神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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手紙に残した名前

第128話 手紙に残した名前

 

「チャーリーなら」

 

 ロンが言った。

 

 ハリーを見ていた顔が、ハグリッドへ向く。

 

「僕の兄さんだよ。ルーマニアで、ドラゴンの仕事をしてる。兄さんに聞いてみよう」

 

 ハグリッドの眉が動いた。

 

「チャーリーか」

 

「ノーバートを育てられる所を、知ってるかもしれない」

 

 鬼太郎は、小屋の奥へ目を向けた。

 

 ノーバートはテーブルの下へ頭を入れていた。空の器がなくなった場所へ鼻先を寄せ、木の脚を押している。黒い棘が擦れる音に、ハグリッドの肩がそちらへ動いた。

 

「あいつのいる所へ、入れてもらえるってのか?」

 

「そこまでは、まだ分からないよ」

 

 ロンは言った。

 

「だから聞くんだ。小さいドラゴンがいるって書いてさ」

 

 ハグリッドの目が、扉の外に並んだ五人を見た。

 

 ハリーは敷居の手前に立っている。さっき、自分たちも怖くなったと伝えた場所から、まだ動いていなかった。

 

「ドラゴンの世話をしている人たちなら、ここよりいい場所を知ってると思う」

 

 ハリーが続けると、ハグリッドは大きな手で髭を擦った。

 

「大きな奴もいるんだろうな」

 

「いると思うよ」

 

「こいつは、まだ小せえんだぞ。そんな中へ放り出されちゃ、たまらん」

 

 ハグリッドの手が下がりかけた。

 

 テーブルの下から顔を出したノーバートが、その指へ鼻先を向ける。彼は手を膝の辺りへ戻した。

 

 鬼太郎は、ロンへ尋ねた。

 

「チャーリーさんは、幼いドラゴンも扱っているんですか」

 

「兄さんの手紙には、卵の話も出てくる。全部、兄さんが世話してるかは知らないけど」

 

「それなら、小さいうちの世話についても伺えそうですね」

 

 ハリーが顔を上げた。

 

「そうだよ。どうやって世話をするか、それも聞けばいい」

 

「誰が餌をやるかもだ」

 

 ハグリッドが言った。

 

「どこかへ連れてって、あとは自分で餌を探せってんじゃ困る」

 

「分かった。それも書く」

 

 ロンは答えた。

 

 ノーバートが身体を捻った。黒い尾が扉の方へ寄り、ロンはハリーの袖を引いて下がる。

 

 キーノも扉の脇を離れた。

 

 ハグリッドは尾の先を確かめ、閉まりかけた扉を押さえる。五人と話す間にも、ノーバートの動きに合わせて立つ位置が変わっていた。

 

 鬼太郎は、床を擦った翼の端へ目を落とした。

 

「あの翼を使い始めるときに、どんな場所が必要なのかも、聞いてみたいです」

 

「飛ぶところが見たいのか」

 

 キーノが言う。

 

「ええ。ここで開いたら、誰かが外へ出なければなりませんから」

 

「見るなら、もっと離れて立つぞ」

 

 彼女は、今しがた尾が通った所を見た。

 

 ハグリッドも、ノーバートの翼へ顔を向けたままだった。

 

 飛べるほど広い場所を思い浮かべているのか、連れていかれる姿を考えているのか。鬼太郎には、その横顔からは分からなかった。

 

「知ってる人の所なら、送ったあとも聞けるよ」

 

 ロンの声に、ハグリッドが振り向く。

 

「ノーバートがどうしてるか、兄さんに教えてもらえばいい。ハグリッドだって、会いに行けるじゃないか」

 

「……会いに?」

 

「ルーマニアまで行くことになるけど」

 

 ハグリッドの視線が、ロンからハリーへ動いた。

 

 ハリーが頷きかける。

 

 その前に、ハーマイオニーが口を開いた。

 

「会いに行けるかも、手紙に書きましょう。誰でも自由に入れるとは限らないもの」

 

「そうかもしれないけど、兄さんなら――」

 

「誰に頼めばいいか、教えてもらえるでしょう?」

 

 ロンは一度口を閉じ、それから頷いた。

 

「そうだな。それも聞けばいい」

 

 ハグリッドは、髭の中へ指を入れた。

 

「大きくなったこいつを、見に行けるかもしれねえのか」

 

「そのために聞くんだよ」

 

 ハリーが答えた。

 

 ノーバートが、短く鳴いた。

 

 ハグリッドはそちらを見た。器を取って餌を用意し始めたので、五人は外で待った。

 

 鬼太郎は、扉から少し離れた場所へ立ち直す。

 

 今までは、移すと言うたびに、ハグリッドの顔が強張っていた。ノーバートを小屋から出したら、もう自分には何も出来ないと思っていたのかもしれない。

 

 会いに行けるかどうかは、まだ分からない。

 

 それでも、遠くで育つところを見に行く話には、耳を傾けていた。

 

 床へ器が置かれ、黒い頭が下がる。

 

 ハグリッドはしばらく食べる様子を見てから、扉へ戻ってきた。

 

「手紙は、いつ出す?」

 

「今日、書くよ」

 

 ロンが答えた。

 

 大きな手が扉の縁へ掛かる。

 

「聞いてくれ。小さい奴をどうしてるかと、俺が会いに行けるか。それから……」

 

 ハグリッドは一度、背後を見た。

 

「ノーバートって名前も、書いといてくれよ」

 

「もちろん」

 

 ハリーが言った。

 

「返事が来たら、持ってきてくれ」

 

 ロンは、もう一度頷いた。

 

 受け入れ先が決まったわけではなかった。連れ出す日も、方法も、まだない。

 

 けれど、次にここへ来るとき、ハグリッドへ見せるものは決まった。

 

 坂へ出てから振り返ると、彼はまだ戸口に立っていた。ハリーたちへ片手を上げ、それから、竜の声に呼ばれたように中へ戻っていった。

 

     ◆

 

 談話室の暖炉の前は、人で埋まっていた。

 

 五人は奥のテーブルへ向かった。ロンが部屋から羊皮紙を持ってきて広げると、ハリーが隣へ座り、肘に当たりそうなインク壺を奥へ押した。

 

「チャーリーへ、と」

 

 ロンが羽根ペンを取る。

 

 ハーマイオニーが、向かい側から紙を見た。

 

「何を頼みたいか、最初にはっきり書いた方がいいわ」

 

「いきなり、ドラゴンを引き取ってくれって?」

 

「引き取れるか、相談したいのよ。どうして必要なのかも」

 

 ペン先が紙から離れた。

 

「最近どうしてる、くらい書かせてくれよ。兄さんへの手紙なんだから」

 

 ハーマイオニーは口を閉じた。

 

「……それは、そうね」

 

 鬼太郎は隣で椅子を引いた。

 

 ロンは、ドラゴンを扱う相手へ頼みを書くだけではなかった。家を離れている兄へ、学校から手紙を出そうとしている。

 

 短い挨拶が書かれた。

 

 そのあとへ行を移すと、ペンの動きがゆっくりになった。

 

「ハグリッドがドラゴンの卵を手に入れて、孵った。ノルウェー・リッジバック。名前はノーバート」

 

 ロンは自分で読み上げてから、顔を上げた。

 

「これでいい?」

 

「小屋で飼ってることも」

 

 ハリーが言う。

 

「もう狭くなってきた、って書く」

 

 羽根ペンが羊皮紙を擦った。

 

 書かれた一行を見ながら、鬼太郎はあの入口を思い出した。五人が外に立ち、ハグリッドだけが竜と同じ部屋にいた。

 

「火も吐くし、毎日大きくなってるよ」

 

 ハリーが付け加えた。

 

 ロンはそれも書き、次の行へ移った。

 

 ハリーが、書かれた文字を指した。

 

「狭くなってきた、だけで分かるかな」

 

「じゃあ、どう書く?」

 

「もう、僕たちが一緒には入れないって」

 

 ロンは紙を見たまま、少し黙った。

 

「ひどい所で飼ってるみたいに読まれないかな。ハグリッドは、ちゃんと餌もやってるのに」

 

「世話はしてるよ。でも、入れなかっただろ」

 

 ハリーの返事に、ロンは頷いた。

 

 鬼太郎は二人の間の紙を見た。

 

「両方、書けばよいと思います。世話をしていても、身体が大きくなって場所が足りない。それで相談するんですから」

 

「……そうだな」

 

 ロンは、ハグリッドが餌をやっていることと、自分たちが扉の外で待っていたことを書き足した。

 

 ハグリッドが大切にしていることを消さずに、何に困っているかも伝える。その二つが並んだ文を、ハリーはもう一度読んだ。

 

「兄さんの所へ送れないか、でいいかな」

 

「受け入れられる場所があるか、と尋ねた方がよくありませんか。ご本人が決められる範囲も、まだ分かりませんし」

 

 鬼太郎が言うと、ロンはペン先を止めた。

 

「兄さんが世話してるってだけじゃ、勝手に一匹増やせないか」

 

「ええ。相談出来る方を教えていただくことになるかもしれません」

 

 ロンは書きかけの文を直した。

 

 ノーバートを受け入れられる場所があるか。なければ、誰に相談すればよいか。

 

 ハーマイオニーが身を乗り出しかけたが、今度はロンが書き終わるまで待った。

 

「ハグリッドが、相談することを了承した点も入れておきましょう」

 

 鬼太郎は続けた。

 

「黙って連れ出してほしい、という頼みだと思われては困りますから」

 

「分かった」

 

 ロンが一行足すと、キーノがその文字へ目を向けた。

 

「まだ、送ると決めたわけじゃないだろう」

 

「今、相談には賛成してる、って書いたんだよ」

 

 ロンは紙を少し持ち上げた。

 

 キーノが目で追い、椅子へ背を戻す。

 

「それならいい」

 

「兄さんが、すぐ送ってこいって言っても、ハグリッドに返事を見せるんだからさ」

 

 ロンはそう言い、紙を置いた。

 

 鬼太郎は頷いた。返事が来れば、ハグリッド自身にも、聞きたがっていた点を確かめてもらえる。

 

 ハーマイオニーが、指を折りながら言った。

 

「幼いドラゴンはどう世話をしているか。誰が餌をやるか。ハグリッドがノーバートへ会いに行くことは出来るか」

 

「ちょっと待って。そんなに一度に書けない」

 

 ロンは最初の問いを書き終え、次を聞いた。

 

 キーノは、小屋でハグリッドが言ったことを短く言い直した。

 

「大きいのと一緒に、すぐ放されるのか。それが気になってた」

 

「小さい間は別に世話をしてもらえるか、だな」

 

 ロンが書く。

 

 ハリーはその横から、紙を覗き込んだ。

 

「そのあとの様子も、教えてもらえるか聞いておこう」

 

「毎日手紙を書け、ってことにはしないでくれよ」

 

「分かってる。でも、ハグリッドは知りたいと思う」

 

 ロンも反対せず、ペンを動かした。

 

 鬼太郎は、受け入れられる場所、と書かれた行から、その下へ目を移した。

 

 場所だけ決まれば、ハグリッドがすぐに送り出せるわけでもない。餌と、幼い間の世話と、会いに行く方法。それぞれの答えを待つ手紙になっていた。

 

 書き終えたロンが、肩を回す。

 

「こんなに長い手紙、兄さんに書くの、初めてかもしれない」

 

 ハリーは横から読み、ハーマイオニーは紙が置かれてから目を通した。

 

 ロンは、その手元を少し警戒した顔で見ていた。

 

「字まで直さないでくれよ」

 

「読めるわ。ここだけ、少し分かりにくいけど」

 

 彼女は途中の一文を指した。

 

「これだと、ハグリッドが会いたいのは、チャーリーとも読めるでしょう」

 

「兄さんにも会いたいかもしれないじゃないか」

 

「でも、そのためにルーマニアへ行く相談ではないわよ」

 

 ロンが自分の書いた文を読み直す。

 

「……分かってくれると思うけど」

 

 それでも、空いた所へ、ノーバートに、と小さく書き足した。

 

 鬼太郎は、紙の初めを見た。

 

 名前は、種類のすぐあとにあった。ハグリッドに頼まれなくても、ロンは書いたかもしれない。

 

 けれど、世話や受け入れの話が長くなっても、その名は残っていた。

 

「それで、行くとしたら、いつかは会えるんだよね」

 

 ハリーが言った。

 

「ハグリッドが会いに行けるか、答えが来てからだろ」

 

 ロンが紙を乾かしながら答える。

 

「僕たちまで連れてってもらえるかは、また別だし」

 

「うん。でも、飛ぶようになったところを、見られたらいいと思って」

 

 鬼太郎は顔を上げた。

 

「僕も、それは見たいですね。身体より大きく見えた翼で、どのように飛び始めるのか」

 

「私たちが行く話には、まだなってないぞ」

 

 キーノが言った。

 

「承知していますよ」

 

「お前は、返事に飛ぶって書いてあったら、見に行きたくなるだろう」

 

「それは、今から否定しても信用していただけませんね」

 

 キーノは鼻から短く息を吐き、ハリーは笑った。

 

 鬼太郎も笑ったが、遠い国へ向かう手段や日取りまで、話を進めはしなかった。

 

 今は、この手紙を届ける方が先だった。

 

 ロンが、紙の端へ触れた。

 

「乾いた。ヘドウィグ、頼める?」

 

「もちろん。僕も行くよ」

 

 ハリーが椅子を引いた。

 

 ロンは手紙を折る前に、宛名と最後の署名を確かめた。ハーマイオニーは、二人の肘の間に置かれたインク壺へ蓋をする。

 

「返事が来たら、私にも見せてね」

 

「五人で行ったんだから、見せるよ」

 

 ロンは、折った手紙を上着へ入れた。

 

     ◆

 

 ふくろう小屋への階段には、冷たい風が吹き込んでいた。

 

 ハリーは上着の前を寄せ、最後の段を上がった。

 

 羽を膨らませたふくろうたちが、止まり木に並んでいる。白い姿を見つけて呼ぶと、ヘドウィグの頭がこちらを向いた。

 

 差し出した腕へ飛んでくる。

 

 袖に爪が掛かり、ハリーは肘を少し曲げた。

 

「ロンの兄さんへ、手紙を届けてほしいんだ」

 

 ヘドウィグは、ロンの方を見た。

 

 彼は上着から手紙を取り出し、宛名をもう一度確かめた。

 

「遠いけど、頼むよ」

 

 脚へ結ぼうとする手の近くに、白い嘴が寄る。

 

 ロンは一度手を止め、彼女が足を動かし終えるのを待ってから、紐を結んだ。垂れた端を整えて、指を離す。

 

「これでいいかな」

 

 ヘドウィグは手紙をつけた脚を動かした。

 

 ハリーは結び目を見てから、窓辺へ歩いた。腕から移った白いふくろうが、石の縁に立つ。

 

 外には風があった。

 

 ヘドウィグが羽を広げると、ハリーは手を下ろした。

 

「気をつけて」

 

 白い翼が、窓の外へ出た。

 

 二人は並んで、その姿を追った。

 

 城壁から離れたヘドウィグが、大きく羽ばたく。高くなった白い姿を見ながら、ハリーはノーバートの翼を思い出した。

 

 テーブルや椅子を避けずに、あれを広げられる場所。

 

 今日の手紙で、その場所を知っている人へ尋ねられる。

 

「どれくらいで返事が来るかな」

 

「兄さんが、すぐ読めるかも分からないしな」

 

 ロンは窓の縁へ掛けた手を離した。

 

「でも、帰ってきたら、朝食の途中でも読むよ」

 

「僕も」

 

 白い姿が、小さくなっていった。

 

 ハリーは、見えなくなるまで窓辺にいた。

 

 手紙を出しただけで、小屋が広くなるわけではない。ノーバートは今も育っていて、ハグリッドは器を持って、その足元へ立っているだろう。

 

 それでも、返事を待つことが出来るようになった。

 

 階段へ向かうと、先に下りかけたロンが振り返った。

 

「ハグリッドに、送ったって言っとこう。明日まで待たなくてもいいだろ」

 

 ハリーは頷いた。

 

「うん。小屋へ寄って帰ろう」

 

 手紙は、もう上着の中にはなかった。

 

 ロンがその上から胸を押さえ、今度こそ階段を下り始めた。

 

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