神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

36 / 53
銃声のない対岸

第三十五話 銃声のない対岸

 

 契約を終えたあと、鬼太郎はサーシェスと別れて個室へ戻った。

 

 今夜の期限まで、時間は残っている。

 

 薬品商の侵入者から取った二本の杖を、鞄から出す。包みを解かないまま、父の書類や最初の襲撃者から回収した杖とは分けて、床板の下へ収めた。

 

 簡易鑑定で見つからなかった仕掛けが、存在しないとは限らない。

 

 少なくとも、未知の杖を三本も仕事へ持ち込む必要はなかった。

 

 携行するのは〈シュライク〉と予備弾薬。それに、漏れ鍋の奥の壁を開くために使ってきたウォードの杖だけだ。

 

 灯りを覆う布とは別に、白い布を一枚畳む。

 

 書類鞄を見つけたとき、対岸へ合図を送るためのものだった。

 

 回収品を包むための布も用意する。

 

 依頼人の封がどの程度傷みやすいかは分からない。鞄を裸のまま抱え、壁や床へ擦りつけるよりはよい。

 

 〈シュライク〉を抜き、弾倉と薬室を確かめる。

 

 休息へ入る前に清掃し、二発を補ってある。

 

 異常はない。

 

 鬼太郎は銃をホルスターへ戻し、上着を着た。

 

     ◆

 

 日が傾き始めるころ、鬼太郎は廃税関倉庫から離れた石橋の下へ入った。

 

 先に来ていたサーシェスは、細長いケースを足元へ置いていた。

 

「遅刻じゃねえな」

 

「約束した時刻です」

 

「そういう返しをすると思ったぜ」

 

 サーシェスが留め具を外す。

 

 中に入っていたのは、細長い銃身を持つ狙撃銃だった。先端には、銃声を抑えるための筒が取りつけられている。

 

 そのほかに、腰の右側へリボルバー。反対側には鞘へ入ったナイフ。上着の内側には、一本の円筒が収められていた。

 

「それは?」

 

 鬼太郎が円筒を見る。

 

「煙だ。逃げ道が潰れたときに使う」

 

「爆発するものは持ってこなかったのですか」

 

「鞄ごと紙屑にして、ただ働きしたいなら持ってくるがな」

 

 サーシェスは狙撃銃を取り出し、照準器と弾倉を確かめた。

 

 必要なものだけを選んでいる。

 

 銃火器を扱えるという言葉を示すため、持てるだけ持ってきたわけではない。

 

「ここからは別々だ」

 

 サーシェスがケースを閉じる。

 

「俺は川を回る。坊主は街道側を見ろ。仲良く並んで歩いて、見張りに紹介してやる必要はねえ」

 

「同感です」

 

「日が落ちるまで撃たん。配置が変わったら、仲介人の図より自分の目を信じろ」

 

「あなたも」

 

 鬼太郎は橋の反対側から出た。

 

     ◆

 

 廃税関倉庫は、川岸から少し張り出すように建っていた。

 

 煉瓦壁の一部は黒ずみ、使われなくなった看板が街道側へ傾いている。川側には、かつて荷を積み下ろしした木製の足場と、大きな搬入口が残っていた。

 

 鬼太郎は街道を正面から進まなかった。

 

 空き家の裏手と崩れた石塀を使い、倉庫が見える位置を変えながら観察する。

 

 街道側に一人。

 

 上着の内側に杖を入れた男が、正面扉と道を往復している。

 

 川側にも一人いる。

 

 搬入口の外へ出たり、中へ戻ったりしていた。腰から伸びて見える細いものは杖だった。

 

 壊れた窓から、倉庫内を横切る影が三つ見えた。

 

 その後、二階の足場に別の影が現れた。

 

 中に四人。

 

 外に二人。

 

 確認できただけで、六人いる。

 

 仲介人から聞いた人数より一人多い。

 

 鬼太郎は、さらに待った。

 

 同じ人間を二度数えていないか、それとも見えていない者がまだいるか。

 

 街道側の見張りが扉を開ける。内側の誰かと短く話し、また外へ戻った。

 

 中の四人は減っていない。

 

 六人で間違いなかった。

 

 正面扉の周囲には、白い線が細く引かれている。扉の上と左右の煉瓦には、小さな記号が刻まれていた。

 

 ルークの手帳にあった、入口を監視する図と似ている。

 

 線のつながりも、記号の形も同じではない。

 

 近づいた者を知らせるのか。

 

 扉を開けた者へ作用するのか。

 

 それとも、別の魔法なのか。

 

 鬼太郎には判断できなかった。

 

 分からないまま解除を試せば、見張りへ自分の位置を教えるだけかもしれない。

 

 正面から入る案を捨てる。

 

 倉庫の側面へ回ると、壁際へ空の木箱が積まれていた。二階近くには、ガラスの割れた小窓がある。

 

 その下を、錆びた排水管が通っている。

 

 窓の周囲には、正面扉にあった白い線も、煉瓦の記号も見えなかった。

 

 安全だとは限らない。

 

 鬼太郎は壁から欠け落ちた小石を拾い、小窓へ投げた。

 

 小石はガラスの残っていない部分を抜け、内側の床へ落ちる。

 

 光も、音も起きなかった。

 

 中の人影にも変化はない。

 

 鬼太郎は木箱へ手を掛けた。

 

     ◆

 

 川の対岸にある廃荷役小屋は、屋根の半分が落ちていた。

 

 サーシェスは一階を使わず、残っている梁を伝って二階へ上がった。

 

 窓枠の下へ布を敷き、狙撃銃を置く。

 

 照準器の向こうに、倉庫の搬入口が見えた。

 

 川側の見張りが一人。

 

 倉庫内の灯りの位置。

 

 開いている窓。

 

 対岸から見える範囲だけでも、仲介人の図とは違う箇所がいくつもある。

 

「さて」

 

 サーシェスは照準器から目を離し、倉庫の側面を見た。

 

 積まれた木箱の陰で、小さな人影が動いている。

 

 鬼太郎は、打ち合わせで決めた正面扉へ向かっていなかった。

 

 箱へ足を掛け、壁を登ろうとしている。

 

「勝手に変えやがる」

 

 口元は笑っていた。

 

 正面扉に何かあったのだろう。

 

 届かない射線へ消えたからといって、失敗したと決める理由はない。

 

 サーシェスは銃口の向きを変えた。

 

 小窓から中へ入った場合、鬼太郎が通る足場。

 

 その下にある川側の窓。

 

 鬼太郎の頭が出そうな場所を避け、倉庫内へ通る線を引き直す。

 

     ◆

 

 最初の木箱は、鬼太郎が足を乗せるとわずかに沈んだ。

 

 体重をすべて預ける前に降りる。

 

 隣の箱へ移り、角を踏む。

 

 そこから排水管へ手を伸ばした。

 

 錆が指へ付く。

 

 管そのものを強く引かず、壁へ固定している金具へ足を置く。煉瓦の欠けた場所へ指を掛け、身体を持ち上げる。

 

 六歳の腕は、生前の身体ほど長くも強くもない。

 

 一度で窓枠へ届かない。

 

 途中で止まり、足場を確かめる。

 

 無理に腕だけで上がれば、金具が外れたときに身体を支えられない。

 

 右足を一段上へ移す。

 

 左手を窓枠へ掛ける。

 

 残っているガラスへ服を触れさせないよう、身体を横へ向けた。

 

 窓の内側は、二階の細い足場だった。

 

 鬼太郎は腹ばいになって入り、音を立てずに両足を引き込んだ。

 

 すぐには立たない。

 

 窓の下で伏せたまま、倉庫内を見る。

 

 二階の中央近くに、古い机がある。

 

 その上へ、革の書類鞄が置かれていた。

 

 封は見える。

 

 壊された跡はない。

 

 下階には四人。

 

 一人は、椅子に縛られた男の前に立っている。ほかの三人は、入口、川側、階段の近くへ分かれていた。

 

 椅子の男は頭を垂れている。

 

 額から血が流れ、片方の目が腫れていた。それでも胸は上下している。

 

 運び屋は生きている。

 

 連れて帰れば追加報酬になる。

 

 だが、書類鞄より先に助ける理由はなかった。

 

「名前を言え」

 

 運び屋の前にいる男が杖を顎へ当てた。

 

「誰に渡すはずだった」

 

 運び屋の口が動く。

 

 声は聞こえない。

 

 男が椅子を蹴った。

 

 鬼太郎は、書類鞄までの板を目で追った。

 

 足場は壁に沿って机へ続いている。途中に階段があり、下の男が一人、その近くを行き来していた。

 

 鬼太郎は白い布を出さなかった。

 

 まだ、鞄を確保していない。

 

     ◆

 

 川側の見張りは、一定の間隔で搬入口から外へ出ていた。

 

 サーシェスは、そのたびに照準を合わせた。

 

 すぐには撃たない。

 

 倒れた身体が倉庫内から見える位置では、消音器を使っても意味がない。

 

 見張りが川辺の足場を歩く。

 

 倉庫へ背を向ける。

 

 さらに二歩進み、積まれた古い樽が、搬入口側から男の腰までを隠した。

 

 風が川下へ流れる。

 

 サーシェスは、照準器の中央を男の後頭部へ重ねた。

 

 引き金を絞る。

 

 抑えられた発砲音が、廃荷役小屋の中で短く鳴った。

 

 川の音と風が、その残りを運び去る。

 

 男の頭が前へ落ちた。

 

 身体は樽の向こうへ崩れ、倉庫側から見えなくなる。

 

 杖を抜く動きはなかった。

 

 盾を作る時間もなかった。

 

 サーシェスは照準器を動かし、搬入口と窓を順に見る。

 

 誰も出てこない。

 

 倉庫内の影も変わらない。

 

「一人」

 

 小さく数え、次の弾を送った。

 

     ◆

 

 決めた時刻を過ぎて間もなく、川側の見張りが窓の下から消えた。

 

 鬼太郎の位置から、倒れたところまでは見えない。

 

 だが、戻ってくるはずの時間を過ぎても姿を現さなかった。

 

 対岸の仕事が始まった。

 

 鬼太郎は伏せた姿勢から立ち、足場へ体重を移した。

 

 板が軋まない場所を選び、机へ進む。

 

 下階の四人は、まだ川側の異変に気づいていない。

 

 正面扉が開いた。

 

 外にいた見張りが戻ってくる。

 

「交代はどうした」

 

 階段近くの男が尋ねた。

 

「まだだ。あいつが戻ってから出る」

 

 扉が閉じられる。

 

 外に一人、中に四人だった配置が変わった。

 

 生きている敵は、全員が倉庫内にいる。

 

 鬼太郎は足を止めなかった。

 

 書類鞄まで、あと数歩。

 

 古い板へ左足を置く。

 

 乾いた音が、足の下で鳴った。

 

 大きくはない。

 

 だが、下にいた一人が顔を上げた。

 

 鬼太郎は右手を上着の内側へ入れる。

 

 男はまだ鬼太郎を見つけていない。

 

 先に、川側の窓へ目を向けた。

 

 見張りが戻らないことを、不審に思ったのだろう。

 

 窓へ近づき、外を覗く。

 

 樽の向こうに倒れた身体を見つけた。

 

「お――」

 

 男が杖を上げる。

 

 警告の声になる前に、頭が横へ弾かれた。

 

 川側の開いた窓を抜けた弾丸が、そのまま男を倒した。

 

 杖が床を跳ねる。

 

 身体が背後の机へぶつかり、置かれていたランプを落とした。

 

 ガラスの割れる音が倉庫へ響く。

 

「敵だ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 残った四人が一斉に杖を抜く。

 

 一本の杖が天井へ向けられた。

 

 短い呪文。

 

 倉庫内の灯りが、すべて消える。

 

 暗闇の中で、鬼太郎は〈シュライク〉を抜いた。

 

 まだ撃たない。

 

 相手の足音と声から位置を拾う。

 

 書類鞄は、手を伸ばせる距離にある。

 

 下では、拘束された運び屋が椅子ごと床へ倒れた。

 

     ◆

 

 照準器の中から、倉庫の灯りが消えた。

 

 サーシェスは二発目の空薬莢を送り出す。

 

 暗い窓へ撃ち続けても、弾を捨てるだけだ。

 

 狙撃銃を窓から引き、立ち上がる。

 

 鬼太郎を助けに行くのではない。

 

 川側から逃げる者を止めるには、倉庫の搬入口を別の角度から見られる位置へ移る必要がある。

 

 それが、自分の取り分に含まれた仕事だった。

 

 サーシェスは狙撃銃を持ち、崩れた階段へ向かう。

 

 対岸からは、もう銃声が聞こえなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。