第122話 暖炉の卵
中庭へ下りる階段で、ハーマイオニーが二人を呼び止めた。
「ハリー、ロン。ハグリッドのところ?」
ハリーが振り向いた。
「うん。君たちも?」
「図書館で会ったの。私たちも来ればいいって」
「何を見せるか、聞いた?」
ロンの問いに、キーノは首を振った。
「来てからのお楽しみだとさ。本は隠していた」
「本?」
「棚から抜いたところまでは見たんです。僕たちに気づいたら、すぐ背中へ回されました」
鬼太郎が答えると、ハリーは外へ続く扉を見た。
「行ってみよう。石のことでも、聞きたかったんだ」
五人で城を出た。
芝生では生徒が陽の当たる場所へ集まり、膝に本を広げたり、菓子を分けたりしている。小屋へ下りる坂にも、暖かい風が吹いていた。
それなのに、小屋のカーテンは閉まっていた。
煙突からは煙まで上がっている。
ハリーが扉を叩くと、中で椅子を引く音がした。
「誰だ?」
「ハリーだよ。みんなも一緒」
少し待ってから、扉が開いた。
ハグリッドは顔を出すなり五人を招き、最後の鬼太郎が入ると、すぐに戸を閉めた。
「暑いな」
キーノが首元を緩めた。
暖炉では、大きな火が燃えていた。鬼太郎も上着を開き、火から離れた椅子へ鞄を寄せる。
ファングは一度頭を上げ、鬼太郎を見ると、寝床で顎を伏せ直した。
「窓、開けてもいい?」
ロンが尋ねた。
「悪いが、今日はそのままにしといてくれ」
ハグリッドは湯の支度をしながら、暖炉へ目をやった。
その視線を、ハリーが追った。
「ハグリッド。あれ、何?」
火の奥に黒いものがある。
薪にしては丸く、石にしては、形が整いすぎていた。
ハグリッドの口元が緩んだ。
「見つけたか」
◆
ロンが椅子を離れ、暖炉の前へしゃがんだ。
ハーマイオニーも身を乗り出す。鬼太郎はキーノと一緒に立ち、火の当たる黒い殻を見た。
卵だった。
鶏の卵とは比べものにならない。燃える薪の間に置かれていても、表面は崩れず、形を保っている。
「ドラゴン?」
ロンの声が上ずった。
ハグリッドは、待っていた言葉を聞いたように胸を張った。
「そうだ。まだ卵だがな」
「これが、見せたかったものなの?」
ハリーは卵とハグリッドを見比べた。
「ああ。そう見られるもんじゃねえぞ」
「本当に、手に入れたんだ……」
「ずっと欲しがってましたね」
鬼太郎が言うと、ハグリッドは大きく頷いた。
キーノが膝を曲げ、炎の向こうを覗いた。
「焼けないのか?」
「母親が火を吹いて温めるんだ。こうしとく必要がある」
鬼太郎も、殻の下に触れる火を見た。
生まれる前から、この熱に耐える。中の体も同じなのか。それとも、今は殻に守られているのか。
卵へ手を伸ばすことはしなかった。
「生まれるところも、見られますか」
「知らせてやるとも。出てきそうになったらな」
「それは、楽しみですね」
鬼太郎は顔を上げた。
翼や脚が、今の殻へどう収まっているのか。生まれてすぐ飛べるのか、火を吹けるのか。
知りたいことが幾つもあった。
「でも、どこで手に入れたんだよ?」
ロンが振り向いた。
「すごく高いんじゃないの、ドラゴンの卵なんて」
「勝ったんだ」
ハグリッドは得意そうに言った。
「昨日、村で飲んでてな。知らねえ奴とカードをやった。そいつが持ってたのを、賭けで貰ったんだ」
「卵を賭けたの?」
ハリーが聞き返す。
「そうだ。持て余してたんじゃねえかな。渡す時も、惜しがってるようには見えなかった」
鬼太郎は、ハグリッドの顔を見た。
珍しい卵を持っている。村へ来て酒を飲み、初めて会った相手とのカードに、それを賭ける。
「その方は、ドラゴンを扱う商人だったんですか」
「さあな。名前も聞かなかった」
「そうですか」
暖炉へ顔を戻したハグリッドは、それ以上気にしていないようだった。
鬼太郎も、取引相手の本名をいつも知っていたわけではない。だが、扱う品物や手放す理由を確かめることはあった。
この卵を持っていた相手については、まだ、何も分からない。
そこで思いついた事情を並べても、ハグリッドが昨日に戻って確かめられるわけではなかった。
◆
「生まれたら、どうするつもり?」
ハーマイオニーが聞いた。
「育てるさ」
返事は即座だった。
「ハグリッド、ドラゴンを飼うのは違法だよ」
ロンが言う。
「分かってる。だから、人に言わねえでくれって頼んだろ」
「隠せば済むのではないわ。大きくなったら、この小屋には入らなくなるでしょう」
ハグリッドは棚へ手を伸ばした。
図書館で隠していた厚い本を取り、卓へ置く。
「ちゃんと読んでる。卵の世話も、餌も書いてあるんだ」
開いた頁を、大きな指で押さえた。
卵の挿絵が幾つも並んでいる。その一つと、暖炉の殻を見比べ、ロンが眉を上げた。
「ノルウェー・リッジバック?」
「卵の見分け方で調べた。珍しい種類だぞ」
キーノが本の見える方へ回った。
「生まれたら、何を食べる?」
「こっちだ」
ハグリッドが頁をめくる。
鬼太郎も、指されたところを読んだ。孵化した後の餌には、鶏の血にブランデーを混ぜたものが挙げられている。
「半時間ごと、とありますね」
「そうだ。腹をすかせねえようにしてやらねえとな」
「夜もか?」
キーノが聞いた。
ハグリッドは行を見直した。
「……まあ、必要ならな」
「森を見に行っている間は、どうするの?」
ハーマイオニーの問いに、頁を押さえた指が止まった。
鬼太郎は挿絵へ目を戻した。
卵を温めることと、孵ったものへ餌を与え続けることでは、必要な手も時間も変わる。
「この本には、成長したものの大きさも載っていますか」
「そりゃ、探せばあるだろうが……まだ生まれてもいねえんだ」
「生まれてから探す間も、育ちますよね」
ハグリッドは、鬼太郎を見た。
ハーマイオニーは木の壁へ目を向けている。
「この家で火を吹いたら、どうするの?」
「小さいうちは、俺が見てりゃ大丈夫さ」
「小さいうちの次は?」
ハグリッドは答える代わりに、本の角を揃えた。
ハリーも口を開きかけ、暖炉へ顔を戻す。生まれるところを見たいのは、彼も同じらしかった。
それでも、部屋の幅が広がるわけではない。
「僕も、孵るところは見たいです」
鬼太郎が言った。
ハグリッドの顔が、少し明るくなる。
「だろう。そういうもんは、一度――」
「ただ、ここで隠して育てて見つかったら、ダンブルドア先生が飼わせていた、という話になりませんか」
声が途切れた。
鬼太郎は椅子へ座り直し、ハグリッドを見上げた。
「学校の敷地ですから。ハグリッドさんだけの問題で済むのか、僕には分かりません」
「ダンブルドアに、迷惑を掛ける気はねえ」
「ええ。でしたら、そうなる前に考えた方がよさそうですね」
ハグリッドは大きな手を本から離した。
鬼太郎にとって、この学校は学ぶ場だった。自分とキーノが通う条件を認めたのも、校長だ。
孵化を一度見られることと引き換えに、そこへ余計な問題が持ち込まれては、面白くない。
「違法な飼育が見つかった時、何が起きるのかも調べておきます」
「本当に?」
ロンがこちらを見た。
「ええ。罰金なのか、それ以上なのかも、今は知りませんので」
ハグリッドの椅子が軋んだ。
「そこまで、大ごとにするつもりは……」
「調べるだけですよ。知らないまま大きくして、後で困るよりはよいでしょう」
「私も探すわ」
ハーマイオニーが言った。
「禁止されている理由や、見つかった場合のことも。育て方の本だけでは、全部分からないもの」
ハグリッドは二人を見てから、暖炉を見た。
「……とにかく、まだ卵なんだ」
「はい。その卵が、いつ孵るか分からないんですね」
鬼太郎が返すと、彼はすぐには答えなかった。
◆
湯が注がれ、五人は椅子へ戻った。
キーノは暖炉から少し離れたところで杯を持ち、鬼太郎へ小さく尋ねた。
「やはり、卵は見たいんだな」
「ええ。中でどんな姿勢をしているか、気になりませんか」
「翼まで入っているんだよな」
「出てから広げるのでしょうか。生まれてすぐ火を吹けるかも、まだ知りません」
ハグリッドが顔を上げた。
「その辺りも、本を見りゃ分かるかもしれねえぞ」
孵化への興味を失ったわけではないと分かると、彼の声に少し張りが戻った。
鬼太郎は飼育書の表紙を確かめた。自分でも読めば、今聞いたこと以外にも見つかるだろう。
ハグリッドが薪を足す間、ハリーは杯を卓へ置いた。
「もう一つ、聞きたかったんだ」
「何だ?」
「石を守ってるのは、フラッフィーだけじゃないよね」
戻りかけた笑顔が、止まった。
「犬のほかには、どんなものがあるの?」
「教えられるわけがねえだろ」
ハグリッドが椅子へ戻った。
「石がここにあるのには、理由がある。大人が守ってるんだ。お前さんたちが気にすることじゃねえ」
「でも、誰かが盗もうとしてたら――」
「ハリー」
ハーマイオニーが、静かに呼んだ。
ハリーがそちらを向くと、彼女はハグリッドへ顔を戻す。
「守りを抜ける方法を聞きたいんじゃないの。どの先生が手伝ったか、それだけでも教えてもらえない?」
「同じようなもんだろ」
「ダンブルドアが、誰に任せたのか知りたいのよ。ハグリッドの犬を借りたのだって、信頼しているからでしょう?」
髭の下で、口元が動いた。
ハグリッドは少し胸を起こした。
鬼太郎は杯を持ったまま、ハーマイオニーを見た。
同じ問いを繰り返しても、相手の返事は変わらない。
彼女は拒まれたところを押さず、聞く範囲を狭めた。それと一緒に、ハグリッドが誇らしく思っている仕事へ触れている。
相手が何を大切にしているかを、ちゃんと見ていた。
「……誰が手伝ったかぐらいなら、構わねえか」
ハリーとロンが、ほとんど同時に身を寄せた。
「フラッフィーは俺が貸した。ほかには、スプラウト先生、フリットウィック先生、マクゴナガル先生……クィレル先生もだな」
ハグリッドは指を折る。
「ダンブルドアも自分で手を加えてる。あと一人……そうだ、スネイプ先生だ」
「スネイプも?」
ハリーの声が強くなった。
「またその話か。守りを作った先生が、盗みに入るわけがねえだろ」
ロンがハリーを見た。
鬼太郎は、聞いた名前を順に覚えた。
犬を越えても、それで石に届くわけではない。複数の教師が関わり、校長も手を加えている。
クィレルの魔法についてスネイプが話していたという、ハリーの報告とも繋がった。
ただし、守りを作る仕事を任されたことと、盗む理由がないことは、同じではなかった。
任された役目とは別に欲しいものがある者もいる。反対に、守る側だからこそ、相手が犬の先を調べていないか問い詰めることもある。
教師の名を聞いただけで、森の会話の意味まで決まったとは思えなかった。
「フラッフィーを越える方法は、誰が知ってるの?」
ハリーが尋ねた。
「俺とダンブルドアだ」
「ほかには、話してない?」
「そんな大事なこと、誰にでも喋るもんか」
ハグリッドは首を振った。
ハリーが息を吐く。ロンも背もたれへ戻ったが、ハグリッドが暖炉へ向き直ると、また友人の顔を見た。
鬼太郎は、二人に言葉を足さなかった。
この場でまだ確かめられていない疑いを並べても、ハグリッドは信じる教師をかばうだろう。その後どこで、誰にこの会話を話すかも分からない。
ハーマイオニーがせっかく聞き出したことを、今は持ち帰ればよかった。
◆
「動いたか?」
キーノが椅子から顔を出した。
「まだだ。慌てるな」
ハグリッドは殻を覗き込んだまま答えた。
その割には、さっきから何度も見ている。
鬼太郎は杯を飲み終え、卓上の本へ目を戻した。
「図書館へ戻ったら、生まれた後のことも探してみます」
「法律の本もね」
ハーマイオニーが言った。
「どこにあるか、マダム・ピンスに聞いてみるわ」
ハグリッドが振り返る。
「育て方なら、これを見りゃ――」
「この本も読みます。ただ、半時間ごとの餌を、ハグリッドさんが仕事で留守の時にどうするかは、本だけでは決まりませんから」
鬼太郎の言葉に、大きな手が髭へ上がった。
ハグリッドは何か言おうとし、暖炉へ顔を戻した。
卵を見つめる目から、喜びが消えたわけではない。
鬼太郎も、それを全部捨てろと言いたいのではなかった。生まれるところを見たい気持ちは、自分にもある。
だが、殻から出てきた後には、温めて眺めるだけでは済まない。
ハグリッドが杯を片づけるのを待ち、五人は小屋を出た。
外の風が、ひどく涼しく感じられた。
ロンは襟元を引いて、大きく息を吸った。
「ドラゴンだなんて、思わなかったよ」
「本当に、孵るところを見られるのかな」
ハリーは扉を振り返った。
「知らせると言ってたぞ」
キーノが答える。
ハーマイオニーは小屋の屋根を見ていた。
「その後も、考えてもらわないと」
「ええ。生まれたものを、卵へ戻すわけにもいきませんし」
鬼太郎は城へ向く道へ足を出した。
ハリーが隣へ来る。
「スネイプも、守りを作ってたんだね」
「クィレル先生もでしたね。犬以外にもあることと、関わった方の名前は確かめられました」
「やっぱり、その守りを抜ける方法を聞いてたのかも」
「その可能性はあります。ただ、どの先生が何を置いたかまでは、まだ聞いていません」
ハリーは少し黙り、城を見上げた。
前ではハーマイオニーが、戻ったら探す本について話している。キーノは、殻の中にある翼の大きさも見たいと言った。
ロンが、成長したものは小屋に入らないと答える。
鬼太郎は、窓を閉めきった部屋を思い返した。
外の暖かさを入れられない小屋で、ハグリッドは今も、火を足しているのだろう。
黒い殻が割れるまでに読めるものは、まだあった。
鬼太郎はハーマイオニーへ追いつき、まずどの棚から探すつもりかを尋ねた。