神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

101 / 197
余白に残した問い

第101話 余白に残した問い

 

 窓際の椅子へ座ると、暖炉の前の話が聞き取りにくくなった。

 

 キーノは杯を卓へ置き、鬼太郎の方へ膝を向けた。

 

「クィレル先生のことだな」

 

「ええ」

 

「何が気になったんだ」

 

 鬼太郎は、近くの椅子が空いていることを確かめた。

 

「ハリーさんが、落ちるのを待っている顔でした」

 

 キーノの指が、杯から離れる。

 

「……助けが来るのを、じゃなくてか」

 

「はい。スネイプ先生とは、違っていましたね。あちらも険しい顔でしたが、箒が跳ねると、ますます必死になっていました」

 

 キーノは、暖炉の方を振り返った。

 

 ハリーのそばに、ハーマイオニーがいる。ロンが腕を振ると、彼女が杯を遠ざけ、何か言った。

 

「ハーマイオニーは、スネイプの呪文を止めたと思ってる」

 

「そうですね。ただ、僕が見たときは、クィレル先生が倒れた後で、箒の動きが弱まりました。服の火が見えたのは、その後です」

 

「なら、あの先生がやってたんじゃないのか」

 

「その方が、気になります。ですが、火のついた瞬間まで見たわけではありません。何を唱えていたかも、聞こえませんでした」

 

 鬼太郎は、杯を卓の奥へ寄せた。

 

 落ちる身体を待つ目なら、知っている。

 

 それが、どんな呪文を使っていた証拠になるかは、別だった。

 

「私たちも、あの先生の授業を受けるぞ」

 

「ええ。覚えておいてください。何も知らずに近づくよりは、よいでしょう」

 

「校長に言わないのか」

 

 鬼太郎は、少し考えた。

 

「あの方にも、何かお考えがありそうですね」

 

「今日のことを、知ってるのか?」

 

「伺ってはいません。トロールのときも、全部が見落としだったとは、おっしゃいませんでしたので」

 

「でも、悪魔は知らなかったんだろ」

 

 鬼太郎はキーノを見た。

 

「ええ。そちらは、ご存じありませんでした」

 

「だったら、今日も知ってるとは限らない。知ってたとしても、ハリーは落ちかけたぞ」

 

 暖炉の前で、乾杯の声が上がった。

 

 鬼太郎は、杯を上げずに答えた。

 

「安心して忘れるつもりはありませんよ。校長先生とお話しするときも、僕が見た順番のまま、お伝えする方がよさそうですね」

 

「顔だけで、犯人だと言うんじゃなくてか」

 

「はい。ただ、あの顔を見なかったことにする必要もありません」

 

 キーノは、しばらく彼を見ていた。

 

「あいつを追ったりするのか?」

 

「今は、そのつもりはありません。誰かがハリーさんへ何かをしていた。それ以上のことは、こちらから確かめに行くほど、まだ分かっていませんので」

 

「なら、いい。私にも、分かったことは言えよ」

 

「もちろんです」

 

 キーノが杯を取り直した。

 

 鬼太郎も一口飲む。甘さの残る口で、続けた。

 

「別に、調べたいこともできました」

 

「今度は何だ」

 

「箒を止めるためなのか、暴れさせるためなのか、唱えているところを見ても、分かりませんでした。僕は、知らないものが多すぎますね」

 

「一年生だろ」

 

「相手も、一年の授業に合わせてくださるなら、助かるんですが」

 

 キーノが鼻を鳴らした。

 

「図書館へ行くんだな」

 

「ええ。それと、近づかれる前に止めるものや、杖を奪うものを。枝を浮かせるだけでは、間に合いませんでしたから」

 

「本を読んだら、すぐ試すつもりじゃないだろうな」

 

「先生へ相談する紙が、ありますよ」

 

「書いたままにするなよ」

 

 鬼太郎が返事をしたところで、ハリーが二人へ手を振った。

 

 キーノは立ち、空いた杯を持ち上げる。

 

「行くぞ。今日は、あいつが勝った日だ」

 

 鬼太郎も、その後へ続いた。

 

     ◆

 

 翌日、図書館で鬼太郎が探したのは、呪いを端から覚えるための本ではなかった。

 

 動きを止める呪文と、相手の武器を奪う呪文。その二つを説明すると、パンス夫人は閲覧できる書架を示した。

 

 目次を確かめ、二冊だけ卓へ持ってくる。

 

 キーノは向かいへ座り、一冊目を覗いた。

 

「全身金縛り?」

 

「ペトリフィカス・トタルス、というそうです」

 

 鬼太郎は、帳面へ名称を書いた。

 

 キーノが本と帳面を見比べる。

 

「石みたいになるのか。身体そのものが?」

 

「いえ。石に変えるのではなく、手足を揃えて、身体を動かせなくするようです」

 

「全身なら、目もか?」

 

 鬼太郎は、その先の説明まで読み直した。

 

「目は動き、意識も残る、とありますね。固まっている間に何をされるかは、分かるのでしょう」

 

 キーノの眉が寄った。

 

「それ、掛けられた方は嫌だな」

 

「ええ。ですから、自分で使えるようにしておきたいです」

 

 鬼太郎は、名称の下へ書いた。

 

 石への変身ではない。手足を含めた拘束。意識と目の動きは残る。

 

 さらに一行、空ける。

 

「立ったまま固まったら、倒れるぞ」

 

 キーノが言った。

 

「階段でも、同じでしょうね」

 

 鬼太郎は、掛ける場所、と書き加えた。

 

 動けなくなれば、それで無事に済むとは限らない。止めた相手を生かしておきたいなら、転ぶ先も考える必要があった。

 

 グロブニク、と書きかけたところで、キーノがペン先を見る。

 

「また、あいつに試すのか」

 

「覚えて、相手をしていただければ。ただ、これも毛を揺らすだけかもしれませんね」

 

 名前の横に、効くか未確認、と残した。

 

 呪文の説明には、あの大きな黒い身体も、近づく爪も載っていない。

 

 鬼太郎は、余白へ小さく、効かなければ下がる、と書いた。

 

 二冊目には、武装解除があった。

 

 エクスペリアームス。

 

 名称を写し、手にした武装を奪うという説明を追う。

 

「身体を動けなくしなくても、杖がなくなれば、使えない呪文が増えますね」

 

「強く握ってても、取れるのか」

 

 キーノが聞いた。

 

 鬼太郎は前の頁へ戻ったが、知りたい条件を全て答える記述はなかった。

 

「どのくらい握っていたら難しくなるかまでは、分かりませんね。紐で腕へ繋いでいたらどうなるかも、伺いたいです」

 

「お前の銃も、取られるかもしれないな」

 

「手に持っているところを狙われたら、そうでしょうね」

 

 自分が奪う場合の下へ、奪われた場合、と書く。

 

 杖を失えば、今ここで読んでいる呪文も使えない。

 

 鬼太郎には左手の魔法がある。それを知らない相手なら、武装解除で終わったと思うかもしれなかった。

 

 同じように、相手にも、見えていない手段があるだろう。

 

「飛んだ杖を拾えば、いいのか」

 

 キーノが尋ねた。

 

「拾いに行く間、持ち主も動けますね」

 

 鬼太郎は、枝の両端を見ていた間に、黒い肩が迫ったことを思い出した。

 

「杖ばかり見ていたら、また近づかれそうです」

 

「今度は、杖ばかり見るな、か」

 

 彼女の口元が上がった。

 

 鬼太郎も笑いかけ、パンス夫人がこちらを見たので、声を落とす。

 

「ええ。同じことを、別の物で繰り返すところでした」

 

 帳面に二つ並んだ名前へ、目を落とした。

 

 奪うことと、止めること。

 

 どちらも、まだ本で読んだだけだった。

 

 キーノは全身金縛りの頁へ戻り、自分の紙にも名前を書き始めた。

 

     ◆

 

 次の授業日の放課後、ハリーはロンとハーマイオニーを誘い、ハグリッドの小屋へ向かった。

 

 廊下では、まだ試合のことを声に掛けられた。

 

 だが、窓から競技場が見えると、ハリーの掌には、柄へしがみついていた感触が戻った。

 

 あれが、もう一度起きたら。

 

 扉を叩くと、ファングが吠えた。

 

 ハグリッドは三人を招き、茶を淹れ始める。暖炉のそばには、底へ泥のついた長靴があった。

 

 大きな身体が、窓の外へ向く。

 

「どうしたの?」

 

 ハリーが尋ねた。

 

「森でな。ユニコーンが一頭、殺されてた」

 

 ロンが、引きかけた椅子を止めた。

 

「誰かが、殺したの?」

 

「俺が見つけたときは、もう手遅れだった。綺麗なやつだったんだがな」

 

 ハグリッドは、カップを卓へ置いた。

 

「誰が何のためにやったか、確かめにゃならん。お前さんたちは近づくなよ」

 

 森の奥は、窓からでも暗く見えた。

 

 ハリーは膝へ鼻を寄せるファングを撫で、話し始めた。

 

「僕たち、試合のことを聞いてほしくて。スネイプが、箒に何かしてたと思うんだ」

 

「スネイプ先生が? そんなことをするわけがない」

 

「私、見たのよ」

 

 ハーマイオニーが、唇を動かしていた教師と、ローブへつけた火について説明した。

 

 火と聞くと、ハグリッドは目を見開いた。

 

「先生に火をつけたんか!」

 

「ほかに、止める方法が思いつかなかったの」

 

「ハリーが落ちそうだったんだよ。あのままじゃ――」

 

 ロンが言いかける。

 

 ハグリッドはハリーを見て、口を閉じた。

 

「……怖かったろうな」

 

 ハリーは頷いた。

 

 あの高さを説明しようとすると、指の痛みまで思い出しそうだった。

 

 茶のカップが、そばへ寄せられる。

 

「だが、お前さんを嫌ってるからって、殺そうとするか?」

 

「三階の犬が守ってるものを、狙ってたら?」

 

 ハリーが言うと、ハグリッドの手が止まった。

 

 頭が三つある犬のことを話した途端、大きな声が小屋へ響く。

 

「フラッフィーのところへ入ったんか!」

 

「名前があるの?」

 

「そりゃある。俺が連れてきたんだからな。二度と近づくんじゃないぞ」

 

「床の扉を守ってるんでしょう?」

 

 ハーマイオニーが尋ねた。

 

 ハリーは七月に見た、小さな包みを思い出す。

 

「グリンゴッツから、持ってきたもの? 金庫に侵入した人は、あれを盗めなかったんだ」

 

 ハグリッドは、髭へ手を当てた。

 

「スネイプも、それを――」

 

「スネイプ先生も、守る役目をしてるんだ。ダンブルドアとニコラス・フラメルの大事なことへ、首を突っ込むんじゃない」

 

 そこで、言葉が止まった。

 

 三人が顔を上げる。

 

「ニコラス・フラメルって、誰?」

 

 ハグリッドは、カップへ目を落とした。

 

「今のは、忘れてくれ」

 

 ハリーは温かい茶を両手で持った。

 

 ニコラス・フラメル。

 

 どこかで見たような名前だった。けれど、何に書いてあったかを思い出そうとすると、そこから先が出てこない。

 

 小屋を出た後、ハーマイオニーは二人へ声を落とした。

 

「図書館で調べましょう。ダンブルドアと一緒に守っている人なら、何か載っているはずよ」

 

 ロンが頷き、ハリーも続いた。

 

 ハグリッドには忘れるように言われたが、三人とも、その名前を覚えていた。

 

     ◆

 

 その頃、鬼太郎は図書館で、キーノの書いた線を見ていた。

 

 全身金縛りの説明から写した、杖の動きだった。

 

「この矢印の先で、止めるのか。それとも、先まで動かしてから相手へ向けるのか」

 

 キーノは本の図と、自分の線を順に指した。

 

「同じ線を描いても、そこが違えば、杖先の向きが変わりますね」

 

 鬼太郎は、教師へ渡す紙へ問いを書き加えた。

 

 終わる位置と、対象へ向ける時機。

 

 空中で振ってみる代わりに、本を閉じる。

 

「鬼太郎?」

 

 顔を上げると、セドリックが本を抱えて立っていた。

 

 隣の席を尋ね、静かに椅子を引く。

 

 キーノとは改めて名を交わした。セドリック・ディゴリー。キーノ・ファスリス・インベルン。呼び方を決めると、彼は卓の帳面へ目を向けた。

 

「武装解除と、全身金縛り。もう使えるの?」

 

「いえ。本で読んだところです。今日は、先生へ相談に行こうと思いまして」

 

 セドリックの目が、名前の下へ動いた。

 

「奪われた場合も、書いてあるんだ」

 

「相手も、使うかもしれませんので」

 

「僕は、最初は当てることばかり考えてたな」

 

 彼は顔を上げた。

 

「一緒に行ってもいい? この前の練習の話も、先生にお願いしたい」

 

 鬼太郎が答えるより先に、キーノが言った。

 

「私も、入るぞ」

 

「もちろん。先生がよいとおっしゃれば」

 

 セドリックが答えた。

 

 鬼太郎は、二つの呪文を書いた紙を揃える。

 

 教わるだけでなく、覚えた後に向ける相手もできそうだった。

 

     ◆

 

 フリットウィックは、教卓で答案を揃えていた。

 

 三人を迎え、鬼太郎の差し出した紙を受け取る。

 

「授業より先の呪文ですね。もう試しましたか?」

 

「いいえ。キーノさんと読みましたが、まだ使っていません」

 

「それは結構。特に全身金縛りを、廊下で立っている友達へ試してはいけませんよ」

 

 先生の指が、掛ける場所、と書いたところへ来た。

 

「ここは気づいていますね。身体が固まっても、その場へ立ったまま留まるとは限りません」

 

「解くところも、教えていただきたいです」

 

 鬼太郎が言うと、先生は頷いた。

 

「ええ。動けなくした相手を、そのまま置いて帰られては困りますからね」

 

 キーノが、自分の写した図を差し出す。

 

「杖を止める場所も、見てほしい。ここで止めるのか、対象へ向け直すのか、図だけでは分からなかった」

 

 フリットウィックは二枚を並べた。

 

「矢印を大きく真似するだけにならないよう、実際の手の動きを見ましょう。本から写した線を、今ここで急いで直すより、その方がよさそうです」

 

 キーノは紙を見てから、顔を上げた。

 

「分かった」

 

 鬼太郎の紙を読み進めた先生は、余白で目を止めた。

 

「効かなければ下がる。動いている相手にも、使いたいのですね」

 

「はい。浮かせる物を見ている間に、近づかれました。呪文を変えても、次にどうするかが要ると思いまして」

 

 フリットウィックが、鬼太郎を見る。

 

「それで、ディゴリーも?」

 

「僕から誘いました。使い方を比べてみたいんです」

 

 セドリックが答えた。

 

「学年が違っても、僕にも勉強になると思います」

 

「よいでしょう。ただし、最初から撃ち合いません。発音と杖の動き、次に用意した対象。そこから、人を相手にする練習へ進みます」

 

 先生は、三人を順に見た。

 

「私が止めたら、すぐ止める。決めた呪文の範囲を越えない。勝ちたくなってから、約束を変えないこと。できますね?」

 

「はい」

 

 鬼太郎が答え、セドリックとキーノも続いた。

 

「では、明日の放課後に。教室はこちらで整えておきます。使える呪文は、その前に聞かせてもらいますよ」

 

 鬼太郎は、鞄の留め金から指を離した。

 

 ようやく、場所と相手と、教わる順番が決まった。

 

 フリットウィックは、もう一度紙を見る。

 

「武装解除で飛んだ杖を見すぎる心配も、もっともです。杖を持っていない相手にも、手と足はありますからね」

 

「先生も、決闘で使われたんですか」

 

 セドリックが聞いた。

 

「何度も、使いましたよ」

 

「若い頃、チャンピオンだったと聞きました」

 

 鬼太郎は、先生へ顔を向けた。

 

 小さな手が、紙の端を揃えている。

 

「ずいぶん前のことです」

 

 フリットウィックは笑った。

 

「それでも、武器を奪ったから終わりだと思って、慌てたことは覚えています。続きを忘れないのは、大事ですよ」

 

 鬼太郎は帳面を開き直した。

 

 奪った杖の下へ、相手の手と足、と書く。

 

 その横に、まだ空いている場所を残した。

 

     ◆

 

 教室を出てセドリックと別れると、キーノが鬼太郎の顔を見た。

 

「チャンピオンの話から、楽しそうだったな」

 

「そんなに、分かりましたか」

 

「分かる。先生へ向ける顔じゃなかったぞ」

 

 鬼太郎は、閉じた帳面へ目を落とした。

 

 明日は、まず教わる日だ。

 

 だが、何度も相手の武器を奪ってきた手が、すぐ近くで動くところも見られる。

 

「よく見ておきたいですね」

 

「自分が杖を振るときまで、先生ばかり見るなよ」

 

 鬼太郎は笑い、帳面を鞄へ収めた。

 

 余白の続きは、明日、確かめてから書くつもりだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。