第205話 二週間と一握りの粉
同じ卓へ向かう朝が、二週間続いた。
ダンブルドアは、その日に使う資料を持って来た。前日の問いに答えが見つかることもあれば、別の本を調べたことで、もう一つ尋ねたいことが増える日もあった。
鬼太郎も、話したい箇所へ印を付けて待った。
魔導書から写したものと、自分たちで考えたものは、別々に置いた。それでも紙が増えると、卓の上で混ざりかける。鬼太郎が端へ日付を書き添えるようになると、校長も、自分の紙へ同じものを記すようになった。
初めに作った図は、何度も書き直した。
相手が応じなかったとき。条件を聞いた後で、こちらが断ったとき。複数が応じ、その中で返事が分かれたとき。
一つの返事を、来た相手全てのものとして扱っていた箇所を、ダンブルドアが指で押さえたこともあった。
鬼太郎は、そこから引いた線を消した。
契約した相手を帰すところまで進めた日には、その先へ、再び呼ぶための道を書き足した。
帰したからといって、契約の記録まで捨てるのではない。
初めて相手を求める手続きと、既に繋がりのある相手を呼ぶ手続きは、入口を分けたまま繋いでいく。
鬼太郎が一つ直すと、ダンブルドアが、その前に何が済んでいるかを尋ねる。校長が魔法の側から書き加えれば、鬼太郎は機械で行っていた処理と照らした。
昼を挟み、午後も続けた。
毎日少しずつ、線の先にある空白が減っていった。
◆
「では、相手がこちらの条件を嫌がった場合は?」
ダンブルドアに尋ねられ、鬼太郎は図へ指を置いた。
分かれた線を辿り、途中で手を止めず、終えるところまで進む。
老人が、別の返事を置く。
鬼太郎は一つ前へ戻り、今度は契約が成立する方へ指を動かした。その先には、相手を帰すための処理もある。
最後まで確かめると、ダンブルドアがペンを置いた。
「手順の上では、これで一通り揃ったの」
「ええ。昨日直したところも、こちらへ戻ってきます」
鬼太郎は、最後に加えた記述を確かめた。
大きな紙へ清書した図は、最初に帳面へ描いたものより、随分と広がっていた。途中で終える道も、相手を帰した後の繋がりも、今は探し回らずに示せる。
元の本から写した図を隣へ置くと、違いがよく分かった。
呼んで、相手に取らせる。
そこへ一直線に進ませていたものに、自分も返事をするための場所ができた。
鬼太郎は紙の端へ手を置き、思わず笑った。
「長くなりましたね」
「君の注文も、多かったからの」
「先生も、何度も書き足していらっしゃいましたよ」
「抜けたところを見つけて、黙ってはおれまい」
ダンブルドアはそう答え、清書の端を揃えた。
紙の上で辿れたからといって、魔法として働くことを確かめたわけではない。それでも、何を作ろうとしているかを伝えるために、今度は幾つもの帳面を開き直す必要がなかった。
鬼太郎は原本へ目を向けた。
校長が、表紙を持ち上げる。
「次は、これを何に担わせるかじゃな」
「本の素材ですね」
「うむ。記述だけで働いておるのか、この紙やインク、装丁にも役目があるのか。そこを確かめねばならん」
鬼太郎は、頁の縁へ顔を近づけた。
これまで見ていたのは、そこに書かれたものだった。今度は、書かれている面そのものを調べることになる。
「何でできているかは、まだ分かりませんか」
「見た目だけで決めるつもりはないよ。材質と加工の両方を調べたい。わしの方で、心当たりへ当たってみよう」
ダンブルドアは本を閉じた。
鬼太郎は自分の帳面へ、新しく素材と書いた。
「この世界にも、神秘の強いものはありますよね。そうしたものを使えば、儀式を担わせやすくなるでしょうか」
「候補になるものはあるじゃろう。杖に使う素材を見ても、持つ性質は様々じゃ」
老人の目が、鬼太郎の腰元へ一度向いた。
「じゃが、強い性質を持っておれば、この本の代わりになるとは限らん。書いたものを保つのに向くか、必要な働きを伝えられるか。使った後も、同じように扱えるかもある」
「何度も使うつもりですから、そのたびに崩れては困りますね」
「そうじゃ。まず、この図に必要な性質から探すとしよう」
鬼太郎は清書した紙を、校長の方へ向けた。
何をしてほしいかは、そこに書いてある。
ダンブルドアは図へ目を落とし、素材を調べる際に確かめたいことを、自分の記録へ書き出した。
「候補が見つかっても、すぐに揃うとは限らんぞ。必要なものを手に入れ、使えるようにするまでには、時間が掛かる」
「ええ。お任せしてもよろしいですか」
「調べてみよう。どれを使うかは、その後で、また相談じゃ」
鬼太郎は礼を言った。
今日、紙へ書いたとおりのものを、そのまま作り始められるわけではない。だが、初めに原本を開いた朝とは、待つものが変わっていた。
「では、毎日ここへ来ていただくのは、一度おしまいですね」
「うむ。何か分かれば知らせよう」
ダンブルドアが資料を揃え始めた。
鬼太郎も帳面を閉じたが、その上へ手を置いたまま、老人へ顔を上げた。
「先生。もう一つ、ご相談したいことがあります」
◆
「ダイアゴン横丁か」
「はい。皆さんと会う約束の日も、近づいていますので」
鬼太郎は言った。
調査の続きを考えている間にも、学校へ戻る日は近づいていた。買うものもあるが、友人たちと顔を合わせる時間も楽しみにしている。
「先生に姿現しで連れていっていただく方法もありますが、毎回お願いするのは、ご都合もあるでしょう。僕たちで行き来できる方法はありませんか」
「学校へ戻るためのポートキーは、ロンドンへ行くものではないからの」
「ええ。あちらとは、別に考えています」
ダンブルドアは、鞄へ収めかけていた手を戻した。
「暖炉を使う方法は、知っておるかね」
「移動するために、ですか」
「そうじゃ。フルーパウダーを使う」
鬼太郎は、閉じたばかりの帳面をもう一度開いた。
老人は、その手元を見て口元を緩めた。
「粉を火へ入れると、炎が緑色になる。そこから、繋がった別の暖炉へ移れるのじゃよ。行き先は、はっきり言わねばならんがな」
「粉を使えば、僕たちでも扱えるのですか」
「使い方を覚えればな。大人に連れられて姿現しをするたび、その者の時間を取る必要はなくなる」
鬼太郎は、その名を書き留めた。
学校では、階段の向きが変わり、扉の向こうへ予想しなかった道が続くこともあった。今度は、炎の中から別の場所へ出るという。
「面白そうですね。それでしたら、粉を買っておけば――」
「粉だけでは、繋がらぬよ」
ダンブルドアが言った。
「フルーネットワークへ接続した暖炉を使う。どの火でも、行きたい場所へ通じるわけではない」
「こちらに、使う場所を用意する必要があるのですね」
「うむ。それから、接続の許可も要る。魔法省が管理しておるのでな」
鬼太郎は、書いた名の下へ接続と記した。
校長が来て、その場で繋げれば済む話ではなかった。
「ここはブルガリアですし、英国へ行くためには、そちらも確かめる必要がありますか」
「そうじゃな。英国の中で使う暖炉の話だけで、こちらとの行き来まで決めるわけにはいかん。どう接続を扱えるか、調べておこう」
「僕たちの方では、何をすればよいでしょう」
ダンブルドアは少し考えた。
「まず、買い物の約束より前に、一度わしと行こう。ダイアゴン横丁で使う先を確かめ、手続きの相談もしようではないか」
「登録が済むまでに、時間が掛かるかもしれませんね」
「うむ。皆と会う日に初めて調べるより、先に用を済ませておいた方がよかろう」
鬼太郎は頷いた。
友人を待たせながら、行く手段を探すのは面白くない。知らない方法なら、自分でも先に見ておきたかった。
「お願いします。キーノさんにも、お話ししておきます」
「二人とも、使い方を知っておいた方がよいな」
ダンブルドアは帳面を指した。
「ただし、行き先を言うときまで、そこを見ておらぬようにな」
「覚えてから、使いますよ」
「そうしておくれ」
鬼太郎は、粉と暖炉について書いたところへ印を付けた。
その前には、二週間掛けて直した図が収まっている。
呼ぶための仕組みを考え続けた後で、今度は、自分が出掛けるための仕組みを教わることになった。
鬼太郎は栞を挟み、帳面を閉じた。
ダイアゴン横丁で確かめたいことが、また一つ増えていた。
第十一章 違う望みを囲む卓 完