神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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二本目の杖

第105話 二本目の杖

 

 学校外の指定場所で輪へ触れ、次に砦の門内へ足が着くと、鬼太郎は冷たい空気を吸った。

 

 隣でキーノが身体を起こす。二人が触れていた金属の輪を収め、発着場所の線から荷を出した。

 

 今日は、サーシェスも砦へ戻っていた。

 

 建物の戸口から二人を見つけ、片手を上げる。

 

「帰ったか。まず、荷物を置いてこい」

 

 道の端には、落ち葉が寄せられていた。

 

 学校で聞いていた鐘の代わりに、枝の擦れる音がする。

 

 キーノが、木の上へ顔を向けた。小さな影が奥の枝へ移る。

 

 鬼太郎もそちらを見てから、建物へ入った。

 

 荷を下ろしたところで、窓口から声が掛かった。

 

 ヴィーラが一人、ボグダンの前に立っていた。裾に泥がつき、息が少し速い。

 

「人間が入っている。罠を置いていた」

 

 鬼太郎は、鞄の留め金から手を離した。

 

「どこで、いつ見たんですか」

 

「北の沢。白い石へ向かう道が分かれる、その手前だ。今朝、沢の霧が薄くなり始めた頃」

 

 ボグダンが帳面へ場所を書き、受け取った時点を、二人が帰って荷を下ろした頃、と添えた。

 

 朝の目撃が、そのまま今の居場所になるわけではない。

 

「何人でしたか」

 

「私が見たのは三人。全員、杖を持っていた。あの近くへ行った二人が、まだ戻らない」

 

「捕まったところを、見たのか?」

 

 そばへ来たサーシェスが聞く。

 

「そこまでは。罠を見て、知らせに戻った」

 

 彼は頷き、銃を取った。

 

 ヴィーラは続けた。

 

「途中でグロブニクに会った。罠の場所を話したら、沢の方へ向かった」

 

「それも、ここへ来る途中ですか」

 

「ああ。今もそこにいるかは、分からない」

 

 鬼太郎は黒檀を抜いた。

 

 キーノも、杖を持っている。

 

「見たところまで、案内していただけますか」

 

 ヴィーラはすぐに頷いた。

 

 ボグダンへ、行く先を伝える。

 

 ここへ戻るまでに別の報せが来れば、誰が受けたかも分かるようにしておいてもらう。

 

 それから三人は、案内の後へ続いた。

 

     ◆

 

 道は、沢へ近づくほど湿っていた。

 

 途中で立ち止まり、幹の間を見てから、また進む。

 

 案内のヴィーラが、落ち葉の溜まった場所を指した。

 

「あそこだ」

 

 細い輪が、葉の下に隠れている。

 

 引かれた線は、根の陰にある留め具へ続いていた。

 

 鬼太郎は屈みかけ、土の崩れたところを見て止まった。

 

 罠の横に、別の足跡もある。

 

 一人が仕掛け、その近くにもう一人が立ったのかもしれない。

 

 サーシェスが、木々の奥へ目を向けた。

 

「先に、人間の方を確かめる。外してる間に撃たれちゃ、面白くねえ」

 

「ええ」

 

 そこから先は、案内の者も初めて見る道だった。

 

 サーシェスが前へ出て、足跡の続く方を選ぶ。

 

 窪地へ近づいたとき、低い声が聞こえた。

 

 鬼太郎は幹の陰から覗いた。

 

 倒木のそばに、檻が二つある。

 

 それぞれに、一人ずつ。

 

 片方のヴィーラは格子を掴み、もう一人は腕を抱えて顔を伏せていた。

 

 三人の男がいた。

 

 縄を荷へ巻く者。鞄を開く者。沢の下を見張る者。

 

 鬼太郎は檻の位置と、男たちの腰を見た。

 

 杖がある。

 

 倒木には、罠の道具も並んでいた。

 

「俺は下へ回る」

 

 サーシェスが、小声で言った。

 

「坊主、檻へ向けて撃たせるな。キーノは、捕まってる連中を見ろ」

 

「分かった」

 

 キーノが答える。

 

 鬼太郎は、彼女へ顔を向けた。

 

「残っている相手が動けるうちは、急がないでください」

 

「ああ。お前も、こっちへ戻ってくるなよ」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

 サーシェスが、沢沿いの低いところへ消える。

 

 炎を広げるには、近すぎる。

 

 大きな木を倒しても、檻の者へ届きかねなかった。

 

 鬼太郎は右手の黒檀を持ち直し、幹の陰を出た。

 

     ◆

 

「その方たちを、どちらへ連れていくおつもりですか」

 

 縄を持つ男が、顔を上げた。

 

 開いた鞄の前にいた男も振り返る。

 

「……ガキ?」

 

 その手が、腰へ行った。

 

 鬼太郎は、抜かれる杖へ狙いを合わせた。

 

「エクスペリアームス」

 

 杖が、男の指を離れた。

 

 鬼太郎は、それを追わなかった。

 

 空いた手と、身体を見る。

 

 縄の男が、杖を抜いていた。見張りも声を上げる。

 

 鬼太郎は、檻から離れる側へ足を出した。

 

 最初の呪文が、横を抜ける。

 

「ペトリフィカス・トタルス」

 

 縄の男は、倒木の陰へ伏せた。

 

 外れた。

 

 鬼太郎は、そこで立ち止まらない。

 

 土が、靴の下で崩れた。

 

 教室の床のつもりで踏めば、足が滑る。根の脇へ置き直し、倒木から出てくる腕を見た。

 

 左手を向ける。

 

 内側のMAGを、電撃へ集めた。

 

「ジオ」

 

 杖を持つ腕へ、雷が走った。

 

 男の声が上がり、手が下がる。

 

 鬼太郎は、その揺れを見てから右手を向け直した。

 

「ペトリフィカス・トタルス」

 

 今度は、腕と脚が揃った。

 

 男が、倒木の横へ硬い姿勢のまま倒れる。

 

 使えた。

 

 鬼太郎の口元が、上がった。

 

 同時に、沢の下で銃声がした。

 

 見張りが崩れる。

 

 木々の間に、サーシェスの姿が見えた。

 

 鬼太郎は、その向こうに檻が入っていないことを確かめ、最初の男へ目を戻した。

 

 片手を、上げていた。

 

「待て。俺は――」

 

 後ろへ、小さく下がる。

 

 上げた方とは逆の腕が、身体に隠れていた。

 

 鬼太郎は、その肩が動くのを見た。

 

 細い杖が、腰の後ろから出てくる。

 

 足を、動かした。

 

 呪文の声が弾ける。

 

 胸のあった場所を、光が抜けた。

 

 鬼太郎は大きく横へ出て、幹の陰へ入った。

 

 後ろで、樹皮が弾ける。

 

 知らない呪文だった。

 

 手合わせと同じ近さに、残るつもりはなかった。それでも、間は思ったより短い。

 

 鬼太郎は別の幹越しに、男を見た。

 

「もう一本、持っていましたか」

 

 笑みが浮かんだ。

 

 杖を奪っても、終わりではない。

 

 自分に左手と銃が残るように、この男には、もう一本あった。

 

     ◆

 

 男は、二本目の杖を握り直した。

 

 逃げる方へ身体を向けながら、こちらを狙おうとする。

 

 鬼太郎は、幹の陰から左手を出した。

 

 今度は、内側の力を冷気へ変える。

 

「ブフ」

 

 濡れた土と、足元の落ち葉が凍った。

 

 靴底が滑り、男が脇の木へ手をつく。

 

 身体を支えたまま、杖を向けた。

 

 鬼太郎は先端を見た。

 

 さっきと同じ声が、聞こえる。

 

 もう一度来る。

 

 距離は、先ほどより取れていた。

 

 鬼太郎は、近くに木のない側へ動いた。

 

 樹皮が弾けるところまで、同じ近さで通す必要はない。

 

 後ろで土が跳ねる。

 

「エクスペリアームス」

 

 男が、腕を引いた。

 

 光は手の外を抜けたが、引いた杖先も、一度鬼太郎から外れた。

 

 左手なら、そこへ届く。

 

 足場は悪い。下がれば、また凍った場所へ乗る。

 

 鬼太郎には、止められるところが見えていた。

 

 だが、男の手が戻ってくるのを、見たくなった。

 

 二本目を隠していた者が、その次に何をするのか。

 

 また同じように使うのか。こちらが避ける先へ、今度は向きを変えるのか。

 

 男の腕が上がる。

 

 鬼太郎は、そこで待った。

 

     ◆

 

 キーノは、檻の前で足を止めた。

 

 格子の中のヴィーラが、倒木を指している。

 

 鍵が、道具のそばにあった。

 

 習った解錠を試すより、そちらが早い。

 

 キーノは杖を収め、鍵を取り、一つ目の扉を開けた。

 

「歩けるか」

 

 相手は頷き、格子へ手をついた。

 

 案内してきたヴィーラが、その身体を支える。

 

 二つ目へ向かうとき、キーノは窪地の外を見た。

 

 男は木に寄りかかっている。

 

 鬼太郎は、その手が上がるのを待っていた。

 

 間に合わないのではない。

 

 さっきは、腕が崩れたところへ次を使っていた。

 

 今は、使わない。

 

 あの顔を、教室でも見た。

 

 だが、ここに先生はいなかった。

 

「鬼太郎、もういい。そいつに付き合うな」

 

 声を張った。

 

 鬼太郎の顔が、一瞬こちらへ向く。

 

 すぐ男へ戻った。

 

 キーノは鍵を握り直し、二つ目の扉へ差し込んだ。

 

     ◆

 

 男が唱え始めた。

 

 鬼太郎は、空いた左手へ力を集めた。

 

「ジオ」

 

 電撃が、その声を途切れさせる。

 

 杖が下がり、指の間から落ちた。

 

 今度は、次の構えを待たなかった。

 

 鬼太郎は黒檀を左手へ渡し、空けた右手で腰のケストレルを抜いた。

 

 男の身体が幹に沿って沈む。

 

 一発。

 

 短い音が、木々の間へ響いた。

 

 鬼太郎は動かなくなった相手を確かめ、銃を右腰へ戻した。

 

 黒檀を右手へ持ち直す。

 

 左手の掌に、力を使った感覚が残っていた。

 

     ◆

 

 グロブニクは、斜面の上から見ていた。

 

 谷へ近づく道のそばに、罠が置かれた。

 

 それを聞き、人間の匂いを辿ってきたところへ、別の匂いが混じった。

 

 小さい人間が、帰っていた。

 

 前に相手をしたときは、細い枝を動かすだけで、こちらを見失いかけていた。

 

 今日は、相手の光が抜けた後で、もう次の力が来た。

 

 細い木からの光。

 

 身体の中からの、雷と冷気。

 

 毛を揺らすだけだった光も、相手によっては止められる。

 

 ならば、次は我へ何を使う。

 

 グロブニクは前脚へ力を掛け、鼻を地面へ寄せた。

 

 人間は、見えた三人だけとは限らない。

 

 まずは、続く匂いを確かめる必要があった。

 

     ◆

 

 サーシェスは、倒木の横へ来ていた。

 

 見張りを確かめてから、固まった男の杖を拾い上げる。

 

 男の目は、まだ動いていた。

 

「坊主。こいつは、どうする」

 

 鬼太郎は、縄と、檻と、出てきた二人を見た。

 

「残す理由は、ありませんね」

 

「だろうな」

 

 サーシェスは、倒木の陰へ回った。

 

 鬼太郎はキーノの方へ歩いた。

 

 二人目も、檻から出ている。

 

 手首が腫れていた。

 

 鬼太郎が見せてもらおうと屈んだとき、後ろで銃声が一度した。

 

 キーノは、振り返らなかった。

 

 傷を確かめ、布を巻く間、助け出された者は、自分で腕を差し出していた。

 

 誰かに動かせと言われて動くのとは、違う。

 

「ほかにも、人間はいましたか」

 

 鬼太郎が尋ねると、彼女は顔を上げた。

 

「ここで見たのは、その三人だ。運ばれている間は、周りを確かめられなかった」

 

「では、分かったところだけで結構です。後で、通った道も教えていただけますか」

 

 相手は頷き、もう一人の肩へ手を掛けた。

 

 歩いて帰れるかを、二人で確かめている。鬼太郎は、すぐに続きを聞こうとせず、布を巻き終えるまで待った。

 

 鬼太郎は布の端を留め、キーノへ顔を向けた。

 

「先ほどは、ありがとうございました」

 

「止められたのに、待ってただろ」

 

「ええ。もう一度、使わせてみたくなりました」

 

 彼女は、鬼太郎の顔を見た。

 

「ここは、先生の教室じゃない」

 

「そうですね」

 

「危ないと思ったら、私は言うぞ」

 

 鬼太郎は、少し黙った。

 

 それから、頷く。

 

「ええ。聞こえました」

 

 キーノは、それ以上は言わなかった。

 

 次も、聞こえるように言うつもりだった。

 

     ◆

 

 沢の上で、低い声がした。

 

 鬼太郎が顔を上げると、大きな黒い身体が幹の間に見えた。

 

「グロブニクさん」

 

 暗赤色の右目が、こちらを見ている。

 

 サーシェスが、銃口を下げた。

 

「そっちも、追ってたか」

 

 グロブニクは斜面の下を見た。

 

「ここの先にも、罠がある。人間が歩いた道だ」

 

 鬼太郎は場所を聞いた。

 

 どの幹のそばか。沢のどちら側か。

 

 サーシェスも、同じ方へ目を向ける。

 

 それを確かめてから、鬼太郎は一歩前へ出た。

 

「明日、少し相手をしていただけますか」

 

 グロブニクの目が、黒檀と、鬼太郎の足へ動いた。

 

 見ていたのだろう。

 

 鬼太郎は笑った。

 

「今日のように、杖も使ってみたいんです」

 

「白い石の外で呼べ。我が出るまで、待っていろ」

 

「ええ。そうします」

 

 大きな身体が翻った。

 

 まだ、自分の道で確かめることがあるらしい。

 

 鬼太郎は足音を見送り、教えてもらった罠の方へ顔を戻した。

 

 明日の前に、今日の続きを終えなければならなかった。

 

     ◆

 

 日が傾くまで、三人の歩いた跡を辿った。

 

 場所を確かめた罠を外し、サーシェスがまとめる。

 

 見つけた範囲は、沢沿いと、窪地へ続く道だった。

 

 これで森中の仕掛けがなくなったとは、言えない。

 

 檻は、救出された者たちが、ほかの仲間にも見せるため運ぶと決めた。今後、同じ形を見つけたときに分かるように、と。

 

 サーシェスは死体を小道から窪地の側へ運び、通る場所を空けた。

 

 帰り道でサーシェスが、回収した杖を見せた。

 

 四本あった。

 

 鬼太郎は黒檀を収め、二本目を隠していた男のものを、両手で受け取った。

 

 長さも、握るところの形も違う。

 

 それでも、どちらも、あの手から呪文を出していた。

 

「最初の一本を取ったからって、安心できねえな」

 

「ええ。上げた手だけを、見ているわけにはいきませんね」

 

 鬼太郎は、二本を戻した。

 

 新しい杖へ持ち替えるつもりはなかった。

 

 砦では、窓口へ戻ったことを伝えた。

 

 見つけた檻と人数、外した罠の場所、まだ辿っていない方を分けて話す。

 

 朝の知らせの下へ、帰還後に確かめたことが書き足された。

 

     ◆

 

 銃の手入れを済ませ、鬼太郎は机へ帳面を開いた。

 

 武装解除の下に、予備の杖、と書く。

 

 もう片方の手を見せない者は、終わっていない。

 

 全身金縛りは、一度外れた。

 

 ジオで腕が崩れた後なら、当てられた。

 

 その順番を書いてから、鬼太郎は指を止めた。

 

 学校で覚えたものが、左手の力の後へ続いた。

 

 ただ、新しい呪文があるだけでは、あの倒木の陰へは届かなかっただろう。

 

「足元も、書けよ」

 

 キーノが、杯を置いた。

 

「ええ。土が、柔らかかったですね」

 

 濡れた根。

 

 踏むと崩れる斜面。

 

 自分で凍らせたところも、次に踏めば滑る。

 

 鬼太郎は、それを足した。

 

 さらに、使ったジオ二回とブフ一回、銃の一発を記す。

 

 掌の重さは、帳面へ書いたからといって消えはしなかった。

 

 キーノが向かいへ座った。

 

 鬼太郎は、最後の男が腕を上げるところを思い出す。

 

 次を、見たくなった。

 

 その前に、彼女の声が届いた。

 

「何だ」

 

 顔を向けられ、キーノが尋ねた。

 

「声を掛けていただいたところを、思い出していました」

 

「またやったら、また言うぞ」

 

「ええ」

 

 戦うことが面白いのは、変わらなかった。

 

 明日、あの大きな身体へ向かうときにも、試したいことはある。

 

 それでも、今日の男へ、次を使わせずに終えることはできた。

 

 鬼太郎は帳面を閉じ、杯を取った。

 

 温かかった。

 

「今日は、休めよ」

 

「はい。明日の分も、残しておきませんと」

 

 キーノは何か言いかけ、先に自分の杯へ口をつけた。

 

 鬼太郎も、一口飲んだ。

 

 明日の相手は、杖を握ってはいない。

 

 その前へ出るための手を、今夜は机の上で休ませた。

 

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