神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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同じ背丈で、違う夜を知る

 

第百五話 同じ背丈で、違う夜を知る

 

 ハリーが戻ってきたのは、箒を片づけ終えた後だった。

 

 城へ入ろうとしていたロンが、廊下の向こうに彼を見つける。

 

「ハリー!」

 

 駆け寄る足音に、鬼太郎とキーノも振り向いた。

 

 ハリーは一人だった。

 

 歩く速さは、マクゴナガルについていったときより軽い。だが、顔にはまだ、何かを考え続けているような表情があった。

 

「どうだった? 退学じゃないよね?」

 

「うん。違った」

 

 ハリーは答え、三人を見る。

 

「クィディッチのチームに入ることになったんだ」

 

 ロンの口が開いた。

 

「チームって、グリフィンドールの?」

 

「シーカーだって」

 

「君が?」

 

 大きくなった声に、通りかかった上級生がこちらを見た。

 

 ハリーは少し声を落とし、先生が窓から飛行を見ていたこと、ウッドという選手を紹介されたことを話した。

 

 ロンは途中で何度も頷いた。

 

「すごいよ。だって、一年生で入れるなんて――」

 

「僕も、そう言ったんだけど」

 

 ハリーが言う。

 

「例外にするって。箒のことも、校長先生への話も、全部先生がやるんだって」

 

 キーノが眉を上げた。

 

「お前が、入りたいって頼んだのか」

 

「ううん。返事は、イエスか、はいだって言われた」

 

 ロンが吹き出した。

 

 ハリーも、今になって少し笑った。

 

 鬼太郎は彼の顔を見ていた。

 

「それでは、断る言葉を選べませんね」

 

「そうなんだ。でも、また飛びたいとは思ってるよ」

 

 ハリーは答えた。

 

 それは、先生に決められる前から思っていたことだった。

 

 鬼太郎は頷いた。

 

「玉を追ったときも、あのように飛ぼうと考えていたんですか」

 

「考えたっていうか……落ちる前に取れると思ったんだ。それで、前に傾いたら、箒が動いて」

 

 ハリーは片手を前へ出した。

 

 あのとき、指を伸ばした方向へ。

 

「地面が近づいたから、柄を上げた。うまく説明できないけど」

 

「初めてでも、身体を動かす順番に迷わなかったんですね」

 

 鬼太郎が言った。

 

「僕には使えない道具でしたが、ハリーさんには、扱いやすかったようです」

 

 ハリーは彼を見た。

 

 羨ましがる声でも、嫌味でもなかった。

 

「まだ、ほかの飛び方もできるかは分からないよ」

 

「これから教わるのでしょう。それは、楽しみですね」

 

 鬼太郎は微笑んだ。

 

 キーノが腕を組む。

 

「私は、まず足が地面から離れるところだ」

 

「フーチ先生、合図を待ったらちゃんと見てくれたよ」

 

 ロンが言う。

 

「ああ。次も、あの高さからにする」

 

 キーノは頷き、ハリーへ顔を戻した。

 

「お前は、先へ行ったな」

 

 ハリーは笑った。

 

 午後の光が、廊下の床へ斜めに射していた。

 

     ◆

 

 夕食では、ロンがまだクィディッチの話をしていた。

 

 ネビルへ返した思い出し玉のことも話し、ハリーは安堵して頷いた。

 

 手首の治療を受けたネビルは、寮へ戻っている。

 

 鬼太郎は皿へ料理を取り、二人の会話を聞いていた。

 

 キーノは途中で、シーカー以外にも役目があるのかと尋ねた。

 

 ロンが説明し始めたところへ、マルフォイが来た。

 

 クラッブとゴイルも、後ろにいる。

 

「まだいたんだね、ポッター」

 

 ハリーが顔を上げた。

 

「君は、僕がいなくなると思ってたんだろ」

 

「ちょっと飛べたくらいで、いい気になるなよ。先生に見逃してもらえて、よかったじゃないか」

 

 マルフォイは食卓の端へ手を置いた。

 

「教師のいないところでも、同じように強気でいられるのかな」

 

「何が言いたいんだよ」

 

「魔法使いの決闘だ。やったことがあるか?」

 

 ロンが姿勢を変えた。

 

 ハリーも、マルフォイを見続けている。

 

「今夜、相手になってあげるよ。真夜中に、トロフィー室で。来られるならね」

 

「行くよ」

 

 ハリーが言った。

 

 マルフォイの目が僅かに動く。

 

 ロンがすぐ続けた。

 

「僕がハリーの付き添いだ」

 

「僕はクラッブを連れていく」

 

 マルフォイが答えた。

 

 その横で、鬼太郎は匙を置いた。

 

「では、僕が判定してもよろしいですか」

 

 三人の目が、こちらへ向いた。

 

 キーノも鬼太郎を見る。

 

「判定?」

 

 マルフォイが聞いた。

 

「ええ。どちらかの味方として参加するのではなく、立会人として。合図と勝敗を決める役です」

 

「グリフィンドールの君が、公平にするって?」

 

「ハリーさんの負けになる場合も、そう告げますよ」

 

 鬼太郎は穏やかに答えた。

 

「同じ年頃の方が、今どのくらい呪文を使えるのか、見ておきたいんです。授業で物へ唱えるところだけでは、分かりませんから」

 

 ハリーは口を結んでいたが、頷いた。

 

「僕は、いいよ」

 

 マルフォイは鬼太郎を見た。

 

「勝手に条件を変えるなよ」

 

「今、二人で決めていただきましょう」

 

 鬼太郎は鞄から紙と筆記具を出した。

 

 皿を少し寄せ、空いたところへ紙を置く。

 

 羽根ペンが動き始めると、マルフォイの顔から笑みが薄れた。

 

     ◆

 

 ハリーは、鬼太郎の書く文字を見ていた。

 

 日時。

 

 場所。

 

 決闘する二人と、それぞれの付き添い。

 

 その下へ、条件が続く。

 

「使うのは杖と呪文。一対一ですね」

 

 鬼太郎が顔を上げた。

 

「付き添いは、途中で攻撃しない。開始は僕の合図を待つ。止める合図の後にも、唱えない。ここまでは、よろしいですか」

 

「もちろんだ」

 

 マルフォイが答えた。

 

 ハリーも頷く。

 

「勝敗は、どちらかが降参した場合。あるいは、杖を失って拾えない、立てなくなって続けられない場合としましょう」

 

 ハリーは紙へ目を落とした。

 

 さっきまで、相手に負けたくないとだけ思っていた。

 

 今は、負ける場合が文字になっている。

 

「怪我をさせるための呪文や、周りを壊す呪文は使わない。かけたものを、その場で解けるようにもしておいてください」

 

「そんなこと、言われなくても分かってるよ」

 

 マルフォイは言った。

 

「では、確認できましたね」

 

 鬼太郎が紙へ書き足した。

 

 その顔は、食事をしていたときと変わらなかった。

 

 ロンが覗き込む。

 

「来なかったら?」

 

「来なかった方の不戦敗として、ここへ記します。約束した条件での結果を、後から変えないための紙ですから」

 

 鬼太郎は答え、最後に署名する場所を空けた。

 

 紙をマルフォイへ向ける。

 

「お名前を。それから、読んで違うところがあれば、今教えてください」

 

「僕が、来ないとでも?」

 

「来られるのでしたら、予定どおり始められますね」

 

 返事を聞いたキーノが、自分の皿へ目を戻した。

 

 口元が、少し動いていた。

 

 マルフォイは羽根ペンを取った。

 

 ハリー、ロン、付き添いに指名されたクラッブまで見ている。

 

 自分から誘った決闘だった。

 

 今ここで名前を書くのを嫌がれば、どう見えるかは分かっているらしかった。

 

 マルフォイは紙へ署名した。

 

「これで満足か?」

 

「ありがとうございます。ハリーさんも、お願いします」

 

 ハリーはペンを受け取り、自分の名を書いた。

 

 鬼太郎も立会人の欄へ名を記す。

 

 インクが乾くまで待ってから、紙を二人へもう一度見せた。

 

「真夜中、トロフィー室で。お待ちしています」

 

 マルフォイは短く頷き、食卓から離れた。

 

 ハリーは自分の皿を見た。

 

 冷めかけた料理が残っている。

 

 ロンが隣から声を落とした。

 

「君、使える呪文はあるよね?」

 

「授業で習ったものなら」

 

 ハリーは答えた。

 

 ルーモスやレパロでは、相手を止められない。

 

 アロホモラも、ここでは役に立たないだろう。

 

 この数日の授業で教わった中に、一つ、相手へ使うものがあった。

 

 リクタスセンプラ。

 

 ハリーは口の中で、発音を確かめた。

 

     ◆

 

 談話室へ戻ると、キーノは鬼太郎の前へ座った。

 

「本当に行くのか」

 

「ええ。立ち会うと伝えましたから」

 

「そもそも、夜中にやる必要があるのか」

 

「二人は、その時間で約束しましたね」

 

「聞いてるのは、そこじゃない」

 

 キーノが眉を寄せた。

 

 鬼太郎は彼女を見た。

 

「僕は、二人が相手へ何をするのか、見たいんです」

 

 授業で呪文が成功したときの顔は、知っている。

 

 失敗してやり直す手元も見た。

 

 だが、相手が避けたり、先に攻撃してきたりするところでは、まだ見ていなかった。

 

 キーノは少し黙ってから、隣の卓へ目を向けた。

 

 ハリーとロンが、顔を寄せて話している。

 

 そこへハーマイオニーが来た。

 

「決闘へ行くつもりなの?」

 

 ロンが顔を上げる。

 

「誰から聞いたんだよ」

 

「食卓であれだけ話していれば、聞こえるわ。夜中に寮を出て見つかったら、何点引かれると思ってるの?」

 

「君は行かなければいいだろ」

 

「同じ寮なのよ。私のことじゃないからいい、なんて言えないわ」

 

 ハリーは膝の上で杖を持ち直していた。

 

 ハーマイオニーの目が、こちらへ来る。

 

「鬼太郎も止めなかったの?」

 

「僕は、立会人として行くことにしました」

 

「あなたまで?」

 

 彼女は椅子の背へ手を置いた。

 

「条件を書いたって、夜中に外へ出ていいことにはならないでしょう」

 

「ええ。先生から許可をいただいた紙ではありませんからね」

 

 鬼太郎が答える。

 

 ハーマイオニーの表情が、さらに険しくなった。

 

 キーノは彼を見た。

 

「分かってるのに行くんだな」

 

「確かめたいものが、ありますので」

 

 キーノは息を吐いた。

 

 自分は見に行くとは言わなかった。

 

 鬼太郎も誘わず、畳んだ紙を鞄の取り出しやすい場所へ入れた。

 

     ◆

 

 寝室の灯りが落ちてから、ハリーは長く目を閉じていた。

 

 眠ってはいなかった。

 

 ロンが起きる音を待ち、寝台から脚を下ろす。

 

 鬼太郎も着替えていた。

 

 彼は小さく頷き、鞄を肩へ掛ける。

 

 三人はほかの寝台を起こさないよう、扉へ向かった。

 

 談話室の暖炉は、昼間よりずっと暗い。

 

 椅子の影を抜け、肖像画の入口へ行く。

 

 ハリーは一度、女子寝室へ続く階段を見た。

 

 誰もいない。

 

 ロンが先に外へ出た。

 

 鬼太郎が最後に肖像画を戻す。

 

 城の夜は、寝室で聞くより静かだった。

 

 ハリーは杖を握り、ルーモスを唱えた。

 

 小さな光がつく。

 

 昼間なら明るかった廊下が、杖先の届くところだけ見える細い道になる。

 

 ロンが向かう方へ、ハリーも足を進めた。

 

     ◆

 

 キーノは、女子寝室の扉を静かに閉めた。

 

 隣に、ハーマイオニーがいる。

 

 談話室を見渡したが、三人はもういなかった。

 

「出ていったのね」

 

 ハーマイオニーが囁いた。

 

 キーノは頷き、肖像画へ向かう。

 

「追いついて、止めるぞ」

 

「ええ。決闘を始める前に、戻らせないと」

 

 肖像画の向こうへ出ると、廊下の角に細い光が消えるところだった。

 

 ハーマイオニーが杖を出す。

 

 二人は光の消えた方へ歩いた。

 

 走れば足音が響く。

 

 キーノは前を見て、歩幅を大きくした。

 

 見物へ行くつもりはなかった。

 

 決闘の条件より先に、今夜わざわざ揉め事を増やすことを、三人にやめさせたかった。

 

     ◆

 

 トロフィー室の入口で、ハリーは光を低くした。

 

 中では、銀の杯や盾が、棚の奥で鈍く光っていた。

 

 マルフォイがいた。

 

 クラッブも、扉から少し離れたところに立っている。

 

「遅いぞ、ポッター」

 

「まだ、約束の時間ですよ」

 

 鬼太郎が答え、二人の間へ進んだ。

 

 ハリーはマルフォイから目を離さず、杖の光を消す。

 

 鬼太郎は棚から離れた床を確かめた。

 

 立つ位置と、付き添いが待つ場所。

 

 互いに近すぎず、背後へ一歩引けるところを選び、二人へ示す。

 

 壁際の明かりで、顔と足元は見えた。

 

 紙を取り出し、署名のある面を開く。

 

「始める前に、条件をもう一度――」

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 入口から、ハーマイオニーが来た。

 

 キーノも隣にいる。

 

 ロンが振り向いた。

 

「ついてきたの?」

 

「止めに来たのよ」

 

 ハーマイオニーは二人の杖を見た。

 

「もう十分でしょう。寮へ戻りましょう」

 

「僕は、約束どおり来たんだ」

 

 マルフォイが言った。

 

「ポッターが逃げるなら、それでいいけどね」

 

「逃げないよ」

 

 ハリーはすぐ答えた。

 

 キーノが鬼太郎へ近づく。

 

「お前も、戻るぞ」

 

「二人とも、始める意思はあるようですね」

 

「それを止めに来たんだ」

 

 彼女の声が強くなった。

 

 鬼太郎は入口を見てから、もう一度彼女を見た。

 

「声は、少し下げていただけますか。ここでは響きます」

 

 キーノが唇を結んだ。

 

 ハーマイオニーも、廊下の方へ顔を向ける。

 

 足音は聞こえなかった。

 

 だが、静かな城で自分たちの声だけが残るのは、気持ちのいいものではない。

 

 鬼太郎は紙を畳まず、ハリーとマルフォイへ向けた。

 

「お二人とも、先ほどの条件で始めますか」

 

 ハリーは頷いた。

 

 マルフォイも、短く答える。

 

「早くしろよ」

 

 キーノは鬼太郎を睨み、指定された床の脇へ退いた。

 

 ハーマイオニーはまだ何か言おうとしていたが、二人が離れて立つのを見て、杖の先が向かない場所へ移った。

 

「何かあったら、止めるからね」

 

「ええ。危険だと判断したら、僕も止めます」

 

 鬼太郎が答えた。

 

 ハリーは、喉が乾くのを感じた。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、二人の杖先を見た。

 

 ハリーは柄を強く握り、マルフォイの顔を見ている。

 

 マルフォイは口元に笑みを残していたが、脚が落ち着かない。靴の向きを変え、ローブの裾を避けるように足を引いた。

 

 付き添いの二人は、口を閉じている。

 

 鬼太郎は自分の杖をまだ鞄に収めたまま、二人の間から横へ退いた。

 

「合図の後で、始めてください」

 

 ハリーが唇を動かした。

 

 声には出さず、呪文を確かめているらしい。

 

 マルフォイの杖が、少し高くなる。

 

「始め」

 

「リクタスセンプラ!」

 

 ハリーの声が先だった。

 

 杖を振る。

 

 先端に光が集まりかけ、すぐ消えた。

 

 ハリーが自分の手元を見る。

 

 その間に、マルフォイが唱えた。

 

「タラントアレグラ!」

 

 ハリーが横へ跳ぶ。

 

 呪文は、さっきまで彼が立っていた場所を抜けた。

 

 マルフォイの腕が止まる。

 

 避けた相手へ、まだ杖を戻していない。

 

 ハリーはもう一度唱えようとしたが、着地で身体が揺れ、発音が途中で詰まった。

 

 ロンが息を吸う。

 

 鬼太郎は二人の顔を見た。

 

 ハリーは、外れた呪文の方まで振り返りかけていた。

 

 マルフォイも、動く相手を追うより、自分の杖を確かめている。

 

 次の呪文が来ない時間が、長かった。

 

     ◆

 

 ハリーは、授業の机を思い出した。

 

 足を止め、杖を動かす順番を確かめてから唱えたときには、できた。

 

 今は、マルフォイが動いている。

 

 相手を見ながら、発音まで揃えなければならない。

 

 マルフォイがこちらへ杖を戻した。

 

 ハリーは先に腕を上げる。

 

「リクタスセンプラ!」

 

 今度は、光が飛んだ。

 

 マルフォイが身体を捻る。

 

 呪文は、その腕の辺りをかすめた。

 

 彼の口から、短い笑い声が漏れる。

 

 ハリーは一歩進んだ。

 

 だが、当たったかを確かめている間に、マルフォイも杖を向けていた。

 

「ロコモーター・モルティス!」

 

 ハリーは慌てて脚を引いた。

 

 呪文が足元を抜ける。

 

 今の呪文は、授業で習っていない。

 

 どうなるものか分からないことが、急に怖くなった。

 

 マルフォイは唇を噛み、笑いを抑えた。

 

「そんなの、僕も知ってるよ」

 

 杖を振る。

 

「リクタスセンプラ!」

 

 ハリーは上体を伏せた。

 

 眼鏡が少しずれる。

 

 直す手を出しかけ、杖を握っていることを思い出した。

 

 マルフォイが笑っている。

 

 さっきの呪文のせいか、自分を見て笑ったのか、分からなかった。

 

 ハリーは杖を持ち直した。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、マルフォイの足を見た。

 

 先ほど呪文を外したときと同じように、杖先をハリーの脚へ向けている。

 

 腕が動く。

 

 ハリーは、その杖先を見ていた。

 

 自分から唱えるより、次に何が来るかを待っている。

 

 避けようとする脚が、すでに外側へ開いた。

 

 鬼太郎は、二人の間の床へ目を移した。

 

 踏み込めば届く距離ではない。

 

 だが、相手が長い言葉を唱え、手を動かしている間に、取れる行動はいくつもあった。

 

 ハリーは逃げる方へ動く。

 

 マルフォイはそれを見て、杖を遅れて動かす。

 

 避けられると、止まる。

 

 追ってくる相手に何をするか、その次の動きがない。

 

 弱い。

 

 鬼太郎の中で、答えはもう出ていた。

 

 圧倒的に、弱かった。

 

 この時代の子供は、まだこんなところにいる。

 

 同じくらいの背丈でも、前に知っていた世界では、子供というだけで次の一撃を待ってもらえなかった。

 

 呪文が失敗したからと、手元を眺めている時間はない。逃げるなら相手を見て退き、戦うなら、力が届かなかった後も動く。

 

 それを、二人はまだ必要としていない。

 

 マルフォイが、足元へ杖を向け直す。

 

 ハリーが身体を引く。

 

 どちらも、目の前の一手で精いっぱいだった。

 

 鬼太郎の笑みは、深くならなかった。

 

 同世代との戦いを見れば、何か得られるかと思っていた。

 

 今見えているものは、実戦の相手として考えられる水準から、あまりにも遠い。

 

 ただ、その評価で勝敗を変えるつもりはなかった。

 

 この二人の間には、この二人の差がある。

 

 鬼太郎は、杖先と脚へ視線を戻した。

 

     ◆

 

 ハリーは後ろ足を動かした。

 

 これ以上退くと、後ろの展示台が近くなる。

 

 マルフォイが、また杖を上げた。

 

 ハリーは横へ動こうとする。

 

 今度は、相手の声がまだ出ない。

 

 一度上げた杖が下がり、足元へ向いた。

 

「ロコモーター・モルティス!」

 

 ハリーは、動き始めた脚を戻せなかった。

 

 呪文が当たる。

 

 両脚が、引き寄せられるようにくっついた。

 

 離そうとしても、開かない。

 

 踏み出すはずだった足が出ず、身体だけが横へ傾いた。

 

 膝から床へ落ちる。

 

 空いている手をつき、肩まで倒れるのを防いだ。

 

 杖は、まだ持っていた。

 

 ハリーは顔を上げる。

 

 マルフォイが、こちらへ杖を向けていた。

 

「そこまでです」

 

 鬼太郎の声がした。

 

 マルフォイの手が止まる。

 

 ハリーは床へついた手で身体を起こそうとした。

 

 脚が動かない。

 

 膝を立て直せず、また手へ重さがかかった。

 

「ハリーさん。立って続けられますか」

 

 鬼太郎が尋ねた。

 

 ハリーは脚を見てから、首を振った。

 

「……無理だ」

 

「では、条件どおり、マルフォイさんの勝ちです」

 

 言葉は、はっきりしていた。

 

 ロンがハリーのそばへ来る。

 

 マルフォイは口元を上げたが、自分も息が少し上がっていた。

 

「箒に乗るのとは、違っただろう?」

 

 ハリーは彼の杖を見た。

 

「今の二つ、どこで覚えたんだよ」

 

「家でだよ。学校へ来るまで、何も知らなかった君とは違うんだ」

 

 マルフォイが答えた。

 

 ハリーは口を閉じた。

 

 脚を離そうとしても、まだ動かない。

 

 鬼太郎がマルフォイへ顔を向ける。

 

「かけた呪文を、解いてください」

 

「分かってるよ」

 

 マルフォイは杖を動かした。

 

 ハリーの脚を縛っていた力が消える。

 

 ロンが腕を支え、ハリーは片足ずつ床へついて立った。

 

 ハーマイオニーが、彼の膝を見ていた。

 

「痛めてない?」

 

「大丈夫」

 

 ハリーは答えた。

 

 痛みはあったが、脚を曲げることはできた。

 

 キーノは床を見て、それから鬼太郎を見た。

 

 勝った方にも負けた方にも、彼は肩入れしなかった。

 

 紙を開き、今告げた結果を書き込んでいる。

 

     ◆

 

 鬼太郎はインクの乾いた紙を、二人へ見せた。

 

 ハリーはそれを見て頷いた。

 

 マルフォイは自分の名の下に書かれた結果を読み、顔を上げる。

 

「ちゃんと、僕の勝ちにしたんだな」

 

「決めた条件を満たしたのは、マルフォイさんでしたから」

 

 鬼太郎は答えた。

 

 マルフォイは、ハリーへ目を向ける。

 

 また何か言おうとしたところで、鬼太郎が紙を畳んだ。

 

「決闘は終わりました。声を増やす前に、戻りましょう」

 

「君に命令されることじゃない」

 

「ここで待っていても、勝ちは増えませんよ」

 

 マルフォイは眉を寄せた。

 

 クラッブが扉の外を覗いている。

 

 鬼太郎は彼の肩越しに廊下を見た。

 

 人影はなかった。

 

 マルフォイはローブを直し、クラッブへ顎を向ける。

 

「行くぞ」

 

 扉を出るとき、ハリーへもう一度笑いかけた。

 

 ハリーは杖を握ったまま、その背中を見送った。

 

 足音が遠ざかる。

 

 ハーマイオニーが、残った三人へ向き直った。

 

「満足した? 今度こそ、帰りましょう」

 

 ロンは何か言いかけたが、ハリーが先に頷いた。

 

「うん」

 

 鬼太郎も鞄を閉じた。

 

 キーノは彼の横へ並び、声を落とす。

 

「見たかったものは、分かったか」

 

「ええ」

 

 返事を聞いても、彼女は笑わなかった。

 

「次は、昼間に先生のいるところでやれ」

 

「その方が、場所を選びやすいでしょうね」

 

「そういう話だけじゃない」

 

 キーノが睨む。

 

 鬼太郎は僅かに目を細め、廊下へ顔を戻した。

 

     ◆

 

 ハリーは、ロンの隣で歩いていた。

 

 両脚は、もう自由に動く。

 

 だが、くっついた瞬間の感覚が、膝を曲げるたびに戻ってきた。

 

「惜しかったよ」

 

 ロンが小声で言った。

 

「君のも、一度は当たってた」

 

「少しだけだよ」

 

 ハリーは答えた。

 

「もっとちゃんと当てられたら、違ったかもしれないけど」

 

 マルフォイは、授業で習っていない呪文を二つ使った。

 

 自分は、同じものを繰り返すしかなかった。

 

 その一つさえ、最初は出なかった。

 

 箒に乗ったときとは違う。

 

 身体を動かせば応えてくれるものではなく、覚えたはずの言葉が、急ぐと口の中で崩れる。

 

 前を歩くハーマイオニーは、ときどき振り返っていた。

 

 今は、何も言わない。

 

 その後ろで、キーノと鬼太郎が並んでいる。

 

 ハリーは鬼太郎へ顔を向けた。

 

「君は、あれを見て、どう思った?」

 

 鬼太郎の足が、少し緩む。

 

「ハリーさんは、避けながら唱えようとすると、動きが止まっていましたね。マルフォイさんも、外した後で次の狙いを決めるまで、時間がありました」

 

 ハリーは、自分の杖へ目を落とした。

 

「知ってるだけじゃ、駄目なんだな」

 

「ええ。相手が動いていると、教わったときのようにはいきませんね」

 

 鬼太郎は答えた。

 

 マルフォイに勝てなかったことを、彼は笑わなかった。

 

 それでも、今の話を聞くと、勝つ方法より先に、できていないことがいくつもあるのだと分かる。

 

 ハリーは杖をローブへ収めた。

 

 明日になれば、また授業がある。

 

 同じ呪文を唱えるときにも、今夜の床と、動くマルフォイの顔を思い出すだろう。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、四人の歩く先を見ていた。

 

 マルフォイの知っていた二つは、家で覚えたものだと言っていた。

 

 授業で習ったくすぐりの呪文だけを持つハリーには、その差があった。

 

 だが、あの二つを覚えたところで、鬼太郎が見た弱さが消えるわけではない。

 

 相手を見失う時間。

 

 失敗した後、何もしない身体。

 

 自分へ向いた杖を前に、言葉を思い出すために立ち止まること。

 

 どれも、前に知っていた世界では長く残しておけないものだった。

 

 ここでは、そのまま明日の授業へ行ける。

 

 同じ年頃の者たちが、こんなにも弱いまま暮らしている。

 

 鬼太郎は、今夜確かめたことを頭の中へ残した。

 

 見下す言葉を口にしても、得るものはなかった。

 

 ハリーの飛行が巧かったことは、変わらない。マルフォイが、使える手札の差で勝ったことも、事実だった。

 

 それぞれ使えるところはある。

 

 ただ、戦う相手として見たときの距離は、ずっと遠かった。

 

 鬼太郎は鞄の上から、畳んだ紙のある場所へ指を添えた。

 

 公平に判定すると約束した。

 

 その役目は終えた。

 

 廊下の先で、ハーマイオニーが曲がる角を確かめている。

 

 鬼太郎は足音を抑え、皆と同じ道を進んだ。

 

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