おせいそうすほそ系TSヒーラーは、生きているだけで偉いと思う 作:うすひら
ある日、ギルドにジョンくんが一人でやってきた。
これは珍しいことだ。
基本的にリリナちゃん達三人は一つのパーティとして行動している。
町中で単独行動しているリリナちゃん達と出会うことはあるけれど、一人でギルドにやってくるのは珍しい。
仕事、というわけではないだろう。
休みなのにわざわざギルドへやってきたということは――
「おやー、ジョンくんじゃないですかぁ、おはようございますー」
「わっ、クリスさん」
「うへへー、今日もいい天気でやすねぇ」
「曇ってますけど……」
「まじですかー……にしても今回はもしかして”特訓”ですかぁ?」
「うっ」
特訓、あるいはコソ練というやつだ。
強くなりたいんだねぇ、男の子だねぇ。
「そーいえば、こないだ話が途中でしたよねー。せっかく出し、私が少し見てあげましょうかぁ?」
「えっ!? いや、なんか……悪いですよそんなの!?」
「いーのいーの、贔屓はずるいですけど、私はずるい女ですから好きな時に好きなことしちゃんですよー?」
「……っ」
あ、視線を反らした。
ふふふ、こういうのが人生を楽しむコツってやつだ。
やりたいと思ったらためらわない。
向こうが嫌がらないなら遠慮しない。
うん、早速やあっていきましょうかぁ。
――というわけで、訓練場。
「おす!」
「お、おす」
二人で拳を握りしめて肘を後ろに引っ張る押忍のポーズ。
周囲には他にも冒険者がいて、数名はこちらをチラチラと見ている。
別に観察したいなら好きにすればいいし、なんなら乱入してくれてもいいのにね。
面倒になったら投げ出すけど、ちょっとくらいなら別に構わないよ、私は。
「じゃー今回は、ジョンくんはどういう特訓をするつもりだったんですかぁ?」
「えーと……特にこれといった目的はなくて……暇だったから素振りでもして……もし周りと盛り上がったら組み手でもできたら……とか……?」
「はい決まり! 私と組み手でーす!」
「ええっ!?」
何をそんなに驚いているのか、私にはさっぱりわからない。
こういうのは実践で感覚を養うのが一番なんだよ。
素振りとか型の練習も大事だけど、結局この世界だと体を鍛えるのは身体強化で賄えてしまうことが多いのだ。
身体強化がなければ、素振りには体を鍛えつつ剣の動きを体に教え込むって二つの役割が会った。
けど、この世界だと後者しか意味がない。
ある程度体が出来てきて、剣の動きも洗練されてきたらとにかく実践あるのみ、よ!
「ほら構えた構えた、やりますよー」
「あ、あ、え」
「んじゃ、かるーくいきますからねー」
ジョンくんを促し向かい合わせる。
まだジョンくんは困惑しているようだが、ここは意識を切り替えさせるために容赦しない。
軽くと行っておきながら、私はほぼ全速力でジョンくんに肉薄した。
「うわ!」
「お、目を閉じませんでしたね、いいですよー」
――で、寸止め。
眼の前に迫った回し蹴り。
それをピタリと止めても、ジョンくんは目を開けたまま。
私はそのまま、今度はジョンくんが回避できる速度でケリを再開した。
「リ、リリナの剣で慣れてる……からな!」
「では、ここから普通にいきましょー」
んで、そっからはジョンくんに合わせた打ち合いだ。
ジョンくんはまだ十代前半であるにも関わらず、その動きは洗練されている。
幼い頃から優秀なリリナちゃんが、お手本として眼の前にいたからなのだろう。
リリナちゃんは複数のスキルを高水準に使いこなす秀才型と聞いている。
対するジョンくんは身体強化以外はそこまでではなく、純粋な戦士型。
冒険者としては、潰しが効くもののあまり器用ではないタイプ。
彼の目的である大パーティのリーダーになり、大きな冒険を成し遂げるという夢を叶えられるかは、ちょっと何とも言えない。
ただ――
「――目がいいですねぇ」
「あ、わ、わかるのか?」
「これでも、それなりに場数はふんでますから……ねー」
ケリを放つと、的確に最低限の動きでジョンくんは回避する。
目がいい、と一言で表現したけど要するにこれは複数の才能が複合しているのだ。
空間把握能力が高く、また目ざとい。
更には格上の攻撃に対して目を閉じない度胸があるから、動きも大胆。
ジョンくんの強さは、スキルには由来しないのだ。
こういう人は、結構いる。
スキルって才能を可視化するものではなくて、外付けの才能みたいなものだからね。
そしてジョンくんのこの才能は、彼の夢を叶えるための適性として有利に働くんじゃないかな?
まぁ、今は関係ないので置いておくとして。
「では、こういうのはどうでしょー」
「う、うわ!」
「いくら目が良くて回避力が高いと行っても、至近距離まで潜り込まれたら逃げようがないですよねー」
ジョンくんの木剣をかいくぐって、一気に踏み込む。
私はそのまま、ジョンくんへ体当たりを敢行した。
ずむっと掴まれてそのまま倒れるジョンくん。
「う、うわー!」
「これをいわゆる組技といいます。動物系魔物に食いつかれるようなものと考えて、対処してみてくださいねー」
「うわ! うわうわうわ! うわーーー!?」
あれれ、なんかさっきまで冷静に対処できていたのに、一気に動きが雑になったぞ。
私はそのまま手癖で、流れるようにジョンくんを締め上げてしまう。
「ぐ、う、ぉお……!」
「あ、ちょっと、暴れないでくださいよー、これ、暴れると更に締まっちゃうんですからー」
しかしジョンくんは最後まで大暴れを続け、最終的に私の絞め技で意識を刈り取られるのだった。
+
――ジョンは地獄を見た。
皆が憧れる冒険者であるところの”生歌の魔女”ことクリスに組み手をしてもらえることになったのだ。
それ自体は、とてもありがたいことである。
が、しかし。
周囲に人がいる状態で、一対一の組み手となるとどうか。
死ぬほど恥ずかしい。
それでも、せっかく得られた機会である、これを逃がすわけには行かない。
最初のクリスが見せた最高速には本当に驚かされた。
アレが、ケアラ最強と言われるクリスの蹴りなのだ。
壁は高いが、止まるわけには行かない。
すでにリリナという壁が常に前を走っている状態なのだ、壁が増えたところで何だというのか。
そこからしばらく、クリスはとてもいい感じにジョンが対応できる速度で戦ってくれた。
これがまた、非常に参考になるのだ。
何しろジョンの周囲にジョンと同じくらいのレベルの相手はいない。
ジョンはジョンで優秀であり、リリナほどではないが年齢以上の実力を持つ。
そんな彼といい感じの組み手ができる相手というのが、これまでいなかったのだ。
だからこそ新鮮だった。
がっしりと、触れたら折れてしまいそうな二の腕が自分を締め上げてくる。
あまりにも締め上げられて”嬉しくない”体であるにも関わらず、いい匂いがするせいでとてもやばい。
まず大前提として、この状況が非常にやばい。
やばいがやばくて、とてもやばい。
――結果、ジョンは意識を失った。
ああ、こんな地獄は、人生で二度と味わうことは出来ないだろうなぁ、とか考えながら。
――が、目を覚ましたらそこは
「あ、おきましたかー?」
「う、あ……」
「えへへ、ちょっと無理をしすぎちゃいましたかねー、でもジョンくんは頑張りましたよ? ジョンくん、才能があると思います。きっと強くなれますからねー?」
「あ――」
あまりにも劇薬だった。
彼はこれまで、恋というものをしたことがない。
リリナに対する感情は、色恋と呼ぶにはあまりにも複雑。
シェリアに対するそれは基本的に妹に対するものだし、なんかアレだ。
だから、そうやって膝枕をしながら笑いかけてくれて、しかも純粋に褒めてくれるクリスはヤバい存在すぎる。
特にその微笑みは、純情な少年を一撃で屠るには十分なものだった。
――さよならジョンくんの初恋。
かくしてジョンは、無謀としか言えない茨の道を歩むことが決定し――
――その後、一部始終を見ていた冒険者から肩をポンと叩かれて無言で頷かれた。