第225話 歴史の余白
翌朝、鬼太郎が大広間へ入ると、キーノはすでにグリフィンドールの卓についていた。
パンの上にジャムを伸ばしながら、何やら右手首を動かしている。
「おはようございます。手を痛めましたか」
「おはよう。いや、昨日のあれを思い出してた」
彼女はナイフを皿へ置き、杖を振るときのように手を返した。
「カーター先輩、あたしの手を見ろって言いながら、足で木人を動かしただろ。どっちを見ればよかったのか、まだ考えてる」
「僕は両方見ようとして、どちらも遅れましたね」
「お前はホルト先輩の方だろ」
「ええ。大声で誘ってくるのに、打ち込んだ瞬間だけ妙に静かになるんです」
キーノは笑った。
「レゼがいつも一緒にいる理由、分かった気がする。あれだけ騒ぐのに、練習の話はちゃんと聞いてるんだから」
「相手が何を考えたか、よく見ていました。次はもう少し、こちらから選択を押しつけたいですね」
「だったら私も、相手に布を追わせるだけじゃなくて、どこで術を切るか考えないとな」
鬼太郎は頷いた。
昨日、キーノの武装解除は動く木人に命中した。鬼太郎もグレアムの一撃をプロテゴで受けた。次は、それぞれその直後に何ができるかだ。
「今日は復習するのか」
「授業が終わって、時間があれば。昨日教わったことを記録しておきたいので」
「私は先に書いたぞ。夜、寝る前に」
「早いですね」
「忘れるからな。お前みたいに、頭の中へずっと置いておけるわけじゃない」
「僕も忘れますよ」
「そうか?」
キーノは信用していない顔をした。
鬼太郎は笑って、朝食の皿へ目を戻した。
隣の卓では、何人かの生徒が声を潜めていた。聞き取れたのは「継承者」と「猫」という二つの言葉だけだった。
昨日の練習中には聞こえなかった噂も、大広間へ来れば耳に入った。
◆
午前の授業を終え、鬼太郎たちは次の教室へ向かっていた。
廊下の角を曲がったところで、ハリーが足を緩める。
「あ、ジャスティン」
前方にはハッフルパフの男子生徒がいた。
薬草学で顔を合わせたジャスティン・フィンチ=フレッチリーだ。以前はハリーを見つけると気軽に声を掛けてきたし、ロックハートの著書について楽しそうに話していたこともある。
ハリーが片手を上げかけた。
ジャスティンもこちらを見た。
しかし彼は何も言わなかった。抱えていた本を持ち直し、すぐ横の階段へ足を向ける。
「……あれ?」
ハリーの手が宙に残った。
ジャスティンは下り階段へ消えた。その先には、彼らがこれから使う教室はない。
「何だよ、あいつ」
ロンが腹立たしそうに言った。
「聞こえなかったんじゃない?」
「目が合ったじゃないか。あからさまだよ」
ハーマイオニーも、すぐには返事をしなかった。
ハリーは腕を下ろした。
「別に、何か言いたいわけじゃなかったんだ。ただ、挨拶しようとしただけで」
「噂を聞いたのかもしれませんね」
鬼太郎が言うと、ハリーは顔を上げた。
「秘密の部屋の?」
「それと、僕らが事件のあった場所にいたことです」
「先生たちには話したのに」
「先生が聞いた話と、生徒に広がった話は同じとは限りませんから」
鬼太郎はジャスティンが消えた階段を見た。
あそこへ逃げた理由を本人から聞いたわけではない。単に用事を思い出した可能性も、なくはない。
ただ、ハリーが呼び掛けようとした瞬間に表情が変わったのも見えた。
「追いかけて説明する?」
ハーマイオニーが尋ねる。
ハリーは少し考え、首を横に振った。
「今追っても、余計に変だと思われそうだ」
「その通りだよ。あいつが勝手に怖がってるだけさ」
ロンは言い切ったが、ハリーの表情は晴れなかった。
鬼太郎にも、誰かが聞く耳を持つかどうかまで決められない。
できることは、まだあまりない。
◆
昼休みの図書館には、普段より多くの生徒がいた。
窓際の机では、ロンが長い羊皮紙を両腕で押さえている。端が丸まり、少し手を離すと元へ戻ろうとする。
「あと、どれだけ?」
ハリーが覗き込んだ。
「八インチくらい。何で魔法史の宿題は、長さまで決まってるんだろう」
「文章が足りないなら、調べて書けばいいでしょう」
ハーマイオニーが答えた。彼女は近くの棚から戻ったところだった。
「それができたら苦労しないよ。君のは、もう僕の倍ぐらいあるんじゃない?」
「必要なことを書いたら長くなったのよ」
「鬼太郎は?」
「僕は終わっています」
「ほら、そっちもだ!」
ロンは絶望したように羽根ペンを置いた。
鬼太郎は自分の鞄から羊皮紙を取り出す。
「中世の魔法使い会議についてなら、最後の方で各地の代表者の役割に触れれば、少し増えると思います」
「内容を増やせってこと?」
「文字の大きさを変えるよりは、たぶん」
「君までハーマイオニーみたいなことを言うのかい」
ロンは紙を伸ばし直した。
ハリーは笑ったが、すぐに先ほどのジャスティンのことを思い出したらしい。机の端に座り、黙って教科書を開いた。
ハーマイオニーが本を置いた。
「学校の歴史を扱った本、思ったより借りられているわ」
「事件のせい?」
キーノが尋ねる。
「そうだと思う。『ホグワーツの歴史』は全部貸し出し中で、予約も続いてる。家に自分の本を置いてきたのが悔しいわ」
「持ってくればよかったのに」
「ロックハート先生の指定図書で鞄がいっぱいだったのよ」
ロンは何か言い掛けたが、ハーマイオニーが先に睨んだため口を閉じた。
鬼太郎は、彼女が抱えてきた別の本へ目を向ける。
厚い表紙には、歴代の校長と城の改修について書かれているらしかった。
「秘密の部屋については、何か分かりましたか」
「その名前だけなら出てくるものもあるの。でも、出典がはっきりしないのよ。ある本では古い怪談、別の本では、そんな部屋はないと一行だけ」
「手掛かりにならないなあ」
ロンが呟く。
「少なくとも、何が確かな記録なのかが分からないでしょう?」
ハーマイオニーは本の端を揃えた。
「それで考えたの。今日の魔法史でビンズ先生に聞いてみるわ」
「ビンズ先生に?」
ロンが顔をしかめる。
「あの先生、いま何年の話をしてるのか、自分でも分からなくなってそうなのに」
「歴史が専門の先生よ」
「でも、秘密の部屋は伝説なんじゃないか?」
「だからこそ、伝説としてどこから伝わったのか聞けるかもしれないでしょう」
鬼太郎は頷いた。
「先生が記録と伝説を分けてくださるなら、役に立ちますね」
「ええ。少なくとも、図書館で見つからない本を探しているよりは」
ハリーが顔を上げた。
「そもそも秘密の部屋って、何なんだろう。壁には、開かれたって書いてあった」
「私も、その意味を知りたいの」
ハーマイオニーはそう言うと、次の授業の時間を確かめた。
ロンは二人の顔を交互に見た。
「質問してもいいけど、宿題の長さを増やされるのだけは勘弁してほしいな」
◆
魔法史の教室は暖かかった。
暖炉には火が入り、窓から差す薄い陽射しが机を照らしている。眠くなるには、よくできた場所だった。
ビンズ先生が黒板を通り抜けて現れても、もう誰も驚かない。
教授は出席を確かめると、古い羊皮紙を広げ、前回の続きを読み始めた。魔法使い同士の会議、各国の代表、何年にどこで議案が出されたか。
鬼太郎は必要な部分を帳面に記録した。
キーノは半分だけ開いた窓の方へ一度目をやり、また教科書へ戻した。
その隣でロンがあくびを噛み殺している。
普段と変わらない光景だった。
ただし今日のハーマイオニーは、教科書の端に細い紙を一枚挟んでいた。
「先生、質問があります」
ビンズ先生が読み上げていた年代の途中で、手が上がった。
教授は少しの間、その手を見つめた。
「……何かな、ミス……」
「グレンジャーです。秘密の部屋について、何か教えていただけますか」
ロンの羽根ペンが止まった。
前の席で眠りかけていたネビルも顔を上げる。窓の外を眺めていたディーンが振り向き、シェーマスは隣の友人の腕を軽く突いた。
ビンズ先生は小さく喉を鳴らした。
「私の授業は、確認できる歴史を扱うものです。怪談を披露するための時間ではありません」
「でも、先生。伝説にも、実際に起きた出来事が元になっているものがありますよね」
「それは否定しませんが……」
教授の視線が、教室中の生徒へ移った。
いつもはノートを取る音さえ途切れがちなのに、今日は皆がこちらを見ている。
「……そこまで知りたいのであれば、まず事実から話しましょう」
ビンズ先生は広げていた羊皮紙を畳んだ。
「千年以上前、この学校は四人の優れた魔法使いたちによって築かれました。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、そしてサラザール・スリザリンです」
生徒たちは静かになった。
四つの寮の名の由来くらい、誰もが知っている。
だが、創設者たちが実際にどんな考えを持っていたかは、別の話だった。
「当時、魔法使いがその力を恐れられ、迫害されることも珍しくありませんでした。四人は城を外の目から隠し、若い魔法使いに学ぶ場所を与えようとしたのです」
ビンズ先生は少し間を置いた。
「最初から仲が悪かったわけではありません。意見が分かれたのは、どのような生徒を受け入れるかという問題です」
鬼太郎のペン先が、そこで止まった。
「サラザール・スリザリンは、魔法使いの家系に生まれた者だけを教えるべきだと主張しました。魔法を使わない家庭から来る生徒を信用できないと考えたのです。その考えは、グリフィンドールたちと対立しました」
「それで、どうなったんですか」
ハーマイオニーが尋ねた。
「論争が続いた末に、スリザリンは学校を去りました。この経緯は複数の史料に残っており、歴史として扱えます」
ビンズ先生は断りを入れるように指を立てた。
「ここから先は、そうではありません。後の人々が語り継いだ伝説です」
ロンが椅子を少し引き寄せた。
ビンズ先生は続ける。
「伝説によれば、スリザリンは城に秘密の部屋を造り、ほかの創設者にも存在を知らせなかったといいます。彼が去る時、その部屋は封印されました」
黒板の端で、古いチョークの粉が落ちた。
「ただし、永遠に閉じておくためではありません。いつか自分の真の継承者が学校へ現れた時、その人物だけが開けるようにしたと伝えられています」
ハリーが顔を上げた。
鬼太郎も、ゆっくりと羽根ペンを置いた。
――継承者の敵よ、覚悟せよ。
あの壁の文字が思い出される。
「部屋の中には、スリザリンが残した恐ろしいものが眠っている、というのが伝説の続きです。継承者はそれを解き放ち、スリザリンが学校から排除したかった者たちを襲わせるのだとか」
誰かが椅子を軋ませた。
教室の暖かさが変わったわけではない。それなのに、先ほどまでの眠気は消えていた。
「恐ろしいものって、何ですか」
ハーマイオニーの声が少し高くなる。
「怪物の一種だと言われています。ですが、何の生き物かについては、確かな記録がありません」
「じゃあ、怪物がいること自体も――」
「証明されておりません」
ビンズ先生はきっぱりと言った。
「歴代の校長や教師が城を調べましたが、秘密の部屋を見つけた者はいません。見つからないものの中に、怪物がいると断定するのは、学問ではありません」
鬼太郎は、帳面の余白に線を引いた。
その上には、創設者の対立についての記述。
下には、秘密の部屋、封印、継承者、怪物。
鬼太郎は二つの欄を離して書いた。
「先生!」
シェーマスが手を挙げる。
「もし本当に、継承者しか開けないようにしてあるなら、ほかの人が探しても見つからないんじゃありませんか」
「そもそも、その条件が真実だという証拠がないのです」
ビンズ先生は答えた。
「でも、開けるのに特別な魔法が要るとか……」
パーバティも身を乗り出した。
「魔法の種類が違えば、普通に探しただけじゃ分からないかもしれません」
「どのような術で封じたのか、誰にも分からないのに、その推測を積み重ねても仕方がありません」
ディーンが手を上げた。
「じゃあ、スリザリンの子孫が開けるっていう話は? 本人の血筋なら、ほかの人とは違うんじゃないですか」
「同じことです。部屋も封印も確認されていない以上、条件だけを確かなものとして扱えません」
ビンズ先生の声は、少しずつ硬くなっていた。
鬼太郎は発言を控えた。
聞きたいことは幾つかある。だが、これ以上質問しても、先生から得られる答えは同じだろう。
壁に文字を書いた者のことを尋ねても、今の答えは変わらないだろう。
「もうよろしいでしょう」
教授は羊皮紙を広げ直した。
「調べられるものを調べる。それが歴史です。残念ながら、根拠のない噂に割く時間はここまでです」
それきり、再び古い会議の名前が読み上げられ始めた。
しばらくは誰も眠らなかった。
やがてロンが小さくあくびをしたところで、キーノが横から肘で突いた。
◆
授業が終わると、廊下は話し声でいっぱいになった。
「本当に部屋があったら、どうするんだろう」
「怪物って、どんなやつだ?」
「校長先生でも見つけられなかったんだろ?」
皆が同じ話をしていた。
鬼太郎は生徒の流れに合わせて歩きながら、帳面の線を思い出した。
スリザリンが学校を去ったことは歴史。
その前に隠し部屋を造ったというのは伝説。
そして、ミセス・ノリスが石化したことは、この目で確かめた出来事だ。
まだ一本の線では繋がらない。
「とんでもない人だったんだな、サラザール・スリザリンって」
ロンが言った。
「マグル生まれを追い出すなんて。そんな人が造った寮には、僕なら入りたくないよ」
「昔の創設者と、いまの生徒が全部同じとは限りませんよ」
鬼太郎が返すと、ロンは顔をしかめた。
「分かってるさ。でも、マルフォイみたいに、あの壁の前で喜んでた奴もいるだろ」
「ええ。それは本人が言ったことですからね」
鬼太郎は否定しなかった。
「ただ、昨日の練習でレゼさんやグレアムさんが気にしていたのは、相手の血筋よりも動き方でした」
「そりゃ、二人は戦うことしか考えてないようなところがあるけど」
「それも、本人たちの考え方です」
キーノが頷く。
「ホルト先輩なんて、相手がどこの寮かより、どこから呪文を撃ってくるかの方が気になるみたいだった」
「確かに」
ハリーが短く笑った。
けれど、その笑みは長く続かなかった。
彼は黙って前を見ている。
鬼太郎にも、ハリーが黙り込んだ理由までは分からなかった。
「ハリー、どうした?」
ロンが聞く。
「いや……ちょっと、考えてた」
「何を?」
「秘密の部屋って、本当にあるのかなって」
ハリーはそれ以上説明しなかった。
鬼太郎も、無理には聞かなかった。
◆
「でもさ」
少し歩いたところで、キーノが口を開いた。
「伝説だって言われても、誰が作った話なのかは気になるな」
「そこなんですよね」
鬼太郎は答えた。
「先生は歴史と伝説を分けて話してくださいました。でも、伝説がどこから伝わったかについては、まだ分からない」
ハーマイオニーが振り向く。
「古い記録を当たれば分かるかもしれないけど、『ホグワーツの歴史』も借りられないのよね」
鬼太郎は、昨日の稽古のあと、道具を片付けていた二人の姿を思い浮かべた。
「でしたら、スリザリンの生徒に聞くのも手ではないでしょうか」
ロンが足を止めかけた。
「スリザリンに?」
「部屋を造ったのがスリザリンという伝説なら、同じ寮には、ほかで知られていない話が残っているかもしれません」
「同じ寮ってだけで、何百年も前の秘密を知ってるわけないだろ」
「ええ。だから、場所を知っているかと尋ねるつもりはありません。ただ、寮に伝わる話があるかどうかを聞くんです。知らないなら、それで終わりです」
ハーマイオニーは考え込んだ。
「図書館に残らない言い伝えなら、確かにあるかもしれないわ。家で聞いた話と学校で聞いた話が違うこともあるし」
「でも、相手は誰だよ」
ロンはまだ納得していない。
「レゼさんとグレアムさんなら、また練習の時に会えます」
鬼太郎は指を一つ折った。
「あの二人は戦い方の話ならよくしてくれますが、寮の昔話まで知っているかは分かりません。それでも、聞くこと自体は難しくないでしょう」
「先輩なら、誰か知ってる人を紹介してくれるかもな」
キーノが言った。
「それから、マルフォイさんにも聞いてみたいですね」
ロンが今度こそ立ち止まった。
「マルフォイ? あいつに?」
「古い魔法使いの家の出身ですから。自分の家でスリザリンについて何か聞いている可能性があります」
「あるとしても、あいつが僕たちに素直に話すかな」
ハリーが尋ねた。
「そこまでは分かりません。僕が聞いたところで、必ず答えてくれるとは限りませんから」
鬼太郎は首を振った。
「それに、話してくれた内容を、そのまま本当だと思うつもりもありません。家で聞いた話なら、なおさら確かめる必要があります」
「でも、あいつが廊下で言ったこと、忘れたわけじゃないよね」
ロンの口調が強くなった。
「忘れていません」
鬼太郎は答えた。
「だから、聞けることと信用できることは分けます。マルフォイさんが知っていることがあっても、それで言ったことまでなかったことになるわけではありません」
ロンは口を閉じた。
それなら、と言いかけて、結局何も言わずに肩をすくめた。
「まあ、君が聞くっていうなら止めないけど。僕はあいつに借りを作るのは御免だよ」
「借りになるようなことは頼まないつもりです」
ハーマイオニーは歩きながら言った。
「私は引き続き本を調べるわ。伝説について違う話が出てきたら、比べられるもの」
「じゃあ僕は、声のことを思い出してみる」
ハリーが言った。
「先生にも話したけど、どう動いていたのか、まだうまく説明できないから」
「それでしたら、僕もあの時の道順を確認してみます」
鬼太郎は答えた。
事件現場の調査は教師たちに任せ、鬼太郎は許された範囲で道順を確かめるつもりだった。
「怪物が本当にいるなら、どこかにいるんだよな」
キーノが呟いた。
鬼太郎は答えを急がなかった。
森では、噂だけではなく本当に危険なものにも会ってきた。それでも、この城で何が起きているかを知っているわけではない。
「いるなら、ですね」
鬼太郎は言った。
「まだ、そこからです」
◆
夕食後、鬼太郎は談話室の端で帳面を開いた。
昨日の練習記録の次に、新しい見出しを書く。
――秘密の部屋。
その下を三つに分けた。
一つ目は、記録に残ること。
創設者の対立。スリザリンが学校を去ったこと。
二つ目は、伝説。
隠された部屋。継承者だけが解く封印。その奥にいるとされる怪物。
三つ目は、実際に見聞きしたこと。
石化したミセス・ノリス。壁の文字。ハリーだけが聞いた声。床にあった水。
項目を書いていると、キーノが横から覗き込んだ。
「やっぱり書いてた」
「忘れるので」
「今朝、そう言ってたな」
彼女は向かいの椅子へ腰を下ろした。
「じゃあ、明日は誰に聞く?」
「会えた人からです。焦って全員を探し回る必要はないでしょう」
「レゼなら授業のあとに見掛けるかもしれないな」
「ええ。マルフォイさんは、話せる機会があれば」
鬼太郎は最後の項目の横に、小さな疑問符をつけた。
秘密の部屋が実在するかは分からない。
だが、誰かがその言葉を壁に書いたことは確かだった。
鬼太郎は帳面を閉じた。
明日になれば、また授業がある。
練習したい呪文も、次に試したい相手もいる。
窓の外では、晩秋の風が城の壁を撫でていた。
談話室の灯りの下で、鬼太郎は次のページを一枚だけ開けておいた。