第百二十八話 贈る星と、見えない一歩
寝室の窓が、薄く白んでいた。
鬼太郎は毛布の中で目を開けた。窓の向こうでは雪が降っている。授業へ出る日のような慌ただしい物音は、まだなかった。
隣の寝台で、ロンが身体を起こした。
「ハリー。起きろよ。クリスマスだぞ」
呼ばれたハリーが眼鏡を探す。
鬼太郎も起き上がり、寝台の足元へ目を向けた。ハリーとロンのところには、大小の包みが置かれている。自分の寝台にも、一つあった。
ハリーはしばらく、それを見ていた。
「これ、僕の?」
「お前のベッドのところにあるんだから、そうだろ」
ロンは自分の包みを膝へ載せた。
「メリークリスマス」
「ああ。メリークリスマス」
ハリーが返すと、ロンは鬼太郎にも顔を向けた。
「お前も」
「ええ。メリークリスマス」
鬼太郎が答える。
朝の挨拶が一つ増える日なのだと、覚えておくことにした。
それから、自分の包みを膝へ載せる。
添えられたカードには、見覚えのある筆跡で名前が書かれていた。
アルバス・ダンブルドア。
鬼太郎は、少し意外に思いながら紙を開いた。
出てきたのは、深い青灰色のマフラーだった。
厚みのある毛糸で編まれている。指で触れると柔らかく、両手の間で広げれば、首へ何度か巻ける長さがあった。
カードの続きを読む。
初めて学校で迎えるクリスマスへの祝いと、寒い日に外へ出るなら首元を暖かくしておくように、という言葉があった。
最後には、親戚からの贈り物として受け取ってほしいと添えられている。
鬼太郎はマフラーへ目を戻した。
教わるために訪ねたときには、いつも次の課題を持ち帰っていた。
今日は、身体を暖めるものが届いた。
首へ巻いてみる。
窓から入る冷たい空気が、襟元へ触れなくなった。
「お前にも、何か来たのか?」
ロンが尋ねた。
「ええ。マフラーをいただきました」
「今日は雪だし、ちょうどいいな」
「そうですね」
鬼太郎は巻き方を少し直した。
後で会ったら、礼を言おう。
そう決めて、カードを鞄の内側へしまった。
◆
包装紙の中から、ハリーは笛を取り出した。
木を削った手作りのものだった。添えられたカードを読むと、顔がほころぶ。
「ハグリッドからだ」
「吹いてみろよ」
ロンに促され、ハリーが口元へ持っていく。
短い音が寝室へ響いた。
鬼太郎は、削り跡の残る笛を見た。形を作り、相手が使えるものにする。自分の鞄にも、そうして作ったものがある。
ハリーが次の包みを開ける。
小さな硬貨が、手のひらへ落ちた。
「ダーズリー家から」
声が少し平らになる。
ロンは硬貨を覗き込み、珍しそうに手を伸ばした。
「マグルの金か?」
「五十ペンス。欲しいなら、あげるよ」
「いいのか?」
ハリーは頷いた。
その硬貨がロンの手へ移ると、二人の関心はすぐに次の包みへ向かった。
毛糸で編まれたセーターが現れる。
ロンは自分のものを広げ、見慣れた色に顔をしかめた。ハリーの方は、深い緑色だった。
「母さんだ。お前の分も編んだんだな」
ハリーは袖を持ったまま、ロンを見た。
「僕にも?」
「お前がクリスマスに帰らないって話したからだろ。母さん、そういうの放っておけないんだ」
ロンは少し照れたように言い、同じ包みに入った菓子へ手を伸ばした。
ハリーは、セーターをもう一度広げた。
鬼太郎は、その手つきを見ていた。
布の良し悪しを確かめているのではないらしい。ハリーは少しして、それを頭から被った。
「どう?」
「いいんじゃないか。僕のは毎年これだぞ」
ロンは自分の胸へセーターを当てた。
「暖かそうですね」
鬼太郎が言うと、ハリーは袖口を引き、頷いた。
「うん。暖かい」
◆
最後の包みは、軽かった。
ハリーが紙を外すと、銀色に見える布が膝から滑り落ちた。
鬼太郎の目が、そこへ留まる。
薄い。けれど、ただの薄い布とも違う。折り重なったところまで、滑らかな光が続いていた。
ロンが菓子を持つ手を止める。
「それ……」
身を乗り出した。
「透明マントじゃないか?」
「透明マント?」
「被ると見えなくなるんだ。すごく珍しいんだぞ。ちょっと、着てみろよ」
ハリーは布を両手で持ち上げた。
肩へ掛ける。
鬼太郎は、思わず身体を起こした。
緑色のセーターが消えた。
寝台の前にはハリーの顔だけが浮いている。その下にあるはずの胴や腕は、何も見えない。
「本当に消えた!」
ロンが声を上げる。
ハリーは自分の身体を見下ろし、次にマントを頭まで引き上げた。
顔も消えた。
窓の白い光も、向こうの寝台も、そのまま見える。
鬼太郎は視線をずらした。
縁を探しても、布の形が残っていない。
「歩いてみていただけますか」
頼むと、床板が小さく鳴った。
ハリーが二歩、横へ移る。
見えるものは変わらなかった。
「動いても、見えなくなるところは変わらないんですね」
「僕、どこにいるか分かる?」
「今の足音で、おおよその場所は。姿は見えません」
鬼太郎は、答えてから笑った。
「面白い道具ですね」
姿を隠す呪文は、自分にも覚えられるのだろうか。
その考えが浮かんだが、今は杖を取り出さなかった。
見えないところから声がする。
「僕にも、自分の足が見えない」
マントの縁が持ち上がり、ハリーの顔が戻った。
頬が少し赤い。
ロンは立ち上がって、布を近くから眺めた。
「誰からだ? カードは?」
ハリーが、包装紙の間を探す。
一枚の紙があった。
そこには、ハリーの父親が持っていたものを、今返すということが書かれていた。役立ててほしいという言葉もある。
名前はなかった。
「父さんの……」
ハリーの指が、銀色の布を掴んだ。
鬼太郎は、その顔を見ていた。
先ほどまでの、珍しい贈り物を試す顔とは違う。
「お父様が使っていらしたんですね」
「うん。そう書いてある」
ハリーが紙をもう一度読む。
鬼太郎はマントから目を離した。
どう働いているのか、確かめたい気持ちはある。けれど、今すぐ借りる理由はなかった。
ハリーは自分で布を畳み直した。
誰が持っていたのか。
どうして今、届いたのか。
ロンと話しても、答えは出なかった。
そのうち、寝室の扉が開く。
フレッドとジョージが入ってきて、セーター姿のハリーを見つけた。
話題は一気に毛糸の服へ移った。ロンが文句を言い、双子がさらにからかう。
鬼太郎は着替えながら、その声を聞いた。
鞄の奥には、まだ包んだままの栞があった。
◆
キーノは、談話室の窓際にいた。
外の雪を眺めている。
腕には、落ち着いた葡萄色のマフラーが掛かっていた。鬼太郎のものと同じように、厚みのある柔らかな毛糸で編まれている。
鬼太郎が階段を下りてくると、振り返った。
「朝から、ずいぶん騒いでたな」
「贈り物を開けていたんです。ハリーさんには、姿が見えなくなるマントが届きました」
「そんなものもあるのか」
「ええ。被ったところだけ、きれいに消えていました」
鬼太郎はキーノのそばへ立った。
「足音は残りましたけれど」
「歩くときは、気をつけないとな」
キーノは答え、腕のマフラーを持ち上げた。
「私にも、先生からこれが届いてた」
「ダンブルドア先生ですか」
「ああ。学校で迎える最初のクリスマスだからって。暖かくして過ごすように、書いてあった」
キーノは毛糸の端を指で撫でた。
朝、寝台のそばにあった包みには、彼女の名前が書かれていた。
見つけたときは、すぐに開けてよいのか分からなかった。
物心がついた頃から、ずっと見世物小屋にいた。客が子供への贈り物を話すことはあっても、自分のところへクリスマスの包みが届いたことはない。
宛名を二度確かめ、ようやく紙を開いた。
中にあるのは、自分が暖かく過ごすためのものだった。
キーノは今も、その柔らかさを指で確かめている。嬉しいのに、どんな顔をすればいいのか、まだ少し分からなかった。
カードには、祝いの言葉の後に、もう少し続きがあった。
鬼太郎が間違った道へ進みそうなときには、友達として声を掛け、止めてやってほしい。
短い願いだった。
キーノは、その行を読んだときのことも覚えていた。
戦っているときの鬼太郎は、楽しそうに笑う。退くべきところを知っていても、もう少し続けたいと考えることがある。
戦い以外でも、自分には当然だと思うことが、誰かを傷つけるかもしれない。
気づいたなら、黙って見ているつもりはなかった。
それは先生に頼まれたから初めて決めたことではない。けれど、友達として、という言葉は、胸の中に残った。
「僕にも、マフラーをくださいました。後で、お礼を言おうと思います」
「じゃあ、私も行く」
キーノはそう言って、彼の手元を見た。
「それも、届いたのか?」
鬼太郎が持っている、小さな包みだった。
「いえ。これは僕からです」
彼女へ差し出す。
「メリークリスマス、キーノさん」
キーノは、すぐには取らなかった。
包みと鬼太郎の顔を、順に見る。
朝、初めてクリスマスの贈り物を受け取った。
今度は、目の前で差し出されている。
「……私に?」
「はい。こういう日に贈り物をするのだと知ったので、何か渡したいと思いました」
鬼太郎は言ってから、少しだけ考えた。
「気に入っていただけると、いいのですが」
戦う前のように、試せば分かると笑うわけにはいかない。
使う相手は、目の前にいる。
キーノは包みを受け取った。
指先で折り目を開く。
紺色の厚紙が現れた。
細長い栞の端から紐が伸び、その先に小さな銀色の星が付いている。
キーノは星を手のひらへ載せた。
「栞か」
「ええ。本を読むときに、使っていただけるかと」
鬼太郎は、彼女の指が星の縁へ触れるのを見た。
「飾りは、本の外へ出るようにしました。頁の間で邪魔にならないと思います」
キーノは、栞を裏返す。
厚紙の切り口は、まっすぐだった。星の片側には、ごく小さなずれが残っている。
「これ、お前が作ったのか」
「はい」
鬼太郎が頷いた。
「星は、同じ形を二枚切って貼りました。少し、揃わなかったところがありますね」
「言わなきゃ、そこまで見なかったぞ」
キーノは言って、星を指先から下ろした。
紐の先で、小さく揺れる。
「……ありがとう」
声は、普段より少し静かだった。
「使う」
彼女はそばの卓へ手を伸ばした。
昨日から読んでいる本がある。
挟んであった紙片を抜き、新しい栞を入れた。
本を閉じる。
銀色の星が、表紙の上へ出た。
鬼太郎は、それを見ていた。
「ちょうどよかったですか」
「ああ。ここから読める」
キーノは、もう一度本を開いてみせた。
覚えていた頁だった。
彼女が顔を上げる。
「そんなに見なくても、ちゃんと使う」
「ええ。使っていただけるところが見られたので」
鬼太郎は笑った。
キーノは本を抱え直した。星が何かに引っ掛からないよう、表紙の内側へ軽く押さえている。
「私は、何も用意してないぞ」
「渡したかったのは僕ですから」
「そうか」
キーノは、彼を見た。
それから窓際を離れた。
「朝ご飯に行こう。遅いと、ロンたちが全部食べるかもしれない」
「それは、急がないといけませんね」
鬼太郎は、隣へ並んだ。
◆
大広間は、いつもより人が少なかった。
それでも、寂しくはなかった。
飾られた木々には光があり、長い卓の上では皿が次々に満たされる。
ロンは、ハリーのセーターを見たキーノへ、母親が編んだのだと説明した。ハリーは袖を少し引いて、彼女へ見せる。
「いい色だな」
キーノが言った。
「僕のは、毎年あの色なんだけどな」
ロンがまた言い、ハリーが笑う。
透明マントの話は、そこで広げなかった。
ハリーが父親のものだと知って畳んだ布は、寝室に置いてある。
鬼太郎も、食事の席で詳しく尋ねようとはしなかった。
昼には、さらに料理が並んだ。
キーノは見慣れないものを一つずつ確かめ、鬼太郎へ皿を示す。
「これ、食べたか?」
「いえ。まだです」
「そっちのより、こっちの方が甘い」
鬼太郎は小さく切って口へ運んだ。
「本当ですね」
ロンは二人の皿を見て、別の料理を勧めた。ハリーも、少しずつ取り分ける。
教職員の卓では、ダンブルドアが賑やかな飾りを身につけていた。
先日の手合わせで、鬼太郎の逃げ道を一つずつ潰した人と同じ顔で笑っている。
鬼太郎が見ていることに気づくと、校長は軽く杯を上げた。
鬼太郎も、自分の杯を持ち上げる。
その隣でキーノが、本を置いた場所を確かめた。
銀色の星が覗いている。
ダンブルドアの視線が、ほんの少しだけそこへ留まった。
何も尋ねず、また隣の教師へ顔を戻す。
鬼太郎も、食事の続きを取った。
食事の後、二人は教職員の卓を離れたダンブルドアへ近づいた。
「先生。マフラーを、ありがとうございました」
鬼太郎が言うと、キーノも隣で頭を下げた。
「私にも、ありがとうございます。大事に使います」
「二人とも、届いたようじゃな。具合はどうかの」
「暖かかったです。今日、外へ出るときに使わせていただきます」
「私も。色も、気に入りました」
キーノが添えると、ダンブルドアは柔らかく笑った。
「それはよかった。雪遊びの後は、よく乾かしておくのじゃぞ」
「はい」
「楽しいクリスマスを、鬼太郎、キーノ」
「ええ。先生も」
鬼太郎が答える。キーノも頷き、二人で談話室へ向かった。
◆
午後、外へ出たハリーたちが、雪を払って談話室へ戻ってきた。
双子の片方がまだロンをからかっている。
暖炉の前では、靴から落ちた雪がすぐに水になった。
鬼太郎とキーノも、外套を脱いだ。
鬼太郎は首からマフラーを外し、雪の付いた端を払った。外では襟元まで暖かく、雪を掴んで冷えた手も、ときどきその中へ入れていた。
キーノも葡萄色のマフラーを外した。雪の上では、顎まで巻いていたものだった。
二人は並べて乾かせる場所へ広げてから、椅子へ座る。
雪の上へ出ると、足跡は隠れない。
透明マントを被った場合でも、その点は変わらないのだろう。鬼太郎は外でそんなことを考えたが、ハリーへ試すよう求めることはしなかった。
今は、卓へ置かれたチェス盤の方へ目が向く。
「やってみるか?」
ロンが尋ねた。
鬼太郎は頷いた。
「教えていただけますか」
「駒の動きは分かる?」
「キーノさんから、少し伺いました。全部は、まだ」
ロンが駒を並べ直す。
キーノは鬼太郎の隣へ座った。
「そいつは斜めだ」
「ええ。こちらが、まっすぐですね」
鬼太郎は一つずつ動きを確かめた。
駒が自分で歩くのは、見ていて面白い。
命じる声へ不満を言うものまでいた。
「従っていただけないことも、あるんですか」
「動くことは動くよ。下手なところへやると文句は言うけど」
ロンが答える。
鬼太郎は、手前の駒を進めた。
何手かして、一つ取れる場所を見つける。
相手の動く範囲を確かめたつもりだった。
「そこ、取って大丈夫か?」
キーノが横から言った。
鬼太郎は盤を見る。
「こちらの駒は、守れると思います」
「じゃあ、そっちは?」
彼女の指が、別の場所を示す。
鬼太郎がそちらを見たとき、ロンの駒が動いた。
守ったつもりの位置とは違うところで、道が開く。
「チェック」
鬼太郎は少し黙った。
盤へ顔を寄せる。
ロンは、その様子を見て笑った。
「目の前で取れるからって、すぐ取るとそうなるんだ」
「なるほど。駒を取る方へ、目が行きました」
鬼太郎は自分の王を見た。
自分で動けば避けられる、という考えは使えない。
ここでは、決まった動きの中で道を残す必要がある。
キーノが小さく笑う。
「私も、それで取られた」
「先に聞いておくべきでしたね」
「言っただろ。取る前に」
「ええ。間に合いませんでした」
鬼太郎が返すと、ハリーも笑った。
対局は、ロンの勝ちで終わった。
鬼太郎は盤を見たまま、最後まで残っていた駒を指した。
「次は、この道も見ておきます」
「もう一回やる?」
「ぜひ」
キーノは背もたれへ寄りかかり、本を開いた。
銀色の星が、その指の間へ収まる。
鬼太郎は駒が並び終わるまで、その手元を少しだけ見ていた。
◆
夜になると、談話室から声が減っていった。
満腹になったロンは、いつもより早く欠伸をしている。
ハリーも暖炉の前へ座り、揺れる火を眺めていた。
キーノが本を閉じた。
傍らには、乾いた葡萄色のマフラーが畳んである。
彼女はしばらくそれを見てから、鬼太郎へ顔を向けた。
「お前が変な方へ行きそうになったら、私は止めるぞ」
鬼太郎が目を向ける。
「変な方、ですか」
「ああ。戦いを続けすぎるときも、ほかのことでも。お前が平気でも、私がよくないと思ったら、ちゃんと言う」
キーノは、彼の顔を見た。
「だから、聞けよ。黙って見てる方が、楽なこともあるんだからな」
鬼太郎は、少し考えた。
「理由も教えていただけますか」
「言う。分からなかったら、聞けばいい」
「では、そうします」
何も考えずに従うとは、言わなかった。
それでも、彼女の言葉を聞くと答えた。
キーノは頷いた。
「今日は、帳面を出さないのか」
鬼太郎へ尋ねる。
「後で少し。次の練習までに、整理しておきたいことがあります」
「また、逃げ道を塞がれたところか?」
「ええ。それから、僕が置いたものを、相手が使うところです」
鬼太郎は答えた。
「薪を浮かせる前に、先生に変えられることも考えないといけませんでした」
「全部、先に考えられるものか?」
「全部は、難しいでしょうね。ですから、変えられた後にも動けるように」
キーノは頷いた。
膝の上の本から、栞の紐が垂れている。
鬼太郎はそれを見て、尋ねた。
「その本は、どこまで進みましたか」
「昼よりは進んだ。お前がロンに負けてる間に」
「二回目も、勝てませんでしたね」
「三回目もだろ」
「はい」
鬼太郎は笑った。
キーノが本を開き、途中の頁を示す。
「ここ。前に話したところの続きだ」
鬼太郎は隣へ寄った。
彼女が指している行を読む。
暖炉が小さく鳴った。
帳面は、鞄に入ったままだった。
◆
寝室へ戻ると、ハリーは透明マントをもう一度広げた。
昼間、何度も思い出していた。
父親が、これを着ていた。
自分の肩へ掛けた布を、父親も同じように持ち上げたのだろうか。
そう考えるだけで、畳んでしまうのが惜しくなった。
ロンが寝台へ倒れ込む。
「明日、また試そうぜ」
「うん」
ハリーは答えた。
鬼太郎は自分の寝台へ座り、帳面を開いている。昼間のチェス盤らしい小さな図も、隅へ描いてあった。
ハリーはマントを畳んだ。
今朝の紙を、その上へ置く。
役立ててほしい。
名前のない言葉が、また目に入った。
これがあれば、誰にも姿を見られずに歩ける。
昼間は人が多く、調べるところも限られる。
図書館には、まだ見られていない本があった。
ニコラス・フラメル。
探しても、見つからない名前だった。
ハーマイオニーが戻る前に、何か分かるかもしれない。
ハリーは、禁書の棚を思い浮かべた。
そこで聞けば、許可を求められる。
けれど、今夜は誰にも聞かずに行ける。
ロンの方を見る。
既に目を閉じていた。
鬼太郎がペンを置き、帳面を閉じる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ハリーは、普段と同じ声で返した。
探索のことは、口にしなかった。
◆
灯りが消えてから、しばらく経った。
ハリーは目を開けたまま、待っていた。
ロンの寝息が聞こえる。
ほかの寝台からは、動く音がしない。
鬼太郎の帳面も、もう開かれなかった。
ハリーはそっと起き上がった。
床へ足を下ろす。
冷たさに、指を縮めた。
透明マントを肩へ掛け、頭まで覆う。
杖を持った手も、布の下へ入れた。
寝台の脇へ立つ。
見下ろしても、そこにあるはずの足が見えない。
朝は、そのことが面白かった。
今は少しだけ、心細い。
足音は残る。
鬼太郎が言ったことを思い出し、ハリーはゆっくり歩いた。
寝室の扉へ手を掛ける。
誰にも呼び止められなかった。
細く開けた隙間を抜け、廊下へ出る。
◆
鬼太郎は、寝台の中で目を開けていた。
ハリーが起き上がったとき、寝具の擦れる音で気づいていた。
続いたのは、床へ足を下ろす音と、ゆっくりした足音だった。
扉が開き、また閉じる。
鬼太郎は、そちらへ顔を向けた。
皆が眠るまで待ち、声を掛けずに出ていった。何かしら、考えがあってのことだろう。
何をしに行くのかは、聞いていない。
鬼太郎は、身体を起こさなかった。
話したくなれば、ハリーから話すこともあるだろう。今、追いかけて確かめる理由はなかった。
毛布を引き直し、目を閉じる。
◆
談話室の暖炉には、まだ火が残っていた。
誰もいない椅子の背へ、赤い光が落ちている。
ハリーは一度だけ、階段を振り返った。
今日は一人で行く。
何か見つけたら、明日ロンへ話せばいい。
マントの縁を握り直し、肖像画の向こうへ進む。
夜の城へ、姿の見えない一歩が出た。