小さな先端に、道は続く
第百話 小さな先端に、道は続く
カーテンの隙間に、朝の光があった。
ハリーは目を開け、しばらく赤い布を見ていた。
階段の下ではない。
昨夜、眠る前にも確かめたことを、もう一度思った。
寝台の外で、鞄の留め具が閉じる音がする。カーテンを開くと、鬼太郎が制服の袖を直していた。
「おはようございます。ハリーさん」
「おはよう。もう起きてたんだ」
「ええ。食事へ行く道も、確かめたいですから」
ハリーは眼鏡を掛けた。
隣の寝台では、ロンが布団を鼻の下まで引き上げている。
「ロン。朝だよ」
「……分かってる」
返事の後で、目が開いた。
それから鬼太郎の姿を見て、ロンは上体を起こした。
「キーノ、もう下にいる?」
「まだ見ていません。これから下りるところです」
「じゃあ、僕も行く」
ロンは寝台から足を下ろした。
ハリーもトランクを開ける。ネビルが寝ぼけた声で挨拶し、シェーマスは枕の位置を変えた。
誰かの物音で、ほかの誰かも起きる。
ハリーはシャツへ腕を通しながら、窓を見た。
昨夜は黒かったガラスの向こうに、空と遠くの景色がある。
ここから、最初の一日が始まるのだった。
◆
談話室へ下りると、キーノは暖炉の近くに立っていた。
ハーマイオニーが隣にいる。二人とも、制服を着ていた。
「おはようございます。キーノさん、ハーマイオニーさん」
鬼太郎が声を掛けると、キーノは振り向いた。
「おはよう。眠れたか」
「ええ。そちらは?」
「眠れた。起きたとき、カーテンがあって少し驚いたが」
自分だけではなかった、とハリーは思った。
「僕もだよ」
キーノは彼を見て、小さく笑った。
「広いのに、閉じると狭くなるな」
「着替えるには便利でしたね」
鬼太郎が答える。
ハーマイオニーは入口の方へ顔を向けた。
「朝食へ行きましょう。授業の前に、教室の場所も確かめたいわ」
「先に食べたい」
ロンが言った。
「だから、朝食へ行くと言ったのよ」
ハリーは笑いそうになりながら、二人の後へついた。
肖像画の穴を抜け、廊下へ出る。
鬼太郎は一度、戻る方の角を見た。キーノもそれを見てから、隣へ並んだ。
昨夜はパーシーの背中を追っていた。
今朝は、自分たちで次の角を選ばなければならなかった。
◆
大広間の天井には、明るい空が広がっていた。
キーノは上を見てから、食卓の空いた場所へ座った。
焼いたパンと卵がある。湯気の立つ飲み物を見つけ、杯を寄せた。
隣へ座った鬼太郎に、パンの皿を渡す。
朝の大広間は、昨夜より落ち着いているように見えた。それでも、席を探す生徒がこちらを見て、少し先へ座ることはあった。
鬼太郎は挨拶を返し、皿へパンを載せた。
途中で、教員から時間割が配られた。
キーノは紙を受け取り、今日の欄を指で追った。
「変身術」
「最初は、マクゴナガル先生ね」
ハーマイオニーが言った。
キーノは城の入口で会った魔女の顔を思い出す。
きちんと立って、こちらの返事を待っていた人だ。
「何を変えるんだ」
「ものを別のものへ変えるの。教科書の最初にも書いてあるわ」
「読んだ。今日は、何をするのかと思って」
「それは、授業が始まってからね」
ハーマイオニーは時間割を置き、食事へ戻った。
鬼太郎も紙を見ていた。
「教室まで、どのくらいかかるでしょうね」
「道が分かれば、そんなに遠くないと思うけど」
ロンが答える。
「分からない分も、見ておいた方がよさそうですね」
キーノはパンを飲み込み、もう一度時間割を見た。
教科書の中に並んでいた名前が、行く場所になっている。
鬼太郎に聞けばよかったことも、今日は先生へ聞くことができる。
残っていた卵を食べ、杯を空にした。
出発しようと立ち上がった頃、頭上から大きな羽音がした。
キーノは顔を上げた。
ふくろうが何羽も飛んでくる。封筒や包みを持ち、食卓へ向かって降りていった。
ハリーが頭を引く。
一羽がロンの髪の上を掠め、上級生の前へ止まった。
「朝は、いつもこうなの?」
ハリーが尋ねる。
「郵便だよ。家から送ってくるんだ」
ロンは頭を撫で、飛び去る羽を目で追った。
キーノも少し見ていたかった。
だが、ハーマイオニーは鞄を持っている。
自分の鞄を肩へ掛け、席から離れた。
ふくろうは、明日の朝にも来るのだろう。
◆
一度、違う廊下へ曲がった。
ハーマイオニーが立ち止まり、壁にある教室の表示を見た。
「ここではないわ」
鬼太郎は先の扉まで目を向け、それから来た方を振り返った。
「先ほどの踊り場ですね。もう一つ、通路がありました」
「戻るの?」
ロンが聞いた。
「ええ。ここから別の階段を探すよりは、早そうです」
五人は引き返した。
肖像画の中の婦人が、自分の帽子の話を隣へしている。
その前を二度通ったことで、ハリーにも曲がり角が分かった。
踊り場では、上級生へ教室の場所を尋ねた。教えられた通路へ進むと、今度は目的の扉が見つかった。
「ここね」
ハーマイオニーが言う。
ハリーは時計を確かめた。
走らなくても、間に合っていた。
教室には、まだ空いた席がいくつもある。
教師の机の上に、猫が座っていた。
ハリーはそちらを見た。
猫も、入ってきた自分たちを見ている。
「先生の猫かな」
ロンが小声で言った。
「さあ。触らない方がいいと思う」
ハリーは答え、前の方の席へ向かった。
ハーマイオニーが教科書を出す。キーノも隣へ座り、鞄から本と筆記用品を取り出した。
鬼太郎は猫へ一度目を向けてから、通路を挟んだ席についた。
教室を見渡し、本を置く場所を決めている。
猫は机の上で姿勢を変えた。
その目が、一行の手元へ向いていた。
◆
ミネルバは、少年が鞄を自分の足元へ置くところを見ていた。
遅れて駆け込んできたわけではない。
少し歩き疲れた様子の子供たちが、それぞれ席を選び、授業の準備をしている。
ハーマイオニー・グレンジャーは、もう教科書を開いていた。キーノは本を並べた後で、彼女の開いている頁を確認している。
ポッターとウィーズリーも席についた。
そして、墓場鬼太郎。
昨日の帽子の異常と、ダンブルドアから聞いた話が、ミネルバの中には残っていた。
少年はそのどちらも知らない子供と同じように、本を置いた。
ただ、座る前に扉と窓を見たことは、目に留まった。
それを問いただす場ではない。
彼女は、ほかの生徒の到着も待った。
開始時刻になると、机から下りた。
◆
猫の輪郭が、伸びた。
鬼太郎は顔を上げた。
机の前に降りた小さな身体が、ローブを着た人の姿になっている。
四本の脚があったところに、靴と手がある。
マクゴナガルだった。
近くで、椅子が小さく鳴った。
キーノが身体を起こしている。ハリーは口を開け、ロンは教師の机と本人を見比べた。
鬼太郎も、変化の終わった姿を見ていた。
猫の姿を見せるだけではなかったのか。
机から下りたときには、床へ足が着いていた。
「おはようございます」
マクゴナガルの声がした。
生徒たちが、少しばらばらに挨拶を返す。
「これから学ぶ変身術には、正確さが必要です。面白半分で杖を振れば、自分や周りの人を危険にさらします。私の授業では、説明を聞いてから取り組むこと。ふざける生徒には、退出してもらいます」
ロンが座り直した。
マクゴナガルは教室を見渡し、授業を始めた。
机へ杖を向ける。
そこにあった家具が、豚になった。
脚が動き、鼻が鳴る。
キーノが息を呑んだ。
もう一度杖が動くと、豚は机へ戻った。
上にあったものまで、元の場所にある。
鬼太郎は接ぎ目と、机の脚を見た。
修復で元へ戻すときとは、違う。
壊れていないものが、形だけでなく、動いて鳴くものになった。
教師が黒板へ向き直る。
鬼太郎は羽根ペンを取った。
聞きたいことはある。
まずは、何を教えられるのか聞いた方がよかった。
◆
説明を書き留めた後で、マッチ棒が配られた。
キーノは机の上へ置かれた一本を見た。
短い木の棒だ。
これを、針にする。
マクゴナガルが手本の針を見せ、杖の動きをゆっくり示した。
「唱える言葉は、アクフォルマ。発音と杖の動きを、よく確かめてください」
生徒たちが、その言葉を小声で繰り返した。
キーノも口の中で唱え、教科書の余白へ書き留めた。
キーノは自分の杖を取り出す。
隣のハーマイオニーは、説明の最後まで教師を見ていた。
通路の向こうで、鬼太郎が鞄を開いた。
黒いものが出てくる。
キーノには、見慣れた杖だった。
だが、ハリーの目がそちらへ向いた。
「それが、君の杖?」
「ええ」
鬼太郎は答え、机の端へ置いた。
ロンも身を寄せる。
「ずいぶん長いな」
「十六インチ半だそうです」
「十六……?」
ロンは自分の杖を見た。
鬼太郎の黒檀の杖は、ほかの生徒のものと並ぶと、長さだけでなく太さも目立った。
窓からの光が表面へ落ちても、黒さは深い。
後ろの席から、シェーマスが覗いた。隣のディーンも、その視線を追った。
ハーマイオニーまで、一度そちらを見ている。
「重くないの?」
ハリーが尋ねた。
「最初は、手を慣らす必要がありましたね」
鬼太郎は柄へ指を添えた。
「今は、こちらが使いやすいです」
キーノは、彼の手元を見る皆の顔を順に見た。
汽車では、彼が杖を使うところはなかった。
昨日の帽子のときにも、抜いてはいない。
ただ取り出しただけなのに、幾人かはまた小声になっていた。
「手元に集中してください」
マクゴナガルが言った。
「比べるのは、出来上がったものです」
生徒たちの顔が、自分の机へ戻った。
キーノもマッチ棒を見た。
ハーマイオニーが、杖を構えた。
「アクフォルマ」
ハーマイオニーは、教わった動きを迷わずなぞった。
木の棒が、銀色になった。
先が細く尖る。
反対の端には、小さな穴が開いていた。
「できたわ」
ハーマイオニーが声を上げた。
キーノは針へ顔を近づける。
木の部分は、もう見えなかった。
近くへ来たマクゴナガルが、針を持ち上げた。
向きを変え、先端と穴を確かめる。
「よくできました、グレンジャー。グリフィンドールに五点」
ハーマイオニーの頬が、明るくなった。
キーノはその顔を見てから、もう一度針を見た。
最初の一回で、教科書にあったことが目の前で起きた。
自分のマッチ棒を、指で机の中央へ寄せた。
◆
「ハーマイオニーさん」
鬼太郎が呼ぶと、彼女はこちらを向いた。
「先まで細くなっていますね。穴も、きちんと開いている。木の角が残らず、全体が揃っているのが見事です」
ハーマイオニーは返された針を見た。
「ありがとう。予習しておいてよかったわ」
「手本を見てから、杖の動きにも迷いがありませんでしたね」
鬼太郎は、彼女が構えた位置を見た。
「ご自分で、よく確かめていたのですね」
「ええ。ここは、間違えたくなかったから」
彼女は針を机へ置いた。
鬼太郎も、自分のマッチ棒を手に取る。
四角い木の軸。片端についた丸い頭。
指で転がすと、木目が細く走っていた。長さを見て、もう一度机へ置く。
マクゴナガルが次の席へ行く前に、手を上げた。
「マクゴナガル先生。変えた後の材質や大きさ、先端と穴の形まで、はっきり頭の中に描くという理解でよろしいでしょうか」
教師はこちらへ向いた。
「ええ。曖昧なままでは、狙った変化を起こしにくくなります。ただし、形を思い浮かべるだけで出来上がるわけではありません。呪文も、杖の動きも、正確に」
「承知しました」
鬼太郎は頷いた。
教師が見せた針を思い出す。
長さ。太さ。
指へ触れれば冷たい、金属の表面。
糸を通す穴と、布へ入る先端。
今あるものと、変えたいものを見比べた。
杖を持ち上げる。
「アクフォルマ」
教わった動きに、声を合わせた。
マッチ棒の頭が消えた。
木の色が銀色へ変わり、軸が細く丸くなる。
動きが止まると、机の上に針があった。
鬼太郎は杖を下げた。
マクゴナガルが、それを手に取る。
先端から端まで確かめ、頷いた。
「こちらも、きちんと変わっています。墓場、グリフィンドールに五点」
「ありがとうございます」
鬼太郎は微笑んだ。
ハリーが自分のマッチ棒を見た。
「二人とも、一回でできたんだ」
「まず、同じものに変えることはできましたね」
鬼太郎は返された針を受け取った。
指の腹へ載せ、窓の明かりへ向ける。
普通の縫い針だった。
銀色の表面には、細い光が走っている。
ハーマイオニーのものも、机に並んでいた。
教科書を読んだだけでは分からなかった変化が、二本とも、そこにある。
鬼太郎は自分の針の穴を見た。
「先生。これに、もう一度かけることはできますか」
「どのように変えるつもりですか」
「針のまま、もう少し精巧に。穴の縁や先端を、今より細かく整えられるのかと思いまして」
マクゴナガルは彼の指先を見た。
「できます。ただ、小さな違いを狙って変えるには、その違いを捉え、魔法を細かく制御する必要があります」
彼女は針を机へ置かせた。
「指に持ったまま試してはいけません。ここへ置いてからです」
「はい」
鬼太郎は手を離した。
先端の形を、もう一度考える。
細くすれば、それだけでよいわけではない。
細い部分が長すぎれば、折れやすそうだった。
穴の内側は、糸を擦らないよう滑らかにしたい。
窓の光で向きを確かめ、杖を構えた。
「アクフォルマ」
先ほどより細かな形を思い描き、もう一度、杖を振った。
針は机の上にあった。
銀色のままだった。
鬼太郎は少し待ってから杖を下げ、教師の顔を見た。
「変わっていないように見えます」
マクゴナガルも針を確かめた。
「ええ。今の試行では、細部に変化は見られません」
鬼太郎は針を受け取り、先端へ目を寄せた。
目で見て確かめられる範囲でも、違いはない。
「全体を変えるときより、小さな部分を思い描く方が難しいですね。穴の内側などは、今もよく見えていません」
「そこへ気づいたのはよいことです」
教師が言った。
「まず、出来上がったものをよく観察しなさい。何を変えたいのか、自分で確かめられるところからです。繰り返し唱えるだけでは、精度は上がりません」
「ええ。そのようですね」
鬼太郎は針を置き、羽根ペンを取った。
成功したことと、変わらなかったことを、分けて書く。
それから、手本の針をもう一度見せてもらえないか尋ねた。
◆
ミネルバは、手本と自分の針を並べる少年を見ていた。
すぐに二度目の呪文を唱えようとはしない。
向きを揃え、穴の位置を見比べ、書き留めている。
最初の成功は、確かなものだった。
だからといって、次も同じように進むとは限らない。
うまくいかなかったときに、どんな態度を取るか。
それも、教師には大事なことだった。
墓場は苛立たなかった。杖や課題へ責任を押しつけることもなく、何が足りなかったかを尋ねた。
教わることへ、真面目に向き合っている。
ダンブルドアは、彼が学ぶ意欲を持っていると話していた。
その言葉を、今朝は自分の目で確かめられた。
ミネルバは、少年の小さな手を見た。
聞かされた経歴は、消えない。
彼の力が、何へ使われてきたのかも忘れてはならない。
だが、ここで与えた課題に向き合う姿まで、過去の仕事と同じものとして見てしまえば、教師にできることがなくなる。
質問を受け止める。
できたことを認め、足りないところを教える。
力を使ってよいときと、止めなければならないときを、授業の中でも示していく。
この子には、その言葉を聞く姿勢がある。
正しく導いていけば、しっかり育っていけるはずだった。
「墓場。手本は、授業の終わりに返してください」
「はい。ありがとうございます」
少年が顔を上げた。
返事は穏やかで、その後すぐ、二本の針へ視線が戻る。
ミネルバは隣の机へ進んだ。
キーノの前には、まだマッチ棒があった。
「杖の動きを、もう一度見せてください」
少女は少し肩を強張らせたが、頷いて杖を持ち上げた。
◆
キーノは、先生の示す動きを見た。
自分が止めたところより、ほんの少し先まで杖先が進む。
「ここまでです。途中で結果を見ようとして、動きを止めないように」
「分かった」
キーノは構え直した。
針を思い浮かべる。
「アクフォルマ」
キーノは声に出し、杖先を最後まで動かした。
マッチ棒は、まだ木の棒だった。
口を結ぶ。
隣では、ハーマイオニーが自分の針を見ている。通路の向こうでは、鬼太郎が手本の針と自分の針を比べていた。
二人とも、一度でできた。
自分は、二度目も変わらなかった。
「すぐに変わらなくても、慌てる必要はありません」
先生が言った。
「今の動きは、先ほどより正確でした。次は、唱える声を途中で弱めないこと」
キーノは顔を上げた。
失敗したものだけを、見られているわけではなかった。
「もう一度、やってみる」
「ええ」
先生は頷き、ハリーとロンの机へ向かった。
キーノは杖を握り直した。
すぐ近くに、教えられる人がいる。
間違えたところを尋ねれば、見てもらえる。
ハーマイオニーがこちらへ顔を向けた。
「手本、見る? 穴はこのくらいよ」
「ああ。見せてくれ」
彼女が針を机の中央へ置く。
キーノは頭を寄せ、木の棒と交互に見た。
鬼太郎へ、すぐ頼む必要はなかった。
自分で尋ねる相手が、ここにもいた。
◆
授業が終わる頃、ハリーのマッチ棒は、まだ針になっていなかった。
ロンも同じだった。
最初の二人を見たときには、自分にもすぐできるのではないかと思ったが、そうはいかなかった。
先生が動きを直してくれたところへ、教科書の余白に印をつける。
次の授業までに、読み返しておこうと思った。
マクゴナガルが、練習を終えるよう告げた。
鬼太郎は手本の針を返し、出来上がった自分の針も指示された場所へ置いた。
キーノが杖をしまう。
ハーマイオニーは、五点をもらったときと同じ、嬉しそうな顔をしていた。
ハリーは教科書を鞄へ入れ、立ち上がった。
教室の外へ出ると、ロンが鬼太郎を見た。
「一回でできたのに、まだ細かく変えたかったの?」
「ええ。できると分かると、次も確かめたくなりますね」
「僕なら、そこで満足するけどな」
ロンは自分の杖へ目を落とした。
「まず針にしたいよ」
「私もだ」
キーノが言った。
鬼太郎は彼女を見た。
「先生に直していただいた動きは、最後まで揃っていましたね」
「それでも変わらなかった」
「ええ。でも、次に確かめるところも教えていただけました」
キーノは鞄の紐へ手を掛けた。
「分かってる。次は、針にする」
ハーマイオニーが頷いた。
「練習するときなら、私も一緒にできるわ」
「それなら、僕も」
ハリーが言う。
ロンは少し迷い、結局頷いた。
鬼太郎は、そのやり取りを聞いていた。
最初にできた者の手元を見られる。
途中で止まった者へ、教師が手を貸す。
自分の質問にも、その場で答えが返ってきた。
得られたものは、一本の針だけではなかった。
ハリーが時間割を出し、次の教室の名を読んだ。
皆の足が、また動き始める。
鬼太郎は歩きながら、自分の指に載っていた針を思い出した。
大きな変化は、起こせた。
その先の僅かな違いには、まだ届かない。
あの小さな先端を整えるためにも、見る力と、扱う力を磨く必要がある。
次の変身術までに、教科書で確かめたい箇所ができていた。
鬼太郎は鞄を掛け直し、一行と同じ角を曲がった。