第百四話 届かない空に、手が届く
ハグリッドの小屋を訪ねた後も、授業は続いた。
ハリーは、教室の前で立ち止まることが少なくなった。廊下で会う顔も増え、食卓では、その日に失敗したことを夕食まで覚えている者がいる。
ロンが魔法史で眠りかけた話をすると、キーノに、自分も同じところで筆が止まっていたと指摘された。
変身術でうまくいかなかった箇所は、夜になっても教科書の余白に残っていた。
ハリーはそれを読み、次の授業では何を直すか考える。
鬼太郎も本を開いていた。
窓辺の卓では、キーノが帳面へ書き込み、向かいの彼へ分からない言葉を尋ねる。鬼太郎も首を傾げると、隣にいたハーマイオニーが自分の本を寄せた。
学校で覚えることは、教室の中だけでは終わらなかった。
ハグリッドが銀行から持ち出した包みについては、答えが出なかった。
ハリーはときどき思い返したが、授業中に考え込んでいると、今度は教師の説明を聞き落とす。
そうして日が過ぎ、二週目の木曜日が来た。
◆
朝食の席で、ロンが午後の予定を指した。
「飛行訓練だよ」
ハリーは紙を覗き込んだ。
箒へ乗ったことはない。
横丁の店で見た、磨かれた柄を思い出した。あれに跨がり、足が地面から離れるのだ。
腹の辺りが、少し落ち着かなくなる。
「スリザリンと一緒なんだ」
ロンが続けた。
「マルフォイは、前から飛んでるって自慢してた。何を言われるか、もう分かるよ」
「まだ、言われてないだろ」
キーノがパンを取りながら言った。
「教えてもらう前に、嫌なことばかり考えるな」
「君は、乗ったことある?」
「ない」
答えは、すぐだった。
彼女は鬼太郎にも顔を向けた。
「お前も、ないよな」
「ええ。店では触らせていただきましたが、飛んではいません」
鬼太郎は時間割へ目を落とした。
「今日は、実際に扱えるんですね」
「楽しみなの?」
ハリーが聞いた。
「どのように動かすのか、気になっていましたから」
鬼太郎は答えた。
そのとき、ネビルの前へ包みが届いた。
祖母からだと言いながら封を開け、中から小さなガラス玉を出す。
金色の飾りの内側に、薄い煙が見えた。
「思い出し玉だ。何か忘れてると、知らせてくれるんだよ」
ネビルが掌へ載せると、煙が赤く染まった。
ハリーは彼の顔を見る。
ネビルは眉を寄せた。
「でも、何を忘れたんだろう」
ロンが笑いかけたところで、マルフォイが席の後ろへ来た。
ネビルの手から玉を取る。
「返してよ」
ネビルが腰を浮かせた。
ハリーも立ちかけたが、食卓の向こうから鋭い声がした。
「マルフォイ」
マクゴナガルが、こちらを見ていた。
「その席で、何をしている?」
マルフォイは指の間の玉を見て、ネビルの前へ置いた。
「見せてもらっていただけです、先生」
教師の目は、彼が離れるまで動かなかった。
ネビルは思い出し玉を握り直した。
ハリーも座る。
ロンは向こうの寮の卓へ戻る背中を見ていた。
「ほら。午後も、絶対に何かするよ」
◆
午後の芝生には、箒が二列に並べられていた。
鬼太郎は、自分の前にある一本を見下ろした。
柄には細かな傷があり、先の小枝も、店に飾られていた品ほど揃っていない。
キーノが隣へ立ち、足元を確かめる。
向かいにはスリザリンの生徒たちがいた。マルフォイは柄の具合を見て、クラッブへ何か囁いている。
フーチが列の間へ進み出た。
短い髪の下で、黄色い目が生徒たちを見渡す。
「さあ、箒の横に立ちなさい。右手を上へかざして、呼び寄せます」
鬼太郎は手を伸ばした。
皆の声が、芝生の上で重なる。
「上がれ!」
隣で、小枝が草を擦った。
キーノの箒が僅かに跳ねる。
ハリーのものは、すぐ掌へ飛び込んでいた。
鬼太郎の前の箒は、動かなかった。
掌を見てから、もう一度呼ぶ。
変化はない。
声だけを大きくすることに意味はなさそうだった。
鬼太郎は手の位置を直した。
キーノの箒が今度は高く跳ね、彼女が柄を掴む。
「あ、来た」
握り直してから、こちらを見た。
「動かないのか」
「ええ。まだ、一度も」
鬼太郎は答えた。
杖を握って呪文を使うときとは、感覚が違った。
身体の中には、二つの力がある。
こちらの世界の魔力が箒へ働こうとするところで、体内を巡るMAGが噛み合わず、流れが乱れる。
杖へ通して外へ放つときには起きない抵抗だった。
鬼太郎は手を下ろした。
その乱れが静まる。
また箒へ意識を向けると、同じところで妨げられた。
「墓場。どうした?」
フーチが前へ来ていた。
「呼んでも、反応がありません」
「手をかざして。もう一度、やってごらんなさい」
言われたとおりにした。
教師は手の位置と箒を見た後で、別の一本を持ってきた。
同じように試す。
そちらも、草の上にあった。
フーチは箒を拾い、自分で動きを確かめた。
柄は、その手へ素直に収まる。
向こうから、マルフォイの声がした。
「箒まで、君を乗せたくないらしいね」
「マルフォイ。自分の箒に集中しなさい」
フーチが振り向いた。
鬼太郎は教師へ顔を戻した。
「手で持った場合も、試してよろしいですか」
「私が見ているところで。まだ地面は蹴らないこと」
鬼太郎は頷き、柄を受け取った。
持ち上げることはできる。
指を掛け、跨がる位置を教わる。
だが、身体を支えようと箒へ魔力を働かせると、同じ抵抗があった。柄を握り締めても、足元の重さは変わらない。
MAGを力任せに押し込んで解決するものではなかった。
鬼太郎は息を吐いた。
「こちらも、うまくいかないようです」
「今日は、飛ぶのを見合わせましょう。無理に跳び上がらないこと。まず、扱い方を見ておきなさい」
「分かりました」
鬼太郎は箒から脚を外した。
フーチが列へ戻る。
キーノは自分の箒を持ったまま、こちらへ顔を寄せた。
「杖は使えるのに、こっちは駄目なのか」
「力の使い方が、違うようですね。内側で、邪魔をしているものがあります」
声を落として答えると、彼女の目が一度、鬼太郎の胸元へ向いた。
それ以上は尋ねなかった。
鬼太郎は箒を横へ置き、教師の手元へ目を戻した。
空へ行く手段を、今日一つ増やせると思っていた。
少なくとも、この方法では難しいらしかった。
◆
ハリーは柄を握り直した。
掌へ来たときには、思っていたより簡単だった。
鬼太郎の箒は、二本とも動かなかった。
自分にできたことが、彼にはできない。
それは、少し意外だった。
フーチが握り方を教え始める。
柄を持つ手の位置と、身体の向き。
マルフォイも直されていた。ロンがこちらを見たので、ハリーは笑いそうになり、唇を結んだ。
「合図をしたら、地面を蹴ります。少し浮いたところで箒を保ち、それから身体を前へ傾けて降りなさい」
フーチは列の前へ戻った。
「私の笛を待つこと。いいですね」
ネビルが、強く柄を握っていた。
膝が動く。
笛が鳴る前に、箒が地面から離れた。
「ロングボトム、待ちなさい!」
フーチの声が響いた。
ネビルの足が上がる。
ほんの少し浮いたところで止まるはずだった箒は、そのまま頭上へ昇っていった。
「身体を前へ。箒を戻すのです!」
ネビルが何か叫んだ。
柄へしがみついたまま、身体が傾く。
箒が横へ走った。
ハリーは首を上げ、その行く先を追った。
ネビルは城壁へ近づき、身体を引こうとしていた。だが、箒の先は思う方へ向かず、壁際で急に向きを変える。
マントの裾が、突き出したものに引っかかった。
身体だけが止まる。
箒は彼の手を離れ、先へ飛んでいった。
ネビルが壁の高いところで、ぶら下がっていた。
足が空を蹴る。
「動かないで!」
フーチが駆け出した。
ハリーも一歩、前へ出た。
布が引き裂かれる。
ネビルの身体が落ちた。
芝生へぶつかる音がして、ハリーは息を止めた。
◆
キーノは、手に持っていた箒を下ろした。
フーチがネビルのそばへ膝をつく。
皆が寄りかけると、片手を上げて止めた。
「下がって。場所を空けなさい」
ネビルは腕を抱え、呻いていた。
キーノは足を止めた。
鬼太郎も、教師の手が届く場所を空けている。
フーチはネビルの腕を確かめ、顔を覗き込んだ。
「手首を痛めていますね。医務室へ行きましょう。立てますか」
ネビルが頷く。
教師は傷めた方へ負担がかからないよう支え、ゆっくり立たせた。
その後で、残った生徒たちへ向き直る。
「私が戻るまで、箒に乗ってはいけません。全員、地面で待っていなさい」
黄色い目が、列を見渡した。
「勝手に飛んだ者は、学校に残れないと思いなさい」
誰も答えなかった。
フーチはネビルを伴い、城へ向かった。
キーノは、その背中を見送った。
朝食で見せてもらった思い出し玉が、草の上に落ちている。
拾おうとする前に、マルフォイが屈んだ。
ガラス玉を指で挟み、光へかざす。
「こんなものを持っていても、笛を待つことは思い出せなかったんだな」
クラッブとゴイルが笑った。
ハリーが前へ出る。
「それはネビルのだ。返せよ」
マルフォイは手を下ろさなかった。
「ポッター。君のものじゃないだろう」
「だから、君が取っていいわけでもない」
ハリーの声が強くなる。
マルフォイは彼を見て、口元を上げた。
「欲しいなら、取りに来れば?」
箒へ跨がる。
地面を蹴ると、ローブの裾が浮き上がった。
キーノは顔を上げた。
フーチは、まだ戻っていない。
マルフォイは宙で箒を止め、思い出し玉を見せつけた。
ハリーが自分の柄を掴む。
「ハリー、駄目よ!」
ハーマイオニーが叫んだ。
「先生が言ったでしょう。退学になるわ!」
ハリーは返事をしなかった。
箒へ跨がり、上を見ている。
ロンが彼の名前を呼びかけたところで、ハリーの足が地面を蹴った。
◆
地面が下がった。
ハリーの腹が、ふっと軽くなる。
柄を握る指には力が入っていたが、箒は彼を支えていた。
ネビルのように、勝手に引きずられる感じはしない。
身体を動かすと、箒が応えた。
もう少し高く。
少し、右へ。
芝生に並ぶ顔が、小さくなっていく。
ハリーはマルフォイと同じ高さで止まった。
「返せ」
マルフォイの笑みが、僅かに薄れた。
ハリーは手を差し出す。
ここまで来れば、さすがに返すかと思った。
だが、マルフォイは玉を持つ腕を引いた。
「そんなに欲しいなら、落ちる前に拾ってみろよ」
腕が振られた。
ガラス玉が、日を反射した。
ハリーはその光へ目を向けた。
玉は弧を描き、二人から離れていく。
落ち始める。
追いつける。
そう思ったときには、身体が前へ倒れていた。
箒が走る。
風が顔へぶつかり、眼鏡の縁を押した。
ハリーは玉を見続けた。
芝生の緑が、その向こうで広がっていく。
下で誰かが叫んだ。
身体をさらに傾ける。
腕を伸ばすには、もう少し近づく必要があった。
玉が、視界の中央へ来る。
ハリーは柄から片手を離した。
指が、硬く滑らかな表面へ触れる。
握った。
残った手で、柄を引き上げる。
箒の先が上を向き、足先の下を草が流れた。
ぶつからなかった。
ハリーは速度を落とし、両足を地面へつけた。
握った手を開く。
思い出し玉が、掌にあった。
◆
鬼太郎は、ハリーが降りた場所を見ていた。
投げられた玉を追い、身体を倒したところから、地面の近くで箒を起こすまで。
目で追っている間に、飛行は終わっていた。
キーノが息を吐く。
「ぶつかるかと思った」
「最後まで、玉を見ていましたね」
鬼太郎は言った。
ハリーの顔には、怖がって動けなかった者の強張りがなかった。
柄を握り、掌の玉を確かめている。
ロンが彼へ走った。
「ハリー! すごいよ、今の!」
ほかの生徒も近づく。
ハーマイオニーは口を開きかけていたが、先に別の声が届いた。
「ポッター!」
城の方から、マクゴナガルが歩いてきた。
皆の動きが止まる。
ハリーは思い出し玉を握ったまま振り向いた。
宙にいたマルフォイが、急いで下りてくる。
教師はハリーの前で足を止めた。
「今の飛行は、どういうことです?」
「先生、マルフォイが――」
ロンが言いかけた。
「ウィーズリー。ポッターに尋ねています」
ロンの口が閉じる。
ハリーは教師を見上げた。
「ネビルの思い出し玉を、取り返そうとしたんです」
掌を開いて見せる。
マクゴナガルは玉を一度見た。
それから、ハリーの顔へ目を戻す。
「私についてきなさい」
ハリーの指が、もう一度玉を包んだ。
箒を下ろし、ロンへそれを渡す。
「ネビルに返しておいて」
ロンは受け取ったが、すぐ言葉が出なかった。
教師が歩き出す。
ハリーは後を追った。
マルフォイの顔に、笑みが戻っていた。
鬼太郎はその横を通るハリーを見た。
先ほどは迷わず空へ上がった足が、今は重くなっている。
教師に呼ばれた理由を、悪い方へ考えているのだろう。
マクゴナガルは一度も振り返らず、城へ向かっていた。
◆
ハリーは廊下で、先生の後ろを歩いた。
退学。
フーチ先生の言葉が、頭の中で繰り返された。
入学して、まだ二週間も経っていない。
寮の寝台も、食卓の自分が座る辺りも、ようやく覚えたところだった。
また、あの家へ戻るのだろうか。
ネビルの玉は、ロンへ渡した。
マルフォイは笑っていた。
ハリーは先生の背中を見た。
「あの、先生」
声を掛けても、足は止まらなかった。
「勝手に飛んだのは、僕です。でも――」
「説明は、後で聞きます」
マクゴナガルは廊下の角を曲がった。
ハリーもついていく。
やがて教師は、一つの教室の前で立ち止まった。
扉を開け、中へ声を掛ける。
ウッドという生徒を呼び出してよいか、尋ねていた。
ハリーは壁際で待った。
どこへ連れていかれるのかも、分からない。
出てきたのは、自分よりずっと大きな男子生徒だった。
「お呼びですか、先生」
「ウッド。こちらへ」
マクゴナガルは近くの空き教室へ二人を入れた。
扉が閉まる。
ハリーは胸の前で、手を握った。
教師はウッドへ向き直った。
「ウッド。グリフィンドールのシーカーが見つかりました」
ハリーは顔を上げた。
ウッドが、こちらを見る。
「彼ですか?」
「ええ。窓から見ていました。急降下して、小さなガラス玉を片手で捕まえたのです。地面すれすれで箒を戻してね」
最後の言葉に、妙な力がこもった。
芝生で自分を呼び止めたときと、同じ先生だった。
背筋も、声の明瞭さも変わらない。
だが、こちらを見る目が違っていた。
ハリーは、叱責の続きが来るのを待った。
ウッドは少し身を屈め、彼の身体つきを見ている。
「箒には、どのくらい乗ってる?」
「今日が、初めてです」
答えると、ウッドがマクゴナガルを見た。
教師は、深く頷いた。
「初めてで、あれです」
口元が上がる。
「練習を積めば、どこまで伸びるか。楽しみでしょう、ウッド」
「もちろんです」
ウッドの目も明るくなった。
「名前は?」
「ハリー・ポッターです」
「ポッター……。オリバー・ウッドだ。グリフィンドールのクィディッチ・チームをまとめてる」
ハリーは差し出された手を取った。
まだ、話に追いつけなかった。
「僕、退学になるんじゃないんですか」
「退学?」
マクゴナガルが眉を上げた。
「この飛行を見た後で、あなたを学校から出す? そんなことをするはずがないでしょう」
あまりに即座に返ってきたので、ハリーは次の言葉を忘れた。
教師はウッドへ向き直る。
「練習の予定を組み直しなさい。この子を入れます」
「はい、先生」
「でも、フーチ先生が、勝手に飛んだら――」
「その話は、私がします」
ハリーの言葉が、途中で止まった。
「それと、一年生はチームに入れないって――」
「では、例外にします」
マクゴナガルは、瞬きもしなかった。
「箒も、持ち込めないんじゃ――」
「それも例外です。必要なものはこちらで手配します」
ハリーはウッドを見た。
彼は止めるどころか、嬉しそうに頷いていた。
マクゴナガルは、もう一歩近づいた。
「ポッター。あなたはグリフィンドールのシーカーです。よろしいですね」
「僕、クィディッチのやり方も、まだ――」
「ウッドが教えます」
教師の手が、ウッドの肩へ置かれた。
「ボールの種類から、練習の進め方まで。そうですね?」
「全部、教えます」
ウッドが力強く答える。
「シーカーは、小さくて速い金色のボールを探して捕まえる役だ。君なら――」
「説明は、この後で」
マクゴナガルは彼の肩から手を離し、ハリーへ顔を戻した。
「まず、返事を聞きましょう」
ハリーは口を開き、閉じた。
先生は待っている。
何と答えればよいのか、考える時間をくれているように見えた。
「返事は、『イエス』か『イエス』です」
選べる答えは、同じものだった。
ウッドが口元を押さえた。
ハリーは、二人の顔を交互に見た。
「……イエス」
「結構」
マクゴナガルが満足そうに頷いた。
「校長への話は、私が済ませます。グリフィンドールにこれだけの選手が来たのです。使わずに一年待つ理由などありません」
机の上へ手を置き、ウッドを見る。
「今年は、スリザリンに勝ちますよ」
「はい、先生!」
ウッドの返事も、先ほどより大きかった。
ハリーは窓の外へ目を向けた。
さっきまで、あの空にいた。
退学を告げられると思って、この部屋へ入った。
今は、試合へ出ることになっている。
胸の奥には、まだ飛んだときの感覚が残っていた。風が顔に当たり、箒が身体の動きへ応えたことも、玉を掴んだ瞬間も。
もう一度、飛んでみたかった。
ただ、その返事を自分で決める前に、話は終わっていた。
マクゴナガルは扉へ向かい、途中で振り返った。
「ウッド。この子を頼みます。私も練習を見に行きますから」
扉が閉まる。
ハリーはようやく息を吐いた。
「先生、いつもああなの?」
ウッドは閉じた扉を見てから、ハリーへ笑いかけた。
「クィディッチの話ならね」
彼は近くの椅子を引いた。
「座って。まず、ルールから話そう」
◆
芝生では、生徒たちが箒の横で待っていた。
キーノは城の入口を見ていたが、ハリーは戻ってこない。
「どうなるんだろうな」
ロンが言った。
彼の手には、思い出し玉がある。
鬼太郎は教師が去った方を見た。
「お話を聞くまでは、分かりませんね」
「でも、飛ぶなって言われてたのに」
「ええ」
鬼太郎は頷いた。
その注意は、全員が聞いている。
ただ、マクゴナガルが何を考えて呼んだかまでは、ここから分からなかった。
ロンは玉をポケットへ入れた。
キーノが、自分の箒を見下ろす。
「私も、少しは飛べると思っていたが」
あの事故の後では、先ほどより柄へ手を伸ばしにくそうだった。
鬼太郎は彼女を見た。
「次は、先生の合図を待って、低いところからですね」
「分かってる」
彼女は答え、今度は鬼太郎の足元へ目を向けた。
「お前は、見てるだけか」
「今日は、そのように言われましたから」
「残念そうだな」
「ええ。使ってみたかったです」
鬼太郎は、草の上の柄へ目を落とした。
ルーモスも、レパロも、杖を通せば働く。
箒は、同じようには扱えなかった。
自分の力が、使えるものを狭める場合もある。
その感覚を、覚えておく必要があった。
キーノは城を見た。
「ハリーは、うまかったな」
「ええ。落ちる玉へ追いつくだけでなく、その後で箒を戻せていました」
鬼太郎も、ハリーが降りた場所へ顔を向けた。
指が玉を掴んだ瞬間だけを見れば、簡単そうだった。
だが、その前には、相手が投げたものへ目を合わせ、距離を詰める動きがある。最後には地面へぶつからないための判断もあった。
初めて触れた道具で、それを続けて行えた。
これまで授業で見てきた彼とは、違うものが見えた気がした。
鬼太郎の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「戻ってきたら、少し聞いてみたいですね」
「どう飛んだか?」
「何を見て、いつ動こうと思ったのかを」
キーノはもう一度、空を見た。
さっき光っていたガラス玉は、今はロンのポケットにある。
鬼太郎も顔を上げた。
自分の足は、草の上にあった。
その場所からでも、見えたものは残っている。