第203話 歩幅と火の芯
目を覚ました時、窓の下に細く日が差していた。
鬼太郎は仰向けのまま、右肩を動かした。皮膚が引き攣れることはない。脇腹へ手を当てても、昨夜閉じた傷は開いていなかった。
起き上がると、背と腿が重かった。
傷が閉じたことと、戦う前へ戻れたことは別だ。昨日の一戦を頭の中で繰り返すと、砕けた石の音より、盾の縁が崩れた一瞬の方が鮮明だった。あそこを越えるために、もう一度同じ怪我をする必要はない。
寝る前よりは軽い。だが、そのまま外へ走り出したい身体でもない。寝台の縁で足を下ろし、しばらく待ってから立った。
廊下へ出ると、器の触れ合う音がした。
キーノは先に起きていた。鬼太郎を見つけると、手にしていた器を卓へ置く。
「眠れたか」
「ええ。あなたは?」
「私も。そこのパン、取ってくれ」
鬼太郎は頼まれたものを渡し、自分も座った。
昨日と違って、背もたれへすぐに身体を預けずにいられる。キーノは鬼太郎が器を持ち上げるのを見てから、自分のパンへ手を伸ばした。
「それで、昨日のお話の続きですが」
「どこまで話した?」
「帰る時に、また来てほしいと言われたところまでです。その前のお話は、まだ途中だったでしょう」
キーノは少し考えた。
「そうだった。ロンの部屋へ行ったところから、帰る話になったんだな」
パンをちぎり、口へ入れる。その間に思い出したらしく、飲み込むとすぐ続きを話し始めた。
「部屋にいる時、下から呼ばれたんだ。私まで一緒に返事をしたら、ロンと声が重なって」
「お二人とも、呼ばれたのですか?」
「いや。ロンだ。でも、私も降りるのかと思った」
「それで?」
「ハリーに笑われた。自分も来たばかりの頃は、誰に返事をすればいいか迷ったって」
鬼太郎はパンへ伸ばしかけた手を止めた。
キーノの口調に、昨夜の硬さはなかった。思い出している相手へ話しかけるように、言葉が少し速くなる。
「下に行けば、別の人もいるだろう。ロンに聞かれたことへ答えようとしたら、お母さんから何か食べるかって聞かれて。そっちに答えてるうちに、ロンが別の話を始めるんだ」
「賑やかですね」
「ああ。黙ったから終わりだと思ってたら、さっきの話の続きをするし」
「どのお話か、分からなくなりましたか」
「一度な。聞き直したら、ロンも何を話してたか忘れてた」
キーノはそこで笑った。
鬼太郎も、自分の器へ目を落として口元を緩める。
「では、聞き直しても困りませんね」
「そうだな。……別に、全部にすぐ答えなくてもよかった」
彼女は指についたパン屑を皿へ落とした。
「私が考えてる間にも、誰かが喋ってる。答えがまとまってから言っても、聞いてくれたよ」
鬼太郎は続きを急かさず、食事を取った。
昨夜は、気を遣わなくていいと言われて困ったと話していた。今も、それをどうするのか、言葉だけでは説明しにくいのだろう。だが、どんな時に自分も話せたのかは、覚えている。
「ハリーさんとも、ゆっくりお話し出来ましたか」
「少し。あいつ、あの家のことをよく知ってるんだな。ロンがいなくても、どっちへ行けばいいか教えてくれた」
「夏の間、過ごしていたそうですから」
「学校で会う時より、落ち着いてた気がする」
キーノはそう言ってから、鬼太郎へ顔を向けた。
「お前も来れば、違うところが見えるぞ。ロンも、学校で会う時と全く同じじゃない」
「では、今度はそちらも楽しみにしておきましょう」
「また階段で詰まるけどな」
「僕が増えますからね」
キーノは頷き、それから、もう一つ思い出したと話を続けた。
鬼太郎が食べ終わる頃にも、話は残っていた。器を片づけながら聞くと、キーノは自分の分を持ち、隣へ来た。
今日は、眠くなる前に聞き終えられそうだった。
◆
その日は、火を撃たなかった。
鬼太郎は食事の後で、昨日使った鞄の中を確かめた。留め具を動かし、煤の残る縫い目を拭く。黒檀には傷がなかった。
報告に使う帳面も開いた。
窓が増えていた部屋。悪魔の姿。ヴェインが放った火と、最後に本へ伸ばした手。
見た順に短く書いていくと、途中で筆が止まった。
書こうとしているのは、自分が何を倒したかだけではない。どの扉の先で窓が増え、いつ床が凍り、どの術を使ったあと次の動きが遅れたか。校長へ差し出す時、出来事と自分の思い込みを一緒に書いていては、調べる手掛かりを失わせる。鬼太郎は「見た」と「考えた」を別の行に分けた。
自分がアギラオを放とうとした時、相手はもう動いていた。
火を作っている間、こちらの足も止まりかけている。
グロブニクにも、同じところを狙われた。一度受けた後は、左手へ力を集めるのを見て、間を詰めてくるようになった。
鬼太郎は帳面の端へ、左手を描いた。
その横に足を書き足す。
「何だ、それ」
自分の本を取りに来たキーノが、覗き込んだ。
「次の練習です」
「今日は休むんじゃなかったか」
「ええ。ですから、書いています」
キーノは帳面から顔を上げた。
「アギラオか?」
「はい。撃つまでに、まだ時間が掛かります。その間、相手は待ってくれませんので」
「昨日も、そうだったんだな」
「最後は止めましたが、その前には、こちらが止まりました」
鬼太郎は足の絵から、横へ線を引いた。
「火をすぐに作れるようにする練習は続けます。ただ、走ったり、杖を使ったりしながらでも、撃つ手前まで持っていければ」
「逃げながら作るのか」
「それも出来るように。避けるたびに最初からやり直すのでは、同じことになりますからね」
キーノは卓の端へ本を置いた。
「手の方を見てると、足が止まるぞ」
「ええ。まずは、そこからです」
鬼太郎が足の絵を指すと、キーノは自分の本を開いた。
「やる時に、呼べよ。私も外で練習する」
「では、休んでから、ご一緒に」
その日は、帳面へ書いた線の先までで終えた。
◆
翌日、鬼太郎は中庭へ出た。
歩いてきた脚に、昨日の重さは残っていない。肩を回し、杖を持った右腕を伸ばす。動かしてから、左手を空けた。
キーノは離れた所へ、短い枝を幾つか並べていた。浮かせて決めた所へ置く動きは、もう迷わない。今日は途中で止める場所を増やし、向きを変えてから次へ運んでいた。
「火は、どっちへ撃つ?」
聞かれて、鬼太郎は人も物も置いていない方を示した。
「あちらへ。最初は、撃つ前に止めるつもりですが」
「分かった。私はこっちを使う」
二人の間に、広く床が空いた。
鬼太郎は歩き始めた。
左手の先へ、力を集める。
慣れたアギなら、もう放てる。だが、今日はその大きさで終わらせず、中心へ更に力を寄せた。掌の先が熱を持ち、歩いている腕が少し外へ開く。
そこで、右足が止まった。
鬼太郎は下を見た。
何かに躓いたのではない。火へ気を向けたところで、自分から床を踏み締めていた。
「今、止まったな」
「ええ。自分では、歩いているつもりでした」
左手の力を緩め、初めの位置へ戻る。
今度は、足の運びを変えずに続けた。
一歩、次の一歩。
歩幅が乱れない代わりに、掌へ寄せた力が散っていく。戻そうとして左肩が上がり、火を作るより先に腕が疲れた。
鬼太郎は手を下ろした。
離れた所で、キーノの枝が折り返した。高さを保ったまま戻り、手前の印へ静かに下りる。彼女は置いた位置を確かめ、次は折り返すまでの間を短くした。
鬼太郎は足元の線を見た。
止まらずに進もうとして、歩く方まで意識していた。火が崩れるたびに歩幅も直していては、どちらにも戻り続けることになる。
まず何も作らず、同じ場所を往復した。
左腕を突き出さず、脇から少し離しておく。相手へ向けるのは、放つ時でよい。
何度か歩いてから、その姿勢のまま力を寄せた。
足は止まらなかった。
左手の先へ熱が集まる。視線をそちらへ落とさずに進むと、中心がまとまる前に、曲がる場所へ着いた。
鬼太郎はそのまま横へ向きを変えた。
掌の熱が揺れる。
肩を固めず、足を運んだ先へ身体を移す。崩れかけたものは全部を失わずに済んだが、形を戻すのに、また幾歩か必要だった。
「曲がると、遅くなりますね」
呟くと、キーノがこちらを見た。
「今度は止まってないぞ」
「それは、出来ました」
鬼太郎は左手を下ろした。
座って休む間に、キーノは浮かせた枝を横へ動かした。途中で一度止め、そこから斜めへ運ぶ。前なら大きく振り直していた杖先が、今は小さく動くだけで済んでいた。
鬼太郎も水を飲み、次に歩く場所へ目をやった。
急いで走るのは、その後にした。
◆
小走りにすると、曲がる時より早く崩れた。
左腕を動かさずにいようとすれば、身体まで硬くなる。腕を自然に振れば、掌へ集めているものへ、意識が追いつかない。
鬼太郎は速度を落とした。
歩くより少し速く、足は大きく踏み出さない。左肘を軽く曲げたまま、右腕で釣り合いを取った。
先ほど歩いて保てた所までは、進める。
だが、その先へ力を足そうとすると、呼吸が止まった。
そこで止め、休んだ。
キーノが枝を片づけ始めても、鬼太郎は立ち上がらなかった。掌を握って開き、熱の残る指を確かめる。
「撃ってないのに、疲れるんだな」
「保っている間も、何もしないのとは違いますから」
「じゃあ、一日中作っておくのは無理か」
「ええ。それでは、必要な時に僕の方が使い物にならなくなりそうです」
キーノは持っていた枝を揃えた。
「杖の方は?」
「休んでから、一つだけ。今日は、そちらまでにします」
右手には、まだ黒檀があった。
走る時には振っていた腕を、今度は呪文のために使う。鬼太郎は腰を下ろしたまま、その動きを一度確かめた。
立ち上がってからは、足を止めた。
左へ力を集め、右の杖を向ける。
「ルーモス」
杖先に光が灯った。
同時に、左手の熱が薄れた。
鬼太郎は光を見た。発音も、杖の向きも、いつもの呪文だ。それでも、そちらを整えた一瞬に、左へ寄せていた力を手放していた。
「消えたのか?」
「ええ。杖の方ばかりになりました」
ノックスで灯りを消し、左手を下ろす。
キーノは枝を抱え直した。
「右を向ける前に、左も一緒に動いたぞ」
鬼太郎は両手を見た。
杖先を上げると、左肩まで上がりかける。二つを別々に動かそうとして、両方を固めていた。
「……なるほど。ありがとうございます」
「次は、そっちを見る。私の枝もな」
「ええ。お互いに」
その日は、火球を一つも放たずに家へ戻った。
帳面には、歩けた距離より、どこで崩れたかを残した。
◆
次の練習では、初めから走らなかった。
左手へ寄せる力を、完成する手前で急いで足すのもやめた。少し遅くても、同じ歩幅で進める分だけを保つ。
午前には、小石を浮かせることも試した。
左へ力を寄せてから、右の黒檀で石を指す。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
小石が床を離れた。
鬼太郎は持ち上がったものを横へ運びかけ、左手の熱が弱くなったことに気づいた。そちらを戻すと、石が下がる。
床に当たる前に、杖を少し上げた。
石は持ち直したが、左へ集めていた力は、もうまとまっていなかった。
「両方とも、直そうとしてますね」
鬼太郎は石を下ろした。
重さを支えながら狙った所へ動かす方は、灯りをつけるだけより、続けて気を向けることが多い。出来ることを二つ並べれば、そのまま出来るわけではなかった。
「石を上げ直した時、左の手を見なくなったぞ」
キーノが言った。
「そっちへ気を取られているのでしょうね」
「石をどこへ運ぶかは、先に決めておけよ。上がってから探すと、余計にそっちを見る」
以前、自分の練習を見せてくれた時にも、彼女はそうしていた。鬼太郎は石を置く場所を確かめ直した。
「ええ。ですが、まずは昨日の続きを」
小石は脇へ退けた。浮かせたままにせず、一つずつ戻す。
キーノがこちらを見るのは、自分の練習を区切った時だけだった。鬼太郎も彼女に呼ばれると手を下ろし、枝の着く所を見た。
午後、鬼太郎は右手の黒檀を持ち上げた。
左側へ力を寄せたまま、杖先を前へ向ける。今度は、左肘まで一緒に伸ばさなかった。
「ルーモス」
灯りがついた。
掌の熱が弱まりかける。
鬼太郎は慌てて増やさず、そのまま次の一歩を置いた。光を見る必要はない。杖先が照らした床を越え、左側に残っているものへ、少しずつ力を足していく。
「今は?」
離れた所から、キーノが尋ねた。
「まだ、残っています」
鬼太郎は歩き続けた。
最初から全部をやり直してはいない。だが、話へ返事をした分だけ、まとまりかけた中心が緩んだ。
鬼太郎は口を閉じ、前を見た。
火を作る左手のために、足を止めない。右手の灯りを消すのは、後でよい。
掌の先に、ようやく芯が残った。
鬼太郎は進む向きを変えず、左腕だけを空けておいた方へ向けた。
「アギラオ」
火球が飛んだ。
狙っていた地面へ当たり、炎がほどける。鬼太郎は踏み出した足で身体を支え、火の届かない所で止まった。
右手の杖は、まだ光っていた。
左を見てから、そちらへ目を戻す。
「……出来ましたね」
「歩くのは、止まらなかった」
キーノが言った。
「ああ。でも、私が聞いた時には、返事が遅かったぞ」
「そちらまで増えると、まだ難しいようです」
鬼太郎は笑い、ノックスを唱えた。
火の残りを確かめ、消火に取り掛かる。前より早く撃てたわけではない。杖の灯りをつける時には、まだ力が散りかけた。今、同じことを急いでやれと言われても、出来るとは限らない。
それでも、止まって待つだけではなくなった。
キーノは自分の枝を取りに戻った。鬼太郎が水を飲んでいる間に、もう一度浮かせ、少し離れた印へ運ぶ。
枝は低く進み、印の手前で止まった。そこから横へ折れ、別の枝へ触れずに下りる。
彼女が顔を向ける。
「今の、見てたか」
「ええ。折り返すまでの間が、短くなりましたね」
鬼太郎は置かれた枝から、彼女の杖へ目を移した。
「キーノさん。布を、こちらへ飛ばしていただけませんか」
「前にやった、あれか?」
「ええ。今度は、僕が火を作っている間に」
キーノは枝を脇へ寄せた。
「避けながら作れるか、試すんだな」
「歩く順番を、自分で決められるとは限りませんので」
「分かった。取ってくる。お前は、まだ座ってろ」
鬼太郎は器を持ち直した。
戻ったキーノは、布を丸め、細い紐で留めた。握って形を確かめてから、鬼太郎と離れた所へ立つ。
火を放つ方には、入らない。
「最初は、ゆっくり行くぞ」
「お願いします」
鬼太郎は立ち、左手へ力を寄せた。
キーノが浮遊呪文を唱えると、丸めた布が上がった。杖の動きにつれて、鬼太郎の胸へ近づいてくる。
鬼太郎は火の中心へ力を足した。
右肩へ、柔らかいものが当たった。
「当たったぞ」
「……ええ。もう少しで、まとまりそうだったのですが」
キーノは布を引き戻した。
「じゃあ、もう一度な」
今度は向かってくる布を見て、鬼太郎は横へ退いた。布は胸の前を通り過ぎたが、左手へ寄せていた力も崩れていた。
初めの位置へ戻り、また試す。
火が形になりかけると、そちらへ気を取られる。腕へ当たり、次には脇腹へ布が触れた。柔らかい音がするたびに、キーノが布を戻す。
鬼太郎は左手を下ろした。
「よく当たりますね」
「さっきから、ほとんど避けてないぞ」
「作る方へ戻ると、あちらが抜けます」
鬼太郎が布を見て言うと、キーノは自分の杖先を少し下げた。
「前と同じ避け方なら、その先へ送れるぞ。ちゃんとこっちも見ろよ」
「では、次を」
布が来る。
鬼太郎は左へ足を出しかけた。だが、布は胸へ届く前に斜めへ進み、そちらの足場へ入ってくる。
踏み出すのをやめ、今度は後ろへ退いた。通り過ぎる布を追い続けず、キーノの杖へ目を戻す。
掌には、熱が残っていた。
だが、その先へ力をまとめる前に、布が戻ってきた。キーノは床へ落とさず、一度手前で止めてから送り直している。右へ抜けようとすると、今度はそちらへ布が寄った。
鬼太郎は小さく身体を捻った。右袖のそばを布が抜け、火の形成はそこで止まった。
避け終えてから、また集め直す。
それでは、動きながら一つの火を作り続けていることにはならない。
「……今のは、横へ退けませんでしたね」
「火は?」
「途中で止まっています。避けた後に、続きを始めているだけですね」
キーノは鬼太郎の左手から、足元へ目を移した。
「お前、火へ戻ろうとする時は、同じ方へ退くぞ」
「そこを狙っていますね」
「ああ。だから、次は途中で止まっただろう」
鬼太郎は先ほど足を置きかけた所を見た。以前のように、横へ一歩動くだけでは済まなくなっている。
キーノは布を下ろし、二人の間を確かめた。
「高さも変える。胸に来ると思って、先に避けるなよ」
「ええ。速さは、そのままでお願い出来ますか」
「分かった」
二人とも、一度休んだ。
次にキーノが浮かせた布は、先ほどと同じ高さから近づき、途中で低く下がった。鬼太郎は大きく飛び退かず、半歩だけ外へ動く。
布が膝のそばを通り過ぎた。
左へ寄せていた力は、少し残った。だが、次にどちらへ動くかを見ているうちに、それ以上まとまらなくなる。
鬼太郎はもう一度、火へ気を向けた。
今度は袖へ当たった。
「今、止まったな」
「ええ。足も、こちらを見る方も」
鬼太郎は肩から力を抜いた。
自分で歩く道を決めていた時には、一度出来た。だが、相手の動きで足を置く所が変わると、同じようにはいかない。避けるたびに火を失わないことと、その間も完成へ近づけることは、別だった。
キーノも布を手元へ戻し、杖を下げた。
「今日は、ここまでだな。今度はお前が避ける方だけに集中しても、当てられるようにする」
「そうしましょう」
鬼太郎は左手を下ろした。 避けながらアギラオを放つところまでは、一度も届かなかった。
歩きながら火を育てられた回はある。しかし、相手が投げた布の方向を見て足を変えると、炎へ向けていた意識が薄くなる。杖先の光を消さずに動けることも、突然の攻撃へ応じながら火を完成させることとは違った。それでも、どこへ意識を向けると何が止まるのかは、歩いているだけの時より、はっきりした。
キーノは丸めた布の紐を締め直した。
「次も、これくらいの速さでやる。速くする前に、もっと違う方へ動かしてやるからな」
「あなたが行き先を決めてくれるのは、ありがたいですね」
「なら、自分で飛ぶ方もやってみるか?」
「いえ。今は、当てられる方を覚えたいので」
キーノは少し驚いたように目を開いたが、すぐに笑った。自分の得意な浮遊術が、鬼太郎の苦手な部分を見つける役に立つのが、嬉しいらしかった。
「僕は、当たらずに撃てるようにしませんとね」
彼女の口元が、少し上がった。
鬼太郎は布を受け取り、右袖を見た。当たった所に傷はない。
だが、同じ所へ何度も触れた感触は、家へ戻る間も残っていた。