神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

27 / 196
名前の代価

第26話 名前の代価

 サーシェスと三度目に組んだとき、鬼太郎は合図を一つ減らした。

 

 運河沿いの倉庫で、追い出す相手は二人の密輸商だった。鬼太郎が裏へ回ると、サーシェスは何も尋ねず、高い窓を見られる場所へ移った。

 

 窓の下を通る前に、鬼太郎は一度だけ顔を上げた。

 

 男の銃は別の方を向いていた。

 

 その線を避けて進み、扉の向こうへ入る。

 

 仕事を終えてから、サーシェスが言った。

 

「いちいち呼ばなくなったじゃねえか」

 

「呼ばなくても、そちらへ動かれましたので」

 

「来なかったら?」

 

「別の入り方を考えます」

 

 男は笑い、自分の取り分を持って帰った。

 

 それからも、一緒の仕事ばかりではなかった。

 

 サーシェスが別の雇い主と出ていれば、鬼太郎は一人でできる依頼を選んだ。鬼太郎が他の町へ行っている間には、男も別の報酬を受け取っていた。

 

 同じ部屋へ帰らず、何もない日に会うこともない。

 

 だが、次に組むとき、前の説明を繰り返すことは減っていった。

 

 火を使えない場所では、サーシェスが先に逃げ道を見た。長銃を高いところへ置くなら、鬼太郎はその下を横切らない道を探す。

 

 一度で通じたことが、次も通じる。

 

 その分だけ、仕事の前に別のことを確かめられた。

 

     ◆

 

 袖から手首が出るようになり、鬼太郎は上着を買い替えた。

 

 前と似た色でも、脇に余裕のあるものを選ぶ。鏡へ映してみると、銃を隠すには少し大きかったが、腕を伸ばしても裾がついてくる。

 

 個室へ戻り、古い上着からホルスターを移した。

 

 握りにも、指の当たる場所の違いがある。

 

 ペタルは、身体が育てば銃が合わなくなると言っていた。

 

 鬼太郎は弾を抜いた〈シュライク〉を構え、下ろした。細い指へ合わせて作られたものを、いつまでも同じ形で使えるわけではない。

 

 手入れの道具と一緒に、調整の必要を覚えておく紙を置いた。握りの当たりはわずかに直したが、銃そのものを別のものへ変えるつもりは、まだなかった。

 

 使える魔法も増えていない。

 

 アギを放ち、プリンパで相手の認識を乱し、かかった異常にはパトラを試す。

 

 同じ手段でも、使わずに済ませる場所は分かるようになった。

 

 瓶の多い部屋へ火を入れない。人質と敵が重なるところで、混乱した者が都合よく動くと決めつけない。

 

 読める依頼書は増えたが、知らない言葉を読み飛ばすこともしなかった。

 

 仲介人のところへ、鬼太郎を指定する紙が届くようになっていた。

 

 名前は書いていない。

 

 炎と小さな銃を使う、外国の子供。

 

 それだけで、どこへ回せばよいか分かる者が増えたらしい。

 

 入ると会話が止まる店もあれば、先に代金を出せと言う店もある。道の端へ寄ってくれる者もいた。

 

 鬼太郎は、その一人一人に理由を尋ねなかった。

 

     ◆

 

 証人を生きて連れ戻す依頼が来たのは、最初の帳簿回収から半年以上が過ぎたころだった。

 

 賭け金の帳面をつけていた男が取り立て屋へ売られ、地下に閉じ込められている。

 

 依頼人が必要としているのは、男の証言だった。

 

 死亡すれば報酬は出ない。

 

 ほかにも捕らえられている者がいるかもしれないが、依頼の対象ではなかった。

 

 鬼太郎は、金を借りたい子供のふりをして建物へ入った。

 

「お前に貸す金はねえぞ」

 

 受付の男が笑った。

 

「父が困っています。先に条件を聞いてこいと、言われました」

 

「親父はどこだ」

 

「外です」

 

 男は隣の若い見張りへ顎を向けた。

 

 裏へ連れていくよう命じられ、鬼太郎はついていった。

 

 廊下の奥に、地下へ下りる扉がある。

 

 見張りは鍵を回すと、鬼太郎の肩を掴んだ。

 

「払えねえなら、お前が代わりに――」

 

 鬼太郎は左手を向けた。

 

「プリンパ」

 

 男の目が揺れ、肩を掴む指が緩む。

 

 鬼太郎はその手から離れ、壁へ寄った。次に何をするか見ていると、見張りは受付へ振り返り、杖を上げた。

 

「お前が売ったのか」

 

「何の話だ」

 

「近づくな!」

 

 赤い光が走る。

 

 受付の男が机の陰へ飛び込んだ。

 

 鬼太郎は、見張りが腰へ戻した鍵束を横から引き抜いた。男はもう一方へ気を取られ、振り向かなかった。

 

 地下へ下りる。

 

 鉄格子が四つ並び、三つに人が入っていた。

 

 奥の男は、似顔絵と同じ顔をしている。指が腫れ、頬に乾いた血がついていたが、呼びかけると顔を上げた。

 

「連れ戻すよう、頼まれました。歩けますか?」

 

「お前が?」

 

 鬼太郎は鍵を試した。

 

 三本目が回り、格子を開く。

 

 隣から、女が手を伸ばした。

 

「私も出して」

 

 鬼太郎は女と、別の格子にいる若い男を見た。

 

「あなた方を連れ出したら、誰から報酬をいただけます?」

 

「何を言ってるの。鍵があるんでしょう」

 

「ええ。こちらの方を出すために、持ってきました」

 

 証人を立たせる。足は動いた。

 

 階上で机の割れる音がした。

 

 混乱がいつまで続くか分からなかった。鬼太郎は証人を階段へ向かわせた。

 

「鍵だけでも、置いていって」

 

 女が格子を掴んだ。

 

 鬼太郎は束を見た。持ち帰る品ではないが、廊下へ投げれば追ってくる者もすぐ使える。

 

 階段の下に、水桶があった。

 

 鍵をその中へ落とす。

 

 底へ沈む音がして、水面が揺れた。格子の中からは手が届かない。

 

 鬼太郎は階段を上がった。

 

 受付の男は床へ倒れていた。

 

 見張りがその前で杖を構え、こちらを見る。

 

 鬼太郎が誰なのか、まだ分かっていない目だった。

 

 杖先が動く。

 

 証人を壁へ押し、鬼太郎は銃を抜いた。

 

 一発で右肩を撃つ。

 

 男が杖を落とした。鬼太郎はそれを遠ざけ、証人を連れて表へ出る。

 

 依頼人が用意した馬車へ乗せた。

 

 男が息をつき、窓から建物を見た。

 

「ほかにもいた」

 

「ええ」

 

「出さなかったのか」

 

 鬼太郎は、追ってくる影がないことを確かめた。

 

「あなたを生きて戻すよう、頼まれました」

 

 男は口を閉じた。

 

 御者が馬を動かす。

 

 地下の二人を連れて戻った場合、依頼人が何を言うかまでは考えなかった。頼まれた証人は隣にいる。それで、この仕事は終えられる。

 

     ◆

 

 次に聞いた噂では、鬼太郎は目を見ただけで人を狂わせることになっていた。

 

 杖を持たず人を焼く。

 

 呪いは効かず、銃弾は盾を抜く。

 

 十人を相手にしても、一人で全員を殺す。

 

 話を持ってきた仲介人の用心棒は、どれを本当と思っているのか、鬼太郎と目を合わせなくなった。

 

 その噂で、報酬は上がった。

 

 同時に、店の戸が閉じることも増えた。

 

 呪物商は、売る物はないと言いながら袖の中で杖を握っていた。別の店では、前に見たはずの品が棚からなくなっていた。

 

 通りですれ違った男が、足元へ唾を吐いたこともあった。

 

 鬼太郎の靴には当たらなかった。

 

 そのまま通り過ぎると、男は追ってこなかった。

 

 仲介人の紙は厚くなり、危険と取得できる品、追加報酬が最初から分けて書かれるようになった。

 

 子供だから、何を言っても分からない。

 

 そう扱う者は、少なくなった。

 

 代わりに、最初から鬼太郎を使わないと言う者が現れた。

 

「お前が入るなら、護衛から降りるそうだ」

 

「では、その方がいなくてもできる仕事を選びましょう」

 

 鬼太郎は並べられた紙を見た。

 

 すべての依頼を受ける必要はなかった。

 

     ◆

 

 地下競売所の台帳を取り戻す仕事は、最初の帳簿回収から十一か月近く経ったころに来た。

 

 黒い台帳と、封をした入場札の束を回収する。

 

 夜明けまでに記録を焼くという話があり、待つ時間は短かった。

 

 競売所の表は、古い酒蔵だった。

 

 鬼太郎はサーシェスと屋根の上から見ていた。正面に三人の見張りがいる。裏の搬入口は、人が入れるだけ開いていた。

 

「人気者だな、坊主」

 

「あなたも、名前を聞くようになりましたよ」

 

「子供の後ろで撃つスクイブ、ってやつか?」

 

「子供に使われている銃兵、とも」

 

 サーシェスは、面白くなさそうな顔で笑った。

 

「言った奴の顔は覚えてるか」

 

「今度の仕事に必要ですか?」

 

「報酬次第だな」

 

 男は搬入口へ視線を戻した。

 

 開いた先に木箱が見える。入った者が隠れるには、都合のよい位置だった。

 

「開きすぎだ」

 

「ええ」

 

 鬼太郎もその扉を使う気はなくなっていた。

 

 荷物を出した車輪の跡はない。雨も降っていないのに、内側の床だけが不自然に暗い。

 

 何があるかは分からない。入って確かめるつもりもなかった。

 

「お前が裏へ回るって、知ってる奴がいる」

 

「正面を避ける話は、もう聞かれているのでしょうね」

 

 サーシェスは屋根の反対へ移った。

 

 隣には使われていない製氷所があり、地下の古い排水路が競売所の近くまで伸びているという。

 

 二人で同じ穴へ入ることはしなかった。

 

 鬼太郎が潜り、サーシェスは外へ残る。

 

 格子は半分錆び落ちていた。身体を通し、奥へ進むと、途中で煉瓦壁に塞がれていた。

 

 だが、上に清掃口があった。

 

 鬼太郎は壁へ足を掛け、蓋を押す。初めて工場の排水路へ入ったころより、指の届く場所が高くなっていた。

 

 それでも、錆びた蓋は重い。

 

 肩を寄せて少しずつずらし、身体を上へ出した。

 

 冷たい床へ伏せる。

 

 廊下の先に、明かりがあった。

 

 男が二人、台帳から頁を外している。隣の炉には火が入っていた。

 

「裏はまだか」

 

「入ったら分かる」

 

 鬼太郎は銃を抜いた。

 

 一人が頁を炉へ持っていく。

 

 その手を一発。

 

 立ち上がったもう一人が杖を抜こうとしたので、肩へ二発目を撃った。

 

 倒れた二人から杖を離し、燃える前の頁を拾う。黒い台帳へ挟み、封をした札の束と一緒に鞄へ収めた。

 

 天井の奥で、低い音がした。

 

 廊下の壁へ黒い線が浮かび上がる。

 

 一本が床まで伸び、別の線が角の向こうへ消えた。

 

「持って帰れると思ったか」

 

 机の陰で、男が笑った。

 

 鬼太郎は近づかなかった。

 

 何を動かしたのか、聞いても正しく答えるか分からない。

 

 鞄の口を閉じ、来た道へ戻った。

 

 廊下の先から、足音が三人分近づいていた。

 

 清掃口まで戻るには、その前を横切らなければならない。

 

 鬼太郎は壁の陰へ止まった。

 

 黒い線が、背後の石を細く割った。

 

 引き返して別の道を探す余裕も、なくなり始めていた。

 

 そのとき、上で銃声が三つ鳴った。

 

 続いて、硝子の割れる音。

 

「上だ!」

 

 追ってきた者が叫び、足音が階段へ寄った。

 

 鬼太郎は廊下を渡った。

 

 清掃口へ足を入れ、蓋を押し退ける。背後で煉瓦が割れた。

 

 排水路へ降りると、天井から土が落ちてきた。

 

 鬼太郎は身を屈め、格子へ向かった。

 

 外へ出たとき、サーシェスが製氷所の陰から手を振った。

 

「走れ、坊主!」

 

 酒蔵の屋根が沈んだ。

 

 鬼太郎は壁から離れた。正面から見張りが二人飛び出し、こちらを見つける。

 

 サーシェスが短銃を向けた。

 

 撃てる距離だった。

 

 男の指は動かなかった。

 

 代わりに、煙の円筒を鬼太郎と酒蔵の間へ投げる。

 

「そっちを見るな。来い!」

 

 白い煙が広がった。

 

 鬼太郎は製氷所の角へ走り、サーシェスが続く。背後で大きなものが崩れ、地面が揺れた。

 

 ついさっき立っていた場所へ、煉瓦と梁が落ちる。

 

 煙に土埃が混ざり、息を吸うと喉がざらついた。

 

 二人は止まらず、裏の道へ抜けた。

 

     ◆

 

「二人、逃げましたね」

 

 安全な路地まで離れたあと、鬼太郎が言った。

 

 サーシェスは銃を下げ、崩れた建物の方を見た。

 

「撃ってりゃ、あそこで一緒に埋まれたぜ」

 

「それは困ります」

 

「取り分が減るからか?」

 

 鬼太郎は答えなかった。

 

 台帳も、入場札もある。二人のどちらが運んでも、依頼人へ渡すことはできる。

 

 だが、瓦礫の下へサーシェスが消えた場合を考えると、袋の金より先に浮かぶものがあった。

 

 暗くなった窓から離れた男。

 

 追撃を捨て、荷車を別の道へ通した男。

 

 鬼太郎が言う前に、いま必要な場所へ動く。

 

 同じように使える者を探し、もう一度確かめるには、どれほどかかるだろう。

 

「使えるものは、長く使いたいと思っているだけです」

 

 鬼太郎が言うと、サーシェスは口の端を吊り上げた。

 

「そりゃ、壊す方も気をつけねえとな」

 

 男は鞄の口を確かめるよう鬼太郎へ顎を向けた。

 

 鬼太郎は台帳があることを確かめ、また閉じた。

 

     ◆

 

 台帳は、外された頁と一緒に依頼人へ渡った。

 

 札の封も残っていた。

 

 仕事は終わり、二人は取り分を受け取って別れた。

 

 鬼太郎は記録の中身を読んでいない。それでも、競売所がなくなって困る者の名は、あとから耳へ入ってきた。

 

 品を流していた呪物商。前金を払った買い手。人を運ぶ者。護衛を送り、戻らなかった傭兵の世話役。

 

 これまで別々の仕事で損をさせた相手も、その中にいた。

 

 仲介人は、以前より多い報酬を机へ置いた。

 

「次から、お前を使いたい奴には、この額を基準にする」

 

「危険が増えましたか?」

 

「名を聞いて逃げる奴も、お前を殺すなら受けると言う奴もいる」

 

 鬼太郎は硬貨を寄せた。

 

 その一年の途中で、父の書類に記された誕生日を過ぎていた。

 

 七歳になっている。

 

 上着は大きくなり、読める言葉も増えた。

 

 仕事を終えて床下へしまう金と、その金を失った者の数も増えていた。

 

「あの傭兵は、次も呼ぶか?」

 

 仲介人が尋ねた。

 

「そのつもりです」

 

「先に押さえておけよ。別の仕事へ行くぞ」

 

 鬼太郎の指が止まった。

 

 サーシェスは、誰の依頼でも受ける。

 

 条件が合えば、別の場所へ行き、別の者の判断で戦う。そこで死ぬかもしれない。

 

 相手側へ雇われれば、次は鬼太郎へ銃を向けることもあるだろう。

 

 最初はそれでよかった。

 

 今は、少し気に入らなかった。

 

 あの腕前を使いたいときに、他人の仕事でいない。必要なときには、もう死んでいる。

 

 そうなる前に、自分が条件を出せばよい。

 

 鬼太郎は止めていた指を動かし、残りの硬貨を袋へ移した。

 

「次に組む仕事で、もう一度見てからにします」

 

「そのあと、どうする?」

 

「話をしてみますよ。あの方にも、欲しいものはあるでしょうから」

 

 袋の口を結び、席を立った。

 

 机には、次の仕事を探す紙が残っていた。

 

 鬼太郎はそれを取り上げず、両替所を出た。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。