神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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二人目が、壁を越えるまで

第三十三話 二人目が、壁を越えるまで

 

 痩せた男の杖先が、わずかに下がった。

 

 大柄な男は、壁の穴へ半身を挟まれたまま動かない。

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を痩せた男へ向けている。

 

「杖を床へ置いてください」

 

 痩せた男が、鬼太郎の顔を見る。

 

 次に、その手にある小さな銃を見た。

 

「お前……あの箱の――」

 

「質問は、あとでお受けします」

 

 鬼太郎は壁の穴へ目を移した。

 

「そちらの方は、ゆっくり中へ入ってください。杖は先に床へ」

 

「ガキ一人だぞ」

 

 大柄な男が、壁の向こうから低く言った。

 

「ええ。ですから、お二人が入るまで待っていました」

 

 大柄な男の顔から、薄い笑いが消えた。

 

 後ろへ戻るには、肩をすぼめ、壁の向こうへ身体を引き抜かなければならない。

 

 前へ出れば、全身を鬼太郎へ晒す。

 

 痩せた男はすでに倉庫の中だ。

 

 二人とも、すぐには逃げられない。

 

「杖を」

 

 鬼太郎が繰り返す。

 

 痩せた男は、ゆっくりと腰を屈めた。

 

 右手の杖が床へ近づく。

 

 指が開く。

 

 その直前、手首だけが返った。

 

 杖先が鬼太郎へ向く。

 

 男の唇が動く。

 

 鬼太郎は撃った。

 

 一発目。

 

 弾丸が右前腕へ入る。

 

「ぐっ――!」

 

 杖が床へ落ちた。

 

 男の背後には商品棚がない。腕を抜けた弾丸は、空の煉瓦壁へ食い込んだ。

 

 瓶の割れる音はしない。

 

 鬼太郎は銃口を下げず、落ちた杖から離れるよう顎で示した。

 

「次は、置くふりをしないでください」

 

     ◆

 

 壁の穴から、光が走った。

 

 鬼太郎は木箱の陰へ沈む。

 

 赤い光が頭上を通り、木箱の角を砕いた。

 

 木片が飛ぶ。

 

 背後の煉瓦壁へ当たり、床へ落ちた。

 

 大柄な男は、右肩から先だけを倉庫へ突き出している。

 

 杖は鬼太郎がいた場所を向いたままだった。

 

 壁へ挟まれた姿勢では、腕を大きく振れない。

 

 鬼太郎は木箱の左側へ移る。

 

 杖先も左へ動いた。

 

 男の視界から身体を隠したまま、反対側へ戻る。

 

 杖先が追いつくより早く、鬼太郎は立ち上がった。

 

 二発目。

 

 弾丸が、杖を握る右手の付け根へ入る。

 

 大柄な男が吠えた。

 

 指が開き、杖が倉庫の床へ落ちる。

 

 男は壁の向こうへ退こうとした。

 

 だが、片手を負傷した状態では、身体の向きをすぐに変えられない。煉瓦へ肩をぶつけ、狭い穴の途中で止まった。

 

 鬼太郎は前へ出る。

 

 二本の杖を、靴先で木箱の向こうへ滑らせた。

 

 痩せた男の右腕から、床へ血が落ちている。

 

 左手が外套の内側へ動いた。

 

「その手も見える場所へ」

 

 銃口が、男の胸へ移る。

 

「次は、腕では済みませんよ」

 

 左手が止まった。

 

 大柄な男も、穴の中で動かなくなる。

 

 鬼太郎は微笑んだ。

 

「ようやく、お話ができそうですね」

 

     ◆

 

 二発の銃声は、地下扉の向こうにも届いていた。

 

 見張りが扉を叩く。

 

「生きてるか!」

 

「ええ。主人を呼んでください」

 

 足音が階段を駆け上がる。

 

 鬼太郎は二人から目を離さなかった。

 

 痩せた男へ、左手だけで外套を脱ぐよう命じる。脱いだ布を細く裂かせ、傷口へ巻かせた。

 

 大柄な男は、まだ壁の穴へ挟まれている。

 

「前へ出てください」

 

「撃った手で、どうやって出ろってんだ」

 

「もう片方の手があります」

 

「ふざけ――」

 

 鬼太郎の指が引き金へ触れる。

 

 男は言葉を止めた。

 

 左手で煉瓦を掴み、身体を倉庫側へ押し出す。肩、胸、腰の順に穴を抜け、床へ転がった。

 

 外套を脱がせ、右手を胸の前へ押さえさせる。

 

 やがて、扉の外から主人の声がした。

 

「開けるぞ」

 

 銀色の線が端から消える。

 

 二つの鍵が回り、扉が開いた。

 

 主人と見張りが杖を向けて入ってくる。

 

「そいつらか」

 

「ええ。杖はあちらです。先に縛ってください」

 

 主人の命令で、見張りが二人の足と左手を縄で縛った。負傷した右腕は胸の前へ固定する。

 

 鬼太郎は床の二本の杖を拾わない。

 

 主人に布を持たせ、一本ずつ包ませた。杖先の向きを揃えず、別々に鞄へ入れる。

 

 今回は、取得する権利を契約で決めてある。

 

 持ち主も生きている。由来を確かめる手掛かりは残る。

 

 それでも、性質を知らない杖をすぐ使うつもりはなかった。

 

「殺すなと言った覚えはないぞ」

 

 主人が痩せた男を見下ろす。

 

「まだ盗品の場所を聞いていません」

 

「吐かなければ?」

 

「話したくなる理由を作ればよいでしょう」

 

 鬼太郎は痩せた男へ視線を戻した。

 

「ですが、その前に、もう一人お連れください」

 

     ◆

 

 若い店員は、見張りに腕を掴まれて地下へ下りてきた。

 

 痩せた男を見た瞬間、足が止まる。

 

 次に、壁際へ縛られた大柄な男を見る。

 

「知らない奴らだ」

 

 誰も尋ねる前に、店員は言った。

 

「まだ何も聞いていませんよ」

 

 鬼太郎が答える。

 

 店員の顔から血の気が引いた。

 

 主人の杖が、店員の喉元へ向く。

 

「俺の店から盗んだな」

 

「違う。こいつらが勝手に――」

 

「棚を動かしたことも、煉瓦が外れることも知っていましたね」

 

 鬼太郎は三人を順に見る。

 

「一緒に話を聞けば、互いの答えに合わせます。別々にしましょう」

 

 痩せた男を倉庫の入口側へ。

 

 大柄な男を奥の壁際へ。

 

 若い店員を地上へ戻す。

 

 それぞれに、同じことを尋ねた。

 

 誰が棚を動かしたのか。

 

 誰が壁を細工したのか。

 

 どの品を盗むか、誰が決めたのか。

 

 盗品をどこへ置いたのか。

 

 最初は、三人とも答えなかった。

 

 だが、痩せた男は腕の布へ血が滲むたびに口数が増えた。

 

 大柄な男は、若い店員がすでに話したと告げられると、相手の取り分まで喋った。

 

 若い店員は、二人が自分だけへ罪を被せようとしていると聞かされ、壁の細工をしたのは痩せた男だと主張した。

 

 三人の答えが、少しずつ重なる。

 

     ◆

 

 若い店員が、盗む品と倉庫内の位置を二人へ教えた。

 

 最初の盗難が起きる前、瓶を割ったと嘘をつき、荷運びの男に奥の棚を動かさせた。

 

 荷運びの男を帰したあと、痩せた男を店内へ入れた。

 

 二人で古い漆喰を削り、煉瓦を向こう側から外せるようにした。

 

 閉店後は、隣の空き店舗の地下から侵入する。

 

 大量に消せばすぐに通路を探される。

 

 帳面の数え間違いに見える程度を、三晩に分けて盗んだ。

 

 若い店員は、売却後の金から取り分を受け取る約束だった。

 

「売った相手は?」

 

 鬼太郎が尋ねる。

 

「まだ売ってない」

 

 痩せた男が答えた。

 

「あと二晩分を足してから、まとめて持ち込むつもりだった」

 

「盗品は」

 

「隣の地下だ。床石の下にある」

 

「どの床石です?」

 

 男は位置を説明した。

 

 鬼太郎は同じ質問を、大柄な男と若い店員にもした。

 

 三人が示した場所は一致した。

 

     ◆

 

 主人は二人を見張りに任せ、鬼太郎と古い搬入通路を抜けた。

 

 穴の向こうは、人一人が屈んで進める細い道だった。

 

 黒い土が床へ積もっている。

 

 その先に、使われていない地下室があった。

 

 壊れた棚と空の木箱。

 

 奥の床に、周囲より新しい傷のある石が一つある。

 

 鬼太郎は近づかず、主人へ示した。

 

「あなたが開けてください」

 

「ここまで来て、まだ触らないのか」

 

「中身が、あなたの薬品ですから」

 

 主人は杖で石を持ち上げた。

 

 下には、布に包まれた小箱が隠されていた。

 

 布を開く。

 

 青い封蝋の瓶。

 

 蓋を針金で留めた小さな壺。

 

 細長い箱。

 

 ほかにも、帳面から消えていた品が並んでいる。

 

 主人は一つずつ名前を読み上げた。

 

 鬼太郎は倉庫の帳面につけた印と照らし合わせる。

 

 四つ。

 

 すべて揃っていた。

 

「これで、追加分もお支払いいただけますね」

 

 主人は盗品を見たまま、低く答えた。

 

「払う」

 

     ◆

 

 三人がこのあとどうなるかを、鬼太郎は尋ねなかった。

 

 若い店員は、もう店へ戻れない。

 

 痩せた男と大柄な男も、盗品と侵入路を知られている。

 

 主人が三人を殺すのか、別の形で損失を払わせるのかは、契約の外だった。

 

 鬼太郎が確かめたのは、報酬だけだ。

 

 侵入方法と犯人を突き止めた基本報酬。

 

 盗品をすべて回収した追加報酬。

 

 先払い分を引いた残額。

 

 主人が机へ並べた硬貨を、種類ごとに数える。

 

「足りています」

 

 次に、侵入者二人から取り上げた道具を確認した。

 

 二本の杖。

 

 壁の漆喰を削る薄い金具。

 

 小さな袋と、隣の空き店舗へ入るための鍵。

 

 薬品商の品は取らない。

 

 取得を認められているのは、襲ってきた者の所持品だけだ。

 

 鬼太郎は杖と道具を別々の布で包み、鞄へ収めた。

 

     ◆

 

 夜が明け始めるころ、鬼太郎は非正規両替所へ戻った。

 

 仲介人は、鬼太郎の鞄と、左頬に残る細い傷を見た。

 

「終わったのか」

 

「ええ。侵入路、実行役二人、店内の共犯者を確認しました。盗品もすべて戻っています」

 

「扉は?」

 

「一度も破られていませんでした」

 

「防護は」

 

「作動していません。犯人は、防護が置かれていない古い搬入口を使っていました」

 

 仲介人は、帳面の一行へ印をつけた。

 

「魔法使いを二人入れても、扉に傷がないとしか言わなかった」

 

「扉に傷がないことは、二人とも正しく見つけていますよ」

 

 鬼太郎は微笑んだ。

 

「見る場所が、そこだけだったのでしょう」

 

 仲介人の手が、次の頁へ伸びる。

 

 鬼太郎は帳面を見る前に言った。

 

「次の仕事は、後日伺います」

 

「今回は見ないのか」

 

「銃を二発使いました。取得した杖も、性質を確かめないまま次の仕事へ持ち込むつもりはありません」

 

 帳面が閉じられる。

 

「何日だ」

 

「まだ決めていません。必要なだけです」

 

 鬼太郎は仲介人へ背を向けた。

 

 報酬と、二本の杖と、次の仕事へ急がずに済む時間を持って、店を出た。

 

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