神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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10月9日読みやすいように一章まで修正しました。


プロローグ 剣を下ろすまで

プロローグ 剣を下ろすまで

 青い装束の男が、剣を構えていた。

 

 その切っ先から、血が落ちている。男のものもあれば、違う者のものもあるはずだった。もう見分けはつかなかった。

 

 鬼太郎は、足元の亀裂を越えた。

 

 少し前まで、そこには誰かが立っていた。今は砕けた地面と、散らばった破片しかない。頭上では黄金の光が細かく割れ、音もなく落ちてくる。

 

 帰るなら、急いだ方がよい。

 

 それを知りながら、二人とも動かなかった。

 

「まだ、退いてはいただけませんか」

 

「何度聞いても同じだ」

 

 男の声は掠れていた。剣を握る指にも血が伝っている。

 

 鬼太郎も、大きく息を吸うことができなかった。脇腹が熱く、踏み込むたびに脚が震える。残った力で何ができるかを考えると、できないことの方が多かった。

 

 それでも、目の前の相手を見ていると、口元が緩んだ。

 

「困りましたね。帰る道を塞がれてしまいました」

 

「お前が行こうとしているのは、帰り道じゃない」

 

「では、道を間違えたということにしましょう。見逃していただけますか?」

 

「断る」

 

 返事と同時に、男の足が動いた。

 

 鬼太郎は身を沈めた。頭の上を刃が抜ける。そのまま懐へ入ろうとしたところで、男が剣を引いた。

 

 知っている動きだった。

 

 肩が下がる。次は腹を狙う。鬼太郎が横へ逃げるより早く、切っ先はその先へ回っていた。

 

 避けきれず、服が裂けた。鬼太郎は傷の深さを確かめる間も惜しんで踏み込み、男の腕を押し上げた。刃が空へ逸れる。互いの肩がぶつかり、二人は押し離されるように距離を取った。

 

 男が短く息を吐いた。

 

 あの呼吸も、覚えている。

 

 隣に立っていたときには、次にどこへ斬り込むかが分かった。背を預け、こちらを見ずに振られる剣を頼りに進んだこともあった。

 

 今は、その剣が自分の喉を狙っている。

 

「よく、ご存じですね」

 

「お前もだろう」

 

「ええ。だから、先が見たくなるのです」

 

 男は答えなかった。

 

 握りを直し、剣を持ち上げる。その腕がわずかに遅れた。肩に負った傷のせいだろう。鬼太郎には、距離を取る余地があった。

 

 追い詰められたこの男が、何をするか。

 

 それを見ないまま、終わらせたくはなかった。

 

 鬼太郎は前へ出た。

 

 青い袖が揺れる。男の重心が、こちらの予想より低く沈んだ。

 

 ああ、やはり。

 

 鬼太郎は笑った。

 

     ◆

 

 階下で、何かが倒れる音がした。

 

 ホッグズ・ヘッドの二階で、アルバス・ダンブルドアは扉へ目を向けた。

 

 廊下の向こうから、主人の怒声が聞こえる。別の男が言い返し、足音が階段を下りていった。聞き耳を立てていた者が見つかったらしい。

 

 追うことはできなかった。

 

 目の前の女性は、まだ話し続けていた。

 

 つい先ほどまで、シビル・トレローニーは、自分の才能がいかに優れているかを熱心に語っていた。ダンブルドアは、それを採用の理由にはできまいと思っていた。

 

 その彼女の口から、別人のような声が響いている。

 

 闇の帝王に抗いうる子供。

 

 七月の終わりと、三度彼に抗った両親。

 

 ダンブルドアは一言も挟まず、続きを聞いた。先ほどの男が、どこからどこまで聞いていたかは分からない。今ここを離れれば、自分もまた、肝心な言葉を聞き逃す。

 

 やがて声が途切れた。

 

 トレローニーは椅子へ沈み、何度か瞬きをした。大きな眼鏡の奥に、先ほどまでの表情が戻ってくる。

 

「……何のお話をしておりましたかしら」

 

 ダンブルドアは、彼女の顔を見つめた。

 

 覚えていないのだ。

 

 本人にとっては、話の途中でほんの少し黙っただけなのだろう。こちらの沈黙を不満と受け取ったのか、トレローニーが姿勢を正そうとした。

 

 その身体が、不自然に止まった。

 

 ダンブルドアは、椅子からわずかに腰を浮かせた。

 

「――神を殺せし魂は、墓場を越える」

 

 今度の声には、抑揚がなかった。

 

 一語ずつ、同じ調子で言葉が続く。女性の喉から出ているはずなのに、息を継ぐ気配がひどく遠かった。

 

「敗れてなお屈せず、選ばれず、従わず、定めの外より還り来る」

 

 ダンブルドアは動きを止めた。

 

 予言は続いた。古い魔法の血を引きながら呪文を使えない父と、日の昇る国から来た母。その二人の間に生まれる子供について。

 

 先ほど告げられた、闇の帝王に抗う子供とは違う。

 

 部屋の隅で、窓枠が風に鳴った。

 

「一人は闇に選ばれ、一人は神を拒む」

 

 その声は、窓の音にも階下の騒ぎにも乱されなかった。

 

「二つの道が交わるとき、魔法の世は、墓場より還りし者の望みを知るであろう」

 

 トレローニーの顎が、胸へ落ちた。

 

 ダンブルドアは待った。

 

 今の言葉で終わりなのか。それとも、さらに何かが続くのか。

 

 だが、顔を上げた彼女は、眼鏡を押し直しただけだった。

 

「ダンブルドア先生?」

 

「……うむ。聞いておるよ」

 

「それで、採用のお話は」

 

 ダンブルドアは、ようやく椅子へ座り直した。

 

 廊下には、もう人の気配がない。二つ目の予言を聞いた者は、ほかにいないだろう。

 

 神を殺した魂。

 

 そんなものが何を意味するのか、長く生きてきた彼にも分からなかった。比喩なのか、言葉の通りなのか。それを見分ける手掛かりもない。

 

 ただ、闇の帝王に対抗できる者が、もう一人現れるのだと受け取ることはできなかった。

 

 予言は、その子が何を望むかを告げていない。

 

 ダンブルドアは扉から目を戻し、まだ返事を待っている女性へ向き直った。

 

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