神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

109 / 128
磨く手に、それぞれの空がある

 

第百八話 磨く手に、それぞれの空がある

 

 鬼太郎が談話室へ戻ると、キーノは窓辺の卓で教科書を開いていた。

 

 入ってきた彼を見つけ、羽根ペンを置く。

 

「どうだった」

 

「近づかないように、言われました」

 

 鬼太郎は向かいの椅子へ座った。

 

「教師の方たちが用意した罠で、生徒が力を試すためのものではないそうです。あの犬にも、そこでの役目があるのでしょうね」

 

 キーノは彼の顔を見た。

 

「じゃあ、戦う話は終わりか」

 

「今は、手を出す理由がありません」

 

「今は、な」

 

「何か起きた場合は別です。ただ、こちらから会いに行くつもりはありませんよ」

 

 鬼太郎が答えると、キーノは少し肩の力を抜いた。

 

「先に聞きに行って、よかったな」

 

「ええ。向こうのお仕事を壊してから、お話をするところでしたら、面倒になったでしょう」

 

 彼は鞄を下ろした。

 

 中から教科書と、授業で書いた紙を出す。

 

 キーノも自分の頁へ目を戻しかけたが、途中で手を止めた。

 

「何の罠なのかは、聞いたのか」

 

「そこまでは、教えていただいていません」

 

「気にならないのか」

 

「気になりますよ」

 

 鬼太郎は答え、教科書を開いた。

 

 教師たちが準備したという罠。

 

 その中へ置かれた、大きな犬。

 

 学校が何を隠し、そのために何を使っているのか。

 

 知りたいことの一つにはなった。

 

 ただ、今すぐ確かめるために、手元の課題を置くほどではなかった。

 

     ◆

 

 少し離れた卓で、ハリーがロンと話していた。

 

 ハーマイオニーも本を抱えて立っている。

 

 犬の話が出ると、彼女は向かいの椅子を引いた。

 

「何かを守っているのは、確かだと思うの。でも、あの下まで見に行くなんて駄目よ」

 

「行こうって言ってないだろ」

 

 ロンが答えた。

 

「何があるんだろうって話してるだけだよ」

 

「ハグリッドなら、あの犬のことも知ってるかな」

 

 ハリーが言う。

 

「学校にいる生き物だし、森番なんだから」

 

 鬼太郎は、開いた頁の端へ指を置いていた。

 

 三人とも、あの扉のことを忘れてはいない。

 

 考えを並べ、本を開き、話を知っていそうな者を挙げている。

 

 ある程度は、調べるだろう。

 

 彼らが知った頃に、何が分かったか尋ねればよい。

 

 今の自分には、その間に進められるものがある。

 

 鬼太郎は紙へ目を落とした。

 

 同じ呪文を唱えても、手の動きと結果が毎回揃うとは限らない。

 

 教師から教わった説明を、実際の動作へ直すところには、まだ時間が要った。

 

 小さな針を細かく整えることも、思ったとおりにはできていない。

 

 先に確かめたいものは、卓の上に並んでいた。

 

 キーノが彼を見た。

 

「あっちへ加わらないんだな」

 

「分かったことがあれば、後で伺いたいですね」

 

「お前は、今はこっちか」

 

「ええ。こちらには、直接教えてくださる方もいますから」

 

 鬼太郎は教科書へ目を戻した。

 

 キーノも羽根ペンを取る。

 

 向こうの卓では、ロンが何か言い、ハーマイオニーが首を振っていた。

 

 鬼太郎は三人へ調査を頼まず、彼らが話しているところへも入っていかなかった。

 

     ◆

 

 翌朝、大広間へ長い包みが運ばれてきた。

 

 何羽ものふくろうが、その重さを分けて持っている。

 

 ハリーは頭上を見た。

 

 包みは、こちらへ下りてくる。

 

 ロンが自分の皿を寄せた。

 

 食卓へ置かれると、近くの生徒たちまで身を乗り出した。

 

「君の?」

 

 ロンが尋ねる。

 

 ハリーは添えられていた手紙を開いた。

 

 マクゴナガルからだった。

 

 今夜、ウッドとの練習に持っていくこと。

 

 食卓では開けず、大切に扱うことも書かれている。

 

 ハリーは包みの形を見た。

 

 先生が手配すると言っていたものだ。

 

「箒だ」

 

 ロンの目が明るくなった。

 

「何の箒?」

 

「ニンバス2000だって」

 

 ロンは包みへ顔を寄せた。

 

 ハリーは手紙を畳み、包みの紐へ伸びかけた手を止める。

 

「ここで開けないようにって」

 

「そりゃ、みんな集まってくるよ」

 

 ロンは周りを見て言った。

 

 もう、向こうの席からこちらを見ている者がいる。

 

 キーノが包みの端を眺めた。

 

「横丁に飾ってあったのか」

 

「そう。あれだよ」

 

 ハリーが答える。

 

 鬼太郎も、紙の下の形へ目を向けた。

 

 箒を使えるようにはなっていない。

 

 それでも、訓練用に並んでいたものと、この新しいものがどう違うのかには、関心があった。

 

 ハリーは朝食を急いで終えた。

 

 ロンが立ち、包みの片側を持つ。

 

 鬼太郎とキーノも、食べ終えてから席を離れた。

 

     ◆

 

 大広間を出たところで、マルフォイが来た。

 

 長い包みを見て、歩く速さが変わる。

 

「箒か?」

 

 ハリーは包みを抱え直した。

 

「そうだよ」

 

「一年生は、自分の箒を持てないはずだろう。君だけ、規則を知らないのかな」

 

「先生が送ってくれたんだ」

 

 マルフォイは口元を歪めた。

 

「名前が有名だと、何でも許されるんだね」

 

 ロンが前へ出かける。

 

 そこへ、フリットウィックが廊下を歩いてきた。

 

 マルフォイはすぐに彼を呼び止めた。

 

「先生。ポッターが箒を持っています」

 

 フリットウィックは包みを見て、ハリーへ顔を向けた。

 

「ああ、届いたんだね。マクゴナガル先生から話は聞いているよ」

 

 マルフォイの顔が止まった。

 

「練習が始まるんだろう? 楽しみだね、ポッター」

 

「はい、先生」

 

 ハリーが答えた。

 

 フリットウィックは笑みを浮かべ、先へ進んだ。

 

 ロンが肩を揺らす。

 

 マルフォイは教師の背中を見てから、ハリーへ目を戻した。

 

「箒の上でなら、勝てるつもりなのか」

 

 ハリーの笑みが少し消える。

 

 真夜中の決闘を、相手も覚えている。

 

「これから、練習するんだよ」

 

 ハリーは言った。

 

 マルフォイは返事を待たず、クラッブたちの方へ戻っていった。

 

 鬼太郎は、ハリーの持つ包みへ目を向けた。

 

 昨日まで使えなかったものが、今日から使えるわけではない。

 

 だが、使えるものを、よりよい道具で磨く者はいる。

 

 ハリーの手が、包みを握り直していた。

 

     ◆

 

 寮へ戻って紙を外すと、磨かれた柄が現れた。

 

 ハリーは文字の刻まれたところへ指を寄せる。

 

 触れる前に、一度止めた。

 

 店の前で見上げたときには、自分がこれを持つとは思っていなかった。

 

 ロンが小枝の揃った先を見ている。

 

「すごいな。学校の箒とは、全然違う」

 

 キーノも覗き込んだ。

 

「持ってみてもいいか」

 

「うん」

 

 ハリーが渡すと、彼女は両手で柄を受けた。

 

 少し傾け、重さを確かめてから返す。

 

 鬼太郎も、許可を得て手に取った。

 

 傷のない表面と、手へ収まる形。

 

 飛ばそうとはせず、そのままハリーへ戻した。

 

「使い心地は、今夜分かりそうですね」

 

 ハリーは頷いた。

 

 まだ、授業へ行く時間だった。

 

 新しい箒を置き、鞄を持つ。

 

 部屋を出る前にもう一度振り返ると、寝台の上に、磨かれた柄が見えた。

 

     ◆

 

 呪文学の教室では、机の上へ小さな材料が配られた。

 

 折れた木片だった。

 

 キーノは二つの断面を見比べた。

 

 フリットウィックが、修復の練習について説明する。

 

「戻したい形を確かめてから、唱えてください。終わった後も、接ぎ目をよく見てごらん。つながったように見えても、ずれていることがあるからね」

 

 キーノは木片を机へ置いた。

 

 鬼太郎が扱っていた呪文だった。

 

 授業で習ったときの動きを思い出し、松の杖を出す。

 

「レパロ」

 

 片方が動いた。

 

 もう片方へ寄り、断面が触れる。

 

 キーノは少し身を乗り出した。

 

 接ぎ目の一方だけ、縁がずれていた。

 

「くっついたが、変だ」

 

 鬼太郎が隣から見た。

 

「割れた線が、途中でずれていますね」

 

「もう一回か」

 

「先生に、確かめていただきましょう」

 

 彼は自分の杖を差し出さなかった。

 

 キーノは手を上げた。

 

 フリットウィックが来て、木片を手に取る。

 

 彼女は、どこが気になったかを示した。

 

 教師は頷き、戻る形をもう一度見直すよう助言した。

 

 キーノは木目の線と、割れた端を見た。

 

 先ほどは、二つが寄ればよいと思っていた。

 

 元の一本では、どこが続いていたか。

 

 そこまで考えてから、もう一度唱える。

 

 接ぎ目が小さく動いた。

 

 キーノは指を近づけ、教師の許可を待ってから、そっと持ち上げた。

 

 今度は、縁が揃っていた。

 

「できた」

 

 声を落としたつもりだったが、少し弾んだ。

 

 鬼太郎が目を向ける。

 

「木目も、続いていますね」

 

 キーノは頷いた。

 

 もう一度、その線を確かめた。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、自分の木片へレパロを唱えた。

 

 二つが寄り、接ぎ目が戻る。

 

 この大きさなら、つなぐこと自体に時間はかからなかった。

 

 ただ、発声から戻り始めるまでには、僅かな間がある。

 

 その間、手はどこにあったか。

 

 終わった後、杖先がどちらを向いていたか。

 

 鬼太郎は紙へ短く記した。

 

 フリットウィックが、その手元を見る。

 

「つながった箇所も、確かめたかな」

 

「ええ。次に使うときにも同じように動かせるよう、手の位置を残していました」

 

「よいね。ただ、速く終わらせようとして、最後の確認を省かないこと」

 

 教師は木片を示した。

 

 鬼太郎は接ぎ目を見直す。

 

 浮いた縁はない。

 

 持ち上げても、離れなかった。

 

 結果を確かめてから、手順へ印を足す。

 

 隣では、キーノが自分の記録を書いていた。

 

 少し先でハリーも、戻った木片を見ている。

 

 ロンは教師を呼び、離れたままの断面を示した。

 

 成功した者も、しなかった者も、机へ戻って続きを確かめる。

 

 鬼太郎は杖を置いた。

 

 あの犬の強さは、まだ分からない。

 

 ここにある材料へ、自分の力がどう働いたかは確かめられる。

 

 今は、その違いだけで、どちらに時間を使うかを決められた。

 

     ◆

 

 夕方、ハリーは箒を持って城を出た。

 

 ウッドとの約束の時間が近づいている。

 

 競技場の観客席は、教室から見えたときよりずっと大きかった。

 

 高い輪が、空へ突き出している。

 

 ハリーは広い芝生へ入った。

 

 足元に、寝台の横で眺めたニンバス2000を置く。

 

 周りに、ほかの選手はいなかった。

 

 少しだけ飛んでみる。

 

 地面を蹴ると、箒はすぐに応えた。

 

 身体を前へ傾ける。

 

 風が顔へ当たり、観客席の柱が横へ流れた。

 

 学校の箒を動かしたときより、少ない動きで向きが変わる。

 

 ハリーは少し速度を落とした。

 

 新しい箒は、こちらが望んだところへ、思ったより早く来る。

 

 慣れるまでは、その違いも覚える必要がありそうだった。

 

 芝生の端で、ウッドが立ち止まっていた。

 

 大きな箱を持っている。

 

 ハリーは向きを変え、彼の近くへ降りた。

 

「早いね」

 

「少し、試してました」

 

 ウッドは箒とハリーの顔を見て、満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、今日は道具を見ながら、前に話したことを確かめよう」

 

     ◆

 

 箱の中には、形も大きさも違うボールが入っていた。

 

 ウッドは一つずつ示し、競技場の輪や、ハリーの立つ場所と結びつけて説明した。

 

 クアッフルを運ぶ者。

 

 輪を守る者。

 

 選手へ向かってくるブラッジャーを、打ち返す者。

 

 ハリーは黒いボールを留める金具へ目を向けた。

 

 中で動こうとしている。

 

 ウッドが扱いを見せる間にも、追ってくるものだということが、よく分かった。

 

 最後に、小さな金色のボールが現れた。

 

 銀色の羽が、細かく動いている。

 

「これを見つけて、相手のシーカーより先に捕まえる。君の役目だ」

 

 ハリーは目を近づけた。

 

 思い出し玉より、小さい。

 

 しかも、自分で動く。

 

 空で、ほかのボールや選手を避けながら、これを探すことになる。

 

 ウッドは得点と、捕まえたときに試合が終わることを説明した。

 

 ハリーは頷き、金色の光を見続けた。

 

「今日は、これを飛ばすのはやめておこう。暗くなったら、見失いかねない」

 

 箱が閉じられる。

 

 代わりにウッドが出したのは、小さな白いボールだった。

 

 ハリーには、見覚えがあった。

 

「ゴルフボール?」

 

「ああ。まずは、投げたものを追って捕まえるところからだ」

 

 ウッドは袋を持ち上げた。

 

 ハリーは箒へ手を伸ばした。

 

     ◆

 

 白い点が、ウッドの手を離れた。

 

 ハリーは箒を向けた。

 

 右へ出たと思った次の球は、少し低いところへ投げられる。

 

 身体を倒し、腕を伸ばす。

 

 指が球へ触れた。

 

 握ってから箒を起こす。

 

 ウッドが声を掛けた。

 

「よし。次は、反対だ」

 

 ハリーは球を戻し、また距離を取った。

 

 風が耳の横を抜ける。

 

 見つけたものへ、近づいていく。

 

 足元の芝生が遠くなっても、箒の支える感覚は残っていた。

 

 全て、同じように取れるわけではない。

 

 腕を伸ばすのが早すぎると、届かないまま球が下へ抜けた。

 

 ハリーは追って拾い、次には少し近づいてから手を出した。

 

 ウッドも投げ方を変えていた。

 

 ハリーが顔を向け直す前に、別の方向へ球を送る。

 

 見失いかけた白い点を見つけ、箒を返す。

 

 取れた。

 

 掌の中の硬い感触に、ハリーは笑った。

 

 真夜中の床では、脚が動かなくなった。

 

 呪文を唱えようとして、口が追いつかなかった。

 

 ここでは、見えたものへ身体を向けると、その先へ行ける。

 

 うまくいかない動きも、もう一度試せた。

 

 自分にできることが、一つずつ分かっていく。

 

 ハリーは球を握った手を上げ、ウッドへ向けた。

 

     ◆

 

 その頃、キーノは談話室で木片の図を描いていた。

 

 授業中に確かめた接ぎ目へ、小さな印をつける。

 

 鬼太郎が向かいから見た。

 

「直す前と後を、残しているのですか」

 

「ああ。明日になったら、どこがずれてたか忘れるかもしれないから」

 

 キーノは線を一本足した。

 

「お前がやると、すぐ戻ったな」

 

「この大きさは、何度も練習していますので」

 

「私は、まだこれからか」

 

「今日、揃えられたところは覚えておけますね」

 

 鬼太郎は彼女の図を見た。

 

 キーノは頷き、その横へ短く書き加える。

 

 ハリーとロンの席は空いていた。

 

 ハリーは競技場へ行き、ロンはまだ戻っていない。

 

 鬼太郎は自分の記録へ目を落とした。

 

 授業で教わった呪文には、使うものと、まだ扱いを確かめるものがある。

 

 名前を増やすだけでは、使いたいときに働くとは限らない。

 

 発声から手を動かし、結果へ届くまでを、もっと短く、揃えていく。

 

 それは、今夜も進められることだった。

 

 キーノの帳面を閉じる音がした。

 

「ハリー、うまく飛べたかな」

 

「戻ってきたら、聞いてみましょう」

 

 鬼太郎は答えた。

 

 犬の話も、学校が隠しているものも、忘れたわけではない。

 

 ただ、それを追う三人がいる。

 

 こちらは、今使う力を磨く。

 

 鬼太郎は読む頁へ指を置き、キーノと次の説明を確かめた。

 

     ◆

 

 練習が終わる頃には、ハリーの指が少し冷えていた。

 

 箒から下りると、両足に地面の重さが戻る。

 

 ウッドが道具を片づけながら、次の練習について話した。

 

 ハリーは頷いた。

 

 授業も宿題も、そのまま続く。

 

 そこへ、空で過ごす時間が加わる。

 

 箒を持ち上げ、城へ向かった。

 

 窓には、灯りが並んでいた。

 

 そのどこかで、ロンたちも過ごしている。

 

 戻ったら、今日のことを話そう。

 

 ハリーは握り直した柄へ一度目を向け、それから明るい入口へ歩いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。