神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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誰も使えない芝生

第214話 誰も使えない芝生

 

 土曜の朝、ハリーの席は空いていた。

 

 ロンは大広間の窓へ目を向け、パンを一口かじった。

 

「まだ、やってるのかな」

 

「もう練習ですか」

 

 鬼太郎が尋ねると、ロンは頷いた。

 

「ウッドが連れてった。今度こそ優勝するって、朝から」

 

 鬼太郎は窓の外を見た。芝生には朝の光が届いている。これから外へ出るには、ちょうどよさそうだった。

 

「食べたら、見に行きませんか」

 

「お前、今日も練習するつもりじゃなかったのか?」

 

 キーノが顔を向けた。

 

「そちらは、午後でも出来ます。試合ではボールの方も気になりますが、練習なら、ハリーさんたちの動きをゆっくり見られそうですので」

 

「私は、見に行ってもいいぞ」

 

 向かいでハーマイオニーが、読んでいた本へ栞を挟んだ。

 

「それなら、私も。ずっと待っているつもりはないけれど」

 

「ウッドに聞かれたら、練習が終わるまで帰れないかもしれないよ」

 

 ロンは言い、残りのパンへ手を伸ばした。

 

     ◆

 

 競技場では、赤いローブが空を横切っていた。

 

 ハリーが高い所で旋回している。少し下を別の選手が通ると、進む先を変え、身体を伏せて加速した。

 

 鬼太郎は観客席へ座り、その動きを追った。

 

 去年の試合でも、ハリーが他の選手の間を抜けるところは見ていた。今日は得点を追わず、一度避けた後、どちらへ向き直すかを見てみる。

 

 箒の先が下がった。ハリーは手前の選手の陰へ入り、その下から反対側へ抜けた。

 

「今の、追ってくる方からは見えなくなりますね」

 

「うん。あそこで離せれば、スニッチを探す方へ戻れるだろ」

 

 ロンも、ハリーが出てきた先へ目を動かした。

 

「さっきは、もっと外を回ってたぞ」

 

 キーノが言った。

 

「今度は、下が空いてたからか?」

 

「そうかも。ウッドが同じ場所を飛ばせてるんだし、抜け方を変えてるのかな」

 

 ロンが前へ身を寄せた。

 

 遠くでウッドの声がした。

 

 ハリーが向きを変え、今度は逆側から回る。先ほど通れた隙間へ、別の選手が入った。ハリーは同じ道へ進まず、さらに外へ膨らんで抜けていく。

 

 鬼太郎は、ハリーが顔を向ける先へ目を留めた。

 

 自分の杖の練習では、避け終えた布を目で追い、狙いを戻すのが遅れた。ハリーは相手とすれ違う前に、もう次の進路へ顔を向けている。

 

 箒を扱えない自分に、その動きを真似することは出来ない。それでも、避けた後に何を見るかは、地上の練習でも確かめられそうだった。

 

 もう一周見ようとした時、競技場の入口から緑のローブが現れた。

 

 何人も連れ立ち、箒を持っている。

 

 ウッドが地上へ下りた。

 

 鬼太郎たちにも、彼の声が届く。

 

「今日は、僕たちが予約してある!」

 

 向かいの大柄な選手が、懐から紙を出した。

 

 ロンが立ち上がる。

 

「フリントだ。また、何か言ってる」

 

 ハリーたちも次々と下り始めた。

 

 練習が再開する様子はない。鬼太郎はキーノと目を合わせ、ロンたちの後から席を離れた。

 

     ◆

 

「だから、新しいシーカーの練習なんだよ。スネイプ先生からの許可もある」

 

 近づくと、フリントが紙を畳んだところだった。

 

「予約したのは、こっちが先だ」

 

 ウッドは引かなかった。

 

 その脇で、フレッドが緑の列の後ろを見た。

 

「新しいシーカーって、そいつか?」

 

 大きな選手の間から、ドラコが出てきた。

 

 緑の競技用ローブを着ている。鬼太郎たちを見つけると顎を上げ、そのままハリーへ視線を移した。

 

「今年は、上から会うことになるね」

 

 ハリーは、自分の箒を持ち直した。

 

「君が選ばれたの?」

 

「見れば分かるだろう」

 

 ドラコが箒を示す。

 

 それに合わせるように、他の選手たちも手元を上げた。

 

 七本とも、新しかった。

 

 柄に並ぶ金色の文字へ、ロンの目が留まる。

 

「ニンバス2001……全部?」

 

「父上からの寄贈だ」

 

 ドラコは、その反応を待っていたように答えた。

 

「チーム全員にね。古い箒で苦労しながら、練習を続ける必要もない」

 

 フリントが笑い、双子の持っている箒を見た。

 

 ドラコもそちらへ目を向ける。

 

「そっちも、お金を集めたらどうだい。古い箒なら、飾っておきたい人が買ってくれるかもしれないよ」

 

 緑の列から笑い声が上がった。

 

 ハーマイオニーが一歩進む。

 

「少なくとも、こちらの選手は、お父様のお金で席を買ったわけではないわ。実力で選ばれたのよ」

 

 鬼太郎は、七本の箒へ目を向けた。

 

「チーム全部の箒を揃えたのなら、役には立っていますね」

 

 ハーマイオニーがこちらを見た。

 

「だからといって、選手になる資格まで買えるの?」

 

「そこは、飛ぶところを見てからでは。親の支援があったことと、実力がないことは、同じではありませんので」

 

 ドラコが、言い返しかけた口を閉じた。

 

 鬼太郎は隣の少女へ続けた。

 

「マグルの競技でも、スポンサーの資金で施設や道具に差が出るでしょう。使える力を使い、仲間の分まで強くする。スリザリンらしいやり方だとは思います」

 

「皆が、同じように出来るわけじゃないわ」

 

「ええ。相手にする方には、厄介ですね」

 

 鬼太郎は、ハリーの持つ箒と、新しい七本を見比べた。

 

 一本だけ速くなるのとは違う。追いかける者も、邪魔をする者も、前より速くなるのなら、ハリーの進める道も変わるだろう。

 

「ですが、試合で使うことが認められているなら、そこまで含めて相手にしないと」

 

 ハーマイオニーは眉を寄せた。

 

「分かるわ。でも、あんな言い方をされたら、言い返したくもなるでしょう」

 

「それは、そうですね」

 

 鬼太郎は彼女から、ドラコへ目を移した。

 

 ドラコは今の話のうち、自分に都合のよいところだけを受け取ったようだった。口元へ笑いが戻っている。

 

「聞こえたかい、グレンジャー。君が口を出すことじゃないんだよ」

 

「私は、あなたに実力がないとは言っていないわ。選ばれた理由を言っているの」

 

 ドラコの笑みが消えた。

 

「君には聞いていない。穢れた血のくせに」

 

 フレッドが動いた。

 

 すぐにフリントが間へ入り、隣の選手も箒を横にする。後ろから女子選手の鋭い声がした。

 

 鬼太郎がハーマイオニーへ目を戻した時、すぐ横でローブの擦れる音がした。

 

「お前、よくも――!」

 

 ロンの手に、杖があった。

 

 継ぎ目へ何かを巻いた、あの杖だった。

 

「ロン!」

 

 ハリーの声と、破裂音が重なった。

 

 緑の光が、ロンの腹へ跳ね返る。

 

 彼は後ろへ倒れた。

 

 キーノが屈み、ハリーも箒を落として駆け寄る。鬼太郎が近づくと、ロンは腹を押さえ、口を開いた。

 

 言葉の代わりに、ぬめるものが出てきた。

 

 大きなナメクジが、ローブの上へ落ちる。

 

「……ロン?」

 

 ハーマイオニーの声が震えた。

 

 ロンは答えようとした。だが、また身体を折り、今度は草の上へ吐き出す。

 

 スリザリンの方から、吹き出す声がした。

 

 続いて、何人も笑い始めた。

 

     ◆

 

「前へ、向けますか」

 

 鬼太郎が背へ手を添えると、ロンは頷いた。

 

 喉を詰まらせている様子はない。だが、顔から血の気が引いていた。ハリーが肩を支え、キーノはローブに落ちたものを払う。

 

 鬼太郎は、草の上の杖を拾った。

 

「歩けそうですか。ここから、移れますか」

 

「……あいつ」

 

 ロンはドラコを睨もうとして、また下を向いた。

 

 フレッドが引き返してきた。弟の顔を見て笑みを消し、ハリーと反対側へ手を回す。

 

「立てるか。ゆっくりでいい」

 

 ロンの身体が起こされた。

 

 ハーマイオニーが袖を押さえる。鬼太郎は拾った杖を左手へ持ち替え、折れた先が垂れないよう、継ぎ目の下を支えた。

 

 ロンが、掠れた声で何か言った。

 

 聞き取ろうと身を寄せると、また、あの侮辱の言葉が出てきた。

 

「マグル生まれを……親が魔法使いじゃないからって……」

 

「分かりました。今は、話さなくて結構です」

 

 鬼太郎は彼の顔を確かめ、ハリーへ目を向けた。

 

「先に、お願いします。すぐ追いつきます」

 

「ハグリッドのところへ行こう。城より近い」

 

 ハリーが言った。

 

 ハーマイオニーも頷き、フレッドと代わってロンの脇へ入る。二人に支えられ、ロンは出口へ歩き始めた。

 

 まだ笑っていた選手の前へ、鬼太郎は半歩出た。

 

 ドラコがこちらに気づいた。

 

「自分でやったんだろう。僕は、何もしていない」

 

「その言葉で済むかどうかは、後で先生に聞いていただいては」

 

 鬼太郎は声を荒らげずに返した。

 

 ドラコの笑みが薄れた。

 

「君まで、あいつらの話をするのかい」

 

「先ほどのお話なら、終わっています。ご家族の支援を使うことと、グレンジャーさんを侮辱することは、別です」

 

 後ろで、ハーマイオニーがロンへ声を掛けるのが聞こえた。

 

 鬼太郎は、ドラコの箒へ一度目をやった。

 

「お父様は、全員がよい道具を使えるようになさった。それをあなたが、他の方を罵るための自慢話にしてしまうのですか」

 

「僕の父上を、持ち出すな」

 

「先にお話しになったのは、あなたですよ」

 

 ドラコの指が、柄を握り直した。

 

 鬼太郎はその手から目を戻す。

 

「名家を誇るのでしたら、言葉もお選びになっては。少し言い返されただけで、その程度のことしか出てこないのかと思われては、損でしょう」

 

 今度は、周りからも笑いが起きなかった。

 

 ドラコは鬼太郎を睨んだ。

 

「君に、そんなことを言われる筋合いはない」

 

「では、僕の感想ということで」

 

 それ以上、頷かせようとはしなかった。

 

 鬼太郎は出口を見た。三人はもう、外へ向かっている。

 

 キーノが鬼太郎の隣へ残る。

 

 ウッドは、スリザリンへ向き直った。

 

「こっちの練習を続ける。場所を空けろ」

 

「許可があると言ったろう」

 

 フリントが、畳んでいた紙を出した。

 

 ロンを連れたハリーたちが離れても、箒を手にした選手たちは、向かい合ったままだった。

 

     ◆

 

 ウッドが話し終えるまで、鬼太郎は口を挟まなかった。

 

 フリントも紙を示し終え、二人の間に短い沈黙が出来る。そこで初めて、一歩近づいた。

 

「お話し中、すみません。練習場のことで、一つ提案してもよろしいですか」

 

 ウッドの目がこちらへ向いた。

 

 鬼太郎は続けず、フリントの方も見る。

 

「聞くだけならな」

 

 フリントが言った。ウッドも、顎を引く。

 

「何だ?」

 

「双方に、使う根拠があるのですよね。それなら、半分ずつでは」

 

「場所をか? それでは練習にならない。ブラッジャーが、線を越えずに戻ってくるわけでもないんだ」

 

 ウッドはすぐに答えた。

 

「では、時間を分ける方は。片方が先に、片方は後に」

 

「こっちが先に予約した。どうして待たなきゃならない」

 

「こちらにも、先生の許可がある」

 

 フリントが返す。

 

 鬼太郎は、二人の言葉が途切れるのを待った。

 

 さっきと同じところへ戻っている。どちらにも、仲間の前で簡単に退けない理由があるのだろう。

 

「それでしたら、主将のお二人に、一度ずつ僕と手合わせをしていただくのはいかがですか」

 

 ウッドの眉が動いた。

 

「僕たちが、お前と?」

 

「はい。僕を相手に、より長く戦い続けた方のチームが、今回の練習場を使う。両方とも同じ相手ですし、時間なら、ここにいる皆さんにも結果を確かめていただけます」

 

 フリントの口元が歪んだ。

 

「二年生のお前が、俺たちを試すのか」

 

「僕も、チームの練習をしに来たんだが」

 

 ウッドも言った。

 

 鬼太郎は頷いた。相手を任されることに、二人とも抵抗がある。そのまま押せば、話はそこで終わる。

 

「お二人とも上級生で、それぞれのチームを率いていらっしゃる。ですから、僕から手合わせをお願いしたいんです」

 

 フリントは黙ったままだった。

 

 鬼太郎は、周りで聞いている選手たちへ目をやった。

 

「ただ譲ったのでは、仲間の方も面白くないでしょう。ですが、主将同士が実力を見せ、その結果で決めたのでしたら、話は違いませんか」

 

「それなら、僕とこいつが戦えばいいだろう」

 

 ウッドがフリントを指した。

 

「直接でしたら、今の口論も持ち込むことになりますね。僕を相手にする方でしたら、相手の寮へ何をされたかより、ご自分がどう戦うかを見せていただけます」

 

 入口の方で、足音が止まっていた。

 

 言い争いを聞きつけたらしい生徒が、何人かこちらを見ている。観客席に残っていた者も立ち上がり、選手たちの輪へ近づいてきていた。

 

 鬼太郎は、誰か一人へ声を張り上げることはしなかった。

 

「ここには、両方の寮の方がいらっしゃいます。他の生徒も見ています。主将が自分たちを代表して戦ったところを、ご覧になれるでしょう」

 

 ジョージが、ウッドへ目を向けた。

 

「負けた相手を、こっちがどうこうしたって話には出来ないな。同じ二年生なんだし」

 

「お前は、黙ってろ」

 

 ウッドは言ったが、鬼太郎から目を逸らさなかった。

 

 フリントも、後ろの選手が何か言おうとするのを、手で止めた。

 

「お前が、相手によって手を抜いたら?」

 

「それでは、お願いする意味がありません。条件は、お二人で決めていただいて結構です。片方だけが有利にならないものを」

 

 ウッドとフリントが顔を見合わせた。

 

 簡単に出来ると押し切るつもりはなかった。

 

 鬼太郎自身、二人の戦い方を知らない。箒を持って怒鳴っているところだけで、どこまで相手をしていただけるかは分からなかった。

 

 だからこそ、見たかった。

 

「結局、お前も戦いたいんだな」

 

 ウッドが言った。

 

「ええ。それは、僕にも得のあるお話です」

 

 鬼太郎は、そこで少し笑った。

 

 取り繕っても、条件を聞けば分かることだった。自分の楽しみだけで二人を動かそうとしても、受けてもらえない。

 

 フリントが箒を立て直した。

 

「条件次第だ。お前の好きに決めさせるつもりはないぞ」

 

「もちろんです」

 

 ウッドは出口へ目を向けた。ハリーたちの姿は、もう競技場の外へ消えている。

 

「今すぐは、やらない。ロンを連れていけ。こっちも、皆と話す」

 

「はい。戻ってから、伺ってもよろしいですか」

 

「話をするだけだ。まだ、受けたわけじゃない」

 

 鬼太郎がフリントを見ると、向こうも短く頷いた。

 

 ここまでなら、条件を聞いて終わりにも出来る。

 

 鬼太郎は二人の顔を見て、最後に、少しだけ笑みを深めた。

 

「ただ――ここで尻込みするクィディッチの主将なんて、いらっしゃいませんよね?」

 

 ウッドの目つきが変わった。

 

 フリントも、箒の柄から片手を離す。

 

 鬼太郎は、もう言葉を足さなかった。聞いていた選手たちが、揃って自分たちの主将へ目を向ける。

 

「戻ってこいよ」

 

 フリントが言った。

 

「こっちだけじゃない。お前も、今の言葉を忘れるな」

 

「ええ。楽しみにしています」

 

 ウッドは鼻から息を吐いた。

 

「先に、ロンを頼む。条件の話は、その後だ」

 

「はい」

 

 今度こそ話を切り上げた。二人の誇りを持ち出した以上、こちらも戻って説明するつもりだった。

 

 鬼太郎は礼をし、キーノと出口へ向かった。

 

     ◆

 

 競技場を出ると、ハリーたちは城とは逆の方へ進んでいた。

 

 鬼太郎はキーノと後を追った。ロンが吐くたびに足が止まるので、小屋へ着く前に追いつくことが出来た。

 

「大丈夫ですか」

 

「……もう、嫌だ」

 

 ロンは口元を拭い、ハーマイオニーの肩へ手を置き直した。

 

 ハグリッドの戸口が開いた。

 

「どうした? おい、ロン、何があった」

 

 大きな身体が脇へ退き、皆を中へ通す。ノーバートの手紙を囲んだ卓から、今は茶器が急いで退けられた。

 

 ハリーとハーマイオニーがロンを椅子へ下ろす。

 

 鬼太郎はその脇へ屈み、また前へ倒れかけた肩を支えた。ハグリッドが大きな容器を持ってきたので、ロンの膝の前へ寄せる。

 

 ナメクジが、その中へ落ちた。

 

「呪文が、跳ね返ったんだ」

 

 ハリーが言い、ハグリッドの顔が険しくなる。

 

「誰のだ?」

 

「ロン自身の。マルフォイに向けたら、杖の方が……」

 

 鬼太郎は、左手に持っていた杖を示した。

 

 ハグリッドは継ぎ目を見てから、ロンへ目を戻した。

 

「無理に喋るな。出てくる間は、こっちへ出せ」

 

 ロンが俯く。鬼太郎は容器がずれないよう押さえ、吐き気が収まるのを待った。

 

 ハーマイオニーは、近くにあった布を借りた。ロンへ渡すと、彼は頷き、口元を拭く。

 

 呼吸は出来ていた。吐いた後には、問い掛けにも短く答えられる。ただ、次が来るたびに腹を押さえ、肩まで震わせていた。

 

「……何でまた、マルフォイに」

 

 ハグリッドが尋ねた。

 

 ハリーが説明しかけると、ロンが顔を上げた。

 

「ハーマイオニーを、あいつが……」

 

 侮辱の言葉まで聞いたハグリッドの手が止まった。

 

「そんなことを言いやがったのか」

 

 ハーマイオニーは頷いた。

 

 ハグリッドが彼女へ向き直る。

 

「お前さんが、どれだけ勉強してるか、俺たちは知ってる。親が誰だろうと、それが変わるもんか」

 

 彼女は返事をしかけ、ロンがまた前へ屈むと、背へ手を回した。

 

 鬼太郎も、これまでの授業を思い浮かべた。教科書を開くだけでなく、試して、出来たところを確かめている少女だった。

 

「僕も、また教えていただくつもりです。ご両親のお話で、授業で見たものまで変わるとは思いませんので」

 

「……それとこれとは、別よ」

 

 ハーマイオニーは小さく返した。声はまだ硬かったが、こちらを見る目は少し和らいでいた。

 

 鬼太郎はそれ以上、箒の話へ戻さなかった。

 

     ◆

 

 しばらく座っていると、ロンは椅子から立てるようになった。

 

 だが、吐き気そのものは止まらない。ハリーは、小屋の外へ目を向けた。

 

「このまま、医務室まで行こう。マダム・ポンフリーに見てもらった方がいい」

 

「ええ。今なら、歩けそうね」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

 ハグリッドは容器を持たせ、戸を大きく開いた。

 

「持っていけ。返すのは後でいい。途中で辛くなったら、無理に歩かせるなよ」

 

 鬼太郎はロンが立つのを手伝い、足元を確かめた。ハリーとハーマイオニーが両側へ付くと、ロンも自分で足を出した。

 

「杖は、ハリーさんへお預けしてよろしいですか」

 

 ロンは頷いた。

 

 鬼太郎は折れた部分を支えて渡し、ハリーがローブへ収めるのを待った。

 

「僕は、競技場へ戻ってきます。先ほど、主将のお二人とお話ししましたので」

 

「何の話?」

 

 ハリーが聞いた。

 

「練習場を使う方を、手合わせで決める案です。僕が、一人ずつお相手する形で」

 

 ハリーは鬼太郎を見てから、競技場の方を振り返った。

 

「ウッドが、それをやるって?」

 

「条件を決めるところまでは。戻って、確かめてきます」

 

「……練習まで出来なくなるような怪我は、させないでよ」

 

「ええ。そちらも、ロンさんをお願いします」

 

 鬼太郎が言うと、ハリーは頷いた。

 

 キーノは三人の背を見送り、それから鬼太郎を見た。

 

「私も、そっちへ行く。どうなるか、見たい」

 

「では、ご一緒に」

 

 ハグリッドへ礼を言い、二人で競技場へ向かった。

 

     ◆

 

 戻ると、箒は脇へ集められていた。

 

 選手たちは、さっきより広く間を空けている。その外側にも、生徒が増えていた。観客席から降りずに、こちらを見ている者もいる。

 

 ウッドとフリントは、同じ紙の前へ立っていた。

 

 鬼太郎に気づくと、フリントが顎で呼ぶ。

 

「戻ったな。条件は、こっちで決めた」

 

「伺います」

 

「使うのは、武装解除とプロテゴだけだ」

 

 ウッドが続けた。

 

「杖が手を離れたら終わり。膝を地面についたり、倒れたりしても、そこで終わりだ。立ち直ってから続けるのは、なし」

 

 鬼太郎は紙へ目を落とした。

 

 二つの呪文と、終わりにする条件が書かれている。手へ杖が戻っても、勝負のやり直しにはならない。

 

「膝をついて避けるのも、そこで終了ですね」

 

「そうだ。どちらが先に、相手をその状態にしたかを見る」

 

 フリントが答えた。

 

「武装解除を受けても、杖を持って立っていられれば、続けていい。どこまで耐えられるかは、自分で確かめろ」

 

 鬼太郎は、自分の右手を見た。

 

 盾を出すところまでは出来る。だが、長く保つことも、相手の呪文を何度も受け止めることも、まだ確かめられていない。

 

 薄くなる右上を思い出し、今度は二人の杖へ目を戻した。

 

「分かりました。その条件で、お願いします」

 

 使うものが二つなら、簡単になるわけではなかった。

 

 相手が放つ前に狙いを読むか、横へ抜けるか。盾を選ぶなら、出す時を間違えられない。避け終えた後、杖先を戻すところまで見られる。

 

 フリントが、紙をウッドの方へ押した。

 

「時間を比べる方も、曖昧にするなよ」

 

 ウッドは頷き、鬼太郎へ顔を向けた。

 

「順番と、間に取る休みを決めよう。後から違うと言われるのは、ごめんだ」

 

「ええ。始める前に、揃えておきましょう」

 

 鬼太郎は鞄をキーノへ預けた。

 

 さっき二人を煽った時より、静かに気持ちが浮き立っていた。話を持ち掛けた相手が、自分たちで決めた条件を持って、目の前に立っている。

 

 鬼太郎は黒檀を取り出し、まだ正面へは向けず、手の中へ馴染ませた。

 

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