おせいそうすほそ系TSヒーラーは、生きているだけで偉いと思う 作:うすひら
森の中を、ハミングしながら進んでいく。
これでも生歌の効果は発動し、私の身体強化は格段にそのスペックを跳ね上げる。
故にこそ私は、半日で行方不明者の出た森へとやってくることができていた。
本来なら数日はかかる道のりを爆走し、現在は件の森を駆けている。
時刻は夜、リリナちゃん達との昼食が既に遠い昔のようだ。
生歌は、使用することで使用者のスキルと魔術に強力なバフを与える。
それには、ちょっとした高揚感のようなものを伴う。
というか生身の体で尋常ならざる力を発揮するというのは、それだけで異様な爽快感を伴うものだ。
しかし今の私の心境は、はっきり行ってあまり良くない。
本当なら、こんな仕事したくはないのだ。
もともと働きたくない気質な上に、私にとって旅から帰ってこないというのは鬼門である。
しかしだからこそ、体が動いてしまう。
何しろ、結果的に私のビルドは、こういった行方不明者を探すのに最適な構成をしているからだ。
すぅ、と一つ息を吸う。
「~~♪」
そして、ハミングから歌唱へと切り替えた。
生歌の効果が強化される。
普通なら、生歌で生歌を強化することなんてできない。
そんなことできたら、チートを通り越して無敵もいいところだ。
しかし私は特定の条件で、特定の効果のみを強化できるよう生歌を鍛えた。
あいつとのボイトレにおける、
では、強化されると何ができるのか。
「~~♪」
声がデカくなる。
それだけ。
いや、正確にはそれだけではないんだけど。
正確に言うとこれは生歌だけでなく、身体強化も一部複合している特技だ。
これにより遠くまで声が届く。
すると、二つの副次効果がある。
一つは届いた声がソナーのような効果を発揮すること。
私の生歌には当然ながら魔力が含まれており、これが他者の魔力と反応し合うことで他者の居場所を探知できるようになるのだ。
ほとんど見つける宛のない行方不明者捜索において、この技能は必須と言っていい。
そしてもう一つは――魔物がこれに反応すること。
「……こっちに向かってくる魔物は、数匹だけですか」
大抵の魔物は、このクソデカイ声を威嚇と判断し逃げていく。
これにより魔物を散らして、捜索を容易にするというわけ。
今回は一匹だけ、猛然とこちらに迫ってくる魔物がいるわけだけど、それはまぁ想定内。
というか、こういう森ならそういう魔物が一匹くらいはいないとおかしい。
ここはだいぶ人里離れた森で、そこそこ凶暴な魔物が多く生息しているからだ。
とはいえ、返ってきた足音からしてこれは――
「……狼型魔物」
ちょうどそんな話をしている最中だったから、嫌な気分になる。
狼は執念深く、狡猾で、そして何より凶悪だ。
人を獲物としか認識せず、それでいて狩った人間を嬲る悪辣さも持っている。
何より、群れる。
敵と戦う上で一番厄介になってくるのは、数だ。
数がこちらより多ければ多いほど、敵は厄介になっていく。
どれだけ強い冒険者でも、数で上回られた上に、相性が最悪だと消耗して最終的には負けてしまうのだ。
――
「ああ本当に……最悪ですね」
現れたのは
全身が灰色の――まるでそこだけモノクロ写真の中から飛び出してきたかのように――異様なほど灰色の狼。
成体のこいつは、全長数メートルを誇る巨体である。
それが複数匹。
私を囲むように、現れた。
名を――
「――死灰狼」
歯噛みしながら、狼を睨む。
そいつらはまるでニタニタと笑うように口角を上げながら、こちらを見下ろしている。
あの大声を聞いてなお、こちらを獲物と見定めてやってきたのだ。
自分が負けるとは、到底思っていないだろう。
だからこそ――
「フッ――!」
私は言葉もなく死灰狼へと肉薄し――
木々をなぎ倒しながら、十数メートルは軽く吹っ飛ぶ死灰狼。
狼達は、一瞬だけ唖然とした。
か弱い人間が、こうも容易く自分の同胞を吹き飛ばすとは思わなかった。
その隙を見逃さず、もう一匹私は死灰狼を蹴り飛ばす。
こいつらを相手する時は、先制して虚を突き、可能な限り数を減らすのが最善手だ。
――私はそれを、よく知っている。
父が亡くなって少しした後、私は死灰狼の存在を知った。
大陸各地に時折現れ、全てを死へと変えていく灰色の狼。
とりわけ厄介なのはその凶暴性と能力。
神話の魔狼が遣わしたとも言われる、人類に対する執拗なまでの攻撃性。
そして――
これにより、近接職は非常に不利を強いられる。
上位の金属であるアダマンタイトやミスリルですら灰と変えるその能力のせいで、父は死んだ。
魔術を得意としない純粋な前衛職だったから。
とはいえ、後衛でも死灰狼を相手するのは難しいだろう。
早すぎるのだ。
魔術の詠唱は間に合わず、弓等はそもそも当たらない。
これを対処するための最適解が――徒手空拳。
私が身につけてきた技術は、そのほとんどが堕落を極めるためであり、死灰狼を討伐するためでもある。
強くなればなるほど生活は安定し、楽な暮らしができる。
そして死灰狼を、危険無く殺せるのだ。
ソナーで死灰狼の位置を特定し、身体強化した徒手空拳でこれを倒す。
そして――睡蓮により、私は長時間の活動が可能である。
一時期、大陸中の死灰狼を狩っていたことがある。
昼夜問わず大陸を駆け回り、睡眠時間は一日数分もあればいい方。
ただ――それらの活動は無駄だった。
魔物は基本繁殖によって増えるのだが、死灰狼は例外に位置する魔物らしい。
倒しても倒しても
伝説はあながち嘘ではなく、こいつらは魔狼の眷属なのだろう。
――だから私は、能動的に行動するのをやめた。
生きているだけで偉いという信条が確立されたのもその頃で、私は受け身になり、行方不明者捜索という形でだけ動くことにした。
この世界から、全ての悲劇を取り除こうと思ったら、あまりにもやるべきことが多すぎる。
だから私は――諦めたんだ。
「これで――」
――気がつけば、死灰狼は残り一匹になっていた。
私は飛び上がると踵を振り上げ――そして振り下ろす。
強烈な一撃。
死灰狼の脳天をかち割って、地面へ叩きつけるには十分すぎるものだった。
「おしまい、です」
ふう、と一息つく。
周囲にはだいぶ破壊されて大変なことになった森と、無数の死灰狼の死体。
私はそれらに一瞥すると、もう一度声を張り上げてソナーを使用。
周囲に隠れた死灰狼が残っていないこと、他に魔物が寄ってこないこと、そして――
「――あっちですか」
この状況においてもなお、微動だにしない”反応”を発見。
私はそちらへ、足を向けた。
――死灰狼の最悪な点は、素材が取れないところだ。
肉はまずくて食えたものじゃない、毛皮は材質として最悪で金属を灰化させる能力も死亡すると失われる。
だから狩る旨味が少なく、さらには一度出くわすと向こうは死ぬまでこちらを追いかけてくるのだ。
人にとって、これほど最悪で危険な魔物はそういない。
だからこそ”彼”は、少しでも死灰狼から逃げるべく森の中を進んだのだろう。
結局、その努力が報われることはなかったけれど。
それでも私は――
「――見つけましたよ」
行方不明になった男を、見つけた。
無惨に生きたまま食い殺されたのだろう。
逃げ出そうとしながらも手を伸ばし、届かなかった男の死骸が、そこにはあった。
+
――日記には、こう記されていた。
ようやく故郷に帰れる目処が立ち、娘にも会うことができる。
長く冒険者をしていたが、今この瞬間は間違いなく私にとって最高の瞬間だ。
仲間たちとともにドラゴンの討伐に成功し、多額の報酬を得た。
もうこれ以上、危険な冒険をしなくてすむ。
これからは故郷で妻と娘とともにゆっくり畑でも弄りながら生きていこう。
だからどうか待っていてほしい。
しかし、少しだけ不安だ。
二人は私を受け入れてくれるだろうか。
何年も冒険者として大陸中を駆け回り、ろくに故郷へ顔も出せていなかった私を。
きっと、何もかもが上手くは行かないだろう。
しかし私はこれまで、何度も冒険を成功させてきたのだ。
これくらいの困難、なんてことはない。
むしろ、これこそ私にとって最高の冒険ではないか?
ああ、早く娘と妻に会いたい。
もうすぐ故郷だ。
二人は、私を待っていてくれるだろうか。
――そんな内容が、食料でないために食われること無く残されていた荷物から見つかった。
資料によると、彼はBランクの冒険者だったらしい。
有名パーティに所属し、ドラゴンの討伐にも成功した優秀な冒険者。
故郷に帰るだなんて簡単な冒険、失敗するはずがないのだ。
普通なら。
――だけど、失敗した。
それはこの世界なら本当によくあることで、あまりにもありふれた光景だった。
+
「――結局、行方不明者を捜索する時、生存している人を見つけられることは……極稀なんです」
「……そうなの、です?」
「ええ。どうしても……行方不明になってから……数日経過していますし、時には私自身が……移動に数日かけることもあります」
朝、あれからさらに数時間かけてケアラの街まで戻ってきた。
するとギルドには、朝早くから出てきたらしいリリナちゃんの姿があったのだ。
私は温かいココアを飲みながら、リリナちゃんと話をする。
徹夜で夜通しだったのだ、既に体は眠気を覚えており、しばらくすれば眠りにつくだろう。
うつらうつらとしながらリリナちゃんに語る。
「それでも私は……どうしても捜索を続けて……しまうのですよね」
「……クリスさんは、間違ってないと思う……です」
「ありがとうございます、リリナちゃん」
段々とまぶたが重くなってくる。
私はどうして、今も捜索を続けているのだろう。
父のことは、割り切ったはずだ。
寝ている時に、父の悪夢をみたりとかそういうことは無い。
普段の生活で行方不明者を意識することだって、無いはずなのに。
ああ、私は――
「……それでも私は、生きてることが一番偉いって……思っちゃうんでしょうねぇ」
それは、果たしてリリナちゃんに聞こえていただろうか。
眠りにつく私の顔を――リリナちゃんは真剣な目で見ていた。
まるで何かに心を掴まれて、目を離せなくなってしまったかのように。