第175話 五点の差にも、名が並ぶ
大広間へ続く廊下まで、話し声が溢れていた。
ハリーは、ロンと並んで歩いていた足を少し緩めた。ポンフリーから宴へ出る許可はもらえたが、走ったり騒いだりせず、疲れたら戻るようにと念を押されている。
「何だろう」
開いた扉の向こうを見て、ロンが立ち止まった。
大広間には、赤と金の飾りが下がっていた。
グリフィンドールの卓では、何人もの生徒が入口の得点を確かめに来ていた。戻った生徒へ、待っていた者たちが一斉に顔を向ける。
「本当に六百三十五なのか?」
「だから、そうなってるって。五点上だよ」
「昨日は四百十五だったぞ」
ロンが、ハリーと顔を見合わせた。
「二百二十点?」
「僕に聞かれても……」
スリザリンの卓からも声が上がっていた。
「昨日まで、こっちが上だっただろう」
「何の点なんだ?」
ほかの二つの卓でも、赤い飾りを見上げたり、グリフィンドールの方を窺ったりしている。地下の事件ではないかという声もしたが、その隣からは、誰かが試験で特別な点を取ったのだという話が聞こえた。
ハリーが入ってきたことに気づき、近くの生徒が口を止めた。
次の瞬間、別の場所で名前を呼ばれる。
「ハリー、もう出てきていいのか?」
「うん。先生に許可はもらったよ」
答えながら卓へ向かう。地下で何があったのか、どこまで知られているのだろう。視線を感じるたびに、何か聞かれるのではないかと肩が固くなった。
ハーマイオニーが席を空けてくれた。向かいにはキーノと鬼太郎、その隣にはネビルがいた。
「君たち、知ってる?」
ロンが座るなり尋ねた。
「私たちも、今見たところよ」
ハーマイオニーは教師席へ目を向けた。
「加点があったんでしょうけど、二百二十点も一度に、何に対してなのかしら」
「お前たちが戻ったときのことじゃないのか」
キーノが言った。
鬼太郎は赤い旗を見上げ、それから教師席へ視線を移した。ダンブルドアは、隣のマクゴナガルと短く言葉を交わしている。
「それなら、先生がお話しになるでしょうね」
ハリーは毛布のない自分の腕へ目を落とした。寮へ戻って宴に出られれば、それでよいと思っていた。得点が増えることまで、考えてはいなかった。
やがてダンブルドアが立った。
話し声はすぐには止まらず、校長が大広間を見渡して待つ間に、卓の端から順に小さくなった。
「皆、席へつきなさい。今夜の食事の前に、得点について話しておこう」
入口に集まっていた生徒たちも戻っていく。長椅子を動かす音が収まると、ダンブルドアは続けた。
「昨日までの得点と違っていることに、気づいた者は多いじゃろう。今年度の最終集計には、先日の事件で示された行動への評価を加えてある。その理由を、皆にも伝えたい」
ハリーの隣で、ロンの膝が止まった。
「まず、ロン・ウィーズリー」
名前を呼ばれ、ロンは背筋を伸ばした。
「危険な盤面を読み、仲間が進むための手を見つけた。自らの役目を引き受け、最後までやり遂げた判断と勇気に、五十点」
グリフィンドールの卓から拍手が起きた。
ロンは口を僅かに開けたまま、校長を見ていた。兄たちの方から大きな声が飛ぶと、ようやく顔を向け、耳まで赤くする。
ハリーも手を叩いた。倒れた駒の下に残した友人が、今は隣に座っている。
「ハーマイオニー・グレンジャー」
彼女は、拍手していた手を止めた。
「得た知識を、必要な場で正しく使い、困難な問いの前でも冷静に考えた。その知恵によって仲間の進む道を開いたことに、五十点」
また拍手が広がった。ハーマイオニーは目を伏せ、胸元へ手を置いた。隣から祝う声を掛けられると、小さく礼を返す。
キーノも拍手していた。鬼太郎はハーマイオニーへ目を向け、彼女が顔を上げたところで頷いた。
あの部屋で、必要な条件を拾い、答えを絞った。普段から積み重ねていたものが、授業の外でも彼女を支えていた。
「ハリー・ポッター」
自分の名が大広間へ響き、ハリーは息を止めた。
「恐ろしい相手を前にしても、自ら考え、仲間のために行動した。苦境で諦めず、賢者の石を守り抜いた勇気に、六十点」
拍手が、一段大きくなった。
ハリーは何をすればよいか分からず、教師席を見た。校長は穏やかな顔で頷いた。マクゴナガルの口元にも笑みがある。
スネイプは椅子へ座ったまま、こちらを見ていた。その表情から何かを読み取る前に、ロンに肩を叩かれた。
「六十点だぞ、ハリー」
ハリーは友人へ顔を戻した。
夜に寮を抜け出した後、誰も目を合わせてくれなかった食卓が浮かんだ。自分たちのせいで点を失ったと、責める声が続いた。
同じ卓から、今は名前を呼ばれている。
笑い返そうとすると、胸の奥が詰まった。
拍手が収まるのを待ち、ダンブルドアが次の名を告げた。
「墓場鬼太郎」
鬼太郎は教師席へ顔を向けた。
「仲間を救うために進み、危険の中で状況を見極め、ハリーと力を合わせて反撃の機会を作った。仲間を支え、共に戻った行動に、五十点」
キーノが隣を見た。
「お前の分も、入っていたな」
「ええ。これで、かなり増えましたね」
「それだけか?」
彼女は呆れたように言ったが、すぐ手を叩き始めた。ハリーもロンも拍手を送る。
少し離れた席では、最初に鬼太郎と決闘した三年生が手を叩いていた。レイブンクローの卓にも、杖を向け合った四年生の姿がある。鬼太郎が目を向けると、彼は拍手を続けたまま、僅かに顎を上げた。
ほかの席からも、見覚えのある上級生たちが拍手を送っていた。フリットウィックの前で礼を交わし、呪文を打ち合った相手だった。自分の寮の得点にはならなくても、手を叩いてくれている。
鬼太郎の杖を飛ばした五年生とも、目が合った。再戦を頼むと、時間が合うときにな、と答えた相手だ。鬼太郎が軽く頭を下げると、彼は口元を緩めて頷いた。
校長の説明に、銃のことも、杖とは別の力も出てこなかった。自分たちが何を相手にしたか、その全てを、この場で話すつもりはないらしい。
教師席のダンブルドアと目が合った。鬼太郎が頷くと、校長は大広間へ視線を戻した。
「そして、ネビル・ロングボトム」
隣で、椅子が小さく鳴った。
ネビルは顔を上げ、左右を見た。ほかに同じ名の者がいるわけでもないのに、自分が呼ばれたとは思えない様子だった。
「敵へ立ち向かうにも、勇気が要る。じゃが、友人を止めるために、その前へ立つことも容易ではない」
ロンの手が膝へ下りた。ハーマイオニーも、ネビルを見た。
「一人であっても、自分が正しいと思うことを伝え、止めようとした。その勇気に、十点」
ネビルは動かなかった。
鬼太郎は、彼の顔を見ていた。談話室の敷物へ横たわり、身体を動かせないまま、目だけでこちらを追っていた。解除して話を聞くと、止められなかったことを気にしていた。
それでも、三人の前へ立ったのは本人だった。
鬼太郎は拍手をした。
音に気づき、ネビルがこちらを向く。
「よかったですね、ネビルさん」
「僕、止められなかったのに」
「止めようとしたことを、先生も見てくださったのでしょう」
ハーマイオニーが、寝巻き姿で立ちはだかった友人へ身を寄せた。
「あのときは、ごめんなさい」
ネビルは彼女を見て、頷いた。何か返そうとしても、卓の向こうから祝う声が続き、うまく言葉にならないようだった。
ダンブルドアが、五人へ向けられた拍手を静かに待った。
「以上の二百二十点を反映した最終得点は、グリフィンドール六百三十五点、スリザリン六百三十点。五点の差で、本年度の寮杯はグリフィンドールへ贈る」
歓声が上がった。
ロンが立ちかけ、隣のハリーへぶつかった。慌てて座り直してから、二人で笑う。ネビルの背中は次々に叩かれ、彼は身を縮めながらも、とうとう笑顔になった。
スリザリンの卓では、黙って前を見る者も、隣へ不満を漏らす者もいた。マルフォイは口を固く結び、赤い飾りから顔を背けている。
ダンブルドアは、歓声が少し落ち着くのを待った。
「スリザリンが一年を通じて積み上げた六百三十点も、見事な成果じゃ。最後まで競い合った皆の努力を、わしは称えたい。ほかの二寮にも、それぞれに学び、成し遂げたことがある。今年得たものを、来年へ持っていってほしい」
教師席から拍手が起きた。フリットウィックが小さな手を打ち、マクゴナガルも続く。生徒たちの卓にも、再び拍手が広がった。
スリザリンの卓では、校長の言葉を聞いても、悔しそうな顔は変わらなかった。だが、彼らへ向かって囃し立てる声が続く前に、校長が両手を広げた。
「では、一年の終わりを祝おう。皆、よく食べるんじゃぞ」
金の皿へ料理が現れた。
目の前の湯気を見て、ハリーはようやく肩の力を抜いた。病室で食べたものより、ずっと賑やかな食卓だった。
「僕の十点がなかったら」
ネビルが、まだ信じられない様子で言った。
「五点、届かなかったんだね」
「そうだよ。君の十点で勝ったんだ」
ロンが答えた。ネビルは自分の皿へ目を落とし、また顔を上げて、赤い旗を見た。
キーノは料理を取り分けながら、鬼太郎へ肘を寄せた。
「お前、勝ったのに、いつもと変わらないな」
「皆さんが喜んでいるのは、よいですね」
「杯の方は?」
「五点で決まるのですから、普段の授業の一点も、案外侮れませんね」
ハーマイオニーが顔を向けた。
「その一点を、自分から減らさないようにしてね」
最初の魔法薬学で、質問の途中へ口を挟んだことを言っているらしかった。鬼太郎が笑うと、キーノが頷いた。
「まず、手を挙げろ」
「今は、そうしていますよ」
ロンが笑い、ハリーもつられて笑った。
寮杯が決まったからといって、地下での恐ろしさが消えたわけではない。クィレルの声も、焼けた腕も、まだ思い出せる。
それでも、今は友人たちと同じ卓にいた。
「二人も、明日は汽車に乗るの?」
ハリーが尋ねた。
「僕たちは、ポートキーで砦へ戻ります。いつも森へ帰るときと同じです」
鬼太郎が答えると、ロンはフォークを止めた。
「じゃあ、ここでお別れか」
「明日は、汽車のところまで見送りに行く」
キーノが言った。
「まだ、今夜の食事も終わっていないんだぞ」
「そうね。出発前にも、話せるわね」
ハーマイオニーが頷く。ロンも料理へ目を戻し、鬼太郎へ皿を差し出した。
ハリーは赤い飾りを見上げた。
明日の向こうには、ダーズリー家へ帰る日がある。考えれば、気が重くなる。皆と同じ卓を囲めるのも、今夜がこの学年の最後だった。
「休暇が終わったら、また話そうよ」
「ええ。どんなふうに過ごしたか、お聞かせください」
鬼太郎が答えた。隣では、キーノも頷いている。
ハリーは、ロンから回ってきた皿を受け取った。
まだ席を立つ時間ではなかった。もう少し料理を取り、皆の話へ耳を傾けた。