第204話 断るための一行
ダンブルドアは、差し出された紙を手前へ引いた。
鬼太郎が書いたのは、共に戦うことを望む相手への呼び掛けだった。その下には、何を伝えるべきか迷った跡が残っている。
「戦う相手を求める、と読めなくもないの」
老人が言った。
鬼太郎は書いた言葉を見直した。
「僕と戦いたい方が来るかもしれませんね」
「それでもよいのかね」
「お会いしてみたいとは思いますよ。ただ、今考えている契約とは、別のお話です」
鬼太郎はペンを取り、呼び掛けの最初へ言葉を足した。
自分と組み、共に戦うこと。
それを、相手が望むかどうか。
書き直したものを向けると、ダンブルドアは前の文と読み比べた。
「これで、君と争う相手を募っておるのではないと分かるな」
「もっとも、契約したら一度も杖を交えない、というつもりでもありませんが」
「その辺りは、相手と会ってから話すがよかろう」
老人の返事に、鬼太郎は笑った。
全てを最初の一文へ押し込もうとすると、呼び掛けだけで紙が埋まりそうだった。それでも、何を求めているかを曖昧にしておけば、来た相手と話すところから困る。
鬼太郎は余計な一節を線で消し、脇へ移した。
ダンブルドアが、その下の空白を指す。
「では、誰も応じなかったら?」
「そこで終えるようにしたいですね。何も返ってこないのに、呼び続ける必要はありません」
「それを、どこで終わりとするかじゃ」
鬼太郎はペン先を止めた。
前世の機械では、順に処理を進め、結果を受けて別の処理へ移っていた。相手が見つからないなら、その後の召喚を始めない。終えるための処理も、プログラムの一部だった。
ただし、いま二人が見ているのは、機械ではない。
鬼太郎は帳面の説明を開いた。
「こちらでは、応答を待つところと、待ち終えるところがあります。待っている間に、次へ進めるのではありません」
ダンブルドアはその箇所を読み、自分の書き付けも確かめた。
「儀式を続ける働きを止めるとしても、そこで使い始めたものが残るかもしれん。呼び掛けをやめたことと、始める前へ戻ったことは、同じとは限らぬな」
「機械の方でも、途中から先を読ませなければ、それで済むという作りにはしません。終えるところへ進ませます」
鬼太郎は新しい紙を一枚取った。
呼び掛けから先へ線を引き、二つへ分ける。
一方には、応答があった場合。
もう一方には、なかった場合を書いた。
後者の先へ何を書くかで、また手が止まった。
「ここは、まだ具体的には書けませんね。魔法で何を終わらせる必要があるか、分かっていませんから」
「うむ。だが、必要な場所は残しておこう」
ダンブルドアは、線の先へ小さく印を付けた。
できないところを空けておくと、次に何を調べるかが見えた。
鬼太郎は魔導書を開き、今度は応答のあった方を辿った。
そこから先には、先日囲んだ記述がある。
受け入れたものとして進み、対価を取らせる。
呼び掛け方だけを変えても、ここへ戻ってくれば、相手の要求を断る余地はなかった。
「こちらで、僕たちの返事を待たせたいのです」
鬼太郎は、原本から写した図の外へペン先を置いた。
「向こうが何を求めるか分かってから、渡してよいか決める。嫌でしたら、その先へ進めない」
「では、君が条件を伝えた後で、相手が断ったら?」
「それも、終わりですね」
今度は迷わず答えた。
ダンブルドアが、紙へ書いた線を追う。
「その二つを、この本のどこへ繋げるかじゃな」
◆
鬼太郎は、同じ頁を何度も開き直した。
条件に関わる記述がないわけではない。だが、自分の返事を待ち、断ったときには終えるという道を探すと、途中で先日の箇所へ戻ってしまう。
校長も、鬼太郎の説明した順番を自分の紙へ写し、前後を確かめた。
「ここを通らずに、こちらへ移ればよいかと思ったのじゃが」
ダンブルドアが一つの線を指した。
鬼太郎はそこから先を読み、首を振った。
「そちらでは、もう契約した相手の記録を使っています。初めて来た相手に、同じものがあるとは扱えません」
「先に記録ができておることを、当てにしてしまうか」
「はい。断った相手を、そのまま契約したものとして残しても困りますし」
ダンブルドアは引きかけた線を取り消した。
相手の情報を記録することと、その相手を呼び出す儀式は、同じではない。それでも、記録ができる順番を変えれば、その後の儀式へ渡すものまで変わる。
鬼太郎は、機械の中で行っていた処理へ考えを戻した。
何を決める前で、何を済ませた後なのか。
そこを飛ばして、似た記述へ繋ぐだけでは、自分が嫌った本とは別の不具合を作ることになる。
「元の本に、断った後の終え方を任せるのは難しそうですね」
「少なくとも、今読めておる範囲ではな。消した先へ、都合よく戻る場所があるとは考えぬ方がよい」
鬼太郎は、手元の案に二本目の線を足した。
相手の要求を断る場合と、こちらの条件が受け入れられない場合。その先は、契約が成立する方へは繋げなかった。
ダンブルドアが見ている前で、終えるための場所を別に書く。
「こちらを、新しく考える必要があります」
「儀式をどう閉じるかも含めて、じゃな」
「ええ」
鬼太郎は頷き、魔導書と新しい紙を少し離した。
片方は、今、実際に書かれているもの。
もう片方は、自分たちが作りたいものだった。
ダンブルドアは紙を読み直した後、端へもう一つ問いを書いた。
「契約しなければ、何も失わぬ。そこまでは、まだ言えんよ」
「呼び掛けるために使った分は、別ですね」
「うむ。応じる相手がなくとも、始めるために必要なものはあるかもしれん。その調べも残っておる」
鬼太郎は、その問いを自分の帳面にも写した。
相手に何かを渡すことを断れる。それと、何も使わず呼べることを、一緒にはしなかった。
◆
紙の上へ、呼び掛けから始まる道が並んだ。
応答があれば、条件を確かめる。
その条件を、自分も相手も受け入れたときだけ、契約へ進む。
途中で話が合わなければ、そこで終えるための方へ進む。
鬼太郎は、最初に書いた方から指で辿った。
ダンブルドアが、その先へ小さく「相手が断る」と書く。
鬼太郎は、分かれた線へ指を移した。
「こちらですね」
「では、君が要求を断ったら」
「ここから、そちらへ」
指は、契約の記録を残すところを通らなかった。
ダンブルドアは同じことを別の場所から尋ね、鬼太郎も一度、途中の返事を変えて辿り直した。
何かを唱えたわけではない。
紙へ書いた順番を追い、どの返事でも最後まで考えられるかを確かめているだけだった。それでも、文章で望みを並べていたときより、抜けている場所が分かりやすい。
やがて、老人は卓へ置いていた手を引いた。
「考えておる流れは、これでよさそうじゃ。後は、この働きを実際に何で担わせるか、確かめていかねばならん」
「はい。こちらなら、僕も使ってみたいと思えます」
鬼太郎は紙の端を押さえた。
元の本を眺めていたときの不快さとは、違った。分からないことは増えている。それでも、どうしたいかを尋ねられれば、今は指で示せる。
ダンブルドアは、その紙から鬼太郎へ目を移した。
「君は、どんな返事が来ると思う?」
「分かりませんね。何を欲しがるかも、会うまでは」
「戦う力を貸してもらう代わりに、何を渡すか」
「それもあります。ですが、力を借りるだけでなく、一緒に戦ってみたいんです」
鬼太郎は自分の右手を見た。
知らない技を持つ相手が、どこを見て踏み込むのか。自分が先へ出たときに、横から何をするのか。
一人で試すだけでは、分からないことがある。
「僕にはできない使い方を、見せてくださるかもしれません。同じものを見ても、僕とは違うことを考えるでしょうしね」
「考えが違っても、よいのか」
「ええ。話してみたいですよ」
鬼太郎は笑い、向かいの老人を見た。
「こちらにも、違うお考えをお持ちの方はいらっしゃいますから」
ダンブルドアの眉が、僅かに上がった。
「君は、時々、わしを困らせることを楽しんでおらんかね」
「お尋ねしたことに、答えていただけるのは嬉しいです」
「都合のよい方だけ返すのう」
老人は呆れたように言ったが、紙を片づけはしなかった。
鬼太郎はペンを取り、まだ空いているところを探した。
「ただ、話して面白い相手でも、要求まで受け入れられるとは限りませんね。そこは、別に決めたいです」
「うむ。それは、相手の方も同じじゃろう」
鬼太郎は、契約へ進む直前の記述を見直した。
片方の返事だけでは、進まない。
その一行へ印を付けてから、紙を取り上げ、帳面の方へ揃えた。
次に調べる場所は、まだ幾つもあった。鬼太郎はそのうち、終えるために何が必要かという問いを手前へ置いた。