神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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冷たい声の先に、問いを置く

 

第百二話 冷たい声の先に、問いを置く

 

 金曜日の朝には、大広間まで一度も引き返さずに下りられた。

 

 ハリーは席へ座り、鞄を足元へ置いた。

 

 初めての朝には長く感じた階段も、今は次にどこを曲がるか分かる。

 

 教室の場所を間違えることは、まだあった。それでも、戻るための目印は増えていた。

 

 キーノは、食卓へ置いた時間割を見ている。

 

「今日は、魔法薬学だな」

 

「スリザリンと一緒だよ。二時間続けて」

 

 ロンが答えた。

 

 それから、向こうの寮の食卓を見る。

 

 マルフォイがクラッブとゴイルの間に座っていた。

 

「よりによって、あいつらと」

 

「教室でも、隣になるとは限らないよ」

 

 ハリーは言った。

 

 鬼太郎は時間割を見てから、教師のテーブルへ顔を向けた。

 

 黒い髪の教師がいる。

 

 歓迎の宴で、ハリーが名前を尋ねた相手だった。

 

 こちらを見ているように感じたが、すぐに視線は別の方へ移った。

 

 ハリーは自分の皿へ戻った。

 

 そのとき、白いふくろうが飛んできた。

 

 ヘドウィグだった。

 

 手紙を落とし、彼のそばへ止まる。

 

 ハリーはパンを少し分けてから、封を開けた。

 

「ハグリッドからだ」

 

 ロンが顔を寄せる。

 

 午後、三時頃にお茶へ来ないかと書いてあった。

 

 学校での最初の一週間の話を、聞きたいらしい。

 

 ハリーは手紙を読み終え、笑った。

 

「行こうかな。ロンも来る?」

 

「いいの?」

 

「一緒に来てもいいか、返事に書くよ」

 

 ハリーは紙と羽根ペンを出した。

 

 ハリーは、キーノと鬼太郎にも顔を向けた。

 

「君たちも、一緒にどう?」

 

「ええ。僕も伺いたいです」

 

 鬼太郎は答えた。

 

「ハグリッドさんは、森番なのですよね。魔法生物について、お詳しいのではないかと思いまして」

 

「動物は好きだと思うよ。ヘドウィグも、ハグリッドが買ってくれたんだ」

 

 ハリーが、白いふくろうを見る。

 

 鬼太郎は頷き、ロンのローブのポケットへ一度目を向けた。

 

「では、ネズミについても尋ねてみたいですね」

 

「スキャバーズのこと?」

 

 ロンが聞く。

 

「ええ。パーシーさんが学校へ入る前から、ご家族のところにいたと伺いましたから。こちらでは、そのくらい長く生きるネズミもいるのか、気になっていたんです」

 

 鬼太郎は、汽車で聞いた話を思い返した。

 

 魔法生物なら、普通のネズミとは違うこともあるのかもしれない。

 

 詳しい相手に聞けば、確かめる手掛かりが得られそうだった。

 

「キーノさんは、どうしますか」

 

「私も行く。入学のときは、ゆっくり話せなかったしな」

 

 キーノが答えた。

 

「じゃあ、四人で行ってもいいか、書いておくね」

 

 ハリーは笑い、返事を書いた。

 

 最初の授業が終わった後にも、行く場所ができた。

 

     ◆

 

 地下へ向かうと、廊下の空気が冷たくなった。

 

 キーノは袖口を直し、前を歩くハーマイオニーについていった。

 

 教室の扉の近くに、マルフォイたちがいた。

 

 ハリーを見つけると、マルフォイは口元を上げた。

 

「おや、ポッター。今度は教室を間違えずに来られたんだね」

 

「君が入口に立っていたから、分かりやすかったよ」

 

 ハリーが答える。

 

 ロンが小さく笑った。

 

 マルフォイの目が、そちらへ移った。

 

「ウィーズリー。笑っている余裕があるのか? 鍋まで兄のお下がりで、穴でも開いているんじゃないか」

 

「余計なお世話だ」

 

 ロンが足を止める。

 

 キーノは、扉の向こうへ目を向けた。

 

「入らないのか。ここでは邪魔だ」

 

 マルフォイは彼女を見て、それから隣の鬼太郎へ視線を動かした。

 

「君たちは、いつも一緒なんだな。今日は帽子がないから、静かな授業になるといいね」

 

「ええ。教わることが多そうですから」

 

 鬼太郎は、穏やかに答えた。

 

 マルフォイが眉を寄せる。

 

 こちらが嫌味を言ったことくらい、分かっているだろうに。

 

 鬼太郎は扉の方へ手を向けた。

 

「先に入ってもよろしいですか」

 

「勝手にすればいい」

 

 マルフォイは横へずれた。

 

 キーノが先に入り、鬼太郎が続く。

 

 背中へ、まだ視線があった。

 

 汽車では、伸ばした手を鬼太郎に止められている。

 

 だが、マルフォイはそれ以上を知らない。

 

 キーノは席を探し、鞄を下ろした。

 

 鬼太郎は隣へ座る前に、棚へ並んだ瓶を見た。

 

 液に浸かったものや、乾燥した材料がある。

 

 ハリーとロンが近くの席へつく。

 

 マルフォイたちは少し先へ座り、こちらを見ながら小声で話した。

 

     ◆

 

 扉が開いた。

 

 スネイプは、教室を横切った。

 

 ローブの裾が後へ流れる。

 

 席の間を通るとき、墓場の手元を見た。

 

 教科書と筆記用品。

 

 鞄は椅子のそばへ置かれている。

 

 少年は入ってきた教師を見ていたが、手は机の上にあった。

 

 スネイプは教壇へ進み、名簿を開いた。

 

 生徒の名を、一つずつ読む。

 

 キーノの返事も、墓場の返事も聞いた。

 

 その後で、ポッターの名へ目を落とした。

 

 顔を上げる。

 

 眼鏡の向こうの緑の目が、こちらを見ている。

 

「ポッター。君の名前は、入学前からよく知られているようだな」

 

 スリザリンの席で、小さな笑い声がした。

 

 ハリーの肩が、僅かに強張る。

 

 スネイプは名簿を閉じた。

 

 その動きの途中で、墓場へ目を移す。

 

 少年は黙っていた。

 

 キーノも、こちらを見ている。

 

 ダンブルドアの説明も、帽子から上がった煙も、忘れてはいない。

 

 この教室には、生徒と薬の材料がある。

 

 何か起きてから考えるわけにはいかなかった。

 

「魔法薬学では、手順を理解し、正確に作業することを学ぶ。派手に杖を振って、失敗をごまかせると思わぬように」

 

 声を張る必要はなかった。

 

 教室が静かになる。

 

 スネイプは、薬の働きと、その調合に必要な注意について話した。

 

 ハーマイオニーが身を乗り出して聞いている。

 

 墓場も、同じように耳を傾けていた。

 

 スネイプは視線を戻した。

 

「では、ポッター。アスフォデルの根を粉にし、ニガヨモギの煎じ液へ加えた場合、どのような薬になる?」

 

     ◆

 

 ハリーは、教科書の表紙を見た。

 

 今ここで開けばよいのか、迷った。

 

 先生の目は、こちらを向いている。

 

 知っているかと問われているのだった。

 

「分かりません、先生」

 

 ハーマイオニーの手が上がった。

 

 スネイプは彼女を見なかった。

 

「名声が、そのまま知識になるわけではないらしい」

 

 マルフォイが口元を押さえる。

 

 ハリーは膝の上で指を曲げた。

 

 好きで有名になったのではない。

 

 それを言ったところで、この先生が聞いてくれる気はしなかった。

 

 スネイプの目が、一瞬、横へ動いた。

 

 ハリーもそちらを見る。

 

 鬼太郎がいた。

 

 彼は教師を見て、それから棚の瓶へ目を向けた。

 

「先生。その二つの材料は、どこで手に入りますか」

 

 穏やかな声だった。

 

 ハリーの指が止まる。

 

 ロンが鬼太郎を見た。

 

 上がっていたハーマイオニーの手まで、僅かに下がった。

 

 教室から、動く音が消えた。

 

     ◆

 

 スネイプは、墓場へ顔を向けた。

 

 少年の手は上がっていない。

 

 尋ねた内容は、材料の入手先だった。

 

 だが、今はその話をしていない。

 

「墓場」

 

 低く呼んだ。

 

「我輩が、誰に質問しているか分かるか」

 

 少年は、ハリーへ一度目を向けた。

 

「ハリーさんですね」

 

「ならば、なぜ君が口を開く」

 

 返事を待たず、スネイプは続けた。

 

「君の疑問を思いつくままに並べる時間ではない。発言したければ、手を上げ、許可を待て。グリフィンドールから一点減点する」

 

 少年の顔を見た。

 

 笑みが消えるか。

 

 椅子の横へ、手が動くか。

 

 墓場は小さく頭を下げた。

 

「失礼しました。次から、そのようにします」

 

 声は変わらなかった。

 

 手も、机の上にある。

 

 スネイプは、そこまで確かめてからポッターへ向き直った。

 

「話を戻す。ベゾアール石を持ってこいと命じられたら、君は何を調べる?」

 

 ハリーは答えられなかった。

 

 ハーマイオニーの手が、また高く上がる。

 

 スネイプは続けた。

 

「トリカブトとオオカブト。その二つには、どのような違いがある?」

 

「それも、分かりません」

 

 ハリーは答えた。

 

 頬が熱かった。

 

 ハーマイオニーは知っている。

 

 自分を見続ける先生へ、ハリーは言った。

 

「ハーマイオニーなら、答えられると思います」

 

 スネイプの目が細くなった。

 

「誰に答えさせるかを、君が決める必要はない。ポッター、その口の利き方で一点減点だ」

 

 ハリーは唇を結んだ。

 

 スネイプはハーマイオニーへ、手を下ろすよう告げた。

 

 そして、三つの問いの答えを説明し始めた。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、羽根ペンを取った。

 

 アスフォデルとニガヨモギで作る、強い眠り薬。

 

 生ける屍の水薬という名だと聞いて、紙へ記す。

 

 次は、山羊の胃から得られるベゾアール石。

 

 多くの毒に対して、解毒の働きを持つという。

 

 最後に、トリカブトとオオカブトは、同じ植物の異なる名だと教えられた。

 

 スネイプが、生徒全員へ書き留めるよう言う。

 

 鬼太郎も書き終え、顔を上げた。

 

 教師がこちらを見た。

 

 ハリーへ問いを向けている間にも、何度か目が来ていた。

 

 減点を告げた後では、顔だけでなく、手元まで確かめている。

 

 警戒されているらしかった。

 

 理由は、まだ分からない。

 

 帽子の一件を見たのか、それ以前にも何か聞いていたのか。

 

 それを今尋ねる必要はなかった。

 

 教師の説明は、役に立つ。

 

 鬼太郎は手を上げた。

 

 スネイプが、教室を一度見渡す。

 

 生徒たちの羽根ペンが止まったところで、こちらへ目を戻した。

 

「墓場。今度は何だ」

 

「先ほどの材料の入手先を、教えていただけますか。お店で買うものなのか、自分で採れる場所もあるのかと」

 

 スネイプは少し間を置いた。

 

「調合用の材料は、魔法薬の材料を扱う店で購入できる。ダイアゴン横丁にもある。植物なら栽培も可能だが、必要な部位を正しく処理したものと、地面から抜いただけのものを同じように使うな」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

 薬種店の棚を思い出す。

 

 同じ名前で売られていても、使う部分と処理を確かめる必要があるのだろう。

 

「ありがとうございます。それから、ベゾアール石についてもよろしいでしょうか」

 

「質問があるなら、まとめて述べろ」

 

「山羊なら、必ず胃の中に入っているのでしょうか。雄と雌、幼い個体と成長した個体で、手に入る条件は違いますか」

 

 隣で、キーノがこちらを見た。

 

 スネイプの視線は、外れなかった。

 

「すべての山羊から得られるとは言っておらん」

 

 教師は、言葉を区切った。

 

「胃の中から採れるという知識と、目の前の個体に存在するかどうかは別だ。雄か雌か、幼いか成長しているかという区別だけで、入手できると決めつけるな。調合に用いるなら、まず材料として正しく鑑別されたものを揃えることだ」

 

 鬼太郎は、その違いを書き留めた。

 

 見つける場所を知ることと、確実に得られることは同じではない。

 

 教師は紙へ目を落とす彼を見てから、教室へ顔を向けた。

 

「今の説明も、全員控えておけ。名称だけ覚えて、材料を取り違えては意味がない」

 

 羽根ペンが動き始める。

 

 ロンも慌ててインクをつけた。

 

 鬼太郎は、残る問いを続けた。

 

「トリカブトの別名は、国や地域で呼び方が違うからですか。それと、採るなら、どのような場所を探すのでしょうか」

 

「植物の名は、地域だけでなく、外見や用途からもつけられる。その二つは、別の国の植物だという意味ではない」

 

 スネイプは黒板へ、二つの呼び名と、その英語での名を書いた。

 

「片方は花の形を修道士の頭巾になぞらえた名、もう片方は狼との関わりに由来する名だ。同じものが、違う名で記されることを覚えておけ」

 

 鬼太郎は黒板を見た。

 

 名前をひとつ知らないだけで、違う材料だと思うこともありそうだった。

 

「自生する場所は種類によって異なる。山地や湿り気のある草地に見られるものもあるが、場所だけで見分けようとするな。詳しい識別は薬草学で学べ。今日の授業で、自分で採取してくるよう命じてはいない」

 

「ええ。入手するときに、何を確かめる必要があるのか知りたかったんです」

 

 鬼太郎は書き終えた。

 

「ありがとうございます」

 

 スネイプは答えず、教室を見渡した。

 

「ここまでの説明を書いたら、教科書を開け。今日は、腫れ物を治す薬を作る」

 

     ◆

 

 ハリーは、頁を開いた。

 

 鬼太郎の質問に答える間、スネイプは優しくなったわけではなかった。

 

 声は冷たいままで、最後までこちらも緊張していた。

 

 それでも、説明は続いた。

 

 鬼太郎は普通に礼を言い、次の頁を開いている。

 

 ハリーは彼へ小声で言った。

 

「よく聞けたね」

 

「今度は、許可をいただけましたから」

 

 鬼太郎が答える。

 

 ロンは彼の紙を見た。

 

「最初は、どうなるかと思ったよ」

 

「先に手を上げるべきでしたね」

 

 鬼太郎は、減点されたことを言い訳しなかった。

 

 キーノが、その横から言う。

 

「気になったら、すぐ口に出すからだ」

 

「ええ。気をつけます」

 

 ハリーは自分の紙へ戻った。

 

 さっき聞いたことが、そこに並んでいる。

 

 名前と効果だけでなく、材料を取り違えないための注意も書き加わっていた。

 

「そこ。話をやめろ」

 

 スネイプの声がした。

 

 ハリーはすぐ顔を上げた。

 

 教師が、二人一組になるよう告げる。

 

 ハリーはロンと組んだ。

 

 鬼太郎とキーノも、隣の作業台へ道具を置いた。

 

     ◆

 

 キーノは、大鍋の位置を確かめた。

 

 天秤と材料を並べる。

 

 鬼太郎は教科書を、二人から見えるところへ置いた。

 

「まず、分量を確かめましょう」

 

「ああ。私は、こっちを量る」

 

 彼女が天秤へ手を伸ばす。

 

 鬼太郎は、もう一方の材料をすり鉢へ入れた。

 

 乾いた蛇の牙を砕く音が、ほかの机からも聞こえる。

 

 すりこぎの端に残ったものを寄せ、鬼太郎が粒を確かめた。

 

 キーノも秤の釣り合いを見る。

 

 料理と少し似ているが、勝手に増やしてよいものではなさそうだった。

 

 スネイプは教室を巡回していた。

 

 ある机では粉末の粗さを指摘し、別の机では火の扱いを直させる。

 

 マルフォイの鍋の前では、作業が進んでいると皆へ示した。

 

 マルフォイがこちらを見る。

 

 キーノは天秤から目を離さなかった。

 

 教師の足音が近づく。

 

 鬼太郎は、材料をまだ鍋へ入れずに待った。

 

「何をしている」

 

「次の工程へ移ってよいか、教科書の状態と比べています」

 

 鬼太郎が答えた。

 

 スネイプは鍋の中を見た。

 

 量った材料へも目を向ける。

 

「火を僅かに落とせ。沸騰させればよいというものではない」

 

「はい」

 

 鬼太郎が火を調整する。

 

 キーノは鍋の表面を見る。

 

 大きく上がりかけていた泡が、少し落ち着いた。

 

 スネイプはその変化を確かめてから、次の作業台へ進んだ。

 

 鬼太郎の手元を見る時間が、ほかより長かったように思う。

 

 キーノは小声で言った。

 

「よく見られるな」

 

「ええ。火の加減は、直していただけました」

 

「そういうことを言ってるんじゃない」

 

 鬼太郎が、僅かに笑った。

 

「分かっていますよ」

 

 彼は匙を取り、次の工程を指で示した。

 

「こちらを、お願いします」

 

 キーノは頷いた。

 

 見られているからといって、分量を間違えるわけにはいかなかった。

 

     ◆

 

 スネイプは、ロングボトムの作業台へ向かう前に振り返った。

 

 墓場は教科書へ指を置き、キーノと手順を確かめている。

 

 火を落とすよう命じたときも、すぐ従った。

 

 減点に対して、反抗はなかった。

 

 それだけで、安心する気にはなれない。

 

 指示を理解して従うことと、その者が何を望むかは別だった。

 

 材料の入手先。

 

 胃の中から採れるものの条件。

 

 植物を探す場所。

 

 質問は、知識を試して教師へ恥をかかせようとする調子ではなかった。

 

 手に入れ、使うところまで考えている。

 

 教えたことを、その場で書き留めていた。

 

 ダンブルドアは、それを学ぶ意欲と呼ぶのだろう。

 

 スネイプには、その知識が教室の外でどう使われるかまで、考えずにいることはできなかった。

 

 そのとき、鍋の方から鋭い音がした。

 

     ◆

 

 ハリーは顔を上げた。

 

 煙が、ネビルの作業台から立ち上がっていた。

 

 鍋の側面が崩れる。

 

 中身が流れ出し、床で音を立てた。

 

 シェーマスが後ろへ跳ぶ。

 

 ネビルは間に合わなかった。

 

 靴の近くへ液がかかり、悲鳴を上げる。

 

 手や腕に、赤い腫れ物が浮き始めていた。

 

「下がれ!」

 

 スネイプが声を上げた。

 

 ハリーは椅子を引き、ロンも立ち上がった。

 

 隣では、鬼太郎がキーノの方へ手を出しかけ、彼女がすでに退いたのを見て引いた。

 

 二人とも鍋から離れ、流れた液を避けている。

 

 スネイプは杖を抜き、床へ広がる薬を処理した。

 

 それから、ネビルの鍋の残骸を見る。

 

「ロングボトム。火から下ろす前に、ヤマアラシの針を入れたな」

 

 ネビルは涙の浮いた顔で頷いた。

 

 スネイプが、シェーマスへ医務室へ連れていくよう命じる。

 

 シェーマスはネビルを支え、床を確かめながら扉へ向かった。

 

 ハリーは二人を見送った。

 

 自分たちも、次に入れる材料を確かめていたところだった。

 

 スネイプが、こちらへ顔を向けた。

 

「ポッター。隣で作業していながら、なぜ止めなかった」

 

 ハリーは教師を見た。

 

「僕は、自分たちの鍋を――」

 

「他人が失敗するところを見れば、自分がよく見えるとでも思ったか。グリフィンドールから一点減点する」

 

 ハリーの口が止まった。

 

 ロンが机の下で、彼の足へ触れた。

 

 今、言い返すなという合図だった。

 

 ハリーは強く息を吐き、鍋へ目を戻した。

 

 隣の鬼太郎も、スネイプを見ていた。

 

 だが、口は開かなかった。

 

     ◆

 

 鬼太郎は教科書の一文へ、指を置いた。

 

 火から下ろしてから入れる。

 

 材料が同じでも、順番を変えると、鍋まで壊れる結果になる。

 

 先ほどの音と、床に流れた液を思い出す。

 

 この手順は、覚えておく必要があった。

 

 キーノも、同じ行を読んでいる。

 

「ここだな」

 

「ええ。火から下ろしたのを、二人で確かめてからにしましょう」

 

 彼女が頷く。

 

 二人は教師の指示を待ち、作業を再開した。

 

 ハリーへ向けた叱責は、聞いていた。

 

 自分の発言を止められた理由は、分かる。

 

 順番を守れば、質問には答えてもらえた。

 

 一方、他人の鍋を見ていなかったという理由で、ハリーへ責任を負わせるのは別の話だった。

 

 スネイプは、彼に厳しく当たる理由を持っているのかもしれない。

 

 鬼太郎には、まだその理由は分からなかった。

 

 分からないまま、今ここで問い詰める必要もない。

 

 キーノが鍋を動かす位置を確かめる。

 

 鬼太郎は道具を寄せ、置く場所を空けた。

 

 教師の視線が、また来る。

 

 作業を止めず、教わった順に手を進めた。

 

     ◆

 

 授業が終わると、ハリーは残った薬を指示どおりに片づけた。

 

 鍋を確かめ、道具を鞄へ入れる。

 

 スネイプは完成した薬を見て回ったが、自分たちへ褒める言葉はなかった。

 

 鬼太郎とキーノの薬にも、特別な賞賛はない。

 

 教師に確認された後で、二人は片づけていた。

 

 マルフォイが通路を通る。

 

「ポッター。名前だけでは、薬は作れなかったね」

 

 ハリーは答えず、鞄を持った。

 

 ロンが彼の隣へ来る。

 

 教室を出て少し歩くまで、誰も大きな声では話さなかった。

 

 角を曲がったところで、ハリーは口を開いた。

 

「どうして、僕のせいになるんだよ」

 

「君のせいじゃない」

 

 ロンがすぐ言った。

 

「自分の鍋を見てたんだ。ネビルが何を入れたかなんて、見えなかったよ」

 

 ハーマイオニーも、少し後ろから歩いてきた。

 

「あの材料は、最後に入れるものだったのよね」

 

「それは分かったよ。でも、僕が入れたわけじゃない」

 

 ハリーの声が強くなる。

 

 ハーマイオニーは口を閉じた。

 

 キーノが鬼太郎へ顔を向ける。

 

「お前の一点まで入れて、三点減ったな」

 

「ええ。僕の分は、先に断るべきでした」

 

 鬼太郎が答えた。

 

 ハリーは彼を見た。

 

「聞きたいことを聞いただけなのに」

 

「質問する順番は、先生に決めていただくことでしたから。ただ、ハリーさんがネビルさんの失敗まで望んでいたとは、僕も思いませんよ」

 

 ハリーは、少し息を吐いた。

 

 鬼太郎は話を聞いていた。

 

 黙っていたから、何も気にしていないのかと思っていた。

 

「君は、あの先生にまた質問する?」

 

「教えていただきたいことがあれば」

 

 答えは、すぐ返ってきた。

 

 ロンが彼を見た。

 

「あれだけ睨まれても?」

 

「次は、先に手を上げますよ」

 

「そこだけか?」

 

 キーノが呆れた。

 

 鬼太郎は小さく笑った。

 

「材料についてのお答えは、詳しかったですからね」

 

 ハリーは、授業で書いた紙を思い出した。

 

 冷たい声で教えられたことも、そこには残っている。

 

 それでも、次の授業を楽しみにする気にはなれなかった。

 

 階段の上から、明るい廊下が見えてきた。

 

 ハリーは鞄を持ち直した。

 

 午後には、ハグリッドのところへ行く。

 

 話したいことが、朝より増えていた。

 

     ◆

 

 鬼太郎は階段を上りながら、鍋の表面の変化を思い返した。

 

 火を少し落とすだけで、泡の上がり方が違った。

 

 同じ材料でも、入れる時機を間違えれば薬にならない。

 

 材料を集めるところから、保存し、量り、使うところまで、知っておくことがある。

 

 魔法薬の保存について買った資料も、もう一度読めそうだった。

 

 キーノが隣を歩いている。

 

「ハグリッドのところへ行く前に、今日のところを読み直すか」

 

「ええ。三時までに、書いた説明を教科書と比べておきたいですね」

 

「材料を探すのは、まだ先にしろよ」

 

「まずは、間違えずに見分けるところからですね」

 

 彼女は頷いた。

 

 鬼太郎は、地下へ続く階段を一度振り返った。

 

 スネイプは、何度もこちらを見ていた。

 

 注意にどう答えるか、指示にどう従うかも、確かめているようだった。

 

 こちらも、今日の授業で少し分かったことがある。

 

 順番を守って問えば、答えは返ってくる。

 

 その答えを、自分の手元へ残せた。

 

 鬼太郎は前へ向き直った。

 

 窓のある廊下へ出ると、袖に冷たく触れていた空気が和らいだ。

 

 まずは、授業でつけた印を読み返す。

 

 その後で、ハグリッドのところへ行く。

 

 ネズミが長く生きる理由についても、何か聞けるかもしれなかった。

 

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