第27話 本物だけの罠
十二枚目の紙を読み終え、エリアス・モーンはそれを二つに裂いた。
「これは要らない」
紙片が燭台の脇へ落ちた。
地下室に集まった者たちのうち、一人が椅子を鳴らした。
「俺のところの生き残りが話したことだぞ」
「では、尋ね直してください。一晩で十二人を殺したというのは、十二の死体を数えた話ですか?」
男は答えなかった。
モーンを含め、七人いた。
競売所へ品を流していた故買屋、帳簿から取引先を失った密売人、呪物商、人を運ぶ仲介人。回収役を失った取り立て屋と、傭兵へ仕事を回す世話役もいる。
同じ仕事を営んでいるわけではない。互いを信用して集まったわけでもなかった。
モーンは残る紙を分けた。
「拳銃を使う。杖なしで火を出す。ここは複数の証言が一致しています」
「盾を抜く弾丸は?」
「正面から盾を撃ち抜いたと確認した者はいない」
モーンは一枚を脇へ置いた。
「盾を張る前に撃つ。向きが変わったときに撃つ。あるいは、離れた場所の銃兵に撃たせる。確かめられたのは、そのような動きです」
呪物商の女が、卓へ指を置いた。
「呪いが効かないって話は?」
「最初は効いています。途中で、自分へかかったものを外した。傷は残っている」
火傷、打撲、頬の浅い傷。
金を払えば、仕事帰りの子供を見た者くらいは見つかった。ただし、誰もが近くへ寄って確かめたわけではない。
「何でも治る身体ではないでしょう」
「なら、普通に殺せる」
「そうです。そのために、普通に殺せると思って近づいた者がどうなったかも、確かめました」
モーンは別の紙を卓の真ん中へ置いた。
「相手の判断を乱すものも使う。ただし、命令どおり動かすのではない。仲間を敵と思った者がいる」
「同じことじゃないか」
「違います。こちらが同じ場所へ固まらなければ、一人を狂わされても全員は巻き込まれない」
傭兵の世話役が、その紙を引き寄せた。
「スクイブも一緒なのか?」
「いつもではないと聞いています。名前は、サーシェス」
男は顔をしかめた。
「長銃も短銃も使う奴だ。遠くへ置いておけばいい銃兵だと思ってると、別のところから撃たれる」
「では、二人とも来られる仕事にしましょう」
モーンは依頼書の下書きを広げた。
封印された鉄箱を取り戻す。
運び手が生きていれば、連れ帰る。
場所は郊外の閉鎖劇場、期限は一夜。敵の生死は問わない。
「こちらが仕事を渡すのか」
取り立て屋が鼻で笑った。
「寝床を焼く方が早い」
「場所を知っていますか?」
モーンが聞くと、笑いが止まった。
「魔法省へ知らせれば――」
「皆さんの商売も、調べられますね」
モーンは紙を押し戻した。
「あの子供は皆さんに恨みがあって、仕事を壊したわけではない。呼びつけて怒鳴っても来ないでしょう。ですが、回収する品と報酬があれば、話は聞く」
故買屋が依頼書を覗いた。
「罠だと疑わないか?」
「疑うでしょう。だから、尋ねられたことには答えられるようにするのです」
箱の寸法と封の形、取っ手の傷。
運び手の名前と身体の特徴。
前金、減額条件、引渡し先と確認札。
モーンは一つずつ紙へ書いた。
「箱は本物を置きます。運び手も、本当に襲って連れてくる。事情を知らせる必要はない。助けを求める声まで演じさせれば、余計なことを考える」
「中身は?」
「重さがあればいい。開けない者を呼ぶのですから」
人を運ぶ仲介人が、小さく笑った。
「仕事を持ち込む奴は、こちらを知らない者にしろ」
「そのつもりです。前金と依頼書だけ渡す。本人が知らなければ、聞かれても知っていることしか話せない」
モーンは最後に、協力者一名を認めると加えた。
「来るとは限らんぞ」
「その場合は、子供だけです」
傭兵の世話役が、依頼書からモーンへ目を戻した。
「二人とも来れば、二人とも殺すのか」
「殺すだけでは、費用を取り戻せませんよ」
◆
劇場の地下では、舞台の床を洗っていた。
石へ残った染みは落ちなかった。排水溝から水が流れ、客席の前で止まった作業員が、モーンを見る。
「表の見張りは、二人でよいですか」
「一人でいい。酒を飲ませ、退屈している男に見せておけ。使われていない劇場を、兵士が守っていてはおかしい」
舞台を囲む格子の溝を確かめ、モーンは上階へ上がった。
呪物商の女が、石床へ銀線を埋め込ませていた。
「無杖でも、魔法なら鈍るはずだよ」
「子供相手にも?」
「試したのは成人だ」
「では、水も置きましょう」
舞台袖へ樽を並べ、天井の袋も使えるようにする。幕と客席には火への備えをさせた。
術者は四方へ離す。
隣の者が混乱しても、すぐ一緒に撃たれない距離だった。
外の長銃については、狙撃に使いやすい場所を見張らせることにした。劇場の中まで見えない窓を残し、その一つには人形を置く。
「中へ入れず、外から焼こうとしたら?」
「箱と運び手を見せます。あれは、品物を壊すことから始めない」
モーンは舞台の中央を指した。
「箱へ触れるまで、格子を下ろすな」
部下がうなずいた。
別の男が、費用を書いた紙を持ってきた。出資者たちは、子供の銃と身体の取り分をまだ争っているらしい。
「生かして捕らえたら、こちらで預かる。失った額までは、見世物の利益から払うと言っておけ」
「殺すという話では?」
「用意した者が、それしかできなければ」
モーンは客席を見た。
杖なしの炎、小さな銃、呪いを外す子供。
そのうえ、ここへ集まる何人もの商売を壊している。
席の値を上げても、見たい者はいるだろう。
「奥の子供は、まだ使えるのか」
「傷は塞がります。今朝も同じでした」
「では、それ以上はするな。客が来る前に弱らせすぎるなよ」
黒い幕の向こうで、鎖が短く鳴った。
モーンはそちらを確かめず、費用の紙へ署名した。
◆
鬼太郎が依頼書を読み終えるまで、仲介人は待っていた。
机の上には革袋と、半分に割った真鍮の札がある。
「俺が直接受けた仕事じゃない」
「持ってきた方は?」
「帰した。そいつも頼まれただけだと言っていた」
回収品は、封をした鉄箱だった。
協力者を一名まで認めると、最後の行にある。
鬼太郎は、その行から紙の上へ視線を戻した。
「箱の特徴をお願いします」
仲介人は別紙を出した。
左右に取っ手が一つずつ。右の取っ手の下に古いへこみ。封は深緑の蝋で、三本の鍵を束ねた印がある。
成人二人で運んでいた大きさで、中身の重量は分からないという。
「運び手の方は?」
「トーマス・ヘイル。四十前後、茶色い髪。左耳の下に刃物傷、右の小指が途中からない」
居場所は林の中の閉鎖劇場だった。襲われた荷馬車を追った者が、林の入口まで見たという。
引渡し先は北の街道の古い料金所。
相手は、こちらの半札と合うものを持って待つ。
質問するたびに、必要な答えが出てきた。
依頼人の名と箱の中身は伏せられていたが、それ自体は珍しくない。
「僕を、指定しましたか?」
「炎と小さな銃を使う、外国人の子供を捜していた」
「協力者一名という条件も、最初から?」
「ああ」
鬼太郎は革袋を開いた。
前金は総額の四分の一。硬貨は本物で、無理に飛びつかせるほど多すぎる額でもなかった。
こちらを捜し、いつも組む相手が来られる席を一つ空けている。
鬼太郎は袋の口を閉じた。
「断るなら、今だぞ」
仲介人が言った。
「依頼書のとおりだとは、俺も保証せん。隠れた危険があっても、俺が払う話ではない」
「分かっています」
「受けるのか?」
「ええ。サーシェスさんへ、伝言をお願いします」
男の寝床は知らなかったが、仕事を回した者なら、次の話を届けられる。
鬼太郎は日時と場所、回収品、外からの援護が必要なことを紙へ書いた。
取り分は、いつもどおり。
最後に、罠の可能性があると付け加えた。
◆
個室へ戻ると、鬼太郎は銃の手入れをした。
弾薬を数え、予備を分け、半札と依頼書を布へ包む。
床下に置いた二本の杖は取り出さなかった。使えるか分からないものを、罠かもしれない場所で試す気はない。
伝言の返事は、日が傾く前に戻った。
サーシェスは受けるという。
街外れの空き厩舎へ行くと、男は飼葉桶へ腰を預けていた。
「よう、坊主。今度は劇場見物か」
「依頼書は、こちらです」
サーシェスは最初から読み、最後の行で顔を上げた。
「ずいぶん、俺たちに都合がいいな」
「一人分だけ、余裕があるようです」
「俺なら、二人まとめて呼ぶときにそう書く」
「ほかの方が来るとは、考えていないのかもしれませんね」
男は紙を返した。
「それでも受けたのか」
「前金は本物でした。箱も、運び手も、本当にあるかもしれません」
「なくても、敵はいる」
鬼太郎は少し笑った。
「何もない場所へ出かけるよりは、よいでしょう?」
「違いねえ」
サーシェスも笑い、飼葉桶から離れた。
長銃は、まだ持ってきていない。
先に場所を見てから、必要なものを選ぶつもりだった。
二人は見取り図を広げた。外から撃てる窓と、搬入口の位置だけが記され、地下の詳しい図はない。
「まず、見てからですね」
「俺は、撃ちやすそうな場所を見てくる」
「そちらも、見られているかもしれませんよ」
「言うようになったじゃねえか、坊主」
サーシェスは紙を畳んだ。
◆
劇場は、林へ入った先にあった。
外壁に蔦が這い、看板の文字は剥がれている。表の窓は板で塞がれ、屋根の一部が沈んでいた。
鬼太郎は茂みから、正面を見ていた。
男が一人、木箱へ座って酒を飲んでいる。
何度か欠伸をし、立ち上がって林へ入った。小便を済ませ、また戻ってくる。
扉が見えなくなるほど、遠くへは行かない。
鬼太郎は窓の釘を見た。
板は古いのに、三か所だけ釘の色が新しかった。誰かが外し、打ち直したらしい。
建物を大きく回り、裏へ出る。
搬入口の下には枯れ葉が溜まり、その端が細い弧を描いて途切れている。
最近、扉が開いた跡だった。
荷車の轍もあった。雨で崩れた古いものと、土がまだ乾いていないものが重なっている。
一度だけ箱を持ち込んだ跡ではない。
使われていない場所に見せながら、前から荷を運んでいる。
鬼太郎は古い排水溝も見たが、蓋の隙間は肩を通せる幅ではなかった。手を入れず、位置だけ覚える。
一周して決めた場所へ戻ると、サーシェスが遅れて現れた。
「三つだ」
挨拶より先に言った。
「長銃を置きたくなる場所がある。西の窓、古い物置の屋根、その裏の斜面」
「中は見えますか?」
「入口と通路は見える。舞台は見えねえ」
鬼太郎は劇場を見た。
中へ入った者へ援護するには、使いにくい。外へ逃げてくる者を待つなら、悪くない場所だった。
「北に、一人分の踏み跡もあった」
サーシェスが続けた。
「劇場を見る場所じゃねえ。さっきの三つを見張る位置だ」
「長銃を使う者を、待っている」
「そう見えるな」
鬼太郎は、釘と扉、轍について伝えた。
サーシェスは最後まで聞き、口元を歪めた。
「使ってねえ顔だけが、上手くできてる」
「箱を奪った方々が、追手を待っているだけかもしれません」
「その場合も、殺し合いにはなる」
「ええ」
鬼太郎は、土についた轍へ目を落とした。
仕事が罠だと疑えば、いつでも退くべきとは思っていなかった。失うものが大きいなら退けばよい。
だが、この場所は、自分たちがどう動くか知っている者が用意したのかもしれない。
抜け道を使う子供と、外から撃つスクイブ。
その二人へ、何を向けるつもりなのか。
知りたかった。
「先ほどの三か所は、使わないのでしょう?」
「もちろんだ。せっかく待ってる奴を、がっかりさせてやる」
サーシェスの目にも、同じ楽しみがあった。
◆
日が沈むまでに、二人は一度林を離れた。
サーシェスは長銃とリボルバー、ナイフを持ち、腰の後ろへ煙の投擲物を一つ留めた。
鬼太郎は〈シュライク〉と予備弾薬を確かめた。
増やした武器はない。
暗くなる前に地面へ図を描き、互いの位置を決める。
サーシェスは北東の低い石壁へ回る。舞台へは撃てないが、上階の窓と、監視役のいた場所を横から見られる。
鬼太郎は搬入口から入る。
箱と男を見つけても、すぐ触れない。封と傷、運び手の特徴を確かめる。
外で敵が動けば一発、位置を捨てて移動するなら二発続ける。
決めた時刻まで戻らなければ、サーシェスは同じ場所で待たず、別の入口を探すことにした。
「中で囲まれたら?」
男が聞いた。
「囲んだ方を減らします」
「助けを待つとは言わねえんだな」
「待っていれば、来てくださいますか?」
「来るとしても、好きなところからだ」
「それなら、僕も好きなところへ動きます」
二人は図を足で消した。
サーシェスが先に木々の間へ入る。
鬼太郎は少し時間を置き、反対へ回った。
夜の劇場には、外から見える灯りがなかった。
正面の男はまだ酒瓶を持っていたが、口へ運んだものを足元へこぼしている。見せかけているだけかもしれなかった。
鬼太郎は近づかず、裏へ回った。
搬入口の前で足を止める。
昼よりはっきり、油の匂いがした。
蝶番は錆びた色をしているが、動くところには新しく油が差されていた。
手袋をした指で押す。
扉が動いた。
鍵は掛かっていない。
暗い廊下が奥へ伸びていた。
鬼太郎は北東へ目を向けた。
サーシェスの姿は見えなかった。
それでよい。
こちらから分かるところにいるなら、監視している者にも見つかる。
鬼太郎は身体を扉の隙間へ入れ、背後で元の位置まで戻した。
埃の積もった床の端だけが薄くなっている。何人も同じ方へ歩いた跡だった。
銃は抜かず、右手を上着へ入れたまま進む。
廊下の先に、下へ続く石段があった。
油を燃やす匂いがする。
耳を澄ませると、低い声が重なって聞こえた。
椅子を引く音、誰かの笑い、硬いものを置く響き。
見張りが合図を交わしているだけではない。
人が集まり、腰を落ち着けていた。
鬼太郎は階段の下を見た。
まだ、箱も運び手も見つかっていない。
どこに立つ者が自分を待っているのか、何人が杖を持っているのかも分からなかった。
それでも、物音のない空き家を調べていたときとは違う。
鬼太郎は一段目へ足を置いた。
石の冷たさが、靴底から伝わってきた。