第203話 呼び声に応える者
ダンブルドアが広げた紙には、昨日とは違う書き込みが増えていた。
鬼太郎も帳面を開き、囲んでおいた箇所へ指を置いた。
「この先からですね」
「うむ。ただ、その前に確かめたい。取られたものが、全て同じところへ渡るとは限らぬのじゃな」
「まだ、そこまで読めていません。相手に取らせる記述は分かりましたが、その前後で、何を使っているかは」
老人は頷き、自分の紙を隣へ寄せた。
「わしも戻ってから、儀式に必要なものと、相手へ渡すものを分けて調べてみた。似た言葉で書かれていても、役目まで同じとは限らん。君が読む際に、こちらからも確かめたい」
鬼太郎は魔導書を手前へ引いた。
表紙を開き、昨日の記録を頼りに頁をめくる。読み直すと、既に意味の分かった箇所から、まだ追っていない線が延びていた。
先へ進み、また戻る。
途中でペンを置き、両手で開く位置を変えた。
「こちらは、呼ぶ相手へ繋がっていますね」
「相手へ何かを渡すためかね」
「いえ。誰が来るか、という方です」
鬼太郎は新しい頁へ図を写した。
前世の機械について説明した頁も、その隣へ開く。
記録した相手の情報を選び、召喚の手続きを動かす。昨日、校長へ説明したその流れを、今度は本の中へ探した。
ところが、途中で合わなくなった。
鬼太郎は別の頁も読み、最初に写した図へ戻った。
「……選んでいません」
「どこを見ておる?」
「初めて呼ぶ相手を、こちらで定めるところです。僕が知っているものとは、違いますね」
鬼太郎は、機械の説明へ書いた印を示した。
「特定の相手の情報を、ここへ渡していません。この条件に当てはまるものへ、呼び掛けているようです」
ダンブルドアは、原本と帳面の位置を入れ替えた。自分に読める方を近くへ置き、鬼太郎の説明した繋がりを辿る。
「では、使う者が望んだ悪魔が来るわけではないのか」
「はい。もう一度、初めから呼べば、違う相手が来てもおかしくありません」
「同じ種類が来ることもある?」
「ええ。ですが、それを狙って選べるわけではありません」
老人の指が止まった。
「昨日の話と合わせると、相手も選べず、その相手の求めるものは取らせることになるのじゃな」
鬼太郎は原本へ目を戻した。
相手の顔も知らないうちに、返事だけは受け入れたものとして進む。
使い手へ選ばせない箇所が、また一つ増えた。
「ここで、終わっていませんね」
鬼太郎は先を読んだ。
今度は、別の記述から、先ほど通った箇所へ戻ってくる。こちらで使われているのは、新しく相手を求めるための情報ではなかった。
ペンを取り、図の脇へ書き加える。
ダンブルドアが身を寄せた。
「同じところへ戻るのに、違う道を通るのか」
「契約した相手を、もう一度呼ぶときです。こちらでは、その相手に繋がるものが使われています」
鬼太郎は頁を押さえ、前後を読み比べた。
契約したものの記録が、そのまま残る。
初めに相手を定めることはできなくても、一度できた繋がりは、呼ぶたびに捨てられるわけではなかった。
「倒されるまでは、同じ個体を呼べるようです」
「毎回、別のものを引き当て直すのではないのじゃな」
「はい。契約する前と、その後は分けて読んだ方がよさそうです」
鬼太郎は二つの図の間へ、少し空きを作った。
その先まで追ってから、小さく眉を上げる。
「それに、一体だけとも限りません」
ダンブルドアが顔を上げた。
「一度に、複数か」
「ええ。同じ種類が、二体来ることもありそうですね」
鬼太郎の目の前に、石の廊下が浮かんだ。
低い身体に、握った刃物。一方が壁へ押しつけられる間に、もう一方が横から飛び出してきた。
「ハロウィーンのコボルトも、二体でした」
「そのときの契約を、わしたちが見たわけではないが……今の説明とは合うな」
「はい。二体いたこと自体は、確かです」
鬼太郎は、同じ呼び掛けから複数へ繋がるところを書き写した。
二体なら、二体とも別の相手だ。一方の姿を覚えているからといって、もう一方まで同じ意思で動くことにはならない。
契約した後の繋がりも、それぞれについて読む必要があった。
ダンブルドアは、自分の記録へ何か書き足した。
「来るものを選べぬ代わりに、一度に複数を得ることもある。使う者には、魅力に見えるじゃろうな」
「それで、何を渡すことになるかは分かりませんが」
鬼太郎が返すと、老人の筆が止まった。
しばらく、二人とも紙の上を見ていた。
◆
呼ぶ相手に関わる条件は、午後まで掛かって読んだ。
形の違う図を、同じ働きだと思って見ていた箇所もある。鬼太郎が一度書いた説明を直すと、ダンブルドアも自分の紙へ引いた線を改めた。
やがて、鬼太郎は本から顔を上げた。
「強い相手を、どこまでも呼べるものではありませんね」
「呼び掛ける範囲が、決まっておるのか」
「ええ。かなり、低いところまでです。形も単純で、力の弱いものから……上でも、森で戦ったラクシャーサほどでしょうか」
その名前を口にすると、剣の届く範囲を思い出した。
サーシェスと二人で、止めなければならなかった相手だ。あのときよりできることが増えても、今すぐ同じ手が通ると考えるつもりはなかった。
ダンブルドアは鬼太郎の顔を見た。
「君にとって、あれも低い方なのじゃな」
「悪魔の中では、です。あのときの僕たちにとって、楽な相手ではありませんでしたよ」
「うむ。それは忘れぬようにしよう」
老人は、記録した条件のところへ印を付けた。
「数が増えれば、その分だけ扱いやすくなるわけでもない」
鬼太郎は頷いた。
同じ相手なら、次にどう動くかを考えられる。だが、初めに来る者さえ分からないのでは、こちらの用意と噛み合うかどうかも怪しかった。
複数いれば、誰が何を望むかも聞かなければならない。
鬼太郎は帳面を自分の方へ戻した。
「名前を決めて呼ぶことは、今の僕には難しいですね」
「思い出せぬのかね」
「ええ。仕組みは書けても、相手の名前まで戻ったわけではありません。この世界で出会って、思い出したものなら分かりますが」
コボルト。ラクシャーサ。
そこから先へ名を並べようとしても、続かなかった。
だからといって、何が来るか分からないまま、取られる条件を受け入れる気にはなれない。
鬼太郎は、初めて相手を呼ぶ方の図へペン先を向けた。
「名前ではなく、呼び掛ける内容を変えられないでしょうか」
ダンブルドアは紙を置いた。
「どのように?」
「僕と契約してもよいと思う相手に、応じてもらいやすくしたいのです。何をしたいかも、先に伝えられれば」
老人は少し考えた。
「君に似た考えを持つものを、求めるのかね」
「それも、よいかもしれません。戦うことを好む相手でしたら、僕と一緒にいる楽しみもあるでしょう」
口にすると、少し愉快になった。
未知の相手を呼ぶこと自体が、嫌なのではない。自分にはなかった使い方を見せる者が来れば、話もしてみたかった。
ただ、戦うつもりのない相手を引きずり出し、こちらの望むとおりに動くものとして数えるのは、うまくいきそうになかった。
「ですが、考えが似ていなくても、僕の話に乗り気なら構いませんよ」
「似ておることより、話を聞く意思があることを先にしたいわけじゃな」
「はい。僕と同じことばかり考える相手でなくても、面白いでしょうから」
ダンブルドアは、鬼太郎の図を見た。
「今の本でも、何にでも届く呼び声ではない。ならば、その範囲へ、別の条件を持たせられるかを調べる余地はある」
「ええ。ここへ、何を加えればよいかです」
鬼太郎は図の外へ、短い言葉を記した。
契約を望む相手。
書いたところで、校長の指が、その下へ置かれた。
「ただ、呼び掛けに応じたからといって、契約の条件まで受け入れたとは限らんよ」
「……話に興味はあっても、要求が合うとは限りませんね」
「うむ。会ってから、やめたいと思うこともある。君の方にも、同じことがあるじゃろう」
鬼太郎は昨日の頁を開いた。
返事を待たず、受け入れたものとして進める記述が囲まれている。
「そちらを残したままでは、僕の望むものにはなりませんね」
相手を選ぶ手掛かりが増えても、最後に選べなければ、同じことだった。
鬼太郎はペンを置き、原本の頁を戻した。
「呼び掛けに応じてもらうところと、お互いに条件を決めるところは、分けたいです。どちらかが嫌なら、そこでやめられるように」
「その順番を、儀式の中でどう働かせるかじゃな」
ダンブルドアは自分の書き付けを引き寄せた。
「わしの方でも、承諾を待って次へ進む仕組みを調べてみよう。ただし、こちらの魔法に例があっても、そのままこの本へ足せるとは限らん」
「僕は、機械で行っていた方から考えてみます。先に進ませず待つところと、断られた後に終えるところを」
二人は、今ある図とは離れた場所へ、それぞれの案を書いた。
鬼太郎は、初めの一行で手を止めた。
自分の望みを伝えるとして、何を、どこまで伝えるのか。
ただ強い相手が欲しいと呼べば、呼ばれた方は、自分に何を求められていると思うだろう。こちらも戦うつもりだと伝えた方が、興味を持つ相手は増えるかもしれない。
その代わり、別の望みを持つ者には、届きにくくなるかもしれなかった。
鬼太郎は考え直し、書きかけた言葉の脇へ問いを残した。
向かいでも、ダンブルドアが書いては止まり、自分の資料へ戻っていた。
原本には、まだ何も加えていない。
鬼太郎はそこから一度手を離し、新しく考えた呼び掛けを、校長の方へ向けた。
「こちらからなら、どうでしょう」