコンサートとか、夢のまた夢。
あと、この世界の魔道具はあまり録音機材として質が良くない。
昔のカセットテープみたいな感じで、音がだいぶかすれる。
するとまー、こうやって私が人前で鼻歌を披露しても、私が水晶姫だとバレることはない。
歌声を意図的に変えてるってのも、かなり大きいけどね。
水晶姫に発情するクラスのへんた……ファンであるシェリアちゃんだって気づかないんだもの。
多分これからも、きっと私が水晶姫であるとバレることはないんだろう。
んで、そういった事を考えると──
「……逆に、そういったところが神秘性に繋がってるし、そういうところは好きなのかもしれませんね」
「なるほどー」
私は面倒が嫌いだし、目立ちすぎるのは嫌だ。
人並みに承認欲求はあるけれど、承認されることで発生する煩わしさは御免被る。
だから、要するに──人に知られていないからいいのだ。
うん、そういう意味では割と、私は水晶姫としての自分を気に入っているのかもしれないな。
本来の自分は……まぁ、何とも言えないけどさ。
──で、翌日。
「クリスさんが、発情した幼い少女を路地裏に連れ込んだと聞いたのだわ!」
「変なことはしてないですから!!」
ギルドで私がシェリアちゃんを路地裏に連れ込んだ件が話題になってた。
ちくしょう、みられてた!!
水晶姫たんはおせいそうすほそなので、少女を拐かしたり性癖を破壊したりしません!
お読みいただきありがとうございます。
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