神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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暗闇にも、射線はある

第三十六話 暗闇にも、射線はある

 

 灯りが消えたあとも、倉庫から音までは消えなかった。

 

 杖を抜く衣擦れ。

 

 靴底が床を擦る音。

 

 椅子ごと倒れた運び屋の、押し殺した呻き。

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を右手に持ったまま、左手を書類鞄へ伸ばした。

 

 敵より先に、依頼品を確保する。

 

 指先で封の位置を探る。

 

 割れていない。

 

 留め具も閉じたままだった。

 

 持参した布を広げ、鞄を包む。暗闇の中で布の端を結び、肩から斜めに掛けた。

 

 鞄は背中側へ回す。

 

 身体を動かすたび、布が肩へ食い込む。六歳の身体には大きいが、両手は使える。

 

 白い布にはまだ触れなかった。

 

 回収の合図を送るために窓へ立てば、下にいる四人へ位置を教えることになる。

 

「上だ」

 

 下階から声がした。

 

「足場にいる。階段を上がれ」

 

 足音が二つに分かれた。

 

 一つは階段へ。

 

 もう一つは、正面入口の方へ離れていく。

 

 鬼太郎は机から身を離し、足場の柱へ背を寄せた。

 

「ルーモス」

 

 白い光が杖先に生まれた。

 

 入口側にいる男の顔が、暗闇から浮かび上がる。

 

 光はすぐに鬼太郎を探して二階へ向いた。

 

 同時に、階段の下で別の杖が動く。

 

「プロテゴ」

 

 半透明の揺らぎが、階段の幅を塞いだ。

 

 盾を前へ構えた男が、一段ずつ上がってくる。

 

 鬼太郎は、男の身体を狙わなかった。

 

 階段の途中にある小さな踊り場。

 

 壁側を支える金具は錆び、煉瓦から半分浮いている。

 

 杖先の光が二階を横切る。

 

 赤い魔法が放たれた。

 

 鬼太郎は柱の反対側へ身体を移す。

 

 光が木の手すりを砕いた。

 

 砕けた木片が足場へ散る。

 

 その明かりが消える前に、鬼太郎は〈シュライク〉を下へ向けた。

 

 一発目。

 

 弾丸が錆びた金具を打ち抜いた。

 

 割れた金属片が壁へ跳ね、弾はその奥の古い煉瓦へ食い込む。

 

 盾を構えた男の足元で、踊り場が傾いた。

 

「な――」

 

 板と一緒に身体が落ちる。

 

 男は盾を保てなかった。

 

 床へ肩から叩きつけられ、杖を持った右手をつく。

 

 二発目。

 

 弾丸が右手首へ入った。

 

 杖が床を滑る。

 

 男の悲鳴が、暗い倉庫へ響いた。

 

     ◆

 

 サーシェスは、廃荷役小屋から川下へ移動していた。

 

 狙撃銃は吊り帯で背へ回している。

 

 暗くなった窓を対岸から見張り続けても、撃てるのは影だけだ。

 

 倉庫の川側には、崩れかけた石壁が続いている。その切れ目まで移れば、搬入口を斜めから見られる。

 

 倉庫内から銃声が二つ聞こえた。

 

 小さい。

 

 狙撃銃の音ではない。

 

「生きてやがるな、坊主」

 

 サーシェスは石壁へ背を預け、狙撃銃ではなく腰のリボルバーを抜いた。

 

 川側搬入口から、光が漏れた。

 

 一人の男が外へ出てくる。

 

 杖を対岸の廃荷役小屋へ向け、身体の前には盾の揺らぎがある。

 

 狙撃された場所へ盾を向けたまま、川沿いの足場を走ろうとしている。

 

 サーシェスは男の右側にいた。

 

 盾の外だった。

 

 男が足音へ気づき、顔を向ける。

 

 杖先が回り始める。

 

 それより先に、サーシェスは引き金を引いた。

 

 リボルバーの弾丸が、男の右のこめかみへ入った。

 

 盾が消える。

 

 身体は搬入口の脇へ倒れ、杖だけが木の足場から川へ落ちた。

 

「三人目」

 

 サーシェスはリボルバーの撃鉄を戻し、開いた搬入口へは入らなかった。

 

 中の敵を追うのは、三つ分を取る者の仕事だ。

 

 自分の仕事は、川へ出てきた者を止めることだった。

 

     ◆

 

 階段から落ちた男は、右手を押さえて床を転がっている。

 

 すぐに杖を向けられる敵は、あと二人。

 

 鬼太郎は柱の陰から、入口側の光を見る。

 

 杖先が足場をなぞるたび、壊れた手すりと床板が白く照らされた。

 

「鞄を持ってるぞ!」

 

 入口側の男が叫ぶ。

 

「降りてこい!」

 

 別の声が、下階中央から返った。

 

 運び屋を尋問していた男だった。

 

 鬼太郎が足場から見下ろす。

 

 男は倒れていた椅子を起こし、拘束された運び屋を背後から引き上げていた。

 

 腕を首へ回し、運び屋の身体を自分の前へ置く。

 

 杖先が、腫れた頬へ押し当てられた。

 

「鞄を置け」

 

「お断りします」

 

 鬼太郎は柱から半身だけを出した。

 

「こいつが死ぬぞ」

 

「その方は追加報酬です」

 

 鬼太郎は微笑んだ。

 

「鞄より価値があるわけではありませんよ」

 

 運び屋が息を呑む。

 

 男の腕に力が入った。

 

「なら、先に――」

 

「撃て!」

 

 入口側の男へ命令が飛ぶ。

 

 白い光が鬼太郎へ向いた。

 

 鬼太郎は、杖先ではなく、その向こうにいる男を見た。

 

「プリンパ」

 

 認識へ、異物を押し込む。

 

 入口側の男の目が揺れた。

 

 杖先の光が鬼太郎を外れ、下階中央へ向く。

 

「何をしている!」

 

 運び屋を押さえた男の声が、命令ではなく敵意として届いた。

 

 入口側の男が杖を振る。

 

 赤い魔法が、運び屋ごと二人へ飛んだ。

 

 中心の男は運び屋を突き放した。

 

「プロテゴ!」

 

 盾が赤い光を受け止める。

 

 運び屋は再び椅子ごと床へ倒れた。

 

 中心の男は、盾を入口側へ向けたまま杖を振り返す。

 

 青白い光が走った。

 

 入口側の男の身体が床から浮き、背中から煉瓦壁へ叩きつけられる。

 

 杖先の白い光が消えた。

 

 暗闇が戻る。

 

 だが、中心の男の位置は分かっている。

 

 盾は入口側へ向いている。

 

 鬼太郎は二階から、無防備になった側頭部へ〈シュライク〉を向けた。

 

 三発目。

 

 男の頭が横へ弾かれた。

 

 盾が消え、身体が運び屋の横へ倒れる。

 

 それきり、攻撃魔法は飛んでこなかった。

 

     ◆

 

 鬼太郎はすぐには足場を降りなかった。

 

 銃口を下へ向けたまま、音を拾う。

 

 階段から落ちた男の呻き。

 

 壁へ叩きつけられた男からは、声がない。

 

 運び屋の荒い呼吸。

 

 ほかに動く音はなかった。

 

 鬼太郎は机の横から白い布を取り出し、川側の窓へ掛けた。

 

 書類鞄を確保した合図だった。

 

 それから、傾いた踊り場の脇に残った階段の骨組みへ足を掛け、下へ降りる。

 

 最初に、右手首を撃った男の杖を蹴り、手の届かない場所へ移した。

 

「左手を床へ置いてください」

 

「手を撃ちやがって……」

 

「もう片方も必要ないのでしたら、そのままで結構ですよ」

 

 男は左手を床へ置いた。

 

 壁際へ叩きつけられた男の胸は、わずかに上下している。意識はない。

 

 鬼太郎は二人を追撃しなかった。

 

 六人全員の死体を求める契約ではない。

 

 倒れた敵の杖にも触れない。

 

 取得を認められていない品を集めるために、封のある鞄を背負ったまま倉庫へ残る理由はなかった。

 

 運び屋の椅子を起こす。

 

 縄の結び目は背もたれの後ろにあった。

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を右手に持ったまま、左手だけで結び目を緩めた。時間はかかったが、刃物を運び屋の背中近くで使うより安全だった。

 

 両腕が自由になる。

 

 鬼太郎は外した縄を捨てなかった。

 

 右手首を撃たれた男へ銃口を向け、階段の支柱まで移動させる。左手首と両足を支柱へ結び、緩みがないことを確かめた。

 

 男は途中で一度抵抗しようとしたが、〈シュライク〉の銃口が顔へ向くと動きを止めた。

 

 壁際で意識を失っている男の杖も、反対側の木箱の下まで蹴り飛ばす。

 

 すぐに追ってこられる者はいない。

 

「立てますか?」

 

 運び屋は椅子へ手をつき、二度失敗してから立ち上がった。

 

「……歩ける」

 

「では、歩いてください。あなたを運ぶことは、契約に含まれていません」

 

 運び屋は片脚を引きずったが、肩を貸さなくても進めた。

 

 追加報酬を捨てる必要はない。

 

 鬼太郎は男を先に歩かせ、川側搬入口へ向かった。

 

 正面扉は使わない。

 

 外側にあった白い線と記号が、内側から出る者へ反応しない保証はなかった。

 

 川側搬入口には、その印が見当たらない。先ほど一人が盾を構えたまま通過しても、新しい光や音は起きていなかった。

 

 鬼太郎は、運び屋に同じ経路を歩かせた。

 

     ◆

 

 白い布が窓へ掛かったのを、サーシェスは石壁の陰から見た。

 

 鞄を確保した合図だ。

 

 倉庫から出てきた者はいない。

 

 街道側に新しい人影もない。

 

 スモークグレネードを使う必要はなかった。

 

 しばらくして、搬入口に小さな影が現れた。

 

 その前を、負傷した男が足を引きずって歩いている。

 

 鬼太郎の背には、布で包まれた鞄が固定されていた。

 

 サーシェスはリボルバーを下げる。

 

 運び屋は搬入口脇の死体を見て足を止めた。

 

「止まらないでください」

 

 鬼太郎が背後から言う。

 

「まだ引き渡し場所ではありません」

 

 運び屋は死体から目を逸らし、再び歩き始めた。

 

 サーシェスは手を貸さない。鬼太郎も求めなかった。

 

 代わりにサーシェスは川沿いと倉庫の窓を見て、追ってくる影がないことを確かめた。

 

「三つ分は働いたようだな、坊主」

 

「ええ」

 

 鬼太郎は、搬入口の横に倒れた男を見た。

 

 対岸にいた見張り。

 

 窓の前で撃たれた魔法使い。

 

 そして、この男。

 

 狙撃位置を捨てたあとも、自分の担当する退路を見失っていない。

 

「あなたも、二つ分は働いたようですね」

 

「そりゃどうも」

 

 サーシェスが笑う。

 

 鬼太郎がサーシェスへ抱いたのは、それ以上のものではなかった。

 

 条件を理解し、役割が崩れても自分で射線を引き直せる。

 

 報酬を払って使う価値のある傭兵。

 

 今は、それで十分だった。

 

 二人は運び屋を間に置き、廃税関倉庫を離れた。

 

 鞄を引き渡すまでは、仕事は終わっていない。

 

「次も組みたいなら、俺より先に死ぬんじゃねえぞ」

 

 サーシェスが言った。

 

「次があるかは、今回の支払いを見てから決めます」

 

 鬼太郎は振り返らずに答えた。

 

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