神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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灯りが消えたら

第24話 灯りが消えたら

 排水管の金具へ足を掛けると、靴の縁から錆が落ちた。

 

 鬼太郎は管を強く引かず、壁の煉瓦へ指を移した。左手で窓枠を掴み、残った硝子へ袖を触れさせないよう身体を横へ向ける。

 

 一度で上がろうとすると、右の肩が引かれた。

 

 そこで止まり、足を一段高い金具へ置き直す。腹を窓枠へ載せ、片脚ずつ内側へ入れた。

 

 床へ伏せたまま、動きを止める。

 

 倉庫の中では、まだ誰もこちらを見ていなかった。

 

 二階には壁に沿った細い足場がある。中央寄りの古い机へ、革の書類鞄が置かれていた。

 

 赤い封が見える。

 

 机の向こうにいた男が階段へ向かい、下へ降りていく。窓から見えた四人のうち、これが二階にいた一人だった。

 

 下階には、椅子へ縛られた男がいる。

 

 額に血がつき、片目が腫れていた。頭は垂れているが、胸が動いている。

 

「誰に渡すはずだった」

 

 その前に立つ魔法使いが、杖を顎へ当てた。

 

 男の口が動く。声はここまで届かなかった。

 

 杖を持つ者が椅子を蹴った。

 

 鬼太郎は足場へ視線を戻した。机まで進む途中に階段口がある。そこへ一人、川側に一人、運び屋の前に一人。それから、先ほど降りた男が下の棚を探っていた。

 

 書類鞄を先に取る。

 

 鬼太郎は窓の下で膝をつき、もう少し暗くなるのを待った。

 

     ◆

 

 対岸の荷役小屋では、サーシェスが残った梁を伝って二階へ上がっていた。

 

 窓枠の下へ布を敷き、狙撃銃を置く。

 

 照準器の向こうに、川側の搬入口が見えた。見張りが出てきて、水辺の足場を歩く。立ち止まり、川へ向かって何かを吐いた。

 

 サーシェスは撃たなかった。

 

 そこへ倒せば、戻らないことに気づいた奴が、入口から覗くだけで見つける。

 

 目を離して倉庫の側面を見る。

 

 小窓の縁に、小さな靴が一度現れ、消えた。

 

「そっちかよ、坊主」

 

 正面に何かあったのだろう。

 

 聞くために戻る気はない。サーシェスは二階の足場へ通る窓と、搬入口の内側を見比べた。あの窓から入れば、子供は右の壁に沿って進む。

 

 撃ってよい場所が少し変わった。

 

 見張りが、もう一度出てきた。

 

 今度は川辺の樽の陰まで歩いた。入口からは腰が隠れ、さらに進むと肩の辺りまで見えなくなる。

 

 サーシェスは照準器へ目を戻した。

 

 川上からの風が、窓の脇の破れ布を押している。

 

 男が倉庫へ背を向けた。

 

 引き金を絞る。

 

 抑えられた発砲音が、小屋の中で短く鳴った。

 

 男の頭が前へ落ち、身体が樽の向こうへ崩れる。

 

 サーシェスは次の弾を送り、搬入口へ照準を移した。

 

 誰も出てこなかった。

 

     ◆

 

 川側の見張りが戻らない。

 

 鬼太郎の場所から、樽の向こうまでは見えなかった。だが、何度も往復していた影が途切れたことは分かる。

 

 決めた時刻も過ぎていた。

 

 鬼太郎は立ち、机へ向かった。

 

 足場の板は古い。中央を避け、支える梁に近いところへ足を置く。鞄まであと数歩のところで、下の正面扉が開いた。

 

 外の見張りが戻ってくる。

 

「交代はどうした」

 

 階段のそばにいる男が聞いた。

 

「川の奴が戻ったら出る」

 

 扉が閉まる。

 

 中には五人になった。

 

 鬼太郎は机の端へ手を伸ばした。

 

 足の下で、板が鳴った。

 

 大きな音ではなかったが、川側にいる男が顔を上げた。

 

 鬼太郎は柱の陰へ止まる。

 

 男は二階ではなく、窓へ目を向けた。見張りが戻らないことを気にしたらしい。外を覗き、樽の方へ身を乗り出す。

 

 何かを見つけた。

 

 口が開き、杖を持つ手が上がる。

 

 その頭が、横へ弾かれた。

 

 窓から入った弾丸が、男を背後の机へ倒した。ランプが落ち、硝子が割れる。

 

「敵だ!」

 

 残る四人が動いた。

 

 鬼太郎は右手を上着へ入れた。銃を抜く前に、一本の杖が天井へ向いた。

 

 短い呪文が聞こえた。

 

 倉庫の灯りが消えた。

 

 鬼太郎は動きを止め、耳を澄ませた。

 

 足場の下で靴底が擦れる。椅子の倒れる音がし、運び屋が呻いた。

 

 対岸から三発目は来なかった。

 

 目はすぐには暗さへ慣れなかった。窓の四角だけが薄く残り、床の高さも、机の端も、昼間見た位置を思い出さなければ分からない。

 

 鬼太郎は空いた左手を机へ触れさせた。

 

 そのまま縁を辿れば、鞄がある。下へ飛び降りて敵を探すより、先に手の届く依頼品を取るべきだった。

 

 机の上へ置かれた革を探りながら、鬼太郎は窓の方を見なかった。そこへ合図を送っても、暗闇の中の自分を撃ち分けてもらえるとは思えない。

 

     ◆

 

 サーシェスは照準器から顔を離した。

 

 さっきまで見えた男も、机も、暗くなった窓の奥へ消えている。

 

 影へ撃ち続ける気はなかった。

 

 狙撃銃を窓から引き、吊り帯で背へ回した。川下には石橋がある。そこを渡り、倉庫側の石壁へ回れば、搬入口を横から見られる。

 

「こっちへ来いよ」

 

 暗い倉庫へ向かって呟き、小屋を出た。

 

     ◆

 

 鬼太郎は左手を伸ばし、机の上の鞄を探った。

 

 封蝋の形へ指を当てないよう、留め具の脇をなぞる。閉じている。革も、掴んだところに裂け目はない。

 

 銃を一度収め、用意した布を広げた。

 

 書類鞄を包み、布の端を肩から斜めに回して結ぶ。背中側へずらすと重さが肩へ食い込んだが、手は空いた。

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を抜き直した。

 

「上だ」

 

 下から声がした。

 

「二階を見ろ」

 

 白い光が灯った。

 

「ルーモス」

 

 正面扉に近い男の杖先が光っていた。光が階段をなぞり、足場へ向く。

 

 鬼太郎は柱の反対側へ身を寄せた。

 

 階段で別の声がする。

 

「プロテゴ」

 

 盾を前にした男が、一段ずつ上がってきた。

 

 足場へ通る道は狭かった。正面へ撃っても、弾を盾へ当てるだけになる。

 

 鬼太郎は階段の踊り場を見た。

 

 杖先の光が横切ったとき、支えの金具が見えた。錆びて、煉瓦から半分浮いている。

 

 赤い光が飛んだ。

 

 柱の陰へ避けると、手すりが砕けた。その光が消える前に銃口を下げ、金具を撃つ。

 

 一発目。

 

 支えを失った踊り場が傾いた。

 

 盾を構えた男が板と一緒に落ち、床へ肩からぶつかる。杖を持つ右手をついたところへ、鬼太郎は二発目を撃った。

 

 手首を押さえた男が叫ぶ。

 

 杖は、その先へ滑っていた。

 

 鬼太郎はすぐに柱へ戻った。

 

 背中の鞄が木へ当たる。封のある側を擦らないよう、身体を少しずらした。

 

 合図の白い布は、まだ出せなかった。

 

 窓へ立てば、下にいる男たちへ居場所を教えることになる。

 

     ◆

 

 倉庫から、小さな銃声が二つ聞こえた。

 

 サーシェスは川岸の石壁へ背を寄せた。

 

 長銃は背に回したまま、腰のリボルバーを抜く。今度は、二百ヤード先へ撃つ必要はない。

 

 搬入口が開いた。

 

 男が一人、身体の前へ盾を置いて出てくる。

 

 杖は対岸へ向いていた。

 

 最初に撃たれた方向を守ったまま、川辺の足場へ進もうとしている。

 

 サーシェスは、その男の右にいた。

 

 男が靴音へ気づいた。

 

 顔が向き、杖先が回り始める。

 

 サーシェスの銃が先に鳴った。

 

 男は搬入口の脇へ倒れ、杖が足場から川へ落ちた。盾は消えている。

 

「三人目」

 

 サーシェスは開いた戸口へ入らず、壁際へ位置を変えた。

 

 次に出てくる者が、同じ方向だけを守るとは限らない。

 

 石壁の切れ目からは、川側の足場が見えた。少し身を出せば、窓も二つ見える。

 

 その代わり、ここから倉庫の正面は見えなかった。サーシェスは壁の上へ銃を置かず、腰の高さに保ったまま待つ。街道側から回られたとき、すぐ向きを変えられるようにしていた。

 

 内側で板の崩れた音はした。銃声も聞いた。

 

 だが、まだ回収の合図はない。

 

 次の獲物が出るか、坊主が鞄を運んでくるか。どちらにしても、戸口を見失うわけにはいかなかった。

 

     ◆

 

 下で動ける者は、二人になっていた。

 

 正面に近い男が、杖先の灯りで鬼太郎を探している。

 

 運び屋を尋問していた男は、倒れた椅子を起こしていた。縛られた身体を引き上げ、首へ腕を回す。

 

「降りてこい」

 

 杖が、腫れた頬へ押し当てられた。

 

「鞄を置け」

 

「お断りします」

 

 鬼太郎は柱の陰から返した。

 

「こいつを殺すぞ」

 

「その方は追加報酬です。鞄を渡してしまえば、基本分もいただけませんね」

 

 運び屋が息を呑んだ。

 

 男は腕へ力を込め、正面の仲間を見た。

 

「上を撃て!」

 

 杖先の光が鬼太郎へ向く。

 

 鬼太郎は右手の銃を下ろさず、左手をその男へ向けた。相手が見ているものへ、自分の力を混ぜる。

 

「プリンパ」

 

 男の目が揺れた。

 

 光が二階を外れ、運び屋を押さえた方へ向く。

 

「何をしている!」

 

 怒鳴り声に、男の肩が跳ねた。

 

 鬼太郎は動かなかった。

 

 認識を乱すことはできた。だが、次に何をするかまでは決められない。自分へ撃ち続けるかもしれず、ただ逃げるかもしれなかった。

 

 男は、仲間へ杖を振った。

 

 赤い光が走る。

 

 運び屋が前へ突き放され、椅子ごと倒れた。

 

「プロテゴ!」

 

 盾が光を弾いた。

 

 その向こうから、別の魔法が返る。

 

 混乱した男の身体が浮き、背後の壁へ叩きつけられた。白い灯りが大きく揺れ、手から杖が落ちる。

 

 暗闇が戻る直前、鬼太郎には見えていた。

 

 最後の男は、盾を正面へ向けている。

 

 銃口を、その横顔へ合わせた。

 

 三発目。

 

 男が倒れ、盾が消えた。

 

 鬼太郎は柱の陰から出なかった。

 

 階段から落ちた男の呻きがする。運び屋の荒い呼吸も聞こえた。ほかに、杖を拾おうと動く音はない。

 

 数呼吸待ち、白い布を取り出した。

 

 川側の窓へ掛ける。

 

 鞄を確保した合図だった。

 

     ◆

 

 階段は、踊り場の一部が壊れていた。

 

 鬼太郎は残った骨組みへ足を置いた。背負った鞄が壁へ触れないよう身体を傾け、一段ずつ降りる。

 

 床で右手首を押さえていた男が、こちらを見た。

 

 鬼太郎は落ちた杖を蹴り、遠ざけた。

 

「左手を、見えるところへ置いてください」

 

「手を撃ちやがって……」

 

「もう片方までお預かりする必要は、ありませんね?」

 

 男は左の掌を床へついた。

 

 壁へぶつかった男にも胸の動きがあった。意識はない。杖を木箱の下まで滑らせ、手の届くところからなくす。

 

 運び屋の椅子を起こした。

 

 男は鬼太郎を見たあと、その背の鞄へ目をやった。

 

「俺が死んでもよかったのか」

 

「生きていれば、追加でいただけます」

 

 縄は背もたれの後ろで結ばれていた。

 

 鬼太郎は銃を右手に持ったまま、左手で結び目を緩めた。固く締まっていて、すぐには解けない。男へ身を捻るよう言い、縄の重なるところを少しずつ引き出した。

 

 ようやく腕が外れる。

 

「立てますか?」

 

 運び屋は椅子へ手をつき、一度失敗してから立った。

 

「歩ける」

 

「では、そちらで待っていてください」

 

 外した縄は捨てなかった。

 

 右手首を撃たれた男を支柱のそばへ移し、運び屋に縄を渡した。

 

「左手と足を、柱へ留めてください。立っているのが難しければ、座ったままで結構です」

 

 運び屋は腫れた指を見た。

 

 それから、床の男へ目を落とす。

 

「きつくしていいのか」

 

「ほどけない程度に、お願いします」

 

 男が抵抗しかけたが、鬼太郎の銃口を見ると口を閉じた。運び屋は膝をつき、縄を回した。結び終えるまで、鬼太郎はその男を見ていた。

 

 追ってこられる者はいなくなった。

 

 鬼太郎は倒れた敵の杖を拾わず、川側を指した。

 

「あちらから出ます」

 

「正面の方が近い」

 

「外に、白い線がありました」

 

 何をするものか分からない防護を、内側からなら安全だと試す気はなかった。

 

 川側には同じ印が見えず、一人が盾を張ったまま出ていっている。そのとき、新しい光や警報もなかった。

 

 鬼太郎は運び屋を先に歩かせた。

 

 男は片脚を引きずったが、自分の足で進めた。

 

     ◆

 

 窓へ白い布が掛かったのを、サーシェスは石壁の陰で見た。

 

 鞄は取ったらしい。

 

 搬入口からは、まだ誰も出てこない。

 

 サーシェスは正面へ回る路地と、二階の窓を交互に見た。白い布は揺れているが、その後ろへ人影は現れなかった。

 

 しばらくして、負傷した男が戸口へ出た。

 

 その後ろに鬼太郎がいる。

 

 布で包んだ鞄を背へ回し、右手には小さな拳銃を持っていた。

 

 サーシェスはリボルバーを少し下げた。

 

 運び屋が戸口脇の死体を見て止まる。

 

「まだ、引渡し場所ではありませんよ」

 

 鬼太郎に言われ、男は死体から顔を逸らして歩き始めた。

 

 サーシェスは手を貸さず、倉庫へ目を向けた。窓に杖先が出ることも、正面から回ってくる影もない。

 

「三つ分は働いたようだな、坊主」

 

 鬼太郎は男の立つ位置を見た。

 

 対岸ではない。

 

 暗くなった窓へ撃ち続けず、倉庫側へ回っていた。戸口脇の男は、川へ向いたまま倒れている。

 

「そちらへ移ったのですね」

 

「窓が真っ暗じゃ、見物にもならねえからな」

 

「中へは来なかった」

 

「俺の仕事は、川へ出た奴を止めることだろ」

 

 サーシェスは銃口を下げきらなかった。

 

 鬼太郎はそれ以上、尋ねなかった。

 

 計画の場所へ留まるだけの男ではない。かといって、勝手に持ち場を捨てて、鬼太郎と同じ敵へ銃を向けに来る者でもなかった。

 

 外へ出る者を止められるところへ、移った。

 

 鞄を背負って階段を降りる時間は、その間も守られていた。

 

「あなたも、二つ分は働いたようですね」

 

「そりゃどうも」

 

 サーシェスは歯を見せた。

 

「中に残ってるのは?」

 

「二人です。一人は手首を撃って柱へ留めました。もう一人は、魔法で壁へ叩きつけられています」

 

「坊主はそんなことまでできるのか?」

 

「撃ったのは、あちらの方ですよ」

 

 鬼太郎は倉庫へ戻らず答えた。

 

 サーシェスは短く笑った。追いかけて確かめる様子はなかった。

 

 運び屋が足を止めかけた。

 

「ここで休むなら、置いていくのか?」

 

「休んで歩けるようになるなら、少しは待ちます。ただし、ここでは困ります」

 

 鬼太郎は倉庫の窓から外れる道を示した。

 

「まず、あの角まで」

 

 男は歯を食いしばり、また歩いた。

 

 鬼太郎が続き、サーシェスが最後に動いた。二人とも、相手が見るだろうという理由で後ろを見なくなることはなかった。

 

 それでも、川へ向かう細道をサーシェスが確かめる間、鬼太郎は前の角へ注意を向けられた。

 

 背中の鞄は重かった。

 

 だが、片手は銃に、もう片方は壁や足場を掴むために使える。

 

 鬼太郎は肩の布を直し、封のある側が路地の壁へ当たらないよう歩いた。

 

 倉庫の灯りは戻らなかった。

 

 その暗い窓が建物の陰へ消えるまで、三人は足を止めなかった。

 

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