神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

100 / 119
知らない屋根の下で、朝を待つ

神殺し、墓場に還し者

 

第九十九話 知らない屋根の下で、朝を待つ

 

 銀の皿から、最後の菓子が消えた。

 

 キーノは空になった皿を見てから、教師のテーブルへ顔を戻した。

 

 ダンブルドアが、一年生にも聞こえるよう、ゆっくり話している。

 

 校庭の外にある森へは入らないこと。

 

 それは新入生だけへの注意ではなく、上級生にも守ってもらう、と言葉が続いた。

 

 鬼太郎は、窓の方へ一度目を向けた。

 

 湖の向こうに見えた木々を思い出す。

 

 ブルガリアの森には、通行の取り決めがあった。入ってよい場所と、勝手に踏み込めない場所を、自分も確かめて歩いていた。

 

 こちらの森には、こちらの規則があるのだろう。

 

 どんなものが暮らしているかは、まだ知らない。

 

 ダンブルドアは、廊下で勝手に魔法を使わないことや、クィディッチの選手選抜についても話した。

 

 ロンが、その話では顔を上げた。

 

 鬼太郎は教師のテーブルへ視線を戻す。

 

「最後に、今年は三階の右側の廊下へ入ってはならん。ひどい苦痛の末に命を落としたくなければ、近づかぬことじゃ」

 

 近くで笑い声がした。

 

 冗談だと思ったらしい。

 

 だが、ダンブルドアは笑っていなかった。

 

 ハリーが、隣のロンを見た。

 

 ロンも教師の方へ目を向けたままだった。

 

 キーノは鬼太郎へ顔を向けた。

 

 彼は校長を見ていた。

 

 目が、少し楽しそうになっている。

 

「ぜひ、行ってみたいですね」

 

 キーノに届くくらいの、小さな声だった。

 

 それを言うと思った。

 

 彼女が口を開く前に、ダンブルドアの目がこちらへ来た。

 

 鬼太郎と、視線が合う。

 

 一瞬だけ、校長の眉が下がった。

 

 行ってはならぬ。

 

 その目つきは、砦で鬼太郎の無茶な考えを聞いたときと、よく似ていた。

 

 鬼太郎は気づき、微笑んだ。

 

 ダンブルドアは視線を戻した。

 

 ほかの生徒へ向けた説明は、途切れなかった。

 

「今、止められただろ」

 

 キーノが囁く。

 

「ええ。僕に向けたご注意でしたね」

 

「全員にも、そう言っていた」

 

「そうでした」

 

 鬼太郎は答え、椅子へ座り直した。

 

 何があるかは、気になったままだった。

 

 死ぬほどの危険があるというなら、弱い相手を置いているわけではないのだろう。人なのか、生き物なのか、別の何かなのか。

 

 それを知るためだけに、学校の決まりを破るつもりはなかった。

 

 ここには、まだ尋ねてもいないことがいくらでもある。

 

 鬼太郎は、校長の次の言葉を待った。

 

     ◆

 

 校歌を歌う、と告げられた。

 

 ハリーは顔を上げた。

 

 ダンブルドアが杖を動かすと、金色のものが細く伸び、大広間の上で文字になった。

 

 歌詞だ。

 

 明かりの中に浮かび、前の席からでも、後ろの席からでも読める。

 

 好きな曲調を選んでよいと言われて、ハリーは少し迷った。

 

 その間に、歌が始まった。

 

 一つの歌には聞こえなかった。

 

 隣で速く進んだ声が、向こうのゆっくりした声と重なる。高い音が伸びているところへ、別の生徒が次の言葉を入れた。

 

 ハリーはロンを見る。

 

 ロンはもう歌っていた。

 

 キーノは上の文字を追い、近くの声へ合わせようとしている。

 

 鬼太郎も同じように歌詞を見上げていた。

 

 ハリーは、知っている曲を一つ思い浮かべた。

 

 そこへ言葉を載せてみる。

 

 途中で余ったので、少し速く歌った。

 

 キーノがこちらを見た。

 

 ハリーは笑いそうになり、次の言葉を危うく落とした。

 

 彼女も口元を動かし、それからまた歌詞へ戻る。

 

 歌は、ばらばらに終わっていった。

 

 早く終えた者が隣の声を聞き、笑う。

 

 最後まで残ったのは、フレッドとジョージだった。

 

 二人は、驚くほどゆっくり歌っていた。

 

 葬式の行進で聞こえそうな、重い調子だ。

 

 歓迎の宴が終わるところで、何かを厳かに送り出しているようだった。

 

 ロンが両手で顔を覆った。

 

 キーノは双子を見ている。

 

 ハリーはとうとう、声を出して笑った。

 

 ダンブルドアは二人が終わるまで待ち、杖で拍子を取っていた。

 

 最後の音が消えると、拍手が起こる。

 

 校長は満足そうに頷き、生徒たちを休ませることにした。

 

 ハリーは椅子から立ち上がった。

 

 お腹はいっぱいで、脚も少し重い。

 

 寝るところへ行けると聞くと、急に眠くなった。

 

     ◆

 

「グリフィンドールの一年生、こちらへ。離れずについてきて」

 

 パーシーが呼んでいた。

 

 キーノは鬼太郎と一緒に、集まった子供たちのそばへ行った。

 

 ハリーとロンも来る。

 

 ハーマイオニーはまだ大広間の天井を見ていたが、列が動くとすぐついてきた。

 

 玄関ホールへ出ると、声の響きが変わった。

 

 食器の音が遠くなる。

 

 パーシーが先に階段を上った。

 

 キーノも裾を少し持ち上げて、後に続く。

 

 踊り場から廊下へ出て、また曲がる。

 

 階段を上る。

 

 城を外から見たときには、大きいと思った。

 

 中を歩くと、その大きさが足へ来た。

 

「まだ、上るのか」

 

 キーノが小声で言う。

 

「そのようですね」

 

 鬼太郎は答え、次の角を見る。

 

「お前、道を覚えているのか」

 

「できるだけ。明日、食事へ降りるときにも使いますから」

 

 キーノも後ろを見た。

 

 いくつもの廊下が、似ていた。

 

 壁の絵が、少し助けになる。

 

 ただ、絵の中にいる人物まで同じ位置にいるとは限らなかった。

 

 夜着の男が自分の額縁から隣へ移り、こちらを見て文句を言う。

 

 もっと静かに歩け、と言っているらしかった。

 

 パーシーが一度振り返り、列へ手を振った。

 

「止まらないで。着いてから休めるからね」

 

 キーノは頷き、前へ向き直った。

 

 鬼太郎は絵の人物が去った額縁を見ていた。

 

 それから、彼女の歩く速さへ合わせた。

 

     ◆

 

 ハリーは、先頭の赤毛を見失わないよう歩いた。

 

 足音が重なる。

 

 誰かが欠伸をした。

 

 前の子供も眠そうだったが、廊下の先へ出た途端、足を止めた。

 

 空中に、小柄な人影がいた。

 

 脚を組んで浮いている。

 

 手には、何本もの杖のようなものを抱えていた。歩くときに使う、柄の曲がった杖だ。

 

 その一本が、列の前へ落ちた。

 

 石の床で跳ね、乾いた音を立てる。

 

「ピーブズ、やめるんだ」

 

 パーシーが言った。

 

 空中の人影が、嬉しそうに顔を広げた。

 

「おやおや、監督生のお通りだ! ちびっこを引き連れて、どちらへ?」

 

 また杖を持ち上げる。

 

 ハリーは少し身体を引いた。

 

 鬼太郎が、キーノの隣で足を止めた。

 

 手はまだ、ローブの外へ出ている。

 

 パーシーはピーブズの前へ立ったまま、道を空けるように言った。

 

 相手は笑い、頭の上へ回り込もうとした。

 

「血みどろ男爵に話すよ」

 

 パーシーが言うと、笑い声の調子が変わった。

 

 ピーブズは顔をしかめた。

 

 抱えていた杖を放り出し、近くの生徒の帽子をずらしてから、向こうの壁へ消えた。

 

 床に、杖が転がった。

 

 パーシーはそれを跨ぎ、列へ手を振る。

 

「足元を見て。あれがピーブズだよ。寮に着くまでは、寄り道しないこと」

 

 ハリーは壁を見た。

 

 ほかの幽霊たちとは、様子が違った。

 

 ロンも帽子を取られなかったか確かめ、歩き始める。

 

 鬼太郎は壁から、パーシーへ目を移した。

 

「あの方は、その男爵さんを嫌がるのですね」

 

「彼の言うことなら聞くんだ。困ったものだけど、相手にしない方がいい」

 

 パーシーは短く答え、先へ進んだ。

 

 鬼太郎も歩き出した。

 

 ハリーは、転がった杖を避けて後を追った。

 

     ◆

 

 通路の先に、大きな肖像画があった。

 

 桃色の衣装を着た、ふくよかな婦人が座っている。

 

 パーシーが前へ立つと、婦人は目を開けた。

 

「合言葉は?」

 

「カプート・ドラコニス」

 

 パーシーが答えた。

 

 額縁が動いた。

 

 絵が、扉のように開く。

 

 その奥に、通れる穴があった。

 

 キーノは目を瞬かせた。

 

 絵の中へ入るのではなかった。

 

 隠れた入口を、絵が開けている。

 

「これが談話室の入口だ。合言葉を忘れないように」

 

 パーシーが言い、先に通り抜けた。

 

 子供たちが続く。

 

 キーノも、少し身をかがめて中へ入った。

 

 暖かかった。

 

 暖炉に火があり、部屋の中に柔らかそうな椅子が並んでいる。

 

 大広間より天井が近い。

 

 それでも、砦で使っていた部屋よりは広かった。

 

 近くの椅子へ座りたくなったが、パーシーの説明はまだ続いていた。

 

 女子の寝室へ行く階段と、男子の寝室へ行く階段が、それぞれ示される。

 

 ここから、別々だ。

 

 キーノは鬼太郎を見た。

 

 彼も、階段の方へ目を向けていた。

 

 ハーマイオニーが近くへ来る。

 

「行きましょう。荷物はもう上にあるんですって」

 

「ああ」

 

 キーノは答えてから、鬼太郎へ顔を戻した。

 

「明日は、ここで会うか」

 

「ええ。朝食へ行く前に、こちらを見てみます」

 

 ハリーが振り向いた。

 

「僕たちも、一緒に行けるといいね」

 

「寝坊しなければね」

 

 ロンが言う。

 

 ハリーは笑った。

 

 キーノも小さく頷いた。

 

「では、また明日。キーノさん、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 鬼太郎に答え、それからハリーとロンへも顔を向ける。

 

「お前たちも」

 

 二人が返事をした。

 

 キーノはハーマイオニーたちと、階段へ向かった。

 

     ◆

 

 男子の寝室には、天蓋つきの寝台が並んでいた。

 

 深い赤のカーテンが垂れている。

 

 ハリーは自分の荷物を見つけ、そちらへ歩いた。

 

 トランクは、ちゃんと運ばれていた。

 

 ロンが近くの寝台へ腰を下ろし、靴を脱ぐ。

 

 ネビル、シェーマス、ディーンも、それぞれの荷物を見つけていた。

 

 鬼太郎は、拡張鞄のある寝台へ進んだ。

 

 ハリーはトランクを開け、寝るための服を出した。

 

 誰かが欠伸をする。

 

 ディーンが、自分の足へ引っかかったローブを抜いた。

 

「長い一日だったな」

 

 シェーマスが言った。

 

「汽車、ずっと座ってたのにね」

 

 ハリーは答えた。

 

 シェーマスが少し笑う。

 

 その視線が鬼太郎へ動き、また自分の荷物へ戻った。

 

 帽子のことを聞こうとしたのかもしれない。

 

 結局、何も言わなかった。

 

 鬼太郎も気づいたようだったが、鞄の留め具を確かめてから、服を取り出した。

 

 ロンが寝台から顔を上げる。

 

「キタロウ、さっきの廊下へ行きたいって、本気で言ったの?」

 

 鬼太郎は彼を見た。

 

「何があるか、気になりますから」

 

「死ぬって言われたんだぞ」

 

「だから、気になるんです。ただ、今夜は寝ますよ」

 

 ロンは返事に困った顔をした。

 

 ハリーも、三階の話を思い出した。

 

 学校の中で、命を落とすかもしれないところがある。

 

 入らなければよい、と校長は言った。

 

 だが、何があるかは説明しなかった。

 

 ハリーは窓の方を見た。

 

 ガラスの向こうは暗く、遠くに湖があるのかも、今は分からない。

 

 今日は、知らないことばかりだった。

 

 全部を考えていたら、寝る時間がなくなる。

 

 ハリーは寝台へ上がった。

 

 布団を引く。

 

 身体を横にすると、思っていた以上に疲れていたことが分かった。

 

 近くで、ネビルがトレバーを確かめる声がした。

 

 ロンがカーテンの向こうから、おやすみと言った。

 

 ハリーも答えた。

 

 閉じた赤い布の内側に、自分の寝る場所がある。

 

 階段の下に押し込まれた部屋とは、違った。

 

 ハリーは枕へ頬を寄せた。

 

     ◆

 

 キーノは寝台の端へ座り、紺色の帳面を膝へ載せた。

 

 ほかの少女たちも寝支度をしていた。

 

 ハーマイオニーは荷物を開け、教科書を取り出しかけてから、迷った末に戻した。

 

 明日も読める、と判断したらしい。

 

 キーノは銀の留め金を外す。

 

 前の夜に書いた言葉があった。

 

 名前を聞く。

 

 その次の空いているところへ、羽根ペンを置いた。

 

 ハリー。

 

 ロン。

 

 ハーマイオニー。

 

 ほかにも、覚えた名前を書いた。

 

 フレッドとジョージは、見分けを間違えそうなので二つ並べた。

 

 その下に、グリフィンドールと記す。

 

 書いてから、しばらく見た。

 

 帽子に言われたことを思い出す。

 

 怖いと知っていて、ここへ来た。

 

 今も、何もかも安心したわけではない。

 

 自分のことを、誰もが知っているわけではなかった。明日から、どんな授業があるかも分からない。

 

 それでも、今夜は同じ制服の子供たちと食事をした。

 

 寝る部屋まで一緒に歩いた。

 

 誰かが自分へ話しかけ、こちらも答えた。

 

「何か書いているの?」

 

 ハーマイオニーが尋ねた。

 

 キーノは顔を上げた。

 

「忘れたくないことだ」

 

「そう。明日はきっと、もっと増えるわね」

 

 彼女はそう言って、自分の寝台のカーテンへ手を掛けた。

 

 キーノは帳面を閉じた。

 

 その言葉は、少し嬉しかった。

 

 明日、増えるものがある。

 

 知らない用語かもしれない。

 

 今日聞けなかった、別の名前かもしれない。

 

 帳面をしまい、布団へ入る。

 

 灯りが遠くなると、部屋の中の小さな音が聞こえた。

 

 布が動く音。

 

 寝台へ横になる音。

 

 キーノは一度だけ、カーテンの隙間から部屋を見た。

 

 朝には、あの階段を下りる。

 

 鬼太郎たちがいたら、名前で呼べばよい。

 

 彼女は目を閉じた。

 

     ◆

 

 ハリーは、いつの間にか夢を見ていた。

 

 頭に、ターバンを巻いている。

 

 それが声を出した。

 

 今いる寮ではなく、スリザリンへ行くべきだと告げてくる。

 

 ハリーは外そうとした。

 

 布は指に引っかかり、かえって頭を締めつけた。

 

 近くで、マルフォイが笑っている。

 

 その顔が、黒髪の教師へ変わった。

 

 笑い声も変わる。

 

 冷たい、高い声だった。

 

 緑の光が見えた。

 

 ハリーは目を開けた。

 

 息が速くなっていた。

 

 目の前には、赤いカーテンがある。

 

 頭へ手を置く。

 

 ターバンはなかった。

 

 寝室の向こうで、誰かが寝返りを打った。

 

 ハリーはその音を聞き、ゆっくり息を吐いた。

 

 夢だった。

 

 自分はまだ、同じ寝台にいる。

 

 隣には、ロンたちが眠っている。

 

 ハリーは布団を引き上げた。

 

 枕へ戻り、もう一度目を閉じた。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、廊下側から聞こえる音が少なくなるまで、寝台へ座っていた。

 

 鞄の位置を確かめた。

 

 杖は、手を伸ばせるところにある。

 

 初めて泊まる場所で、何も確認せずに眠る気にはなれなかった。

 

 だが、確認を終えれば、今夜することは少ない。

 

 本を開くには、もう遅かった。

 

 身体を休め、明日、教える者のいるところへ行けばよい。

 

 鬼太郎は灯りを落とし、横になった。

 

 今日だけでも、知りたいものが増えた。

 

 湖を進む舟。

 

 空を映す天井。

 

 額縁を行き来する絵。

 

 幽霊の身体。

 

 それから、自分の内側へ入り込んできた感覚。

 

 帽子に返事を無視されたことは、忘れていない。

 

 次に同じことをされたら、少しでも押し返せるようになりたい。

 

 何をすればよいかは、まだ探す必要がある。

 

 学校へ来たことで、その探し方も増えるのだろう。

 

 鬼太郎は、暗い天蓋を見上げた。

 

 ダンブルドアが言った、三階の廊下も思い出した。

 

 あの目つきには、つい笑ってしまった。

 

 危険だと言われれば、気になる。

 

 それでも、今は禁じられた扉より、開かれる教室の方を先に見たい。

 

 この城で教える者たちは、何を知っているのか。

 

 自分に何を渡してくれるのか。

 

 寝室のどこかで、寝息が少し大きくなった。

 

 鬼太郎は目を閉じた。

 

 砦で朝を待つときとは違う音が、近くにある。

 

 窓の外も、寝台の隣も、まだ馴染みのない場所だった。

 

 それでも、荷物を置き、眠り、また起きるための場所にはなった。

 

 明日になれば、ここから歩き出せる。

 

 今夜は、そのために休めばよかった。

 

第六章 完

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。