神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

156 / 195
渡すものを選ぶために

第156話 渡すものを選ぶために

 

 帳面に残った二つの形を、鬼太郎は見比べた。

 

 途中で止めた線を伸ばし、一度は結んでみる。それから本の同じ箇所へ目を戻した。

 

 すぐ隣にも似た形がある。だが、繋がる先は違っていた。順に並んだ文章として追うと、そこで意味が途切れる。

 

 鬼太郎はペンを止めた。

 

 機械の中で、何を順に行わせたかは覚えている。今、見ているものは、そのまま画面に表示されていた記述ではなかった。

 

 字の並びが図へ入り、図から別の頁へ続く。

 

「分かるところはあるかね」

 

「以前の仕組みと、似た働きをしていそうな箇所はあります。ただ、同じ順で読めばよいわけではなさそうです」

 

 帳面を校長へ向けた。

 

「この並びが、そのまま次へ繋がると思ったんです。ですが、本では、こちらの図へ戻っています」

 

 書いた線の先を示し、本の上では指を浮かせて止める。

 

 ダンブルドアが二つを見比べた。

 

「図を一つずつ、独立したものとして見てしまうと、分からなくなるのかもしれん」

 

「ええ。字だけを追っても、足りませんね」

 

 鬼太郎は結んだ線へ斜線を入れた。

 

 消さずに残す。同じところへ戻ったとき、何を間違えたかまで分からなくなっては困る。

 

 校長が次の頁を開いた。

 

 鬼太郎は手を出さなかった。記憶が戻る反応を、もう一度起こすために触れる必要はない。今は、目の前に出されたものを確かめる。

 

 繰り返す形を写し、その傍にある図を比べた。別の頁へ続けば戻してもらい、見落とした線を探す。

 

 帳面の疑問符が増えた。

 

 時計の針が進み、窓から差す光がずれたころ、最初の形へ短い言葉を書き添えられた。

 

「……ここは、呼び出す相手へ繋ぐためのものだと思います」

 

「呼び出す、その動き自体ではなく?」

 

「はい。相手へ届くようにする処理です。この後に、別のものが続いています」

 

 鬼太郎は次へ目を送った。

 

 校長の手が帳面の端へ置かれる。

 

「一度、休もう」

 

「あと少しで、繋がりそうなのですが」

 

「その少しを、休んでから確かめるんじゃ。今朝のポンフリーの言葉を、忘れてはおらんだろうな」

 

 ペン先を見た。

 

 指にインクが乾いている。力を通したわけではないが、背中は同じ姿勢のまま重くなっていた。

 

 鬼太郎がペンを置くと、校長は本を閉じた。

 

 食事を取り、椅子から立って身体を伸ばした。

 

 窓の外へ目を向けると、さっき辿っていた図が、違う順番で浮かぶ。鬼太郎は机へ戻りかけ、足を止めた。

 

 まだ、休む時間だった。

 

 忘れないよう、思いついた順番だけ帳面へ短く書く。ペンを戻し、食事の続きを取った。

 

 調査を再開すると、午前中に止まった箇所を越えられた。

 

 ダンブルドアが頁をめくり、鬼太郎が読み取れた働きを言葉にする。校長は図を見ながら、その働きを魔法で担わせるならどうなるかを考えた。

 

「以前の機械は、儀式を代わりに行っていたんです。図形や言葉、行う順番を、機械が扱える形にして」

 

 鬼太郎は帳面へ小さな枠を描いた。その内側へ、図形、言葉、順番と書き入れる。

 

「機械の中に、儀式を行うための仮の場を設ける。僕が操作すると、必要な手続きをそこで進める仕組みでした」

 

「人が儀式の場で行うことを、機械の内へ持たせていたのじゃな」

 

「ええ。ただ、この紙に同じ場があるかは、まだ分かりません。この部分が以前の処理に当たるなら、図はそれを魔法で働かせるために置かれているのかもしれません」

 

「では、同じ処理でも、図が変われば結果も変わり得るか」

 

「そこを確かめないといけません。以前のものと似ていても、この本では違うところがあります」

 

 帳面に、悪魔召喚プログラムと書いた。

 

 その下へ、機械の代わりに本が行おうとしているものを、分かった範囲で並べる。

 

 形を写しただけだった頁に、少しずつ順番が生まれた。

 

 しかし、次へ進んだペンが止まった。

 

「前を、もう一度見せていただけますか」

 

 校長が戻す。

 

 鬼太郎は帳面の線を辿り、分かれた先を見比べた。

 

 呼ぶ側へ返ってくるはずのものが、見つからない。

 

「ここが、違います」

 

「何が違う?」

 

「呼ぶ側が条件を選ぶためのものが、見つかりません。その代わり、相手へ対価を取らせる処理があります」

 

 字の並びを示し、そこから続く図へ指を移した。自分の記憶だけを前提に話さないよう、一つずつ言葉へ直す。

 

「取引のための記述ではないのかね」

 

「取引なら、求められたものを渡すか、断るかを決められるはずです。これは、その返事を待たず、相手が取ることを通しています」

 

 鬼太郎は帳面へ二つの短い行を書いた。

 

 求められる。渡すか決める。

 

 下へもう一つ、相手が取る、と書く。

 

「僕の覚えている仕組みと比べると、ここが抜けています」

 

 二行目を指した。

 

 ダンブルドアは本へ目を戻した。

 

「別のところに、選ぶための記述がある可能性は?」

 

「あります。まだ、読めていないところがありますので」

 

 鬼太郎も、すぐに頷いた。

 

 不快なものを見つけたからといって、それで全てを読んだことには出来ない。

 

 ほかの頁から条件を戻せるのかもしれない。後ろへ続く記述が、まだ残っている可能性もあった。

 

 調べた範囲へ印を付け、繋がる先を追った。

 

 窓からの光が傾き、机へ温かな色が差し始めたころ、鬼太郎はペンを置いた。

 

 半日近くが過ぎていた。

 

 帳面は何頁も埋まった。それでも、魔導書には意味を書き添えられないところが残る。

 

「全部は、読めていません」

 

 帳面を校長へ向けた。

 

「ただ、召喚に繋がる部分は、ある程度分かりました。以前のプログラムを、この世界で働く形へ置き換えようとしたものだと思います」

 

「成功している部分もあれば、抜けている部分もあるのじゃな」

 

「ええ。荒削りな試作品に見えます。少なくとも、今読めた条件では、悪魔の側が有利すぎます」

 

 対価の箇所へ指を置いた。

 

「呼べることは、クィレル先生が示しています。ですが、呼んだ後で自分が何を渡すか決められず、一方的に取られる。使うたびに、むしり取られるようなものです」

 

「何を取られるかも、今は分からぬか」

 

「全部は、確かめられていません。相手や使い方でどこまで変わるのかも、調べないと」

 

 鬼太郎は唇を閉じた。

 

 自分で選んだ条件なら、対価を払うことは構わない。渡せるものを考え、要求と見合うか決めればよい。

 

 だが、自分のものを、相手の都合で持っていかれるのは違った。

 

 強くなるために、何を取られるかも決められない仕組みへ頼る。そのつもりで本を求めたわけではない。

 

「このまま使いたいとは、思えませんね」

 

「うむ。この本は、使用せんことにしよう」

 

 校長の声は静かだった。

 

「読めた部分だけでも、試すには危険じゃ。分からぬ箇所が残るなら、なおさらじゃな」

 

「僕も、試すつもりはありません」

 

 ダンブルドアは対価へ続く線を見た。

 

「では、取らせる記述を消せば、それで済むかね」

 

 鬼太郎は本と帳面を見比べた。

 

「……まだ、そうとは言えません」

 

「儀式を動かすための消費と、悪魔が求める対価は、同じとは限らぬ。この箇所が、両方の働きを担っている可能性はないか」

 

「あります。取らせるところだけ消したつもりで、呼ぶために必要な処理まで切ってしまうかもしれません」

 

 鬼太郎は原本へ手を伸ばさず、帳面の該当箇所を丸で囲んだ。

 

「前後が何を受け渡しているのか、先に確かめます。必要な働きもここにあるなら、消す前に、何で代わりをさせるか考えないと」

 

 丸の横へ、儀式の消費と対価を分けて確認、と書き添える。

 

 どこまでが同じ処理なのかも、まだ読めていなかった。

 

 ダンブルドアは、すぐには表紙を閉じなかった。

 

 書き留めた行と、そこへ置かれた鬼太郎の指を見比べる。

 

「じゃが、調べたことが無駄になるわけではない」

 

 鬼太郎は顔を上げた。

 

「解明すれば、本に何を行わせる必要があるかも、どこが欠けているかも、今より分かる。この不備を引き継がず、新しい本を作れる可能性はあるじゃろう」

 

「この世界の魔法で、プログラムを働かせる方法ですね」

 

「うむ。あるいは、以前使っていたCOMPに相当するものを作る、手掛かりになるかもしれん」

 

 鬼太郎は、二行目へ置いた指を動かした。

 

 この本を使えないからといって、道がなくなったわけではない。

 

 機械へ行わせていた処理は思い出している。それを何に担わせればよいのかは、目の前の校長が知る魔法と照らして考えられる。

 

「どちらが作れるかは、まだ分かりませんが」

 

「そうじゃ。作れても、安全に使えるかは、別に確かめねばならぬ」

 

「ええ。まずは、自分が何を渡すか選べるものにしたいですね」

 

 校長が眼鏡を直した。

 

「わしとしては、悪魔の召喚などせずに済ませてほしいのじゃが……方法が見つかれば、鬼太郎はやるのじゃろうな」

 

「はい。そのために、調べていただいていますから」

 

 鬼太郎は少し笑った。

 

「ただ、明日にでも使いたいわけではありません。時間をかけて、納得出来るものにしたいんです」

 

 この本のほかにも、覚えたい術はある。知っている呪文を、もっと使える形へ練ることも出来る。

 

 今、呼べなければ全てが止まるわけではなかった。

 

「呼ぶ相手も、受け入れる条件も、僕が選べるものを作りたい。そのために待つ時間まで、惜しむつもりはありません」

 

「うむ。まずはこの書を解明し、どこを改めればよいか確かめていこう」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

 校長が召喚を安心して認めたわけではない。その顔からも言葉からも分かる。

 

 それでも、約束した調査を打ち切るとは言わなかった。

 

 ダンブルドアが本を閉じた。

 

「今日はここまでにしよう。続きは、休んでからじゃ」

 

 鬼太郎は、戻って確かめたいところへ印を付けた。

 

 最後の行へ、新しい本とCOMPの二つを書き留める。その下には、まだ意味を取れていない頁の位置を並べた。

 

 羽根ペンを置く。

 

 校長が原本を自分の傍へ引き寄せた。

 

 鬼太郎は帳面のインクが乾くのを待ち、鞄へ収めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。