神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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第十一章 違う望みを囲む卓
推薦状の中の、よく知る名前


第191話 推薦状の中の、よく知る名前

 

 生徒のいない城では、廊下を歩く靴音が長く響いた。

 

 ミネルバ・マクゴナガルは書類を抱え、校長室へ入った。

 

 机の上には、彼女が持ってきたものとは別の封書が積まれている。窓から入る光が、その一番上の封蝋を照らしていた。

 

「来学期の準備について、ご相談があります」

 

「座りなさい、ミネルバ。ちょうど、わしも君に見てもらいたいものが届いたところじゃ」

 

 ダンブルドアは椅子を勧めた。

 

 彼女は腰を下ろし、書類を膝へ置いた。

 

「闇の魔術に対する防衛術の件でしたら、こちらも同じです。担当が決まらなければ、教科書の指定を含め、進められないものがあります」

 

「うむ。いつまでも、空欄にはしておけんからの」

 

 ダンブルドアが、机の紙へ目を落とす。

 

 教師の名が並ぶ中で、一つだけ、書き込まれていない場所があった。

 

 ミネルバは、その行を見た。

 

「……今年こそ、長く務めてくださる方が見つかるとよいのですが」

 

 口にしてから、小さく息を吐いた。

 

「生徒たちの間では、あの職は呪われているとまで噂されています」

 

 ダンブルドアが顔を上げた。

 

「それは噂じゃよ、ミネルバ。事実ではない」

 

「でしたら、なおさら今年は、その噂を忘れさせていただきたいものです」

 

 ミネルバは答えた。

 

 ダンブルドアは、それ以上その話を続けず、一番上の封書を手に取った。

 

     ◆

 

「理事たちから、推薦が来ておる」

 

 封書を開き、彼は中の紙を広げた。

 

「ギルデロイ・ロックハート。本人からも、教師職への応募が届いておるよ」

 

 ミネルバが、少し目を見開いた。

 

「ロックハートですか」

 

「よく知られた名じゃな」

 

「ええ。著書を見ない書店を探す方が、難しいでしょう」

 

 ミネルバは、差し出された推薦状を受け取った。

 

 理事たちが挙げているのは、彼の知名度だけではなかった。各地で危険な存在と対峙してきた経験を、生徒への指導に役立てられるだろうと書かれている。

 

 ダンブルドアは、もう一通を開いた。

 

 本人の署名が入った応募書類だった。

 

「経歴も、随分と長くなったものじゃ」

 

 彼は眼鏡越しに文字を追い、読み上げ始めた。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校卒業。マーリン勲章第三級。闇の力に対する防衛術連盟の名誉会員……各地の魔法生物や、呪いへの対処を記した著書も、多数ある」

 

 頁を一枚送る。

 

「バンシーの騒動を鎮め、トロールに対処し、人狼の害から人々を救った。その経験をまとめた書物が、広く読まれておるようじゃな」

 

「実際の経験を、読める形にして伝えることにも慣れているのでしょうね」

 

 ミネルバが言った。

 

「授業でどう教えるかは、伺う必要がありますが」

 

「もちろんじゃ」

 

 ダンブルドアは頷いた。

 

 書類には、受賞歴も続いていた。

 

 笑顔を選ぶ雑誌の賞のところで、彼の指が止まる。

 

「こちらも、五度受賞したそうじゃよ」

 

「……生徒の前で笑えることは、悪いことではありません」

 

 ミネルバは、僅かに口元を緩めた。

 

「ですが、防衛術の授業には、ほかにも必要なものがあります」

 

「そのようじゃな。では、近頃の活躍も見てみよう」

 

 最後に、別の紙が添えられていた。

 

     ◆

 

 前の頁より、文章は短かった。

 

 その分、冒頭の言葉は大きかった。

 

 新たな発見と、古い秘宝について。

 

 ダンブルドアは紙を持ち直した。

 

「これまで所在を知られていなかった、オーディンゆかりの古い聖所を発見した、とある」

 

「オーディンの?」

 

 ミネルバの視線が上がった。

 

「奥には秘宝を守る怪物が潜み、立ち入る者を阻んでいた。彼はこれを討ち、失われた指輪を手にしたそうじゃ」

 

 ダンブルドアは、次の行へ目を移した。

 

「指輪から現れたのは、戦乙女ヴァルキリー。彼の力量を認め、以後、使い魔として従うことになったという」

 

 読み終えた後、部屋は少し静かになった。

 

 遠くの止まり木で、フォークスが羽を動かした。

 

「戦乙女を、従えたのですか」

 

「書かれていることは、そのとおりじゃな」

 

 ダンブルドアは紙を差し出した。

 

 ミネルバが受け取り、最初の行から読む。

 

 オーディンの名と、守護する怪物、指輪に収められた戦乙女。

 

 それらは、ロックハートが整えた発見の物語だった。

 

 彼が怪物と戦った遺跡など、実際にはない。誰も見つけていないという説明は、その場所を知る者がいない理由にもなった。

 

 今、ミネルバの手にある紙には、完成した経歴だけが並んでいた。

 

     ◆

 

「これほど数々の功績をお持ちの方が、ご自身から教師に立候補されるとは……」

 

 ミネルバは、もう一度署名を見た。

 

「理事たちが推すのも、分かります。指導方針を伺う価値は、十分にあるでしょう」

 

 ダンブルドアは両手を机の上へ置いた。

 

「採用を決める前に、本人と話す必要はあるの」

 

「ええ。使い魔についても。学校へ伴うおつもりなら、生徒のそばでどう扱うのかを確かめなければなりません」

 

「その点も、面談で聞くとしよう。君にも同席してもらえるかね」

 

「もちろんです」

 

 ミネルバは答え、書類を揃えた。

 

 だが、すぐには返さなかった。

 

「在学中から、人に認められたいという気持ちの強い生徒でした」

 

 声に、先ほどとは違う柔らかさが混じった。

 

「そのために、これほど努力を重ねていたのですね」

 

 ミネルバの目が、書かれた功績へ向く。

 

「立派になられたものです。今度は、その経験を生徒たちへ伝えてくださるのなら、喜ばしいことです」

 

 ダンブルドアは、彼女を見た。

 

 卒業した生徒の名前を見る機会は、珍しくない。

 

 あの頃には思いもしなかった仕事へ進み、思いがけない力を身につけて帰ってくる者もいた。

 

 ミネルバが喜ぶのも、分かる。

 

「そうじゃな」

 

 彼は答え、書類を受け取った。

 

     ◆

 

 ギルデロイ・ロックハート。

 

 ダンブルドアにも、覚えている顔があった。

 

 人の視線が自分へ集まると、いっそう声がよく通る生徒だった。褒められる機会を逃さず、自分の名を覚えてもらうことに熱心だった。

 

 その顔へ、手元の功績を重ねてみる。

 

 長い旅をし、危険を越え、人を救う。

 

 書物へまとめて名を広め、ついには古い伝承にある戦乙女まで従えた。

 

 在学中の印象だけで、その後を決めつけることはできない。

 

 それでも、どこかが、うまく重ならなかった。

 

 ダンブルドアは最初の頁へ戻った。

 

 名前、受章歴、著書。

 

 文字を追い直しても、引っ掛かったものを言葉にはできない。

 

「校長?」

 

 ミネルバに呼ばれ、彼は顔を上げた。

 

「面談の日取りは、こちらで候補を出しましょうか」

 

「うむ。新学期の準備に間に合うよう、早めに会おう」

 

 ダンブルドアは白紙を一枚寄せた。

 

「推薦への返事も必要じゃな。本人に、都合を尋ねる手紙を出しておくれ」

 

「承知しました」

 

 ミネルバが立ち上がる。

 

 書類を抱え直した彼女の表情には、候補が見つかった安堵だけでなく、かつての教え子に会う期待もあった。

 

 扉が閉まった後、ダンブルドアは応募書類を机へ置いた。

 

 まだ、何かが引っ掛かっていた。

 

 何が、と問われても答えられない。

 

 彼は暫くその名前を見つめてから、推薦状を重ねた。

 

 まずは、本人に会ってからだ。

 

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