第208話 三人分の通り道
三日後の朝、玄関の壁際には暖炉ができていた。
鬼太郎は荷を下ろし、入口からそこまで歩いた。石の縁は通り道へ張り出さず、前へ立っても扉を開ける邪魔にならない。
中を覗くと、灰が薄く残っていた。
「火は焚いてみた。煙も抜ける」
ゴブリンが後ろから声を掛けた。
鬼太郎は振り返り、礼を言った。
「間に合わせていただいて、ありがとうございます」
「向こうで何か言われたら、寸法を持ってこい。聞いたことを忘れて、たぶんこうだと言われても直せん」
「はい。書いて持ち帰ります」
鬼太郎が帳面を示すと、ゴブリンはその隣の包みを指した。
「そっちも忘れるなよ」
布の中には、石工道具の刃と金具の見本が入っている。寸法と必要数、買ってよい値段を書いた紙も、既に受け取ってあった。預かった品代は、自分の財布と分けてある。
「こちらですね。合うものを探してきます」
「なければ、似た物で済ませるな。値段と、入るまで何日か聞いてこい」
鬼太郎は頷き、包みを鞄へ収めた。
玄関の方で、キーノが荷の留め具を確かめている。サーシェスは小箱を包んだ紐を引き、緩まないことを確かめてから持ち上げた。
「爺さんが来るまで、そこへ立ってるつもりか」
「初めて使う時に、どのように出てくるのかと思いまして」
鬼太郎は暖炉から離れた。
「使えるようになってから、考えろ」
キーノが言ったところへ、外から杖の先が見えた。
「準備は、できておるようじゃな」
ダンブルドアが扉をくぐった。
挨拶を交わした後、老人は新しい暖炉へ目を留めた。鬼太郎が場所を示すと、縁へ寄り、内部と前の広さを確かめる。
「入口のそばにしたのか」
「はい。出入りする方を見やすい場所にしたいと。ゴブリンの皆さんに、作っていただきました」
「よい仕事じゃな」
声を掛けられたゴブリンは、石の端を指した。
「魔法を付ける所が要るなら、後で聞く。石を割る前に言え」
「うむ。先に確かめるとしよう」
ダンブルドアは暖炉から手を引き、三人へ向き直った。
「では、参ろうか」
外へ出てから、荷が互いに当たらないよう位置を変えた。鬼太郎は鞄を身体へ寄せ、老人の腕を掴む。
キーノとサーシェスの手も掛かった。
「離さぬようにな」
鬼太郎が返事をした途端、森の景色が消えた。
◆
靴底が硬い地面へ着くと、鬼太郎は一度息を吐いた。
木の匂いとは違う空気が、肺へ入る。
キーノは肩の荷を直し、サーシェスは周囲へ目を走らせてから手を離した。ダンブルドアは三人の顔を順に見て、歩き出す。
漏れ鍋へ入ると、食器を置く音と話し声が重なって聞こえた。
鬼太郎は奥の暖炉へ目を向けた。今までは酒場にある火だったものが、今日は道の入口に見える。
店主はダンブルドアを見ると手を止め、挨拶に来た。
老人が用向きを話すと、三人の方にも目を向ける。
「あちらの暖炉なら、お使いいただけます。出てきた所で荷を広げなければ、ほかのお客にも差し支えません」
鬼太郎は、示された方へ歩いた。
暖炉の前から少し退けば、席へ向かう道と、出口へ抜ける道がある。キーノはその脇で足を止め、待っていても通行を塞がない場所を見つけた。
「別々に出てきても、ここで待てるな」
「ええ。着いたら、まず火の前を空けましょう」
サーシェスは、暖炉の幅と自分の荷を見比べた。
「これを持ってても、通れるんだな」
「身体へ寄せてお持ちください。中で落とすと厄介ですから」
店主の返事に、男は包みを少し持ち直した。
鬼太郎も鞄の紐へ触れた。買い物を終えた帰りの方が、出発時より荷は増える。火の中へ入ってから整理するのでは、遅いらしかった。
ダンブルドアは、店主から受け取った暖炉の登録先を確かめた。
「帰るためにも、こちらを使わせていただく。その相談も、窓口でしてこよう」
鬼太郎は礼を言い、二人とともに老人を追った。
◆
ダイアゴン横丁へ入ると、キーノの目が店先へ向いた。
ガラスの向こうに積まれた本を見てから、すぐ前へ顔を戻す。サーシェスは通りの先を眺め、以前とは変わった店の看板に足を緩めた。
「先に用を済ませるのでしたね」
鬼太郎が言うと、キーノがこちらを見た。
「お前も、本を見てただろう」
「帰りに、寄りましょう」
ダンブルドアは二人を振り返り、通りの先を杖で示した。
「まずは、あちらじゃ」
魔法省の接続手続きを扱う窓口へ着くと、老人は持参した書類を出した。
担当者が頁をめくり、所在地の箇所で手を止める。
「ブルガリアの暖炉ですね。英国側だけの登録では扱えませんが――こちらに、相手側の許可も添付されていますね」
「確認を頼んでおいた件じゃ。行き先を広げるのではなく、この三人が漏れ鍋との間を往復するために使いたい」
鬼太郎は、ダンブルドアの横で書類を見た。
校長が先に問い合わせてくれていたものだった。担当者は添えられた書面を読み、別の紙へ番号を書き写す。
「では、利用者も限定する形で伺います。暖炉は、既にありますか」
「はい。今朝、完成したものを見てきました」
鬼太郎は帳面を開き、位置と寸法を書いた頁を向けた。
玄関からの距離、火を入れる所の幅と高さ。煙の抜ける先も、ゴブリンに聞いたとおりに説明する。
担当者は幾つか尋ね、最後に紙へ印を付けた。
「その造りなら、札を取り付ける場所を設けられます。こちらをご覧ください」
引き出しから、細長い札が出てきた。
鬼太郎は、卓の上へ身を寄せた。淡い色の表面に、小さな文字と線が重なっている。端には、石へ留めるための穴があった。
「これを、砦の暖炉へ付けるのですか」
「はい。魔法省で用意した接続用の札です。許可された暖炉と経路を記し、取り付けた先を有効にします。ただ、今日はお渡しするだけですから、まだ使えません」
「では、そちらのお住まいの登録名をお願いします」
鬼太郎は、開いた帳面へ目を落とした。
所在地と暖炉の寸法は書いてある。名前を書く欄へ来て、初めて手が止まった。
「……拠点の名前は、付けていませんでしたね」
隣のキーノを見る。
「家だ。何度も言ってるだろう」
「ええ。僕たちの家の名前ですね」
鬼太郎が言い直すと、キーノは紙の空欄を覗き込んだ。
自分は拠点と呼び、彼女はそのたびに家だと返す。それで、どこの話かは通じていた。帰る場所は一つだった。
「ここでは、家とだけ書くわけにはいきませんね」
「名前を付けても、お前は拠点と言いそうだな」
キーノは少し考え、顔を上げた。
「木陰の家、はどうだ」
「木陰の家」
鬼太郎は口にしてみた。
「木の陰に、私たちの家がある。それで分かるだろう」
キーノは答え、それから鬼太郎を見た。
「ほかに、付けたい名前があるか?」
「いえ。それがよいです」
鬼太郎は笑って、空欄へ目を戻した。
木々の向こうにある壁と、今朝出てきた玄関が浮かぶ。キーノが選んだその名なら、帰る時にも迷わず口にできそうだった。
「サーシェスさんも、よろしいですか」
「呼びやすけりゃ、それでいい。俺の名前を付けるよりはましだな」
「そちらは、考えていませんでしたよ」
男が笑い、キーノも口元を緩めた。
鬼太郎は担当者へ向き直った。
「木陰の家で、お願いします」
担当者は申込書へ書き込み、三人に文字を確かめさせた。
その名を記した紙の隣へ、漏れ鍋の登録先を置く。
「今回はこちらと、砦の玄関の暖炉。その往復に限ります。砦から、別の店や個人宅へ行く登録ではありません」
鬼太郎は札から目を上げた。
「漏れ鍋からこちらへ来る時も、三人だけにできますか。名前を知っている方が、勝手に入ってくることは避けたいのです」
キーノも横から続けた。
「私たちの誰かが通った後に、別の者が続くのは?」
「一人ずつ、本人かを確かめます。登録した方が通ったからといって、その後も誰にでも道が開くわけではありません」
担当者は、札の中央へ指を置いた。
「ここへ、ご本人の身体を見分けるための情報を登録します。通過する時にそれと照らし、登録のない方には、この経路を使わせません」
「俺もか」
サーシェスが口を開いた。
「杖で魔法を使える奴だけ、という話なら困るぜ」
「ご自身で呪文を掛ける必要はありません。今、ここで登録するのも、杖ではなく、ご本人です」
差し出された札へ、サーシェスは視線を落とした。
「なら、いい」
鬼太郎は、担当者が示した申込欄を見た。
利用者の欄が、まだ空いている。
「今回は、僕とキーノさん、サーシェスさんの三人でお願いします」
「わしは、入れんでよいのかね」
ダンブルドアに尋ねられ、鬼太郎は顔を向けた。
「先生も、お使いになりますか?」
「いや。迎えに来る役目が減れば、それで十分じゃ」
老人は口元を緩め、担当者へ三人を示した。
「その三人で頼もう」
◆
初めに、鬼太郎が札へ手を置いた。
担当者の杖が、札の端へ触れる。
指の下が僅かに温かくなり、重なっていた線の一部が浮かび上がった。鬼太郎は手を動かさず、自分の名前が紙へ記されるのを見ていた。
「離して結構です」
次にキーノが同じ場所へ手を置いた。
彼女は札と担当者の杖を見比べ、終わったと言われてから手を引いた。サーシェスも続き、三人分の登録が済む。
担当者は紙に並んだ名を示した。
「この三人で、お間違いありませんね。登録していない方を連れて通ることもできません。利用者を増やす時は、改めて届けてください」
鬼太郎は二人と確かめてから、頷いた。
「はい。今は、この三人で」
札の表面に、砦の暖炉と漏れ鍋を結ぶ記述が加わった。
鬼太郎には、全ての意味が分かるわけではなかった。ただ、初めに出された時にはなかった印が、三つ並んでいるのは見えた。
担当者は取り付け方を描いた紙を広げる。
「戻ったら、この位置へ札を留めてください。取り付けた後の有効化と確認も、この手順で行います。札を置いておくだけでは、接続したことになりません」
ダンブルドアが、紙を手前へ寄せた。
「帰ってから、わしも見よう。君たちは、使うところを覚えればよい」
「お願いします」
鬼太郎は、示された留め位置と、今朝見た石の縁を思い比べた。ゴブリンへ持ち帰って見せれば、どこへ手を入れるかも話せそうだった。
キーノは、紙の行き先の名を指した。
「帰る時は、木陰の家、と言うんだな」
「そうです。漏れ鍋から砦へ戻る際は、こちらの登録名を。行く時は、漏れ鍋の名を明瞭に言ってください。実際に使う前に、説明を受けてくださいね」
「覚えてから使う」
短い返事に、ダンブルドアが鬼太郎を見た。
鬼太郎は笑って、帳面へ同じ名を書き写した。
手続きの費用を払い、控えを受け取る。札は硬い台紙と一緒に包まれ、鬼太郎の前へ置かれた。
手に取ると、思っていたより軽かった。
「折り曲げず、持ち帰ってください。取り付けるまでは、ほかの道具と擦れないように」
鬼太郎は包みを鞄へ収めた。
石工道具の見本や小箱と重ならない場所を選び、控えもそこへ添える。
指を離す前に、もう一度包みの端を確かめた。
あの砦の玄関と、先ほど見た酒場の暖炉。
離れた二つの場所を通るためのものが、今は鞄の中にある。三人分の名を記してもらったばかりの札は、まだ何も運んでいなかった。
◆
窓口を出ると、通りには来た時より人が増えていた。
キーノは荷を抱え直し、鬼太郎の鞄を見た。
「帰って付ければ、次は私たちで来られるんだな」
「ええ。接続して、実際に使い方を教わってからですね」
「今日の帰りに、漏れ鍋へ飛び込むなよ」
サーシェスが横から言った。
「まだ、砦の暖炉へ札を付けてねえんだからな」
「ええ。忘れませんよ」
鬼太郎が答えると、キーノは男を見た。
「あんたも、先に入るなよ」
「俺は、荷を落とさねえようにする方が先だ」
サーシェスが包みを持ち上げ、紐を掴み直した。
ダンブルドアは通りの流れを避けて立ち止まる。
「さて。次の用事は、その箱じゃな」
「はい。それから、こちらも」
鬼太郎は鞄の外側から、道具の見本を収めた所へ触れた。
「暖炉を作っていただく代わりに、探してくるとお約束しました」
「では、店を回る間にも見ておこう。形の分かるものは、持ってきたかね」
「見本と、寸法があります」
老人は頷き、歩き出した。
キーノが隣へ来る。
「本屋も、忘れるなよ」
「ええ。そちらも、覚えています」
鬼太郎は前を向いた。
まずは、箱を開けて見てもらうところからだった。