第111話 二度確かめた宛名
窓の向こうを、白いものが横切っていた。
鬼太郎は毛布から顔を出し、雪が降っているのだと気づいた。授業の朝のように、廊下を急ぐ足音は聞こえない。
代わりに、隣で寝具が大きく動いた。
「ハリー、起きろよ。クリスマスだぞ」
ロンが寝台の上へ座っていた。
ハリーは眼鏡を探し、掛けてから、足元へ目を落とした。
大小の包みが、いくつも置いてある。
「……僕の?」
「ほかに誰がいるんだよ」
ロンは自分の包みを膝へ引き寄せ、鬼太郎にも顔を向けた。
「メリークリスマス」
「ええ。メリークリスマス」
鬼太郎も身体を起こした。
自分の寝台のそばにも、一つ包みがあった。
添えられた紙には、自分の名前が書かれている。その下の署名を見て、鬼太郎は少し目を開いた。
アルバス・ダンブルドア。
紙を開くと、深い青灰色のマフラーが出てきた。
厚みのある毛糸が、指の間で柔らかく沈む。広げると、首へ何度か回せる長さがあった。
カードには、学校で迎える最初のクリスマスへの祝いが記されていた。寒い日に外へ出るなら、首元を暖かくしておくように、とも。
最後の一行で、鬼太郎の指が止まった。
親戚からの贈り物として、受け取ってほしい。
校長室を訪ねると、いつも図の直すところや、次に試す課題を持ち帰る。
今日は、身体を暖めるものが届いた。
鬼太郎は首へ巻いてみた。
窓の近くで冷えていた襟元に、厚い毛糸が触れる。
「何だった?」
ロンが尋ねた。
「マフラーです。ちょうどよい日に、いただきましたね」
巻き終わりの端を直し、鬼太郎はカードをもう一度読んだ。
後で会ったら、礼を言おう。
そう決めて、折れないよう鞄の内側へ入れた。
◆
ハリーの包みからは、木の笛が出てきた。
削った跡が残っている。ハリーが添えられた紙へ顔を寄せ、口元を緩めた。
「ハグリッドからだ」
「吹いてみろよ」
ロンに言われ、ハリーは笛を持ち上げた。
短い音が、寝室の天井へ響く。
鬼太郎はその指先を見た。
自分の鞄にも、切って形を整えたものが入っている。相手の手へ渡ると、こんなふうに使われるのだろうか。
ハリーが次の紙を外すと、小さな硬貨が掌へ落ちた。
「ダーズリー家から」
声の調子が、少し変わった。
ロンは覗き込み、珍しそうに尋ねる。
「マグルのお金か?」
「五十ペンス。欲しい?」
「いいのか?」
ハリーが頷くと、硬貨はロンの手へ移った。
次に現れたものは、深い緑色のセーターだった。
ハリーが袖を持って広げる。ロンは自分の包みを開き、見慣れた色らしい毛糸を見て顔をしかめた。
「母さんだ。お前のも編んだんだな」
「僕のも?」
ハリーは、セーターとロンを見比べた。
「休暇もここに残るって、話したからだと思う。母さん、放っておけないんだよ」
ロンは、同じ包みに入っていた菓子を取った。
ハリーは服をすぐには置かなかった。
もう一度広げ、首のところを確かめ、それから頭を通す。
「どうかな」
「いいんじゃないか。僕のは、またこれだけど」
ロンも自分の胸へセーターを当てた。
「暖かそうですね」
鬼太郎が言うと、ハリーは袖を引き、頷いた。
「うん。暖かい」
鬼太郎は自分のマフラーの端へ触れた。
同じように寒さを防ぐものでも、包みを開いた後の顔は、それぞれ違っていた。
◆
最後の包みから滑り出た布へ、鬼太郎の目が留まった。
銀色のように光る、薄いものだった。折り重なっていても、厚みの境がはっきりしない。
ロンが、菓子を持つ手を止めた。
「それ、透明マントじゃないか?」
「透明マント?」
「被ると見えなくなるんだ。すごく珍しいんだぞ。着てみろよ」
ハリーが肩へ掛けた。
緑のセーターが、消えた。
鬼太郎は身体を起こした。
寝台の前には、ハリーの顔だけが浮いている。その下の胴も、布を持っているはずの腕も見えなかった。
「本当だ!」
ロンが寝台から降りる。
ハリーは頭まで布を引き上げた。
顔も、なくなった。
鬼太郎は視線をずらした。向こうの寝台の脚も、床の継ぎ目も、そのまま見える。
隠れた身体の縁を探しても、布の端すら分からない。
「少し、歩いてみていただけますか」
頼むと、床板が鳴った。
次の足音が、右へ移る。
姿は、どこにも出なかった。
「動いても、同じなんですね」
「僕がどこにいるか、分かる?」
「足音のした方なら。ただ、身体の向きまでは分かりません」
鬼太郎は答え、笑った。
面白い道具だった。
見えない相手の杖は、どこを向いているのか。布の中から呪文を使えるなら、どう確かめればよいのか。
考えかけたが、黒檀へ手は伸ばさなかった。
今朝の贈り物を、試合の道具として頼まれたわけではない。
マントの縁が持ち上がり、ハリーの顔が戻った。
「自分の足も見えなかった」
「誰からだ? カードは?」
ロンに聞かれ、ハリーが包装紙の間を探す。
一枚の紙があった。
読んでいた顔が、止まった。
「父さんのものだったって……」
鬼太郎はマントから目を離し、ハリーを見た。
今まで預かっていたものを返す、という内容らしい。差出人の名前はなく、役立ててほしいという言葉が添えられていた。
「お父様が、使っていらしたんですね」
「うん。そう書いてある」
ハリーは紙を読み直した。
銀色の布を掴む手が、少し強くなる。
鬼太郎には、働き方をもっと知りたい気持ちがあった。
だが、今すぐ借りる理由はなかった。
ハリーは自分でマントを畳み直し、紙を上へ置いた。
「誰が持っていたんだろう」
ロンも、紙の隅を見た。
署名はない。
鬼太郎のカードには名前があったが、こちらには、父親から続いてきた品だということだけが残っていた。
ハリーは布をしまう前に、もう一度広げた。
今度は、被らなかった。
膝の上で銀色の折り目を伸ばし、紙と一緒に置き直す。その間は、ロンも新しく試せとは言わなかった。
寝室の扉が開き、フレッドとジョージが入ってくる。
セーター姿の二人を見るなり話し始め、ロンが言い返す。寝室には、さっきまでとは違う賑やかな声が増えた。
鬼太郎は着替えを済ませ、鞄の奥から、小さな包みを取り出した。
◆
キーノは、談話室の窓際にいた。
腕には、葡萄色のマフラーが掛かっている。
毛糸の端を指で撫で、窓に映る色を見ていた。
朝、寝台のそばで包みを見つけたときには、すぐに手を出せなかった。
自分の名前がある。
もう一度、確かめた。
見世物小屋では、客が子供へのクリスマスの贈り物を話すことはあった。自分のところへ、その日の包みが届いたことはない。
誰かのものを、自分のそばへ置かれたのではないか。
宛名を見てもそう考え、二度読んでから、ようやく紙を開いた。
中には、自分が暖かく過ごすためのものが入っていた。
添えられたカードには、ダンブルドアの名前があった。
祝いの言葉と、寒さに気をつけて過ごすようにという言葉。
その後には、短い願いもあった。
鬼太郎が間違った道へ進みそうなときには、友達として声を掛け、止めてやってほしい。
キーノは、その行も読み直した。
戦う鬼太郎の顔を、知っている。
もう終わらせられるのに、次を使わせたくて待っていたこともあった。
そのとき、声は掛けた。
これからも、よくないと思えば言うつもりだった。マフラーを貰ったから、初めてそう決めるわけではない。
友達として、という言葉が残った。
彼と同じものを見て、同じ方へ行くことだけを、求められてはいなかった。
キーノは毛糸を腕へ戻した。
嬉しいとき、どういう顔で階段を下りればよいのか分からず、部屋で一度鏡も見た。
今は、窓の雪を見ている。
背後で、男子寮の階段を下りる音がした。
◆
「朝から、ずいぶん騒いでたな」
振り向いたキーノが言った。
鬼太郎は隣へ立ち、彼女の腕にあるものへ目を向ける。
「そちらも、贈り物ですか」
「ああ。先生から。学校で迎える最初のクリスマスだからって」
「ダンブルドア先生ですね。僕にもくださいました」
鬼太郎が首へ巻いた青灰色を示すと、キーノは色を見比べた。
「お前のは、そっちの色か」
「ええ。後で、お礼を言おうと思います」
「私も行く」
彼女はマフラーを抱え直し、鬼太郎の手元を見た。
「それも、届いたものか」
小さな包みだった。
「いえ。これは、僕からです」
鬼太郎は差し出した。
「メリークリスマス、キーノさん」
彼女は、すぐには取らなかった。
宛名の紙を見て、それから鬼太郎の顔を見る。
「私に?」
「はい。渡してみたいものがありまして」
鬼太郎は、包みを持つ指の位置を少し変えた。
自分の本で使うところは、何度も確かめた。
だが、気に入るかどうかは、彼女にしか分からない。
「開けても、いいのか」
「もちろん」
キーノはマフラーを卓へ置き、両手で包みを受け取った。
折り目を一つずつ開く。
端が引っ掛かると、キーノは力を入れず、反対側から指を入れた。
鬼太郎は手を出さなかった。
開ける相手が、ここにいる。
自分で確かめてきた順番とは違っても、急ぐところではなかった。
紺色の厚紙が現れ、細い紐の先で、銀色の星が動いた。
キーノは星を掌へ載せた。
「栞か」
「ええ。本を読むときに、使っていただけるかと」
彼女は裏へ返し、紙の端を見た。
「お前が、作ったのか」
「はい。飾りは、本の外へ出るようにしました。中に挟むところは、できるだけ薄く」
キーノの指が、星の小さな角を撫でる。
貼り合わせた端には、僅かなずれが残っていた。
「星を二枚、同じ形に切ったつもりだったんですが。そこは、少し揃いませんでしたね」
「言わなきゃ、そんなところまで見なかったぞ」
キーノが顔を上げた。
鬼太郎は、それ以上説明しようとしていた口を閉じる。
彼女は星を下ろした。
紐の先で、小さく揺れる。
「……ありがとう。使う」
いつもより、静かな声だった。
キーノは卓に置いてあった本を取った。昨日の紙片を抜き、その頁へ紺色の栞を入れる。
閉じると、銀色の星が表紙の上へ出た。
鬼太郎は、その手を見ていた。
「長さは、ちょうどよさそうですか」
「ああ」
彼女が、もう一度本を開く。
読みかけの頁だった。
「ここから、読める」
紙に残していた場所を、今は自分の作ったものが示している。
鬼太郎は、少し息を吐いた。
使える形には、なったらしい。
「そんなに見なくても、ちゃんと使うぞ」
「ええ。実際に使っていただくところを、見てみたかったんです」
鬼太郎は笑った。
キーノは本を抱え直し、星を引っ掛けないよう指で押さえる。
「私は、何も用意してない」
「渡したかったのは、僕ですから」
彼女はしばらく顔を見てから、頷いた。
「そうか」
包装紙もすぐには捨てず、宛名の紙と一緒に畳んだ。
「朝ご飯に行こう。ロンたち、先に食べてるぞ」
「それは、急ぎましょう」
鬼太郎は、隣へ並んだ。
◆
階段を下りながら、鬼太郎はハリーへ届いたマントのことを話した。
被ったところだけ姿が消え、歩いても身体は見えなかったこと。けれど、足音は残ったこと。
「そんなものも、あるのか」
「ええ。ご自分の足も、見えなかったそうです」
「じゃあ、段差のところは気をつけないとな」
キーノは答え、腕の本を持ち直した。
大広間には、いつもより少ない生徒が座っていた。
それでも、卓の間が寂しく見えることはなかった。飾られた木々が光り、皿の匂いが入口まで届く。
ハリーが顔を上げ、二人へ手を振った。
「キーノも、何か貰った?」
「ああ。先生から、マフラーと」
彼女は少し間を置き、本から出た星へ目を下げた。
「鬼太郎から、これを」
ハリーが覗き、ロンもパンを取る手を止めた。
「作ったの?」
「ええ。本を読むところで、使えそうでしたので」
「いいじゃないか。ハグリッドの笛も、手作りだよ」
ハリーが言う。
鬼太郎は頷き、自分の皿を寄せた。
透明マントの話は、その席では続けなかった。
父親のものだという紙を読んだハリーの顔を、覚えていた。
今は、ハリーが袖を見せ、キーノがその色を褒めている。
ロンは自分のセーターへ不満を言いながら、皿には次のものを取っていた。
鬼太郎も料理へ手を伸ばした。
キーノの本は卓の端に置かれ、銀色の星がパンの籠のそばで光っていた。
彼女は食べ終えると本を開き、栞を脇へ出した。次に閉じるときには、数頁先へ挟み直す。
鬼太郎が確かめたのは、読み始める場所を残せるかどうかだった。
今は、彼女の読んだところへ合わせて、星の位置が変わっていた。
それを見ると、もう長さを尋ね直す必要はない気がした。
◆
昼の食事には、さらに多くの皿が並んだ。
キーノは初めて見るものを少しずつ取り、隣の皿を覗いて尋ねた。
「それは、甘いのか」
「今、確かめるところです」
鬼太郎が口へ運ぶと、思っていたより甘かった。
そう伝えると、キーノも小さく切って取った。
ロンが別の料理を勧め、ハリーは取れるだけ全部載せると味が混じるぞ、と笑う。
教職員の卓で、ダンブルドアが賑やかな飾りをつけていた。
先日は、鬼太郎の通る地面を、一つずつ変えていた人だった。
今は隣の教師へ何か言い、同じ顔で笑っている。
鬼太郎の視線に気づくと、校長が杯を少し上げた。
鬼太郎も、自分の杯を持った。
隣では、キーノが卓の端から本を寄せた。
飾りが皿へ触れないところへ置き直し、星の紐を指で揃える。
ダンブルドアの目が、一瞬そこへ留まった。
何も尋ねず、また隣へ顔を戻す。
鬼太郎は食事を続けた。
食後、二人は卓を離れた校長へ近づいた。
「マフラーを、ありがとうございました」
鬼太郎が言うと、キーノも隣で頭を下げた。
「私にも。色も、気に入りました」
「二人とも、届いたようじゃな。具合はどうかの」
「暖かいです。外へ出るときに使わせていただきます」
「私も、大事に使います」
キーノが添えると、ダンブルドアは柔らかく笑った。
「よいクリスマスを。雪で濡れたら、後でよく乾かすのじゃぞ」
「ええ。先生も」
鬼太郎は答え、キーノと並んで戻った。
彼女の腕では、葡萄色の毛糸と、紺色の栞を挟んだ本が重なっていた。
自分の鞄の奥に、小さな包みはもうない。
鬼太郎は空いた手を少し動かし、隣を歩く彼女の足へ歩幅を合わせた。