お前が本を読んでいる間に
第206話 お前が本を読んでいる間に
ダンブルドアが帰った後、鬼太郎は卓の上に残った紙を揃えた。
明日の朝に開く場所へ、印を付ける必要はなかった。清書した図を確かめてから帳面へ挟み、閉じたものを棚へ収める。
「やっと終わったのか」
戸口から声がした。
キーノが、片手に杖を持って立っていた。
「ええ。一度、区切りです。召喚して、お話しして、契約した相手を帰す。その後でまた呼ぶところまで、設計はまとまりました」
「では、次は作るのか?」
「素材が揃えば、ですね。校長先生が調べてくださいますから、しばらくは待つことになります」
キーノは、空いた卓を見た。
「毎日、よくあれだけ話すことがあったな」
「一つ答えが出ると、別のことが気になるんですよ。先生にも、随分お付き合いいただきました」
「知ってる。食事の時まで、紙を見ていた日もあった」
鬼太郎は、棚から手を離した。
食べながら考えていた箇所は覚えている。だが、その時キーノがこちらを見ていたことまでは、覚えていなかった。
「今日は、もう見ませんよ」
「それなら、こっちを見ろ」
キーノが杖を少し上げた。
「私も、お前に見せたいものがある」
鬼太郎は戸口へ向かった。
◆
外の練習場所には、小さな木片と、空の木箱が置かれていた。
木箱の底には、炭で三つの丸が描いてある。キーノはその前へ立ち、鬼太郎に少し下がるよう手で示した。
「学校で習ったものを、順にやり直していた。できたつもりでも、続けて使うと、ずれるところがあったからな」
杖を構え、木片へ向ける。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
木片が地面を離れた。
キーノはそれを木箱の縁より高く運び、奥の丸の上で止めた。下ろす直前に杖先が僅かに動く。木片は箱へぶつからず、炭の線の内側へ収まった。
次の木片は、手前の丸へ。
三つ目は、先の二つに触れないよう間を通して、残った丸へ下ろした。
鬼太郎は箱へ近づき、縁越しに中を見た。木片が着く時の、乾いた小さな音まで揃っていた。
「最後に、急いで落とさなくなりましたね」
「置く所を見ているつもりで、木の方ばかり見ていた。下ろし始めてから違うと思っても、間に合わない」
キーノは、一つを箱から取り出した。
「だから、先にここを決める」
指で丸を示してから、少し離れた地面へ木片を置く。
鬼太郎は戻り、今度はキーノの杖先と目の動きを見た。
浮かせる。運ぶ。止める。
その間に、大きく揺れた木片を追い掛けて杖を振り直すことがなくなっていた。
「もう一つ、見せてもらえますか」
「そのつもりだ」
キーノは、脇へ置いていた二つの木片を拾った。
先ほどまでのものと違い、折れた面が白く出ている。一方に浅い切り込みがあり、もう一方にも、その続きがあった。
地面へ並べ、杖を向ける。
「レパロ」
二つの木片が寄った。
鬼太郎は、接ぎ目が揃うところを見届けた。キーノが拾い上げて向けてくれた木には、先ほどの切り込みが一本で続いている。
「こちらも、いいですね」
受け取り、裏へ返して確かめる。
「前は、表だけ見て終えていた。裏がずれていれば、触った時に分かる」
「学校でも、先生にそこを見ていただいていましたね」
「ああ。だから、後で自分でも触ってる」
鬼太郎は木を返した。
新しい呪文の名を披露されたわけではない。知っている呪文が、キーノの思ったとおりに働いている。その変化は、一度だけうまくいった時のものとは違った。
「僕が本を開いている間に、随分練習なさったんですね」
「お前が本を読んでいる間に、私まで座って待つ必要はないだろう」
「ええ。見せていただけて、嬉しいですよ」
キーノは木を箱へ戻した。
「学校で習った分は、一通り確かめた。これなら、使いたい時に狙った所へ出せる」
「それでしたら、動きながら使う練習も、ご一緒できそうですね」
「今からか?」
少し早く返ってきた問いに、鬼太郎は笑った。
「お時間があれば。ですが、その前に、もう一つお話があります」
「なら、歩きながらでいい。ラドミルも、お前に見せる物があると言っていた」
◆
食堂の隣を通ると、本を広げた卓の端に、小さな石が載っていた。
開いた頁を押さえるためのものらしい。背の低い棚では、絵の多い本が手前へ寄せられ、地図は折り目を揃えて横に置かれていた。
鬼太郎は歩く速さを落とした。
「並びが変わりましたね」
「大きな本を前に置くと、後ろが見えない。何があるか分からないと言われたから、動かした」
キーノは棚の一段を指した。
「地図は、巻いて棚へ押し込むより、ここへ置いた方が広げやすい」
「皆さんで決めたのですか」
「使っている者と話した。私だけで決めたら、また取りにくいと言われる」
地図の隣には、細長い紙が挟んであった。頁を覚えておくために使ったものだろう。鬼太郎は触れずに、そのまま通った。
砦の外で、ラドミルは鍬を地面へ立てていた。
新しい柄に、削った跡が残っている。鬼太郎たちに気づくと、刃を土から抜いた。
「一本、できた」
「拝見してもよろしいですか」
渡されたものを、鬼太郎は両手で持った。
柄は自分が大きく振り回すための長さではなかった。ラドミルへ戻すと、ゴブリンは持つ位置を変えず、近くの乾いた地面へ刃を入れてみせた。
「前の柄なら、ここで持ち直す。これは、そのまま引ける」
土の小さな塊が手前へ動いた。
「使う方に合わせていただいたのですね」
「ああ。ただ、ここの付け根は、何度か使ってから確かめる。緩むようなら直させる」
ラドミルは柄と刃の継ぎ目を親指で押した。
「同じものを何本も作って、全部直すのは面倒だ」
「では、まずはこちらを使ってみてからですね。ほかに持つ方がいれば、その方にも確かめていただきましょう」
「身体が違えば、柄も変える」
鬼太郎は頷いた。
ラドミルは鍬を脇へ置き、西から持ち帰った土の話を始めた。
乾かして比べると、水を含んでいた時には気づかなかった違いがある。高い所でも、少し位置が変われば同じ土ではないらしい。水の流れも見に行ったが、掘ればよいという話にはならなかった。
「下へ流した先で困らせれば、また揉める。先に、あの女へ聞く」
「ええ。水路を変える前に、確認するとお約束していますからね」
「次に話す所は、絞れた。全部見てこいと言われるよりは早い」
鬼太郎は、鍬の刃へ目を戻した。
あれができたから、明日には畑が広がるわけではない。それでも、何を使い、どの場所から手を付けるかという相談は、以前より具体的になっていた。
「次に西へ伺う時は、ご一緒できますか」
「知らせろ。聞きたいことを持っていく」
ラドミルはそう答え、鍬へ付いた土を落とした。
砦へ戻る道で、キーノが言った。
「お前の本以外も、進んでるぞ」
「そのようですね。後で見せていただきたい物が、増えそうです」
「今度は、そっちから聞きに行けばいい」
鬼太郎は、その言葉に頷いた。
自分で作りたいものを考えている間に、ほかの者も、自分が使うものや暮らす場所を考えている。戻ってきて同じ景色を見るばかりではないのは、面白かった。
「それで、お前の話は何だ」
キーノに尋ねられ、鬼太郎は、ようやく暖炉の話を始めた。
◆
「火の中へ入るのか」
キーノは、食堂の使っていない暖炉へ目を向けた。
「フルーパウダーを使うそうです。繋がった暖炉同士を行き来できると、校長先生がおっしゃっていました」
「ここから、ダイアゴン横丁へ?」
「そうできれば便利ですね。ただ、ここはブルガリアですから。接続の扱いも含めて、先に確かめていただきます」
鬼太郎は、友人と買い物をする日より前に、一度校長と訪ねる予定を伝えた。
キーノは、暖炉からこちらへ顔を戻した。
「粉を買うだけでは駄目なんだな」
「ええ。魔法省の許可も必要です。向こうで使う場所を見て、手続きの相談をするつもりです」
「帰りも、同じ所から使えるのか?」
「そちらも確かめましょう。出られても、帰れなければ困りますからね」
キーノは少し考えた。
「繋げたら、向こうから誰でも来られるのか。それも聞いておけ」
鬼太郎も暖炉を見た。
砦へ入る道には、誰が来るかを確かめる者がいる。だが、炎の中から直接この部屋へ出てくるのなら、外の道とは事情が違った。
「そうですね。こちらで使う場所も、それを聞いてから考えた方がよさそうです」
帳面を取りに戻ろうとしたところへ、廊下から足音がした。
「何を繋げるって?」
サーシェスが戸口へ顔を出した。
鬼太郎は、今話していたことを説明した。
男は食堂へ入り、椅子の背へ片手を置く。
「俺も行くぜ。英国のあそこには、しばらく顔を出してねえ」
「ご入用のものがあるのですか」
「店を見てからだな。それに、売る物もあるだろうが」
鬼太郎は、保管している荷を思い出した。
「ええ。まとめて確かめておきましょうか」
「その前に、爺さんとの方はどうなった。本を開いてるところばかり見たが」
サーシェスが椅子を引いたので、鬼太郎も向かいへ座った。
「手順の設計は、最後まで終わりました。呼んだ相手の条件を聞いて、こちらも断れるようにしています。契約した後に帰すことも、同じ相手をまた呼ぶことも含めてです」
「ようやく作るのか」
「次は、そのための素材を調べるところです。紙やインクにも働きがあるかもしれませんから、普通の帳面へ写して済むとは限りません」
「まだ掛かるってことか」
「ええ。できたと言えるのは、設計までですね」
サーシェスは卓へ肘を載せた。
「俺の分の話も、忘れるなよ」
「覚えていますよ。ただ、僕のものも、まだ一つも作れていませんからね」
「分かってる。まずは、お前が試せ」
男の口の端が上がった。
「面白い奴が出たら、呼べよ」
「相手にも、お話ししてからですね」
鬼太郎が答えると、キーノが卓の端へ手を置いた。
「来たばかりの相手を、二人で取り合うなよ」
「まだ来てもいませんよ」
「だから、今言ってる」
サーシェスが声を立てて笑った。
◆
荷を確かめるため、三人で保管場所へ移った。
鬼太郎が布を広げ、サーシェスが箱を出す。キーノは端へ置かれていた包みを寄せ、品を並べる場所を作った。
指輪、鎖、留め具の壊れた飾り。
一つずつは小さくとも、布へ置いていくと、それなりに場所を取った。
以前、英国へ持っていった荷ほどではない。鬼太郎はその中から、鎖の絡まった二つを離した。
「こうして出すと、ありましたね」
「お前が全部、相手をした分じゃねえからな。狼が片づけた奴の物もある」
サーシェスが、脇の包みを開く。
「あいつには、人間の飾りなんぞ要らねえ。持って帰る方が面倒だとよ」
「罠は、残さないようにと言われますが」
「そっちは、残した方が面倒になる」
男は、鎖に指を通して持ち上げた。
「前より、入ってくる連中は減ってるぜ」
「森のことが、知られてきましたか」
「戻らねえ奴が続けば、誰でも少しは考える。獲物を追って、自分が消えちまう場所だ。割に合わねえと思う奴も出る」
鎖が布へ落ちた。
「それでも来る奴は、来るがな。知らねえのか、自分なら帰れると思ってるのか」
鬼太郎は、傷のある指輪を見た。
森の中で、以前より話が通る場所が増えた。外から来る者には、逆に入りにくい場所になっているらしい。
住民には、都合のよい変化だった。
「数が減っても、確かめる方は同じですね」
「ああ。来なくなるまで待つ仕事じゃねえ」
サーシェスは別の箱を開けた。
鬼太郎は中を見てから、それを手前の布へは移さなかった。
「こちらは、残す方ですね」
弾や使える薬、手元に置くと決めた道具は、換金する品と分けてあった。扱いを確かめていない魔法の品も、飾りと一緒にはしない。
キーノが、空けた小箱へ布を敷いた。
「売る方は、こっちへ入れる。まだ調べてない物を、途中で混ぜるなよ」
「ええ。向こうで見ていただく時にも、分けておきましょう」
三人で確かめ、布に包んで収めていく。
小箱は二つになった。二つ目には、まだ余裕がある。
鬼太郎は蓋を閉じる前に、中をもう一度見た。学校へ通っていた間から残していたものと、その後に増えたもの。先ほどの二週間だけで、これだけ集めたわけではなかった。
「売れた分は、三人で分けましょう。キーノさんも、ご自分の買い物に使えますね」
「値段が付いてから、考える」
キーノは蓋の留め具を掛けた。
「前にも、そのまま売れない物があっただろう」
「そうでしたね。今回も、まずは確かめていただきます」
鬼太郎は、箱の留め具へ目を落とした。
「表の店では売れないものがあれば、後日、ボリスさんの方へ相談してみましょう。引き受けていただける品か、手数料はどのくらいか。その辺りも伺ってから、売る物を決めればよいと思います」
「あいつに口を探させるなら、取り分は要るな」
サーシェスが言った。
「ええ。こちらの品を売るために、動いていただくわけですからね。手元に幾ら残るかも含めて、相談しましょう」
「なら、爺さんにも言っとけ。途中で荷が増えたと知ったら、また面倒な顔をするぞ」
鬼太郎は、二つの箱を並べた。
暖炉と手続きの相談に、換金と買い物も加わった。校長の用事が済む前から、三人で店を回り始めるわけにはいかない。同行者と荷のことは、先に知らせておく必要があった。
「サーシェスさんもご一緒することと、こちらの用事をお伝えします。お時間の相談もしておきましょう」
「俺の物は、俺が持つ」
サーシェスが片方の箱を手前へ寄せた。
キーノは残った箱へ手を載せ、鬼太郎を見た。
「お前は、聞くことを書いてこい。火へ入ってから、帰り方を聞くのは困る」
「その前に聞きますよ」
鬼太郎は立ち上がった。
棚へ戻した帳面には、まだ空いた頁がある。今日はそこへ、帰り道と、こちらへ入ってくる者のことを書く。
戸口で振り返ると、キーノは二つの箱の間に残った鎖を見つけ、サーシェスへ差し出していた。
鬼太郎は足を止めた。
「キーノさん。明日、少し練習のお時間をいただけますか」
「浮遊術か?」
「ええ。先ほどの続きです。今度は、僕も動きますので」
キーノは鎖を箱へ収め、留め具を掛け直した。
「分かった。お前も、ちゃんと見てろよ」
「楽しみにしています」
鬼太郎は答え、帳面を取りに戻った。