神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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第七章 学びの先に、願いが映る
小さな先端に、道は続く


 

第百話 小さな先端に、道は続く

 

 カーテンの隙間に、朝の光があった。

 

 ハリーは目を開け、しばらく赤い布を見ていた。

 

 階段の下ではない。

 

 昨夜、眠る前にも確かめたことを、もう一度思った。

 

 寝台の外で、鞄の留め具が閉じる音がする。カーテンを開くと、鬼太郎が制服の袖を直していた。

 

「おはようございます。ハリーさん」

 

「おはよう。もう起きてたんだ」

 

「ええ。食事へ行く道も、確かめたいですから」

 

 ハリーは眼鏡を掛けた。

 

 隣の寝台では、ロンが布団を鼻の下まで引き上げている。

 

「ロン。朝だよ」

 

「……分かってる」

 

 返事の後で、目が開いた。

 

 それから鬼太郎の姿を見て、ロンは上体を起こした。

 

「キーノ、もう下にいる?」

 

「まだ見ていません。これから下りるところです」

 

「じゃあ、僕も行く」

 

 ロンは寝台から足を下ろした。

 

 ハリーもトランクを開ける。ネビルが寝ぼけた声で挨拶し、シェーマスは枕の位置を変えた。

 

 誰かの物音で、ほかの誰かも起きる。

 

 ハリーはシャツへ腕を通しながら、窓を見た。

 

 昨夜は黒かったガラスの向こうに、空と遠くの景色がある。

 

 ここから、最初の一日が始まるのだった。

 

     ◆

 

 談話室へ下りると、キーノは暖炉の近くに立っていた。

 

 ハーマイオニーが隣にいる。二人とも、制服を着ていた。

 

「おはようございます。キーノさん、ハーマイオニーさん」

 

 鬼太郎が声を掛けると、キーノは振り向いた。

 

「おはよう。眠れたか」

 

「ええ。そちらは?」

 

「眠れた。起きたとき、カーテンがあって少し驚いたが」

 

 自分だけではなかった、とハリーは思った。

 

「僕もだよ」

 

 キーノは彼を見て、小さく笑った。

 

「広いのに、閉じると狭くなるな」

 

「着替えるには便利でしたね」

 

 鬼太郎が答える。

 

 ハーマイオニーは入口の方へ顔を向けた。

 

「朝食へ行きましょう。授業の前に、教室の場所も確かめたいわ」

 

「先に食べたい」

 

 ロンが言った。

 

「だから、朝食へ行くと言ったのよ」

 

 ハリーは笑いそうになりながら、二人の後へついた。

 

 肖像画の穴を抜け、廊下へ出る。

 

 鬼太郎は一度、戻る方の角を見た。キーノもそれを見てから、隣へ並んだ。

 

 昨夜はパーシーの背中を追っていた。

 

 今朝は、自分たちで次の角を選ばなければならなかった。

 

     ◆

 

 大広間の天井には、明るい空が広がっていた。

 

 キーノは上を見てから、食卓の空いた場所へ座った。

 

 焼いたパンと卵がある。湯気の立つ飲み物を見つけ、杯を寄せた。

 

 隣へ座った鬼太郎に、パンの皿を渡す。

 

 朝の大広間は、昨夜より落ち着いているように見えた。それでも、席を探す生徒がこちらを見て、少し先へ座ることはあった。

 

 鬼太郎は挨拶を返し、皿へパンを載せた。

 

 途中で、教員から時間割が配られた。

 

 キーノは紙を受け取り、今日の欄を指で追った。

 

「変身術」

 

「最初は、マクゴナガル先生ね」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

 キーノは城の入口で会った魔女の顔を思い出す。

 

 きちんと立って、こちらの返事を待っていた人だ。

 

「何を変えるんだ」

 

「ものを別のものへ変えるの。教科書の最初にも書いてあるわ」

 

「読んだ。今日は、何をするのかと思って」

 

「それは、授業が始まってからね」

 

 ハーマイオニーは時間割を置き、食事へ戻った。

 

 鬼太郎も紙を見ていた。

 

「教室まで、どのくらいかかるでしょうね」

 

「道が分かれば、そんなに遠くないと思うけど」

 

 ロンが答える。

 

「分からない分も、見ておいた方がよさそうですね」

 

 キーノはパンを飲み込み、もう一度時間割を見た。

 

 教科書の中に並んでいた名前が、行く場所になっている。

 

 鬼太郎に聞けばよかったことも、今日は先生へ聞くことができる。

 

 残っていた卵を食べ、杯を空にした。

 

 出発しようと立ち上がった頃、頭上から大きな羽音がした。

 

 キーノは顔を上げた。

 

 ふくろうが何羽も飛んでくる。封筒や包みを持ち、食卓へ向かって降りていった。

 

 ハリーが頭を引く。

 

 一羽がロンの髪の上を掠め、上級生の前へ止まった。

 

「朝は、いつもこうなの?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「郵便だよ。家から送ってくるんだ」

 

 ロンは頭を撫で、飛び去る羽を目で追った。

 

 キーノも少し見ていたかった。

 

 だが、ハーマイオニーは鞄を持っている。

 

 自分の鞄を肩へ掛け、席から離れた。

 

 ふくろうは、明日の朝にも来るのだろう。

 

     ◆

 

 一度、違う廊下へ曲がった。

 

 ハーマイオニーが立ち止まり、壁にある教室の表示を見た。

 

「ここではないわ」

 

 鬼太郎は先の扉まで目を向け、それから来た方を振り返った。

 

「先ほどの踊り場ですね。もう一つ、通路がありました」

 

「戻るの?」

 

 ロンが聞いた。

 

「ええ。ここから別の階段を探すよりは、早そうです」

 

 五人は引き返した。

 

 肖像画の中の婦人が、自分の帽子の話を隣へしている。

 

 その前を二度通ったことで、ハリーにも曲がり角が分かった。

 

 踊り場では、上級生へ教室の場所を尋ねた。教えられた通路へ進むと、今度は目的の扉が見つかった。

 

「ここね」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

 ハリーは時計を確かめた。

 

 走らなくても、間に合っていた。

 

 教室には、まだ空いた席がいくつもある。

 

 教師の机の上に、猫が座っていた。

 

 ハリーはそちらを見た。

 

 猫も、入ってきた自分たちを見ている。

 

「先生の猫かな」

 

 ロンが小声で言った。

 

「さあ。触らない方がいいと思う」

 

 ハリーは答え、前の方の席へ向かった。

 

 ハーマイオニーが教科書を出す。キーノも隣へ座り、鞄から本と筆記用品を取り出した。

 

 鬼太郎は猫へ一度目を向けてから、通路を挟んだ席についた。

 

 教室を見渡し、本を置く場所を決めている。

 

 猫は机の上で姿勢を変えた。

 

 その目が、一行の手元へ向いていた。

 

     ◆

 

 ミネルバは、少年が鞄を自分の足元へ置くところを見ていた。

 

 遅れて駆け込んできたわけではない。

 

 少し歩き疲れた様子の子供たちが、それぞれ席を選び、授業の準備をしている。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは、もう教科書を開いていた。キーノは本を並べた後で、彼女の開いている頁を確認している。

 

 ポッターとウィーズリーも席についた。

 

 そして、墓場鬼太郎。

 

 昨日の帽子の異常と、ダンブルドアから聞いた話が、ミネルバの中には残っていた。

 

 少年はそのどちらも知らない子供と同じように、本を置いた。

 

 ただ、座る前に扉と窓を見たことは、目に留まった。

 

 それを問いただす場ではない。

 

 彼女は、ほかの生徒の到着も待った。

 

 開始時刻になると、机から下りた。

 

     ◆

 

 猫の輪郭が、伸びた。

 

 鬼太郎は顔を上げた。

 

 机の前に降りた小さな身体が、ローブを着た人の姿になっている。

 

 四本の脚があったところに、靴と手がある。

 

 マクゴナガルだった。

 

 近くで、椅子が小さく鳴った。

 

 キーノが身体を起こしている。ハリーは口を開け、ロンは教師の机と本人を見比べた。

 

 鬼太郎も、変化の終わった姿を見ていた。

 

 猫の姿を見せるだけではなかったのか。

 

 机から下りたときには、床へ足が着いていた。

 

「おはようございます」

 

 マクゴナガルの声がした。

 

 生徒たちが、少しばらばらに挨拶を返す。

 

「これから学ぶ変身術には、正確さが必要です。面白半分で杖を振れば、自分や周りの人を危険にさらします。私の授業では、説明を聞いてから取り組むこと。ふざける生徒には、退出してもらいます」

 

 ロンが座り直した。

 

 マクゴナガルは教室を見渡し、授業を始めた。

 

 机へ杖を向ける。

 

 そこにあった家具が、豚になった。

 

 脚が動き、鼻が鳴る。

 

 キーノが息を呑んだ。

 

 もう一度杖が動くと、豚は机へ戻った。

 

 上にあったものまで、元の場所にある。

 

 鬼太郎は接ぎ目と、机の脚を見た。

 

 修復で元へ戻すときとは、違う。

 

 壊れていないものが、形だけでなく、動いて鳴くものになった。

 

 教師が黒板へ向き直る。

 

 鬼太郎は羽根ペンを取った。

 

 聞きたいことはある。

 

 まずは、何を教えられるのか聞いた方がよかった。

 

     ◆

 

 説明を書き留めた後で、マッチ棒が配られた。

 

 キーノは机の上へ置かれた一本を見た。

 

 短い木の棒だ。

 

 これを、針にする。

 

 マクゴナガルが手本の針を見せ、杖の動きをゆっくり示した。

 

「唱える言葉は、アクフォルマ。発音と杖の動きを、よく確かめてください」

 

 生徒たちが、その言葉を小声で繰り返した。

 

 キーノも口の中で唱え、教科書の余白へ書き留めた。

 

 キーノは自分の杖を取り出す。

 

 隣のハーマイオニーは、説明の最後まで教師を見ていた。

 

 通路の向こうで、鬼太郎が鞄を開いた。

 

 黒いものが出てくる。

 

 キーノには、見慣れた杖だった。

 

 だが、ハリーの目がそちらへ向いた。

 

「それが、君の杖?」

 

「ええ」

 

 鬼太郎は答え、机の端へ置いた。

 

 ロンも身を寄せる。

 

「ずいぶん長いな」

 

「十六インチ半だそうです」

 

「十六……?」

 

 ロンは自分の杖を見た。

 

 鬼太郎の黒檀の杖は、ほかの生徒のものと並ぶと、長さだけでなく太さも目立った。

 

 窓からの光が表面へ落ちても、黒さは深い。

 

 後ろの席から、シェーマスが覗いた。隣のディーンも、その視線を追った。

 

 ハーマイオニーまで、一度そちらを見ている。

 

「重くないの?」

 

 ハリーが尋ねた。

 

「最初は、手を慣らす必要がありましたね」

 

 鬼太郎は柄へ指を添えた。

 

「今は、こちらが使いやすいです」

 

 キーノは、彼の手元を見る皆の顔を順に見た。

 

 汽車では、彼が杖を使うところはなかった。

 

 昨日の帽子のときにも、抜いてはいない。

 

 ただ取り出しただけなのに、幾人かはまた小声になっていた。

 

「手元に集中してください」

 

 マクゴナガルが言った。

 

「比べるのは、出来上がったものです」

 

 生徒たちの顔が、自分の机へ戻った。

 

 キーノもマッチ棒を見た。

 

 ハーマイオニーが、杖を構えた。

 

「アクフォルマ」

 

 ハーマイオニーは、教わった動きを迷わずなぞった。

 

 木の棒が、銀色になった。

 

 先が細く尖る。

 

 反対の端には、小さな穴が開いていた。

 

「できたわ」

 

 ハーマイオニーが声を上げた。

 

 キーノは針へ顔を近づける。

 

 木の部分は、もう見えなかった。

 

 近くへ来たマクゴナガルが、針を持ち上げた。

 

 向きを変え、先端と穴を確かめる。

 

「よくできました、グレンジャー。グリフィンドールに五点」

 

 ハーマイオニーの頬が、明るくなった。

 

 キーノはその顔を見てから、もう一度針を見た。

 

 最初の一回で、教科書にあったことが目の前で起きた。

 

 自分のマッチ棒を、指で机の中央へ寄せた。

 

     ◆

 

「ハーマイオニーさん」

 

 鬼太郎が呼ぶと、彼女はこちらを向いた。

 

「先まで細くなっていますね。穴も、きちんと開いている。木の角が残らず、全体が揃っているのが見事です」

 

 ハーマイオニーは返された針を見た。

 

「ありがとう。予習しておいてよかったわ」

 

「手本を見てから、杖の動きにも迷いがありませんでしたね」

 

 鬼太郎は、彼女が構えた位置を見た。

 

「ご自分で、よく確かめていたのですね」

 

「ええ。ここは、間違えたくなかったから」

 

 彼女は針を机へ置いた。

 

 鬼太郎も、自分のマッチ棒を手に取る。

 

 四角い木の軸。片端についた丸い頭。

 

 指で転がすと、木目が細く走っていた。長さを見て、もう一度机へ置く。

 

 マクゴナガルが次の席へ行く前に、手を上げた。

 

「マクゴナガル先生。変えた後の材質や大きさ、先端と穴の形まで、はっきり頭の中に描くという理解でよろしいでしょうか」

 

 教師はこちらへ向いた。

 

「ええ。曖昧なままでは、狙った変化を起こしにくくなります。ただし、形を思い浮かべるだけで出来上がるわけではありません。呪文も、杖の動きも、正確に」

 

「承知しました」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

 教師が見せた針を思い出す。

 

 長さ。太さ。

 

 指へ触れれば冷たい、金属の表面。

 

 糸を通す穴と、布へ入る先端。

 

 今あるものと、変えたいものを見比べた。

 

 杖を持ち上げる。

 

「アクフォルマ」

 

 教わった動きに、声を合わせた。

 

 マッチ棒の頭が消えた。

 

 木の色が銀色へ変わり、軸が細く丸くなる。

 

 動きが止まると、机の上に針があった。

 

 鬼太郎は杖を下げた。

 

 マクゴナガルが、それを手に取る。

 

 先端から端まで確かめ、頷いた。

 

「こちらも、きちんと変わっています。墓場、グリフィンドールに五点」

 

「ありがとうございます」

 

 鬼太郎は微笑んだ。

 

 ハリーが自分のマッチ棒を見た。

 

「二人とも、一回でできたんだ」

 

「まず、同じものに変えることはできましたね」

 

 鬼太郎は返された針を受け取った。

 

 指の腹へ載せ、窓の明かりへ向ける。

 

 普通の縫い針だった。

 

 銀色の表面には、細い光が走っている。

 

 ハーマイオニーのものも、机に並んでいた。

 

 教科書を読んだだけでは分からなかった変化が、二本とも、そこにある。

 

 鬼太郎は自分の針の穴を見た。

 

「先生。これに、もう一度かけることはできますか」

 

「どのように変えるつもりですか」

 

「針のまま、もう少し精巧に。穴の縁や先端を、今より細かく整えられるのかと思いまして」

 

 マクゴナガルは彼の指先を見た。

 

「できます。ただ、小さな違いを狙って変えるには、その違いを捉え、魔法を細かく制御する必要があります」

 

 彼女は針を机へ置かせた。

 

「指に持ったまま試してはいけません。ここへ置いてからです」

 

「はい」

 

 鬼太郎は手を離した。

 

 先端の形を、もう一度考える。

 

 細くすれば、それだけでよいわけではない。

 

 細い部分が長すぎれば、折れやすそうだった。

 

 穴の内側は、糸を擦らないよう滑らかにしたい。

 

 窓の光で向きを確かめ、杖を構えた。

 

「アクフォルマ」

 

 先ほどより細かな形を思い描き、もう一度、杖を振った。

 

 針は机の上にあった。

 

 銀色のままだった。

 

 鬼太郎は少し待ってから杖を下げ、教師の顔を見た。

 

「変わっていないように見えます」

 

 マクゴナガルも針を確かめた。

 

「ええ。今の試行では、細部に変化は見られません」

 

 鬼太郎は針を受け取り、先端へ目を寄せた。

 

 目で見て確かめられる範囲でも、違いはない。

 

「全体を変えるときより、小さな部分を思い描く方が難しいですね。穴の内側などは、今もよく見えていません」

 

「そこへ気づいたのはよいことです」

 

 教師が言った。

 

「まず、出来上がったものをよく観察しなさい。何を変えたいのか、自分で確かめられるところからです。繰り返し唱えるだけでは、精度は上がりません」

 

「ええ。そのようですね」

 

 鬼太郎は針を置き、羽根ペンを取った。

 

 成功したことと、変わらなかったことを、分けて書く。

 

 それから、手本の針をもう一度見せてもらえないか尋ねた。

 

     ◆

 

 ミネルバは、手本と自分の針を並べる少年を見ていた。

 

 すぐに二度目の呪文を唱えようとはしない。

 

 向きを揃え、穴の位置を見比べ、書き留めている。

 

 最初の成功は、確かなものだった。

 

 だからといって、次も同じように進むとは限らない。

 

 うまくいかなかったときに、どんな態度を取るか。

 

 それも、教師には大事なことだった。

 

 墓場は苛立たなかった。杖や課題へ責任を押しつけることもなく、何が足りなかったかを尋ねた。

 

 教わることへ、真面目に向き合っている。

 

 ダンブルドアは、彼が学ぶ意欲を持っていると話していた。

 

 その言葉を、今朝は自分の目で確かめられた。

 

 ミネルバは、少年の小さな手を見た。

 

 聞かされた経歴は、消えない。

 

 彼の力が、何へ使われてきたのかも忘れてはならない。

 

 だが、ここで与えた課題に向き合う姿まで、過去の仕事と同じものとして見てしまえば、教師にできることがなくなる。

 

 質問を受け止める。

 

 できたことを認め、足りないところを教える。

 

 力を使ってよいときと、止めなければならないときを、授業の中でも示していく。

 

 この子には、その言葉を聞く姿勢がある。

 

 正しく導いていけば、しっかり育っていけるはずだった。

 

「墓場。手本は、授業の終わりに返してください」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 少年が顔を上げた。

 

 返事は穏やかで、その後すぐ、二本の針へ視線が戻る。

 

 ミネルバは隣の机へ進んだ。

 

 キーノの前には、まだマッチ棒があった。

 

「杖の動きを、もう一度見せてください」

 

 少女は少し肩を強張らせたが、頷いて杖を持ち上げた。

 

     ◆

 

 キーノは、先生の示す動きを見た。

 

 自分が止めたところより、ほんの少し先まで杖先が進む。

 

「ここまでです。途中で結果を見ようとして、動きを止めないように」

 

「分かった」

 

 キーノは構え直した。

 

 針を思い浮かべる。

 

「アクフォルマ」

 

 キーノは声に出し、杖先を最後まで動かした。

 

 マッチ棒は、まだ木の棒だった。

 

 口を結ぶ。

 

 隣では、ハーマイオニーが自分の針を見ている。通路の向こうでは、鬼太郎が手本の針と自分の針を比べていた。

 

 二人とも、一度でできた。

 

 自分は、二度目も変わらなかった。

 

「すぐに変わらなくても、慌てる必要はありません」

 

 先生が言った。

 

「今の動きは、先ほどより正確でした。次は、唱える声を途中で弱めないこと」

 

 キーノは顔を上げた。

 

 失敗したものだけを、見られているわけではなかった。

 

「もう一度、やってみる」

 

「ええ」

 

 先生は頷き、ハリーとロンの机へ向かった。

 

 キーノは杖を握り直した。

 

 すぐ近くに、教えられる人がいる。

 

 間違えたところを尋ねれば、見てもらえる。

 

 ハーマイオニーがこちらへ顔を向けた。

 

「手本、見る? 穴はこのくらいよ」

 

「ああ。見せてくれ」

 

 彼女が針を机の中央へ置く。

 

 キーノは頭を寄せ、木の棒と交互に見た。

 

 鬼太郎へ、すぐ頼む必要はなかった。

 

 自分で尋ねる相手が、ここにもいた。

 

     ◆

 

 授業が終わる頃、ハリーのマッチ棒は、まだ針になっていなかった。

 

 ロンも同じだった。

 

 最初の二人を見たときには、自分にもすぐできるのではないかと思ったが、そうはいかなかった。

 

 先生が動きを直してくれたところへ、教科書の余白に印をつける。

 

 次の授業までに、読み返しておこうと思った。

 

 マクゴナガルが、練習を終えるよう告げた。

 

 鬼太郎は手本の針を返し、出来上がった自分の針も指示された場所へ置いた。

 

 キーノが杖をしまう。

 

 ハーマイオニーは、五点をもらったときと同じ、嬉しそうな顔をしていた。

 

 ハリーは教科書を鞄へ入れ、立ち上がった。

 

 教室の外へ出ると、ロンが鬼太郎を見た。

 

「一回でできたのに、まだ細かく変えたかったの?」

 

「ええ。できると分かると、次も確かめたくなりますね」

 

「僕なら、そこで満足するけどな」

 

 ロンは自分の杖へ目を落とした。

 

「まず針にしたいよ」

 

「私もだ」

 

 キーノが言った。

 

 鬼太郎は彼女を見た。

 

「先生に直していただいた動きは、最後まで揃っていましたね」

 

「それでも変わらなかった」

 

「ええ。でも、次に確かめるところも教えていただけました」

 

 キーノは鞄の紐へ手を掛けた。

 

「分かってる。次は、針にする」

 

 ハーマイオニーが頷いた。

 

「練習するときなら、私も一緒にできるわ」

 

「それなら、僕も」

 

 ハリーが言う。

 

 ロンは少し迷い、結局頷いた。

 

 鬼太郎は、そのやり取りを聞いていた。

 

 最初にできた者の手元を見られる。

 

 途中で止まった者へ、教師が手を貸す。

 

 自分の質問にも、その場で答えが返ってきた。

 

 得られたものは、一本の針だけではなかった。

 

 ハリーが時間割を出し、次の教室の名を読んだ。

 

 皆の足が、また動き始める。

 

 鬼太郎は歩きながら、自分の指に載っていた針を思い出した。

 

 大きな変化は、起こせた。

 

 その先の僅かな違いには、まだ届かない。

 

 あの小さな先端を整えるためにも、見る力と、扱う力を磨く必要がある。

 

 次の変身術までに、教科書で確かめたい箇所ができていた。

 

 鬼太郎は鞄を掛け直し、一行と同じ角を曲がった。

 

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