第百二十五話 贈る頁には、まだ名がない
次の手合わせでは、セドリックが先に木箱を動かした。
鬼太郎は、その向こうへ回り込もうとして、足を止める。
杖が待っていた。
相手へ考え直させたことを、今度は自分が考える番だった。
鬼太郎は小さく笑い、木箱から離れた位置へ移った。
セドリックの武装解除が来る。
身体をずらし、全身金縛りを返す。
光が抜けた後には、互いに別の場所へ立っていた。
「その位置なら、こっちが見えると思ったんだけどな」
手合わせを終えたセドリックが、箱の脇を指した。
「ええ。ですから、一度離れてみました」
「前は、そこから近づいてきたよね」
「同じところへ出れば、待たれますので」
フリットウィックは二人の説明を聞き、次の組み合わせを考えた。
鬼太郎が杖を奪う日もあった。
セドリックの呪文が先に届く日もある。
前に通じた動きを、そのまま繰り返しても、相手が同じようには動かない。
鬼太郎は負けた日の方が、帳面へ長く書くこともあった。
◆
週末には、森へ戻った。
学校外の指定地点で、鬼太郎は携帯しているポートキーを取り出す。
キーノがそばへ寄り、二人で触れた。
足が砦の指定された場所へ着くと、城とは違う冷気が頬へ当たった。
まず、留守中の知らせを聞く。
侵入者がいれば、その人数と進路を確かめる。
罠が見つかれば、場所を聞き、外せる者と手配を決める。
何もなければ、練習の記録を持って北の境界へ向かった。
グロブニクが応じる日には、牙と爪の前で学校の成果を試した。
杖の呪文で進路を変えさせる。
相手が回り込む間に、息と構えを整える。
魔法を使える隙ができても、毎回そこへ踏み込むことはしなかった。
狼は待ってもくれなかった。
鬼太郎が距離を取れば、その距離を潰す踏み込み方を選ぶ。
倒木を置けば、回ることも、跳び越えることもあった。
鬼太郎は、その選び方を見るようになった。
疲れた脚で同じ幅を狙わず、少し早く動く。
MAGを使う場面を絞り、杖で作った隙へ、アギやジオを届かせる。
すべてがうまくいくわけではない。
それでも、終わった後に残る課題は、少しずつ変わっていった。
◆
侵入した魔法使いの杖を奪ったとき、鬼太郎はその手を追って近づかなかった。
相手のもう片方の腕を見る。
何も出てこなければ、足を見る。
逃げる方向へ位置を変え、仲間と合流する道を塞ぐ。
そこから魔法を使った。
大人の魔法使いと戦うことには、既に慣れていた。
新しく増えたのは、その相手へ使える手段だった。
今まで魔法で崩していた腕を、武装解除で狙う。
動きが止まった相手には、余分な炎を使わずに済ませる。
効かないと分かれば、同じ呪文を重ねず、別の力へ移る。
サーシェスは、回収した荷を分けながら、その変化を見ていた。
「今日は、最初から火を出さなかったな」
「杖を奪える位置でしたので」
「向こうは、魔法を使う手が減る。お前は残る、ってわけだ」
鬼太郎は頷いた。
全身金縛りで止めた相手に、二本目の杖があった日もある。
取り上げてから、前の記録へ書き足した。
キーノも、森の道や捕らわれた者の様子を確かめる仕事を続けた。
合間には、教室で覚えた呪文を練習する。
二人が学校へ戻ると、次の授業と宿題が待っていた。
その往復を重ねるうちに、庭の葉は減り、朝の窓が白く曇るようになった。
◆
クィレルは、教卓から生徒の手元を見ていた。
墓場鬼太郎は、隣の帳面へ何かを指している。
キーノが短く問い、鬼太郎が答えた。
それから、二人とも課題へ戻る。
授業では、声をかければ顔を上げる。
教師の説明を聞き、必要なことを書く。
その点では、ほかの生徒と同じだった。
しかし、クィレルには、廊下で見た姿が残っていた。
あの小さな身体が、現れた怪物へ迷わず向かっていった。
杖だけを見ていれば、手を誤る相手だった。
近頃は、ディゴリーと練習しているという。
フリットウィックの指導も受けている。
既に危険な力を持つ者が、教師から別の使い方を学んでいる。
クィレルは、鬼太郎の杖へ目を移した。
長く、黒い杖。
帳面の上へ置かれた手は、あの夜より落ち着いて見えた。
「そ、それでは、次のところを……」
クィレルは声を出した。
鬼太郎が顔を上げる。
穏やかな目だった。
クィレルは教科書へ視線を戻した。
今のところ、鬼太郎が自分へ何かを尋ねに来ることはない。
そのままでいてくれるなら、動かす必要もない。
ただ、以前と同じ力だと思って扱うわけにはいかなかった。
◆
クリスマス休暇の話が出始めると、談話室には帰る日の相談が増えた。
誰が汽車へ乗るか。
家へ何を持っていくか。
ハーマイオニーは本の数を考え、ロンは兄たちと話をしていた。
鬼太郎は、開いた本の上からハリーへ顔を向けた。
「ハリーさんは、学校に残るんですね」
「うん。家へ帰るより、ここにいたいんだ」
ハリーは答え、少し間を置いた。
「君たちは? 森へ戻るの?」
鬼太郎はキーノを見た。
彼女は談話室の飾りへ顔を向けていた。
窓の上へ伸びた緑の枝と、そこへ結ばれたリボン。
近くの生徒が、家ではもっと大きく飾ると話している。
「キーノさんは、どうしたいですか」
彼女が振り向いた。
「私は、学校にいたい」
返事は早かった。
「クリスマスの日には、大広間も普段と違うんだろ」
「そうらしいですね」
「見てみたい」
鬼太郎は頷いた。
「では、今回は学校で過ごしましょう。森の方には、先に予定を伝えておきます」
ハリーの顔が明るくなった。
「じゃあ、一緒に過ごせるね」
「ええ」
キーノも小さく頷く。
鬼太郎は本を閉じた。
休暇中は、授業の時間が空く。
学校に残るなら、その時間に頼みたいこともあった。
◆
ダンブルドアへ面会を申し込むと、数日後、放課後の時間を指定された。
鬼太郎が校長室へ入ったとき、机には手紙が何通か並んでいた。
ダンブルドアはそれを端へ寄せ、椅子を勧める。
「クリスマスは、二人とも残るそうじゃな」
「はい。キーノさんも、学校で過ごしてみたいそうです」
「それはよい。休暇の城にも、楽しめるものはある」
鬼太郎は座り、鞄から帳面を出した。
「その休暇について、お願いがありまして」
ダンブルドアが、帳面を見る。
「鍛錬かの」
「ええ。森で教えていただいたときのように、また見ていただけませんか」
鬼太郎は、最近の課題を話した。
杖の呪文を増やしたこと。
魔法だけに頼らず、以前より長く戦えるようになったこと。
その分、身体の疲労と、相手へ攻めさせる間の取り方が課題になったこと。
ダンブルドアは最後まで聞いた。
「フリットウィックにも、教わっておるそうじゃな」
「はい。対人戦の練習を見ていただいています」
「よい先生を見つけたものじゃ」
ダンブルドアは手紙の脇にある予定へ目を向けた。
「毎日は無理じゃが、時間を取れる日には見よう。鬼太郎が何を選ぶようになったか、わしも確かめたい」
鬼太郎の口元が上がった。
「ありがとうございます」
「ただし、休暇を全部鍛錬で埋めることはないぞ。キーノと祝う時間もあるじゃろう」
「ええ。食事や、当日の祝いは一緒に。ただ、キーノさんにも、僕にも、ほかにしたいことはありますから」
ダンブルドアは頷いた。
鬼太郎は帳面を閉じかけ、それから手を止めた。
◆
「もう一つ、お聞きしてもよろしいですか」
「何じゃな」
「クリスマスには、贈り物をするんですね」
ダンブルドアの指が止まった。
鬼太郎は、いつものように穏やかな顔をしていた。
「学校で、皆さんが話しているのを聞きまして。キーノさんにも、何か渡してみたいと思ったんです」
「ほう」
「ただ、こうした行事に合わせて贈るのは、初めてです。何を選べばよいのか、まだ分かりません」
ダンブルドアは、鬼太郎を見た。
先ほどまで、長く戦うための力について話していた子供が、今は贈り物の相談をしている。
何を渡せば、キーノが喜ぶか。
それを知りたくて、ここで尋ねている。
ダンブルドアの胸に、温かいものが広がった。
鬼太郎にも、こういう心がある。
これまで言葉を交わし、教え、学校へ迎えたことに、こうした実りもあったのだろうか。
導いてきた甲斐があった。
そう思うと、口元が自然に緩んだ。
鬼太郎は、その表情を見て少し首を傾げた。
「何か、おかしいでしょうか」
「いや。嬉しい相談じゃと思うてな」
ダンブルドアは椅子へ座り直した。
「キーノが普段、何を喜んでおるか、考えてみるとよい」
鬼太郎は、談話室で本を読む姿を思い出した。
知らない言葉へ印をつける。
気になる頁を残して、後でまた開く。
自分で選んだ本を読む時間が、少しずつ増えていた。
「本は、楽しんでいるようです。以前、帳面を渡したときも、喜んでくださいました」
「ならば、栞はどうじゃろう」
「栞ですか」
鬼太郎は、自分の帳面へ挟んである紙片を見た。
「読みかけの場所を、残すものですね」
「そうじゃ。小さな飾りをつけてもよい。使うたびに、贈った相手を思い出せるものになる」
鬼太郎は、その大きさを指で確かめるように、紙片へ触れた。
「それなら、自分でも作れそうですね」
ダンブルドアの目が、もう一度細まった。
「厚い紙を切り、上へ紐を通せばよい。飾りは、本を閉じたときに外へ出るようにつけるのじゃ。頁を傷めぬようにな」
「なるほど。紙の間へ、厚いものを挟むわけではないんですね」
「そういうことじゃ。色は、鬼太郎がキーノへ似合うと思うものを選べばよい」
鬼太郎は頷いた。
紺色の帳面。
銀色の留め金。
その横へ置くなら、同じ色もよさそうだった。
「小さな星をつけてみましょうか。邪魔にならない程度のものを」
「うむ。よいと思うぞ」
鬼太郎は帳面の空いたところへ、形を描いた。
ダンブルドアはその手を見ていた。
今度の線は、相手を追い込む道でも、呪文の狙いでもなかった。
◆
フリットウィックへの相談は、次の練習が終わった後にした。
セドリックは休暇に帰る予定だと話していた。
鬼太郎は、残る自分の時間をどう使うか考えていた。
「先生。休暇中にも、対人戦の練習をお願いできますか」
フリットウィックが顔を上げた。
「あなたたちは、学校に残るのでしたね」
「はい。ディゴリーさんとは、何度も相手をしていただきました。違う使い方をする方とも、練習してみたいんです」
鬼太郎は少し間を置いた。
「できれば、先生にも」
フリットウィックは鬼太郎の顔を見た。
最初に武装解除を実演したときにも、この目で見られていた。
自分の杖がどう動くかを、もっと知りたがっている。
先生は小さく笑った。
「私が相手をしましょう。ただし、教えるための練習ですよ。いきなり長い決闘にはしません」
「ええ。よろしくお願いします」
「キーノも、参加したい日があれば一緒に。まずは私の予定と合わせましょう」
キーノが頷いた。
「私も、動く相手への狙いを見てもらいたい」
「ええ。それも続けます」
先生は休暇中に時間を取れる日を確かめた。
鬼太郎は、指定された日を帳面へ書く。
ダンブルドアと、フリットウィック。
二人から教わる時間ができた。
セドリックとは違う構えと、その先の動きを見られる。
鬼太郎は帳面を閉じた。
◆
その夜、キーノはハーマイオニーの隣で、本の挿絵を見ていた。
談話室では、休暇の荷物をまとめ始めた者が、忘れ物について声を掛け合っている。
鬼太郎は別の卓へ座った。
広げた紙は、いつもの練習帳ではない。
まず、栞の長さを決める。
自分の本へ挟んでみて、頁から上だけが出る位置を確かめた。
厚手の紙を切る。
最初の一枚は、端が少し曲がった。
鬼太郎はそれを横へ置き、定規を当て直した。
呪文で完成品を出せるとは思わなかった。
紙と紐を、自分の手で形にする。
そういう作業も、やってみれば直すところが見つかる。
紺色にした本体の上へ、小さな穴を開けた。
細い紐を通す。
その先へつける星は、薄い紙を二枚合わせることにした。
片方だけでは、すぐに折れそうだった。
銀色を乗せ、乾くのを待つ。
鬼太郎は、向こうの卓へ目を向けた。
キーノが本を閉じる前に、紙を一枚挟んでいる。
上へ少しはみ出した、何も描いていない紙だった。
そこに、今作っているものがあれば。
紺色の端と、小さな星が出る。
彼女が次に本を開くとき、まずそれへ触れる。
鬼太郎は自分の手元へ目を戻した。
渡したとき、どんな顔をするだろう。
それを見たいと思った。
◆
材料を片づけていると、キーノが卓へ来た。
「何をしてたんだ」
鬼太郎は、乾いた星を紙の間へ収めた。
「少し、作るものがありまして」
「練習の道具か?」
「今日は、別のものです」
キーノは、切り残した細い紙を見た。
それから、鬼太郎の顔へ目を向ける。
「珍しいな」
「ええ。初めてですから、少し時間がかかりました」
鬼太郎は材料を袋へ入れた。
キーノはそれ以上尋ねず、自分の本を持ち直した。
「明日も、宿題はあるぞ」
「終わっていますよ」
「なら、もう寝る」
「ええ。おやすみなさい」
彼女が女子寮の階段へ向かう。
鬼太郎はその背中を見送り、袋の口を閉じた。
星をつける紐の長さは、もう一度確かめたい。
包む紙も、用意しておこう。
休暇の予定には、二人の先生に教わる日が加わった。
クリスマスの日には、渡すものができる。
鬼太郎はそれぞれを思い浮かべ、鞄を取った。
窓の外で、冬の風が枝を揺らしていた。
まだ贈っていない小さな星が、袋の中に収まっていた。