神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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小さな星の置き場所

第108話 小さな星の置き場所

 

 次に箱を動かしたのは、セドリックの方だった。

 

 鬼太郎が横へ回ろうとすると、その先で杖が待っている。

 

 足を出し切らず、反対へ離れた。

 

「エクスペリアームス!」

 

 赤い光が、さっきまで腕のあったところを抜ける。

 

 鬼太郎は全身金縛りを返した。セドリックも箱のそばに残らず、光を避けて横へ出た。

 

 低い木箱を挟み、二人が構え直す。

 

 向こうも、笑っていた。

 

 手合わせを終えてから、セドリックは箱の脇を指した。

 

「こっちへ回ると思ったんだけどな」

 

「杖が、そちらを向いていましたので」

 

「前なら、向いてても近づいてきたよ」

 

「それで、待たれることも覚えました」

 

 フリットウィックが、床の線を確かめた。

 

「同じ物を使っても、同じ順番で進むとは限りませんね。次は、箱を使わない方も選んでみましょう」

 

 その後も、鬼太郎が杖を奪える日と、先に奪われる日があった。

 

 外れたと思って足を止め、次を受けたこともある。キーノに図の向きを直され、負けた日の方が、帳面の余白を長く使った。

 

「箱が右へ来たのに、お前は最初、こっちへ出ただろ」

 

 彼女が左側へ指を置く。

 

 鬼太郎は、最後に逃げられた位置から描き始めていたことに気づいた。最初の足を左へ描き直すと、なぜ二度目の回避が窮屈になったかも、紙の上へ残った。

 

 前に通じたものが、もう一度通じるとは限らない。

 

 それを確かめる相手が、学校にはいた。

 

     ◆

 

 週末には、キーノと森へ戻った。

 

 学校外で輪に触れ、砦の門内へ降りる。発着場所から荷を出し、留守中の知らせを聞いてから、その日の予定を決めた。

 

 罠の話なら、誰が、いつ、どの道で見たものかを確かめる。

 

 ボグダンの受け取った時点と、見た者がそこを通った時点は、同じ欄には入れなかった。

 

 すぐ行く必要のない日には、北の白い石まで歩いた。

 

「グロブニクさん。今日は、いらっしゃいますか」

 

 声を掛け、外で待つ。

 

 一度は、返事がなかった。

 

 鬼太郎は石の向こうへ目を向けたが、探しに入らず引き返した。その日は砦の庭で、足を置く位置をキーノと確かめた。

 

 別の日には、黒い頭が木々の間から現れた。

 

「今度は、何を持ってきた」

 

「前と同じ杖です。使うところを、変えてみたいと思いまして」

 

 グロブニクは、細い木と鬼太郎の足を見た。

 

 使う力と終える合図を確かめ、許しを得てから中へ入る。

 

 軽い枯れ枝は、もう壁になるとは思っていなかった。根のそばへ低く動かし、前脚がそれを払うとき、自分も反対へ移る。

 

 だが、グロブニクは枝の上をまたぎ、頭をこちらへ向けてきた。

 

 鬼太郎は、大きく離れた。

 

 教室の箱と同じだけの時間を期待してはいけない。

 

 すぐ近づき直す代わりに、向こうが頭を戻すところを見て構え直す。ほんの短い間でも、肩を上げたまま走り続けるよりは、次の足を出しやすかった。

 

 それでも、距離を取れば安全になるわけではない。

 

 黒い身体は、その距離を潰す方へ踏み込んできた。

 

 鬼太郎は、次にどちらへ出るかを変えなければならなかった。

 

 息が荒くなったところで、追撃をやめた。

 

「今日は、ここまでにします」

 

 グロブニクが爪を下ろし、近づきかけた頭を止める。

 

 鬼太郎も杖を下げた。片方が言っただけでなく、相手も止まったのを見てから、離れて待つキーノの方へ戻った。

 

 人間相手でも、増えた呪文を使う機会はあった。

 

 罠を仕掛けていた男から杖を奪うと、鬼太郎は落ちた一本を追わず、腰へ下がる反対の手を見た。

 

 全身金縛りを当て、固まった身体へ近づく前に、サーシェスに残る持ち物を確かめてもらう。

 

 上着の内側に、二本目があった。

 

 男は、罠へ近づいた者を閉じ込めるための檻も隠していた。始末はサーシェスがつけ、回収した二本を別々に包む。

 

「今日は、火を使わなかったな」

 

「先に、杖へ届きましたので」

 

「もう片方も見てたか」

 

「ええ。動かなくなる前に、そちらへ手が行きました」

 

 鬼太郎は帰ってから、予備の杖、とある頁へ書き足した。

 

 持っていた場所は、同じではない。

 

 学校へ戻れば、次の授業と課題が待っていた。森へ帰れば、前と違う場所に落ち葉が溜まっている。

 

 その往復の間に、庭の枝が透け、朝の窓が白く曇るようになった。

 

     ◆

 

 クィレルは、教卓から教室を見ていた。

 

 生徒の前には、短い課題を書いた紙がある。

 

 暗い通路の先で物音がした。何がいるか分からないとき、まず確かめることを二つ挙げ、その理由を書く。

 

 キーノの紙には、出口、とあった。

 

「こっちが塞がっていたら、反対へ行くだろ。それだけじゃ足りないか」

 

 隣の鬼太郎が、紙へ顔を寄せる。

 

「反対へ行く途中に、物音のした方へ近づく場所はありませんか」

 

 キーノは、描いた通路の角を見た。

 

「……音を確かめる前に、そこを通ることになるな」

 

 彼女は出口の横へ、自分の位置、と足した。

 

 どちらが近いかだけではなく、そこまでの道が通れるかを確かめるため、と理由を添える。二つを別々の答えにしたところで、キーノはようやく羽根ペンを置いた。

 

 クィレルは二人の卓へ目を留めた。

 

 挙げるものの名前だけなら、ほかの生徒と大きく違わない。

 

 だが、あの二人は、向こうから何かが来るつもりで線を引いている。

 

 廊下で見た鬼太郎の姿が、脳裏へ戻った。

 

 右手の杖だけを見れば、左から違うものが来る。

 

 近頃はディゴリーと練習し、フリットウィックの指導を受けているという。あの夜に知った力が、そのまま止まっているとは思えなかった。

 

「そ、それでは、理由のところも忘れずに……」

 

 鬼太郎が顔を上げた。

 

 説明を聞く、穏やかな目だった。

 

 クィレルは教科書へ視線を戻す。

 

 本人が、あの夜の続きを尋ねに来ることはない。

 

 今は、それでよかった。

 

     ◆

 

 クリスマス休暇の話が増えると、談話室には荷物と帰りの汽車の相談が入り混じった。

 

 ハーマイオニーは、家へ持って帰る本を選んでいる。

 

 ロンは兄たちのいる方で話し、ハリーは暖炉に近い椅子へ残っていた。

 

「ハリーさんは、帰らないんですね」

 

「うん。ここにいたいんだ。君たちは?」

 

 鬼太郎は、隣のキーノを見た。

 

 彼女は窓に飾られた緑の枝へ顔を向けていた。リボンが一つ垂れ、下を通る生徒の髪に触れかける。

 

「私は、学校にいたい」

 

 尋ねる前に、彼女が答えた。

 

「大広間も、いつもと違うんだろ。どれぐらい変わるのか、見てみたい」

 

「では、今年は学校で過ごしましょう。森には、帰る予定が変わることを伝えておきます」

 

 ハリーの顔が明るくなった。

 

「じゃあ、一緒だね」

 

 キーノが頷き、鬼太郎も本を閉じた。

 

 森の者には、次に帰ったとき、休暇の予定を伝えた。

 

 ヴェリナと連絡の取り方を確かめ、既に話のついている受渡しは、そのまま当人たちで進めてもらう。ボグダンは日付の欄へ印をつけ、知らない品の話なら帰ってからだな、と言った。

 

 サーシェスにも、学校に残ると伝える。

 

「俺は、俺の仕事をする。お前らがいねえ間、ずっと門にいるわけじゃないぞ」

 

「ええ。お願いする仕事があれば、別に話します」

 

 グロブニクへも白石の外から知らせた。声に応じた相手へ、休暇中の予定を伝えるだけで、その日は戦わず戻った。

 

 学校で空く時間には、頼みたいことがあった。

 

     ◆

 

 校長へ面会を申し込むと、数日後の放課後を指定された。

 

 ダンブルドアは机の手紙を端へ寄せ、椅子を勧めた。

 

「二人とも、休暇は残るそうじゃな」

 

「はい。その前に、一つ報告したいことがあります」

 

 鬼太郎は、練習帳とは別に折っておいた紙を出した。

 

 箒の試合で、見たことだけを順に話す。

 

 クィレルの、ハリーが落ちるのを待っているように見えた目。

 

 人がぶつかり、クィレルが倒れたこと。

 

 その後で箒の動きが少し弱まり、さらに火が見えたこと。

 

「火をつけた瞬間は、見ていません。先生が何か唱えたところも、杖を使ったところもです」

 

 ダンブルドアは紙へ目を落とした。

 

「それでも、気に掛かったのじゃな」

 

「ええ。同じような顔を、前にも見ましたので。ただ、それだけで何をしたかまでは分かりません」

 

「この順番は、ほかの者にも話したかね」

 

「キーノさんには。二人で見たところを、確かめました」

 

 校長は、紙を机へ置いた。

 

「知らせてくれて、ありがとう。ここから先を確かめるために、君が先生へ近づく必要はない。わしが預かろう」

 

「分かりました。今のところ、こちらから何か尋ねるつもりはありません」

 

 鬼太郎は鞄へ手を戻した。

 

 その表情だけで犯人を決めてよいとは思わなかったが、聞いたことを、見なかったことにもできない。

 

 ダンブルドアは別の紙を重ねず、少年の報告を脇へ分けた。

 

「それで、もう一つの用件は?」

 

「休暇中に、また鍛錬を見ていただけませんか」

 

「そちらもあると思うておったよ」

 

 鬼太郎は、今度は帳面を開いた。

 

 杖で続ける時間が増えたこと。身体の方が遅れたこと。攻めるために作った間を、整えるためにも使い始めたこと。

 

 ダンブルドアは、足の位置を直した図へ目を留めた。

 

「フリットウィックは、よいところを見ておるな」

 

「はい。実際に動くと、自分で書いたとおりにはいきませんね」

 

「毎日は無理じゃが、時間を取れる日には見よう。前とは違う選び方も、確かめてみたい」

 

 鬼太郎の口元が上がった。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、祝いの日まで、朝から晩まで戦うつもりにはならんようにな」

 

「キーノさんと、食事やお祝いは一緒に過ごします。ほかの時間には、僕にも、キーノさんにも、したいことがありますので」

 

「うむ。それでよい」

 

 鬼太郎は帳面を閉じかけ、手を止めた。

 

「そのお祝いについても、一つ伺いたいんですが」

 

 ダンブルドアが、眼鏡の上から見た。

 

「まだ、何か戦うものが要るのかね」

 

「いえ。クリスマスには、贈り物をするんですね」

 

 校長の指が止まった。

 

「キーノさんへ、何か渡してみたいと思いまして。行事に合わせて選ぶのは、初めてなので」

 

 先ほどまで牙を避ける足の話をしていた子供が、同じ顔で、誰かを喜ばせる物を尋ねている。

 

 ダンブルドアは、椅子の背へ少し身体を預けた。

 

 キーノとの関係が、少年を学校へ結び留めるとは考えていた。

 

 その考えは、今もある。

 

 だが、使える結びつきが増えたからというだけで、この相談を嬉しく思ったわけではなかった。

 

「キーノが、普段何を喜んでおるか、考えてみるとよい」

 

 鬼太郎は談話室の卓を思い出した。

 

 分からない言葉のある頁へ紙を挟み、別の本を開く。戻るときには、挟んだ端を探す。

 

「本を読む時間は、楽しんでいるようです。以前、帳面を渡したときにも、喜んでくださいました」

 

「なら、栞はどうじゃろう」

 

 鬼太郎は自分の帳面から出ている紙片へ触れた。

 

「それなら、使っていただけそうですね」

 

「厚手の紙に細い紐を通すだけでも作れる。飾りをつけるなら、閉じた頁の外へ出るようにな。本の中へ、厚いものを押し込まんことじゃ」

 

 鬼太郎は空いた頁へ、細長い形を描いた。

 

 キーノの紺色の帳面へ添えるなら、同じ色も似合いそうだった。

 

「上へ、小さな星をつけてみましょうか」

 

「よいと思うぞ」

 

 ダンブルドアは、その線が紙の上へ増えていくのを見ていた。

 

 戦いへ向かう関心が消えたとは思わない。贈り物の相談をしたから、危うさを忘れてよいわけでもない。

 

 それでも、今はこの星の置き場所を、一緒に考えてやりたかった。

 

     ◆

 

 フリットウィックにも、次の練習の後で休暇中の相談をした。

 

 セドリックは家へ帰る予定だと話していた。

 

「先生にも、相手をお願いできますか」

 

 鬼太郎が尋ねると、先生は片づけていた紙を置いた。

 

「私に?」

 

「はい。セドリックさんと違う方が、どう向けてくるかも見てみたいんです」

 

「見るだけで、済ませるつもりはなさそうですね」

 

 鬼太郎は笑った。

 

 フリットウィックも、小さく笑みを返す。

 

「時間を合わせましょう。教えるための練習ですから、最初から長い決闘にはしませんよ」

 

「ええ。よろしくお願いします」

 

 キーノも、横から口を開いた。

 

「私も、動く相手への狙いを見てもらいたい。相手の足を見ようとすると、杖先が遅れることがある」

 

「では、その点も続けましょう。参加する日は、自分で決めて構いません」

 

 先生が時間を取れる日を示し、二人は帳面へ書いた。

 

 実際に先生の前へ立つのは、まだ先だった。

 

 鬼太郎は、書いた日付をもう一度見た。

 

 休暇を待つ理由が、増えていた。

 

     ◆

 

 その夜、キーノはハーマイオニーの隣で本を開いていた。

 

 鬼太郎は少し離れた卓へ座り、厚手の紙を広げた。

 

 最初に切った一枚は、下へ行くほど幅が広かった。定規を置き直し、次は端へ印をつけてから切る。

 

 自分の本へ挟み、上から出る長さを確かめた。

 

 紺色の本体へ穴を開け、紐を通す。

 

 その先につける星は、薄い紙を二枚貼り合わせた。片側だけでは、紐が引かれたときに折れそうだった。

 

 銀色にした面が乾くまで、卓の端へ置く。

 

 呪文を唱えれば、思った形の完成品が出るわけではない。切り口を直し、貼ったずれを押さえる間に、気をつけるところが見つかる。

 

 鬼太郎は、栞をもう一度本へ挟んだ。

 

 閉じようとして、手を止める。

 

 星の先が、まだ頁の間に残っていた。

 

 紐を少し長くすると、銀色の星だけが本の上へ出た。

 

 向こうの卓で、キーノが紙を一枚挟んで本を閉じる。

 

 あの端が、これに変わる。

 

 次に本を開くとき、彼女はまず紺色の紙へ触れ、星を脇へ寄せるだろう。

 

 鬼太郎は自分の作ったものを見た。

 

 渡したとき、どんな顔をするだろう。

 

 そう考えている間に、キーノが卓へ近づいていた。

 

「何をしてたんだ」

 

 鬼太郎は栞を紙で覆い、切り残しを寄せた。

 

「作るものが、少し」

 

「練習の道具か?」

 

「今日は、違います」

 

 キーノは、銀色のついた細い切れ端へ目を向けた。

 

 それから鬼太郎の顔を見たが、覆った紙へは手を伸ばさなかった。

 

「珍しいな」

 

「ええ。まだ、直すところがありまして」

 

「明日の課題は?」

 

「そちらは、済んでいます」

 

「なら、先に寝るぞ」

 

 鬼太郎は頷き、彼女が階段へ向かうのを見送った。

 

 紙をどけ、紐の長さをもう一度見る。

 

 今日は、これ以上短く切らずにおこう。

 

 包む紙を用意し、星が折れないよう、本体の横へ置いた。

 

 休暇には、二人の先生の前へ立つ日がある。

 

 その間に、キーノへこれを渡す日もある。

 

 鬼太郎は両方を楽しみに思い、卓の灯りの下で袋の口を閉じた。

 

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