神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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次の一手が、日々を照らす

 

第百二十話 次の一手が、日々を照らす

 

 夕食を終えて談話室へ戻ると、鬼太郎は暖炉から少し離れた卓へ帳面を開いた。

 

 最後の頁には、フリットウィックの教室で書いた文字が並んでいる。

 

 武装解除のとき、手首が上がる。

 

 動く相手を追うと、杖の振りが大きくなる。

 

 リクタスセンプラが当たっても、相手は止まらなかった。

 

 鬼太郎は、その最後の一行へ指を置いた。

 

 セドリックの肩は揺れた。

 

 だが、足は動いた。

 

 鬼太郎が次の呪文を唱えようとしたときには、もう杖を向け直していた。

 

 あの返し方を、自分でもやってみたい。

 

 そして、次は返される前に、別の動きへ繋げたい。

 

 鬼太郎はペンを取った。

 

 隣へ座ったキーノが、自分の帳面を開く。

 

「解く方も、忘れないようにしないとな」

 

「ええ。先生に教わった発音を、先に確かめましょうか」

 

 二人は杖を鞄へ収めたまま、帳面へ目を落とした。

 

 キーノが小さく呪文を口にする。

 

 鬼太郎も続けた。

 

 窓際の椅子では、ロンが分厚い本を膝へ載せていた。

 

 何頁か捲り、止まり、眉を寄せる。

 

 ハリーはその隣で、別の本の目次を追っている。

 

「こっちは、やっぱり違うよ。フラメルなんて、どこにもない」

 

「最後まで見てから言って」

 

 ハーマイオニーが答えた。

 

「人物について書いてある章は、まだあるでしょう」

 

「この字の小ささ、見てよ」

 

 ロンが本を持ち上げる。

 

 鬼太郎は、その背表紙へ目を向けた。

 

「誰かを探しているんですか」

 

     ◆

 

 ハリーが顔を上げた。

 

「ニコラス・フラメルっていう人。知ってる?」

 

「いいえ。初めて聞く名前ですね」

 

 鬼太郎はペンを置いた。

 

 ハリーは、ハグリッドの小屋で聞いた話をした。

 

 三階にいた犬は、フラッフィーという名前だったこと。

 

 ハグリッドが学校へ連れてきたこと。

 

 その犬の下にある何かを、ダンブルドアとフラメルが守っているらしいこと。

 

 鬼太郎は最後まで聞き、三人の本を見た。

 

「それで、その方が何をしている人なのか、調べているんですね」

 

「それが分かれば、隠してるものも分かるかもしれないだろ」

 

 ロンが答えた。

 

「スネイプが何を盗もうとしてるのかも」

 

 キーノが、帳面から顔を上げた。

 

 鬼太郎の方を見たが、何も言わなかった。

 

 鬼太郎は、ロンの言葉をそのまま受け取らず、ハリーへ目を戻した。

 

「あの金庫から運ばれたものを、今は学校で守っている、と」

 

「うん。ハグリッドは、何を守ってるか教えてくれなかったけど」

 

 ハリーの指が、開いた本の角を押さえた。

 

「誰かが盗もうとしてるのは、間違いないと思うんだ」

 

 鬼太郎は、少し黙った。

 

 金庫が空になった後の侵入。

 

 トロールと、廊下にいた悪魔。

 

 ハリーへ向いていた、クィレルの目。

 

 それぞれが、どこまで繋がっているかは分からない。

 

 しかし、何も起きずに終わるとは思えなかった。

 

 狙うものがあるのなら、狙う者は動く。

 

 前の試みが失敗しても、諦めるとは限らない。

 

 教師が守っている場所だ。

 

 そこへ手を伸ばす相手を、今の自分が止められるだろうか。

 

 ダンブルドアの杖の前で、何度も防がれた攻撃を思い出す。

 

 あの方が警戒する相手なら、簡単ではない。

 

 鬼太郎はハーマイオニーへ顔を向けた。

 

「グレンジャーさん。分かったことがあれば、僕にも教えていただけますか」

 

 彼女は本から目を離した。

 

「あなたも、気になるの?」

 

「ええ。ただ、僕が同じ本を探すより、あなたにお願いした方がよさそうです」

 

「どうして?」

 

「汽車の中で、入学前から本を読んで、呪文を練習していたと聞きましたね。授業でも、分からないところをそのままにしないでしょう」

 

 ハーマイオニーの指が、頁の上で止まった。

 

 鬼太郎は続けた。

 

「一冊に載っていなくても、次を調べられる方ですから。見つけたことを聞かせていただきたいんです」

 

「……もちろん、見つかったら話すわ」

 

 彼女は答え、本を少し持ち直した。

 

「でも、あなたは何をするつもり?」

 

「僕は、それまでに力をつけておこうと思います」

 

 ロンが鬼太郎の帳面へ目を向けた。

 

「今日も、呪文の練習に行ってたんだろ?」

 

「ええ。そこで、できないことが幾つも見つかりました」

 

 鬼太郎は帳面を軽く閉じた。

 

「何かしら、また動きが起きる気がします。そのとき、何が相手になるかは分かりませんが。今より強くなっていなければ、対処できないかもしれませんね」

 

 ハリーが、鬼太郎を見た。

 

「何かあったら、戦うってこと?」

 

「必要になれば。ただ、何が起きたかも分からずに杖を向けても、困ります。ですから、調べて分かったことは、教えてください」

 

 ハーマイオニーが頷いた。

 

「分かったわ。でも、三階へ勝手に入ったりしないでね」

 

「今は、そのつもりはありません」

 

「僕たちだって、また犬のところへ行きたいわけじゃないよ」

 

 ロンが言う。

 

 ハリーも頷いた。

 

 鬼太郎は帳面を開き直した。

 

 ハーマイオニーは次の章へ進み、ロンは小さな字へ顔を近づけた。

 

 暖炉で薪が崩れた。

 

 鬼太郎は、武装解除の名称へ新しい線を引いた。

 

     ◆

 

 セドリックがチョウと会ったのは、その翌日だった。

 

 授業を終えた廊下で、窓辺へ寄った彼女が手を上げる。

 

 セドリックは歩みを速めた。

 

「待った?」

 

「そんなに。あなた、今日はずいぶん機嫌がいいのね」

 

 チョウが言った。

 

 セドリックは、自分の頬へ一度触れた。

 

「そう見える?」

 

「会ったときから笑ってる。何かいいことでもあったの?」

 

「昨日、フリットウィック先生に、呪文の練習を見てもらったんだ」

 

「それで?」

 

「一年生と、少し手合わせもしてね」

 

 チョウが眉を上げた。

 

「一年生?」

 

「グリフィンドールの、墓場鬼太郎。前に、練習しないかって誘った子だよ」

 

 二人は、廊下をゆっくり歩き始めた。

 

 セドリックは、最初の武装解除を避けられたときのことを話した。

 

 次に、どちらへ動くかを見て立つ位置を変えたこと。

 

 それに気づいた鬼太郎が、逆に近づいてきたこと。

 

 話すうちに、自分の右手が少し動いていた。

 

 チョウが、その手を見て笑う。

 

「今も、やり直してるの?」

 

「ああ……そうかもしれない」

 

 セドリックは手を下ろした。

 

「こっちが何をしようとしてるか、よく見てるんだ。呪文はまだ少ないけど、近づかれると、何を使ってくるかより、いつ使ってくるかが気になった」

 

「あなたが勝ったの?」

 

「最後は、僕が杖を取ったよ。でも、その前にくすぐりの呪文を当てられた」

 

 セドリックの口元が緩む。

 

「笑いそうになってる間に、次の杖が向いてた。もう少し強く掛かっていたら、うまく返せなかったと思う」

 

「勝った話なのに、ずっと相手の話をしてるのね」

 

 チョウが言った。

 

 セドリックは一瞬黙り、それから笑った。

 

「そうだね。思っていたのと、違ったからかな」

 

 窓の向こうへ目を向ける。

 

 昨日、教室へ行くときには、まず呪文を覚える手伝いができればと思っていた。

 

 それもできた。

 

 だが、終わってみれば、自分が考えることも増えていた。

 

「次は、同じようには近づかせないつもりなんだ」

 

「もう次のことを考えてる」

 

「向こうも、考えてると思うよ」

 

 杖を取られた後の、鬼太郎の顔が浮かんだ。

 

 負けたのに、次に使う呪文を尋ねたくなるような顔だった。

 

 チョウはセドリックを見上げた。

 

「よかったわね。楽しい相手が見つかって」

 

「うん」

 

 セドリックは頷いた。

 

 その返事にも、笑みが残っていた。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、翌日の授業で羽根を浮かせながら、杖を握る指へ目を落とした。

 

 余計な力を入れれば、手首も固くなる。

 

 武装解除で直されたことは、別の呪文でも同じだった。

 

 隣では、キーノの羽根がゆっくり持ち上がっていた。

 

 彼女は羽根を見上げ、それから床へ戻す。

 

 鬼太郎も、同じ高さから降ろした。

 

 早く終わらせて、別のことを始めるつもりはなかった。

 

 使える呪文を、思ったとおりに使う。

 

 先日の手合わせでは、それが足りなかった。

 

 授業の終わりに、二人はフリットウィックへ自主練習について尋ねた。

 

 先生は時間を確かめ、教室を使える日を決めた。

 

「人形を使う練習だけですよ。人を相手にするのは、私が見られるときに」

 

「はい」

 

「先に宿題を済ませること。それと、できなかったところを覚えておきなさい。次に、一緒に直しましょう」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

 その日のうちに宿題を終え、帳面を開いた。

 

 練習に持っていく頁には、セドリックの立っていた位置を、小さな印で残した。

 

     ◆

 

 数日で、二つの呪文は手に馴染み始めた。

 

 最初は詠唱の途中で気にしていた手首も、繰り返すうちに、終える位置が分かってくる。

 

 人形の棒を奪う。

 

 目を相手へ残す。

 

 次の場所へ足を置く。

 

 鬼太郎は、そこまでを一度の練習にした。

 

 まだ二つを続けて使おうとすると、急いだ声が発動を乱す。

 

 そのときには、一つずつへ戻した。

 

 セドリックの杖が来たとき、自分はどこにいたか。

 

 次に同じ位置へ追われたら、どちらへ出るか。

 

 床へ描いた印の前で構えるたび、相手の姿が浮かんだ。

 

「エクスペリアームス」

 

 棒が飛ぶ。

 

 鬼太郎は、それを追わずに横へ動いた。

 

 人形の肩を見る。

 

 今の動きなら、次の呪文を使うための時間が、少し残る。

 

 鬼太郎は杖を下ろして笑った。

 

 キーノは、自分の練習の合間に、その顔を見ていた。

 

 ハリーたちへ話したことは、嘘ではないのだろう。

 

 何か起きる前に、強くなっておく。

 

 あの箒を見てから、知らない呪いについて読む時間も増えた。

 

 けれど、今の笑顔には、それだけでは足りない。

 

 セドリックへもう一度杖を向けることを、楽しみにしている。

 

 失敗しても、帳面へ戻るのが早い。

 

 上手くいけば、すぐに次の動きを試したくなる。

 

 戦える相手が一人できただけで、こうも練習が捗るものなのか。

 

 キーノは、少し呆れた。

 

 まあ、鬼太郎らしい。

 

 そう思ったが、声には出さなかった。

 

 自分も、棒を握った人形へ向き直る。

 

「エクスペリアームス」

 

 赤い光が手へ届いた。

 

 棒が床へ落ちる。

 

 キーノはその音を聞きながら、鬼太郎に倣って人形へ目を残した。

 

     ◆

 

 次にフリットウィックが二人の動きを確かめたとき、鬼太郎の棒は、最初の一回で飛んだ。

 

 先生が人形へ拾い直させる。

 

 鬼太郎は、少し違う位置からもう一度使った。

 

 同じように、棒が手を離れる。

 

「ええ。前より、杖先が落ち着きましたね」

 

 先生は言った。

 

「急いで振り終えようとする動きが、減っています」

 

「ここで大きく振ると、次の構えが遅れますので」

 

 鬼太郎は自分の右手を見た。

 

「ディゴリーさんの呪文が来ると、戻すのが間に合いませんでした」

 

 フリットウィックの口元が上がった。

 

「よく覚えていましたね。では、全身金縛りも」

 

 鬼太郎が対象を変える。

 

 人形の腕と脚が揃い、敷物へ倒れた。

 

 解除まで終えると、先生はキーノにも同じ練習をさせた。

 

 キーノの武装解除は、一本目を落とした後、二本目で外れた。

 

 先生が構えを確かめ、彼女はもう一度使った。

 

 今度は飛んだ。

 

「直す場所が、自分でも分かるようになってきましたね」

 

 キーノが頷く。

 

「外れたとき、手が下がってた」

 

「そのとおりです。そこへ気づければ、次を同じように外さずに済みます」

 

 先生は二人の記録を見た。

 

 鬼太郎の頁には、最初の日よりも、失敗した理由が細かく残っていた。

 

 フリットウィックは、その文字を静かに読んだ。

 

     ◆

 

 セドリックとは、階段の踊り場で会った。

 

 鬼太郎とキーノが上がっていくと、向こうから本を抱えた彼が降りてくる。

 

「練習してきたところ?」

 

「ええ。先生に見ていただきました」

 

「二つとも、使えるようになった?」

 

「止まった相手なら、前よりは。ただ、ディゴリーさんに当たるかは、まだ分かりません」

 

 セドリックが笑った。

 

「じゃあ、僕も動き方を考えないとね」

 

 鬼太郎は手すりの脇へ寄った。

 

「この前、僕が近づいたとき、すぐ後ろへは下がりませんでしたね」

 

「下がり続けたら、追いかけやすいと思ったんだ。横へ動けば、君も杖の向きを変えるだろうから」

 

「なるほど」

 

「こっちも聞いていい? 最後、僕が唱える前に動いたのは、何を見てたの?」

 

「肩です。杖を向ける前に、少し動きますので」

 

 セドリックは、自分の肩へ目を落とした。

 

「……そうか。自分では、気づいてなかった」

 

「次には、違うかもしれませんね」

 

 鬼太郎が言うと、セドリックは顔を上げた。

 

「同じままには、しておけないね」

 

 二人の間で、短い笑いが重なった。

 

 キーノはその横で、通りかかる生徒のために鞄を引いた。

 

 前の手合わせが終わってから、まだ数日だ。

 

 もう二人とも、次の相手を変えようとしている。

 

 鬼太郎は帰ったら、今聞いたことも書き足すのだろう。

 

 キーノは口を挟まず、セドリックの説明を聞いていた。

 

     ◆

 

 その夜、フリットウィックは、教卓の答案を片づけてから古い引き出しを開けた。

 

 綴じ紐の色が褪せた書類を取り出す。

 

 決闘クラブ。

 

 表紙を開くと、かつて使っていた練習の記録があった。

 

 参加者の名前。

 

 使わせる呪文。

 

 組み合わせを変えた理由。

 

 フリットウィックは、ある頁で手を止めた。

 

 昔の自分が、余白へ書いた注意が残っている。

 

 勝つことばかり急ぐ生徒には、発動前の動きを見直させる。

 

 負けることを恐れる生徒には、何ができたかも伝える。

 

 先生は眼鏡を上げた。

 

 ディゴリーは、知らない動きをされても、相手を見ることをやめなかった。

 

 墓場は、杖を取られた後、その理由を自分の練習へ持ち帰った。

 

 キーノも、成功した一回を喜ぶだけで終わらず、次に同じ動きをするための確認をしていた。

 

 今日の二人には、その成果が出ている。

 

 特に墓場の上達は、最初の日から見て、はっきり分かった。

 

 次に相手へ向けるために練習する。

 

 練習したものを、相手の動きの中で確かめる。

 

 そこで見つけた課題を、また持ち帰る。

 

 あの子には、その繰り返しがよく合っている。

 

 フリットウィックは書類の下へ、新しい紙を置いた。

 

 三人だけで続けるにも、教える時間は決めなければならない。

 

 クラブとして再開するのなら、もっと多くの生徒を見て、組み合わせを考える必要がある。

 

 場所も、ほかの教師との相談も要るだろう。

 

 先生はペンを持った。

 

 すぐに活動を始めると書くことはしなかった。

 

 まず、今の時間で何人まで指導できるか。

 

 自分の予定を確かめ、次に、古い練習表へ目を戻す。

 

 あの教室で交わされた短い攻防を思い出した。

 

 赤い光を避ける足。

 

 それを追う杖。

 

 終わった後にも、相手へ向いていた二人の目。

 

 フリットウィックは、紙の最初へ一行を書き込んだ。

 

 決闘クラブ再開について。

 

     ◆

 

 談話室では、鬼太郎が帳面を閉じたところだった。

 

 セドリックから聞いたことを、先日の記録へ足してある。

 

 次に向かい合ったとき、同じ肩の動きがあるとは限らない。

 

 そこだけを待てば、別の動きを見落とす。

 

 鬼太郎は、最後の一行を読み返してからペンを収めた。

 

 キーノは隣で、宿題の最後の文を書き終えた。

 

「私は、もう寝る」

 

「ええ。僕も片づけます」

 

 鬼太郎は本を揃えた。

 

 少し離れた卓では、ハーマイオニーが、フラメルの名前を書いた紙を本へ挟んでいた。

 

 今夜も、見つからなかったらしい。

 

 それでも、返す本と、次に調べる本を分けている。

 

 鬼太郎はその手を見て、自分の帳面を鞄へ入れた。

 

 何が待っているかを知るための頁。

 

 それへ向き合う力をつけるための頁。

 

 どちらも、まだ埋めるところがある。

 

 立ち上がった鬼太郎の口元には、薄い笑みが残っていた。

 

 キーノはそれを見てから、暖炉へ顔を向けた。

 

 備えることと、次の戦いを楽しみにすることが、彼の中では自然に並んでいる。

 

 呆れる気持ちは、まだ少しあった。

 

 けれど、教室で杖が飛んだ後も笑っていた顔を思い出すと、今夜の上達も分かる気がした。

 

「おやすみ、鬼太郎」

 

「おやすみなさい、キーノさん」

 

 鬼太郎は鞄を持ち、男子寮へ続く階段へ向かった。

 

 明日の練習では、最初の一回から、今日直した動きで使ってみる。

 

 その先に、セドリックの杖があった。

 

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