第九話
「痛むか」
ペタル・ヴァルチェフが、墓場鬼太郎の右手首を曲げた。
「少し」
「少しでも痛むなら、今日は撃つな」
鬼太郎は作業台の上を見た。
整備を終えた〈シュライク〉が置かれている。
貨物集積所で使った汚れは落とされ、黒い金属には薄く油が引かれていた。
「動かせますよ」
鬼太郎は指を開き、閉じた。
手首を回す。
動かすことはできる。
だが、ある角度まで曲げると、骨の周りに鈍い痛みが走る。
「動くことと、撃てることは違う」
「以前にも聞きましたね」
「聞いても撃ったから、もう一度言っている」
ペタルは〈シュライク〉を箱へ入れた。
「数日は休ませろ」
「何日です?」
「痛みが消えるまでだ」
「次の仕事が先に来るかもしれません」
「右手を壊せば、その後の仕事ができなくなる」
「左手がありますよ」
「左手で銃を撃ったことは」
「前の身体では」
「今の身体の話をしている」
「ありません」
「なら、火だけにしておけ」
鬼太郎は箱の中の〈シュライク〉を見た。
使える道具が目の前にあるのに、使わずにいる。
好ましくはない。
それでも、ペタルの言葉は正しかった。
一度の仕事で右手を壊せば、その先に受けられる仕事が減る。
「分かりました」
鬼太郎は素直に答えた。
「それから、身体を大きくする食事についてですが」
「まだ聞くのか」
「先ほどは教えていただけませんでしたから」
「俺は医者でも料理人でもない」
「ですが、僕より大きいでしょう?」
「世の中の大人は、全員お前より大きい」
「でしたら、誰に聞いても今よりはよい答えが得られそうですね」
ペタルは鬼太郎を見た。
鬼太郎も、穏やかな顔で見返した。
先に視線を外したのはペタルだった。
「肉。卵。乳。豆。それだけ食えばいいわけじゃない。野菜も食え」
「量は?」
「腹を壊さない程度だ」
「随分と曖昧ですね」
「六歳の子供へ、大人と同じ量を食わせる方が馬鹿だ」
ペタルは箱の蓋を閉めた。
「食って、眠れ。身体は一晩では大きくならん」
「知っています」
「なら急ぐな」
鬼太郎は〈シュライク〉の箱を受け取った。
◆
その日から、鬼太郎は食事の内容を変えた。
以前は、空腹が消えれば十分だった。
安く、腐っておらず、次の仕事まで身体が動けばよい。
今は違う。
肉を食べる。
卵を食べる。
乳を飲む。
豆と野菜も取る。
味は二番目だった。
身体を作る材料になるかどうかを先に考えた。
食べた直後に腕が太くなることはない。
翌朝、背が伸びていることもない。
それでも続けた。
銃を撃てない間は、別のことをした。
朝、街の外れまで走る。
最初は、すぐに息が上がった。
足が重くなり、速度が落ちる。
鬼太郎は距離を短くしなかった。
歩いて呼吸を整え、また走った。
低い枝へ両手で掴まり、身体を持ち上げようとする。
顎は枝まで届かない。
腕が震え、足が地面へつく。
それでも、もう一度掴まった。
買い手の倉庫で運ぶ小さな荷物も、訓練に使った。
片方の腕だけに重さを寄せない。
背中を曲げすぎない。
転ばない速さで歩く。
〈シュライク〉には弾を入れなかった。
上着の下から抜く。
構える。
引き金へ指を置かず、戻す。
右手首に痛みが出れば、その日は終えた。
以前の鬼太郎なら、動く限り続けたかもしれない。
今は、壊れる前にやめる。
弱さを無視するのではなく、使える範囲を広げる。
それもまた、力を得る方法だった。
◆
数日後。
ペタルは鬼太郎の右手首を、前と同じ角度へ曲げた。
「痛むか」
「いいえ」
「本当だな」
「ここで嘘をついても、撃てば分かるでしょう?」
ペタルは試射場へ向かう扉を開けた。
鬼太郎は〈シュライク〉へ弾倉を入れた。
撃つのは、三発だけだった。
一発。
銃口が跳ねる。
戻す。
手首に痛みはない。
二発目。
三発目。
標的に開いた穴は、近い位置へ集まっている。
鬼太郎はそこで銃を下ろした。
「まだ撃てるぞ」
ペタルが言った。
「今日は三発だけでしょう?」
「覚えていたか」
「壊れた手では、銃を持っていないのと同じですからね」
ペタルが以前に言った言葉だった。
「なら、忘れるな」
◆
買い手の事務所の机には、一枚の写真が置かれていた。
四十歳ほどの男が写っている。
短い髪。
平らな鼻。
左の眉を横切る細い傷。
写真の隣には、名前が書かれていた。
イヴァン・コストフ。
「次のお仕事ですか?」
鬼太郎が尋ねた。
「私の仕事ではない」
買い手は別の紙を写真の横へ置いた。
「お前の噂を聞いた者がいる。仕事を頼みたいそうだ」
「僕へ直接ではなく、あなたのところへ来たのですね」
「どこの誰とも分からない子供を、どうやって探す」
「貨物集積所から逃げた方は、僕の名前を知りませんからね」
「だが、私がお前へ仕事を渡していることを知る者はいる」
買い手が紙の金額を指した。
「依頼人から私が受け取る額だ。ここから仲介料を引く。残りがお前の報酬になる」
鬼太郎は二つの数字を見比べた。
「随分と取るのですね」
「依頼人を見つけたのは私だ。報酬を取り立てるのも、仕事が終わったか確認するのも私だ」
「僕が直接依頼人を探せば、その分は払わずに済みますか?」
「信用のない六歳児へ、先に仕事の話をする人間を見つけられるならな」
「今は、あなたを通した方が早そうですね」
「そういうことだ」
鬼太郎は写真へ視線を戻した。
「この方は、何をしたのです?」
「運び屋と殺し屋をしていた。依頼人の金と品を持ち逃げし、追ってきた二人を殺した」
「取り戻す品は?」
「依頼人は、まず隠し場所を聞きたい」
買い手が、もう一枚の紙を出した。
そこには二つの金額が書かれている。
「生きて渡せば、こちらだ」
高い方。
「死体なら、こちらになる」
低い方。
差は大きかった。
「生きている方が高いのでしたら、生きたままお渡ししましょう」
「簡単に言う」
「殺しても報酬は出るのでしょう?」
「減るがな」
「でしたら、できる限り生かします。無理なら殺します」
買い手は机の下から、金属の拘束具を出した。
左右の輪が短い鎖でつながっている。
「使い方は分かるか」
「初めて見ます」
買い手は片方の輪を開き、閉じて見せた。
鍵も一緒に机へ置く。
「お前には、大人の男を担いで運べん」
「ええ。それを相談しようと思っていました」
「生け捕りにしたら、動けないようにしておけ。場所を知らせれば、私の部下が運ぶ」
「その方々の分も、仲介料に含まれていますか?」
「含まれている」
「それなら結構です」
鬼太郎は拘束具と鍵を鞄へ入れた。
「居場所は?」
「最後に見られた地区だけだ。その先は、お前が探せ」
「追跡も報酬に含まれているのですね」
「嫌なら断れ」
「いいえ」
鬼太郎は写真を手に取った。
「お受けします」
◆
イヴァンが最後に目撃されたのは、大きな街の東側だった。
工場で働く者と、その家族が多く暮らしている。
安い宿。
食堂。
小さな商店。
細い路地が複雑につながっていた。
鬼太郎は、写真を見せて歩かなかった。
最初に地区を一周した。
宿の位置。
人の多い通り。
荷物を積んだ車が出入りする道。
警察官が立ち寄る店。
逃げる側が避ける場所を先に見る。
夕方になると、一軒の食堂へ入った。
安い煮込みとパンを注文する。
料理を運んできた女へ、写真を見せた。
「この方を、ご存じありませんか?」
「誰だい」
「母に頼まれて、探しています」
「一人で?」
「母は、体調がよくありませんので」
女は写真を受け取った。
鬼太郎と写真の男の顔を見比べる。
「親戚かい?」
「母の知り合いだと聞いています」
親子だと言えば、顔立ちが違いすぎる。
母の知り合いなら、似ていなくても不自然ではない。
女はしばらく考えた。
「見た気がするね。二、三日前、窓際に座ってた」
「どちらへ帰ったか分かりますか?」
「そこまでは見てないよ」
「ありがとうございます」
鬼太郎は写真を戻してもらった。
ほかの店でも、同じ話をした。
母に頼まれた。
写真の男を探している。
知っていることはないか。
六歳の子供を、賞金稼ぎだと思う者はいなかった。
気の毒そうに食べ物を渡そうとする者もいた。
鬼太郎は必要なものだけ受け取った。
同情は不要だったが、情報を得やすくなるなら拒む理由もない。
二日目。
小さな商店の店主が、写真の男へ食料を売ったことを思い出した。
買った量は、一人分。
酒は買っていない。
人目の少ない裏口から出ていった。
鬼太郎は、その裏口が面する路地を調べた。
路地の先には、安宿が三軒ある。
そのうち一軒の二階だけ、昼間でも窓の覆いが閉じていた。
鬼太郎は正面へ近づかなかった。
通りの向かいにある階段へ座る。
パンを食べながら、宿の出入口を見た。
夕方。
写真と同じ男が出てきた。
左の眉を横切る傷。
小さな鞄を持っている。
イヴァン・コストフ。
鬼太郎はすぐに立ち上がらなかった。
男が通りの角を曲がってから、残ったパンを食べ終える。
それから追った。
◆
イヴァンは、同じ道を二度通らなかった。
店へ入っても、何も買わずに別の出口から出る。
大きな通りでは、何度も窓ガラスへ視線を向けた。
背後を直接見る代わりに、映った人影を確認している。
鬼太郎は近づかなかった。
男のすぐ後ろを歩けば、子供でも気づかれる。
道の反対側を進む。
荷車や通行人が間に入るようにする。
見失いそうになれば、急いで角まで進む。
それでも走らない。
走る子供は目立つ。
男は一度、新聞を売る店の前で立ち止まった。
鬼太郎も、靴屋の窓を見た。
ガラスに、男の姿が映っている。
イヴァンは新聞を手に取らず、再び歩き始めた。
夜が近づく。
男は人通りの少ない道へ入った。
鬼太郎は距離を広げた。
前方に、使われなくなった建物が見える。
壁の一部が黒ずみ、正面の看板は文字が消えていた。
入口の横には、割れた浴槽が積まれている。
古い公衆浴場だった。
イヴァンが中へ入る。
扉は閉じなかった。
鬼太郎は、離れた場所で足を止めた。
男は宿へ戻らなかった。
明かりもない廃屋へ入り、扉を開けたままにしている。
隠れる者の行動ではない。
招いている。
尾行に気づいていた可能性が高い。
鬼太郎は正面入口を見た。
中は暗い。
撃つ側には、外から入ってくる者がよく見える。
入る側には、何も見えない。
鬼太郎は上着の下へ右手を入れた。
〈シュライク〉を抜かないまま、握把の位置を確かめる。
それから、建物の裏へ回った。
◆
裏口には、内側から板が打ちつけられていた。
窓も割れているが、そこから入れば音が出る。
壁の下に、金属の格子がある。
換気のための穴だった。
格子は錆びている。
一部が外れかけていた。
鬼太郎は両手で引いた。
金属が小さく軋む。
動きを止める。
中から音はしない。
もう一度引く。
格子の片側が外れた。
大人の肩は通らない。
鬼太郎は鞄を先に押し込み、頭から穴へ入った。
身体を横にする。
服が壁へ擦れた。
床へ降りる。
古い石鹸と湿った埃の臭いがした。
小さな物置だった。
扉の隙間から、浴場の内部が見える。
広い部屋。
床には割れた石が散らばっている。
浴槽と低い仕切り。
二階部分には、狭い通路が残っていた。
正面入口は、その通路から見下ろせる。
イヴァンは上にいる。
鬼太郎は姿を見せず、鞄から金属の拘束具を取り出した。
腰の後ろへ挟む。
〈シュライク〉を抜いた。
足元を確かめながら、物置を出る。
石を踏まない。
浴槽の陰へ入る。
そのとき、二階で靴音がした。
「正面から来ると思ったが」
男の声。
鬼太郎は動かなかった。
「子供にしては、よく考える」
見つかったのか。
それとも、声で動かそうとしているのか。
鬼太郎は返事をしなかった。
銃声。
浴槽の縁が砕けた。
鬼太郎の頭から少し離れた場所だった。
位置は完全には見えていない。
音か影で、おおよその場所を撃っただけだ。
鬼太郎は低い姿勢のまま、隣の仕切りへ移った。
二発目。
今度は、先ほどまで鬼太郎がいた場所へ弾が当たる。
「買い手のところのガキだな」
イヴァンが言った。
「火と、小さな銃。妙な噂を聞いた」
「もう僕のことをご存じでしたか」
鬼太郎は、浴槽の陰から答えた。
「声を出したな」
銃口が動く音。
鬼太郎は、声を出した直後に場所を変えていた。
三発目が、空の浴槽へ当たった。
「あなたには、賞金がかかっています」
「いくらだ」
「教える必要がありますか?」
「自分の値段くらい知りたい」
「生きている場合と、死んでいる場合で違います」
「どちらが高い」
「生きている方です」
短い沈黙。
イヴァンが笑った。
「なら、お前は撃てない」
「死んでいても、報酬は出ますよ」
笑い声が止まった。
◆
イヴァンは二階から降り始めた。
靴音が階段を一段ずつ進む。
上にいれば正面入口は見張れる。
しかし、浴槽と仕切りの間にいる鬼太郎は見えない。
鬼太郎が裏から入った時点で、待ち伏せに選んだ場所は役に立たなくなっていた。
イヴァンは場所を変えようとしている。
階段を下りた後、靴音が右へ移る。
裏口の方向だった。
鬼太郎は左手を開いた。
裏口の前には、剥がされた壁材と古い布が積まれている。
男の身体へ直接当てれば、死ぬ可能性がある。
高い方の報酬が失われる。
「アギ」
火球が、裏口の前へ飛ぶ。
乾いた壁材を砕き、古い布へ火を移した。
暗い浴場が赤く照らされる。
イヴァンが足を止めた。
「本当に火を出すのか」
「噂は、嘘ではなかったようですね」
炎が裏口を塞ぐ。
イヴァンは炎へ一発撃った。
弾丸で火は消えない。
男が方向を変える。
戻る場所は、石造りの浴場しかない。
鬼太郎は〈シュライク〉を両手で構えた。
炎の明かりが、低い仕切りの隙間から伸びている。
影が動いた。
先に、男の脚が見える。
鬼太郎は引き金を絞った。
銃声。
イヴァンの脚から血が散る。
男は姿勢を崩し、片膝を床へついた。
それでも、銃を鬼太郎へ向けようとする。
鬼太郎は照準を上げた。
次は胸。
その次は頭。
イヴァンにも分かった。
男の手が止まる。
「銃を床へ置いてください」
「断ったら?」
「次は、殺します」
「生け捕りの方が高いんだろう」
「ええ」
鬼太郎は引き金へ指をかけたまま答えた。
「あなたは生きている方が高いのです。これ以上、値段を下げさせないでください」
イヴァンは鬼太郎を見つめた。
六歳ほどの子供。
小さな黒い銃。
背後では、鬼太郎が放った炎が燃えている。
鬼太郎の声には、怒りも興奮もなかった。
男が死ねば惜しいのは、減る報酬だけだった。
イヴァンは銃を床へ置いた。
「足で、こちらへ滑らせてください」
男が銃を蹴る。
鬼太郎の近くまで滑ってきた。
「両手を見える場所へ」
イヴァンが両手を上げた。
鬼太郎はすぐには近づかなかった。
服の膨らみを見る。
腰。
足首。
別の武器を隠していないか確かめる。
「後ろを向いてください」
「脚を撃たれている」
「では、ゆっくりで構いません」
イヴァンは片脚を引きずりながら、身体を回した。
鬼太郎は拘束具を床へ滑らせる。
「右手首につけてください」
「自分でか」
「僕が近づけば、あなたは僕を掴めますからね」
イヴァンは片方の輪を右手首へかけた。
金属の音がする。
「もう片方を、そこの配管へ」
壁際に太い金属管が通っている。
男はそこまで身体を動かし、残る輪を配管へかけた。
「閉じてください」
輪が閉じる。
イヴァンの右手は、配管から離れなくなった。
鬼太郎は〈シュライク〉を向けたまま近づいた。
拘束具を確認する。
男の上着から、もう一挺の小さな銃とナイフを取り出す。
どちらも手の届かない場所へ置いた。
「用意がいいな」
「あなたを運べませんから」
「六歳のガキが、よく言う」
「六歳だから、用意したのですよ」
◆
炎が広がらないことを確かめてから、鬼太郎は浴場を出た。
イヴァンは配管へつながれている。
片脚を撃たれているが、意識はある。
すぐに逃げることはできない。
通りを二つ越えたところに、買い手の部下が車を止めていた。
生け捕りにできた場合だけ、ここで待つよう決めていた者たちだった。
鬼太郎が近づくと、一人が車から降りる。
「どうした」
「生きています」
「どこだ」
「古い公衆浴場です。脚を一発撃ち、配管へつないでいます」
男は鬼太郎の後ろを見た。
「一人でやったのか」
「僕以外に、誰がいるのです?」
部下は答えなかった。
車にいたもう一人へ合図する。
二人は武器を持ち、鬼太郎の案内で浴場へ入った。
イヴァンは逃げていなかった。
部下の一人が写真と顔を見比べる。
「本人だ」
拘束具を配管から外し、今度は両手首へつけ直す。
二人がイヴァンを左右から支えた。
男は立ち上がるとき、鬼太郎を見た。
「お前、本当にガキか」
「身体は、そうですね」
鬼太郎は答えた。
それ以上の説明はしなかった。
◆
報酬が支払われたのは、翌日だった。
依頼人がイヴァン本人であることを確認し、隠した品について聞き出せる状態だと認めた後だった。
買い手は机の上へ現金を置く。
依頼人から受け取った額。
買い手の仲介料。
鬼太郎へ渡される残り。
三つの数字が紙に書かれている。
鬼太郎は順番に計算した。
「合っています」
「疑っていたか」
「確認しただけです。信用と計算は別でしょう?」
「そうだな」
買い手は紙を帳面へ挟んだ。
鬼太郎は報酬を鞄へ入れる。
「依頼人は、何と言っていましたか?」
「仕事の結果には満足している」
「それはよかったです」
「お前を見たがっていた」
「会わせなかったのですか?」
「今は、その必要がない」
買い手は鬼太郎を依頼人へ直接つなげなかった。
依頼人と鬼太郎の間にいれば、次の仕事でも仲介料を取れる。
鬼太郎にも分かっている。
「しばらくは、あなたを通した方が僕にも都合がよいでしょうね」
「しばらくは、か」
「ええ」
買い手は椅子の背へ身体を預けた。
「呼び名ができた」
「誰のです?」
「お前のだ」
鬼太郎は首を傾げた。
「火を使うガキ。小さな銃を持った悪魔。好き勝手に呼ばれている」
「統一されていませんね」
「最近は、一つ増えた」
買い手が言った。
「ガキの賞金稼ぎ」
鬼太郎は少し考えた。
「その呼び方で、僕への依頼が増えますか?」
「増えるだろう」
「でしたら、役に立つ名前ですね」
「気に入ったのか」
「いいえ。呼ばれて振り返る必要があると覚えただけです」
買い手が低く笑った。
◆
数日後。
買い手の机には、三枚の写真が並んでいた。
以前は、鬼太郎から仕事を求めていた。
今は、鬼太郎へ仕事を頼む者がいる。
「全部、僕への依頼ですか?」
「そうだ」
「三つとも受けることは?」
「一つを追っている間に、別の賞金首が逃げる。依頼人同士が敵対している場合もある。順番は選べ」
鬼太郎は一枚ずつ確認した。
名前。
最後に目撃された場所。
生死の条件。
報酬。
危険の程度。
報酬が最も高いものだけを見ない。
目的地がどこにあるか。
移動に何日かかるか。
その場所で、父の故郷や英国へつながる情報を得られる可能性があるか。
一つ目の写真を置く。
二つ目も戻す。
三つ目の依頼書へ、指を置いた。
「これにしましょう」
「理由は」
「行き先が、今までより西にあります」
英国は、さらに西にある。
まだ遠い。
だが、同じ場所に留まり続けるよりは近づく。
「報酬だけで選ぶと思ったが」
「お金は目的ではありません。必要なものを得るための道具ですよ」
鬼太郎は依頼書を手に取った。
右手首に痛みはない。
上着の下には〈シュライク〉がある。
左手には、炎がある。
そして今は、鬼太郎を探して仕事を持ってくる者がいる。
六歳の賞金稼ぎは、初めて街の外へ出る仕事を選んだ。
依頼を終えれば、またこの街へ戻ってくる。
買い手も、ペタルも、今の鬼太郎に必要なものも、まだここにある。
だが、その往復を重ねるたびに、活動する範囲は少しずつ西へ広がっていく。