神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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幕が上がる前に、檻は閉じる

第三十九話 幕が上がる前に、檻は閉じる

 

 卓上には、十二枚の紙が並べられていた。

 

 どれも同じ子供について書かれている。

 

 小型拳銃。

 

 杖を使わない炎。

 

 人間の判断を狂わせる何か。

 

 魔法使いの防護を破る弾丸。

 

 呪いの効かない身体。

 

 紙によって、書かれている内容は違った。

 

 一晩で殺した人数も、三人から十三人まで開きがある。

 

 エリアス・モーンは、十二枚目を読み終えると、紙を二つに裂いた。

 

「これは要らない」

 

 紙片が、燭台の脇へ落ちた。

 

 窓のない地下室には、モーンを含めて七人がいた。

 

 同じ組織の者は、一人もいない。

 

 競売所へ品を流していた故買屋。

 

 横流しされた材料を買っていた呪物商。

 

 帳簿に名を残され、取引先を失った密売人。

 

 回収役を二人殺された取り立て屋。

 

 人を運ぶ経路を潰された仲介人。

 

 そして、雇った魔法使いを何人も失った傭兵の世話役。

 

 互いに顔を知る者はいた。

 

 信用している者はいなかった。

 

「十二人だ」

 

 取り立て屋が言った。

 

「あの餓鬼が、一晩で十二人やった」

 

「十一でも十三でもなく?」

 

「生き残りから聞いた」

 

「その生き残りは、十二人の死体を数えたのか」

 

 男は答えなかった。

 

 モーンは卓上の紙を一枚取った。

 

「地下競売所で確認された死体は四つ。建物が崩れた後に見つかった。誰が殺したかは、すべて分かっているわけではない」

 

「あいつが台帳を奪ったせいで崩れたんだ」

 

「建物を支えていた柱を撃ったという証言はない。炎で焼いたという証言もない。あの夜、子供が中へ入り、銃声がして、台帳が消えた。確かなのはそこまでだ」

 

 故買屋が、太い指で卓を叩いた。

 

「俺たちは、あれが何人殺したかを数えるために集まったんじゃない」

 

「そのとおりです」

 

 人を運ぶ仲介人が言った。

 

 低い声だった。

 

「怪談を聞きに来たのでもない。殺せるのか、殺せないのか。それだけを聞きに来た」

 

「殺せますよ」

 

 モーンは答えた。

 

 地下室に、短い沈黙が落ちた。

 

「ただし、皆さんが自分の損を大きく見せるためにつけ足した話を、事実として扱わなければですが」

 

 モーンは残った十一枚を分け始めた。

 

 一つ目の山には、複数の証言が一致したものを置いた。

 

 二つ目の山には、一人しか見ていないもの。

 

 三つ目には、誰も直接見ていない噂を置いた。

 

「拳銃を使う。これは間違いない。子供の身体に合わせた小型のものだ。撃った後の薬莢も出ている」

 

 一つ目の山へ置く。

 

「杖を使わずに火を出す。これも三人の証言が一致している」

 

 呪物商の女が眉を寄せた。

 

「隠しているだけじゃないのかい」

 

「袖も手も見えていた。少なくとも、目撃された場面では杖を握っていない」

 

「なら、無杖魔法だ」

 

「七歳ほどの子供が、実戦で何度も同じ無杖魔法を使うと?」

 

「名前をつける必要があるのかい。炎は炎だよ」

 

 女は指先で燭台の火を示した。

 

「魔法なら防護で鈍る。鈍らなければ、水で消す」

 

 モーンは否定しなかった。

 

「人の判断を狂わせる。これも実例が二つある。ただし、視線だけで操るという話には根拠がない。操られた者は、命令どおりに動いたのではなく、味方を敵と思い込んだ」

 

「違いがあるのか」

 

「あります。こちらが用意した者を、まとめて同じ場所へ置かなければいい」

 

 次の紙を取る。

 

「呪いが効かないという話は捨てます」

 

「待て」

 

 傭兵の世話役が身を乗り出した。

 

「認識を崩す呪いを受けて、立ち直った奴がいる」

 

「効かなかったのではない。最初は効いた。途中で、自分にかかった異常だけを除いたように見えた。火傷も、銃創も、打撲も残っていたという」

 

 モーンはその紙を二つ目の山へ移した。

 

「何でも治せるわけではない。少なくとも、今までに負った傷は普通に残る」

 

「盾を銃で抜いた話は?」

 

「盾の正面を一発で撃ち抜いた、と証明できる者はいない」

 

 今度の紙は三つ目の山へ置いた。

 

「防護が張られる前に撃った。正面を避けた。盾を別方向へ向けさせてから仲間に撃たせた。確認できるのは、その三つです」

 

「仲間?」

 

「スクイブの銃兵です」

 

 傭兵の世話役だけが、露骨に顔をしかめた。

 

「長銃も拳銃も使う。離れた場所から撃つのが得意な男だ。魔法は使えん」

 

「名前は」

 

「サーシェスと呼ばれている。本名かどうかは知らん」

 

「二人で動くのか」

 

「いつもじゃない。餓鬼一人の仕事もある。報酬と仕事が合えば組む。それだけだ」

 

 モーンは一枚の白紙を、卓の中央へ置いた。

 

「ならば、二人とも来られる仕事にします」

 

     ◆

 

 最初に出た案は、脅迫だった。

 

 子供が使っている個室を探し、寝床へ火を放つ。

 

 次に出たのは、賞金をかける案だった。

 

 その次は、魔法省へ情報を流す案。

 

 どれも、モーンは退けた。

 

「寝床は特定できていません。賞金なら、受け取る前に何人死ぬか分からない。魔法省は、皆さんの商売まで調べるでしょう」

 

「では、どうする」

 

「仕事を渡します」

 

 取り立て屋が鼻で笑った。

 

「俺たちを潰して回ってる餓鬼に、金まで払うのか」

 

「あの子供は、皆さんを狙っていたわけではない」

 

 笑った男の顔から、わずかに表情が消えた。

 

「依頼を受け、求められたものを持ち帰った。その途中に、あなた方の商品や人員や名前があった。だから排除された。それだけです」

 

「同じことだ」

 

「違います。恨みで動くなら、恨ませれば呼べる。あの子供は、それでは来ない」

 

 モーンは、別に用意していた紙を広げた。

 

 依頼書の下書きだった。

 

「回収対象は、封印された鉄の箱。運んでいた男が生きていれば、連れ帰る。箱は開けない。場所は郊外の閉鎖された劇場。期限は一夜。敵の生死は問わない」

 

「いつもの仕事と変わらんな」

 

「変えてはいけないのです」

 

 条件が曖昧なら、子供は受けない。

 

 依頼人と目的を伏せすぎれば、報酬が高くても避ける。

 

 必要な情報が足りなければ、その場で問い返す。

 

 箱の特徴。

 

 封の形。

 

 運び手の顔と名前。

 

 最後に確認された場所。

 

 減額条件。

 

 追加報酬。

 

 すべて、最初から答えを用意する。

 

「箱は本物を使います。封も依頼書に記した形にする。運び手も生かして、劇場へ置く」

 

「中身は?」

 

「空で構わない。ただし、重さは入れておく。あの子供が開けないことは、これまでの仕事で分かっている」

 

「運び手は事情を知っているのか」

 

「知る必要はありません。箱を奪われたところまでは、本当の出来事にします」

 

 人を運ぶ仲介人が、初めて笑った。

 

 声は出さなかった。

 

「仲介する者は?」

 

「こちらと取引のない者を使います。依頼書と前金しか渡さない。本人が知らなければ、問い詰められても本当のことしか答えられない」

 

 呪物商の女が、依頼書の一行を指でなぞった。

 

「協力者一名を認める?」

 

「スクイブも呼ぶためです」

 

「来なかったら」

 

「子供だけを閉じ込める。来たなら、二人分の入場料が取れる」

 

 誰かが椅子を鳴らした。

 

「入場料?」

 

 モーンは、そこで初めて笑った。

 

「まさか、ただ殺すつもりだったのですか」

 

     ◆

 

 劇場は、街道から外れた林の中にあった。

 

 表の看板は剥がれ、窓には板が打ちつけられている。

 

 最後に一般客を入れたのは十年以上前だった。

 

 それでも、地下の客席は使われ続けていた。

 

 舞台の周囲を石で囲み、床を洗うための排水溝を通す。

 

 客席と舞台の間には、鉄格子を下ろせる溝がある。

 

 上階の桟敷席には、正面からでは開かない扉がついていた。

 

 そこへ座る者たちは、舞台に立つ者と同じ危険を負わない。

 

 危険な生き物。

 

 珍しい血を持つ人間。

 

 呪いを受けても死なない者。

 

 そうしたものが、これまでにも舞台へ上げられてきた。

 

 今回は、客席の値段を倍にしても埋まると、モーンは見込んでいた。

 

「外から見る限り、使われていない建物に見せておけ」

 

 舞台の上で、モーンは配置を確認した。

 

「見張りは?」

 

「表に二人。裏口に一人」

 

「多すぎる。調べに来た者へ、ここが使われていると教えるだけだ。表の一人を残し、酒を飲ませておけ。仕事で雇われただけの男に見せろ」

 

 舞台中央には、封印された鉄の箱が置かれていた。

 

 箱から少し離れた柱には、運び手役の男がつながれている。

 

 口止めの呪いはかけていない。

 

 男が知っているのは、自分が箱を運び、途中で襲われ、この劇場へ連れてこられたことだけだった。

 

 助けを求める声にも、怯え方にも、演技は要らない。

 

「子供が箱へ触れるまで、閉じるな」

 

「入ったところで落とせばいいだろう」

 

「入口に罠があると考え、外から撃つかもしれない。あれは、品物を壊さない。箱と運び手を見せれば、中まで来る」

 

 床には、魔力を乱すための銀線が埋められていた。

 

 四隅の壁には、防護を支える石が一つずつはめ込まれている。

 

 呪物商は、無杖魔法でも力を鈍らせると言った。

 

 試した相手は成人の魔法使いだけだった。

 

 杖を使わず炎を出す七歳の子供に、同じように働く保証はない。

 

 そのため、舞台袖には水を満たした樽を六つ置いた。

 

 天井には、水袋を吊るす。

 

 床は燃えない石に替え、幕と客席には耐火の処理を施す。

 

「術者は四方へ分けろ」

 

 モーンは桟敷席を見上げた。

 

「一斉には撃つな。一人が狂わされたとき、隣まで巻き込まれる。正面が撃った後に右、右の後に左。後方は、子供が逃げるまで待て」

 

「呪いは効かないんじゃなかったのか」

 

「効かなかった呪いがある。それを、すべての呪いが効かないと言い換えた者がいるだけです」

 

「銃は?」

 

「箱の前に盾を置かない。盾を見れば、正面以外を探す。撃つ相手を四方へ散らし、弾を使わせる」

 

 舞台の下には、網を射出する仕掛けが二つ。

 

 網には鉤がついていた。

 

 捕らえればよい。

 

 肉へ食い込めば、それでもよい。

 

 さらに奥の細い溝には、ばねで跳ね上がる三枚の刃が収められている。

 

 魔法を止められなくても、肉まで魔法でできているわけではない。

 

「スクイブはどうする」

 

「周囲の屋根と林へ監視を置く。外に長銃を持つ者がいれば、合図が来るまで舞台を閉じない」

 

「先に始末するのか」

 

「見つけられれば」

 

 劇場の周囲には、外から狙いやすい窓を三つ残してある。

 

 どれも、舞台までは見えない。

 

 その一つには、人形を伏せさせた。

 

 長銃を持つ者が狙撃場所を選ぶなら、まず注意を向ける位置だった。

 

 すべてが予定どおりなら、子供は舞台へ入る。

 

 スクイブは外で偽物の射線を見張る。

 

 鉄格子が落ちる。

 

 客席の灯りがつく。

 

 それから、演目が始まる。

 

     ◆

 

 費用を分ける段になると、地下室にいた者たちは、もう一度互いを疑い始めた。

 

 誰が術者を出すか。

 

 誰が前金を払うか。

 

 死体から何を取るか。

 

 拳銃を欲しがる者が二人いた。

 

 子供の身体そのものを欲しがる呪物商もいた。

 

 生きたまま捕らえた場合の所有権をめぐっては、誰も譲らなかった。

 

 モーンは、最後まで争わせた。

 

 互いに腹の内を隠したままでは、必要な金額を出さないからだ。

 

「死ねば、持ち物は出資額に応じて分ける」

 

 モーンは、決まった条件を新しい紙へ書いた。

 

「生きて捕らえた場合は、私が預かる。皆さんが失った金額に届くまで、見世物の利益から支払う」

 

「いつ届く」

 

「噂が本当なら、長くはかかりません」

 

 七歳の子供。

 

 杖なしの炎。

 

 小型拳銃。

 

 呪いを払い、人の判断を狂わせる。

 

 裏社会のいくつもの仕事を壊しながら、依頼だけは失敗しない。

 

 客に売る話としては、事実だけでも十分だった。

 

 噂は、客席へ入ってから足せばよい。

 

「殺すための集まりではなかったのか」

 

 故買屋が、不満を隠さずに言った。

 

「殺しますよ。皆さんの用意した者が、それしかできなければ」

 

 モーンは契約書を折った。

 

「ですが、殺して終わるものからは、一度しか金を取れない」

 

     ◆

 

 翌朝、依頼書と前金が劇場を離れた。

 

 それを運ぶ男は、モーンの名を知らない。

 

 封印箱を取り戻したい依頼人がいる。

 

 使える子供の傭兵を探している。

 

 仲介人へ伝えるよう頼まれた。

 

 知っているのは、それだけだった。

 

 男が街道へ消えた後、モーンは地下の舞台へ戻った。

 

 客席では、座席の布が張り替えられている。

 

 舞台袖では、術者たちが立つ位置へ印がつけられていた。

 

 鉄格子を試しに落とすと、古い劇場全体が震えた。

 

 音が地下へ長く残った。

 

「奥の子供は?」

 

 モーンが尋ねた。

 

「まだ生きています」

 

「傷は」

 

「塞がります。今朝も同じでした」

 

「なら、余計なことはするな。客が来る前に弱らせすぎれば、値が落ちる」

 

 部下が頷いた。

 

 舞台の奥には、もう一枚、黒い幕が下りている。

 

 その向こうから、細い鎖が床を擦る音がした。

 

 一度。

 

 間を置いて、もう一度。

 

 モーンは幕を開けなかった。

 

「最初の演目は、予定どおりだ」

 

 舞台に置かれた鉄の箱へ目を向ける。

 

「客席を埋めろ。あの子供が、自分も演目だと知る前にな」

 

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