神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

44 / 47
拍手が止むまで、引き金は待つ

第四十三話 拍手が止むまで、引き金は待つ

 

 キーノを縛った鉄台が、舞台袖へ運ばれていく。

 

 車輪が石の継ぎ目を越えるたび、台の上で金具が鳴った。

 

 失った血は戻っていない。

 

 顔は青ざめ、呼吸も浅い。

 

 それでもキーノは目を閉じなかった。

 

 噛まれた手首を布で押さえる解体役を見たまま、黒い幕の向こうへ消えた。

 

 鬼太郎は、その通路の位置を覚えた。

 

 解体役の腰には、三本の鍵が残っている。

 

 右手首の金具を開いたのは、中央の鍵だった。

 

 首と足首まで同じ鍵かは分からない。

 

 鉄格子の中から確かめられたのは、そこまでだった。

 

「続いての演目へ参りましょう」

 

 正面上階の男が手を叩いた。

 

 キーノの血を流した受け皿が片づけられ、代わりに細長い木の足場が運び込まれた。

 

 両目を布で塞がれた男が、その端へ立たされる。

 

 両手は後ろで縛られていた。

 

「向こうまで歩ければ、今夜は生かして帰す」

 

 客席の何人かが笑った。

 

 足場の下には、等間隔に細い切れ目がある。

 

 舞台袖の係員が、三本並んだ棒の一本を倒した。

 

 男が三歩進んだところで、足元から短い刃が跳ね上がった。

 

 靴と足の外側が切れ、男が倒れる。

 

 次の刃は、転がった身体のすぐ横を通った。

 

 客席から、落胆と笑いが同時に上がった。

 

 鬼太郎は男ではなく、舞台袖を見た。

 

 棒を倒してから刃が出るまで、わずかな間がある。

 

 三本の棒。

 

 今使われたのは二本。

 

 残る一本が同じ足場の刃を動かすとは限らない。

 

 男は足場を渡りきれず、黒服に引きずられていった。

 

 生きてはいる。

 

 約束どおり帰されるかは、客席の笑いを聞けば考えるまでもなかった。

 

 次に連れてこられたのは、手首を鎖でつながれた二人だった。

 

 二人の間へ、一本の杖が投げられる。

 

「先に相手を倒した方を、ここから出そう」

 

 二人は、しばらく杖を見ていた。

 

 片方が先に飛びついた。

 

 もう片方が鎖を引き、床へ倒す。

 

 杖を奪い合い、殴り合い、一人が動かなくなるまで続いた。

 

 勝った男は、肩で息をしながら出口を見た。

 

 黒服は鎖を外さなかった。

 

 杖だけを取り上げ、二人とも舞台裏へ運んでいく。

 

 客席から異議は出ない。

 

 鬼太郎は、四方の術者を見た。

 

 捕虜の一人が杖を手にした瞬間、全員が同時に構えたわけではない。

 

 正面右が最初。

 

 次が左奥。

 

 高所の二人は、舞台ではなく客席へ杖先を向けていた。

 

 捕虜が観客へ魔法を放つ場合に備えていたらしい。

 

 使われた仕掛け。

 

 動いた者。

 

 開いた通路。

 

 鬼太郎は、それだけを確かなものとして覚えた。

 

 床には、ほかにも継ぎ目がある。

 

 血の染みも、古い傷も多い。

 

 どれが単なる石の割れ目で、どれがまだ使われていない仕掛けなのかまでは分からない。

 

 見せたものだけで、上の男が満足するとは思えなかった。

 

 罠は、まだある。

 

 数も形も、作動する場所も分からない。

 

 鬼太郎は鉄格子の内側で、右手の〈シュライク〉を下げたまま待った。

 

     ◆

 

 舞台裏の通路へ、車輪の音が近づいてきた。

 

 サーシェスは空の檻と壁の間へ身体を入れた。

 

 角を曲がってきたのは、血のついた鉄台だった。

 

 黒服が前後に一人ずついる。

 

 台の上には、淡い金髪の子供が縛られていた。

 

 顔色は悪い。

 

 口元と右手首には、新しい血がついている。

 

 少女はサーシェスの姿を捉えると、すぐに黒服から彼へ視線を移した。

 

 怯えた様子はない。

 

 近づけば噛みつくつもりで、距離を測っている目だった。

 

 サーシェスは外套の前を合わせ、裏方の顔をして脇へ退いた。

 

 今ここで二人を殺せば、舞台まで警報が届く。

 

 少女は依頼の対象でもない。

 

 鉄台が横を通り過ぎる。

 

「威勢だけはいいじゃねえか」

 

 聞こえない声で呟き、そのまま見送った。

 

 

 通路の先には扉が三つあった。

 

 一枚目の小窓から、中を確かめる。

 

 柱へ縛られていた運び手が、床へ座らされている。

 

 左耳の下の傷。

 

 右手の小指がない。

 

 トーマス・ヘイルだった。

 

 胸が動いている。

 

 見張りは一人。

 

 今は殺さない。

 

 依頼の品と運び手を外へ出す道を作る前に、騒ぎを起こす意味はなかった。

 

 二枚目の扉からは、複数の呻き声が聞こえた。

 

 三枚目の向こうでは、金属が一定の間隔で軋んでいる。

 

 サーシェスは、その扉の横へ立った。

 

 やがて、内側から男が出てきた。

 

 外套の下に工具を吊り、鍵束を腰へ下げている。

 

 男が扉を閉めた瞬間、サーシェスは背後へ回った。

 

 口を塞ぐ。

 

 ナイフを肋骨の間へ入れる。

 

 身体の力が抜けるまで支え、二枚目の部屋へ引き込んだ。

 

 中には誰もいない。

 

 声はさらに奥の壁から響いていただけだった。

 

 サーシェスは死体から鍵束を外し、三枚目の扉を開けた。

 

 中には、大きな巻き上げ機があった。

 

 天井へ伸びる鎖。

 

 壁を通る太い縄。

 

 並んだ鉄の棒。

 

 どれにも文字はない。

 

 巻き上げ機の鎖は、舞台中央の鉄格子へつながっているように見える。

 

 青く染めた縄は、客席側へ延びている。

 

 ほかは壁の穴へ消え、どこを動かすものか分からない。

 

 サーシェスは適当に触れなかった。

 

 壁の高い位置に、指二本分ほどの覗き穴がある。

 

 木箱を寄せ、その上へ乗った。

 

 舞台中央の檻が見えた。

 

 鬼太郎は立っている。

 

 右手には銃。

 

 血も傷も見えない。

 

「まだ食われちゃいねえか」

 

 サーシェスは木箱から降りた。

 

 鉄格子を上げれば、四方から杖を向けられる。

 

 先に視界を奪う必要がある。

 

 煙を出す投擲物を上着の内側で確かめた。

 

 投げ込む場所と、巻き上げ機まで戻る歩数を測る。

 

 撃つのは、その後でよかった。

 

     ◆

 

 二つ目の演目が片づけられると、正面上階の男が立ち上がった。

 

「お待たせしました」

 

 客席の話し声が止まる。

 

「今夜の最後を飾る前に、名乗っておきましょう。私はエリアス・モーン。この場所と、今夜の演目を用意した者です」

 

 鬼太郎はその名を覚えた。

 

 モーンは手すりへ両手を置いた。

 

「杖を持たずに炎を出す」

 

 客席の左側で、誰かが笑った。

 

「呪いを受けても、何事もなかったように動き出す」

 

 今度は右側から、囁きが返る。

 

「盾を張るより早く魔法使いを撃ち、味方同士を争わせ、正面の守りを見れば別の入口を探す」

 

 事実と噂が混ざっている。

 

 それでも、自分を捕らえるために集めた情報の量は少なくない。

 

「ずいぶん熱心に調べてくださったのですね」

 

 鬼太郎が言った。

 

「君を子供だと思って準備を怠った者たちが、どうなったかも調べた」

 

 モーンは笑わなかった。

 

「だから私は、君が子供であることを一度も安全の理由にはしていない」

 

「それは何よりです」

 

 鬼太郎の声が、わずかに弾んだ。

 

 侮られているより、こちらの方がいい。

 

 モーンが片手を上げる。

 

 客席の後ろで、重い扉が閉じた。

 

 続いて左右の扉も閉まり、錠の下りる音がする。

 

 観客たちは逃げ道を塞がれたことを気にせず、舞台へ身を乗り出した。

 

 鬼太郎の真上で、布の擦れる音がした。

 

 吊られていた袋の一つが開く。

 

 大量の水が落ちてきた。

 

 頭から肩、上着、石床、封印鉄箱まで、一息に濡らす。

 

 鬼太郎は右手を上着の内側へ入れ、〈シュライク〉を水の直撃から庇った。

 

 足元を水が流れる。

 

 銀色の線を越え、鉄格子の外側にある排水溝へ吸い込まれていく。

 

 水を落とす仕掛けは、これで場所が分かった。

 

 ほかに何が残っているかは、まだ分からない。

 

 四方の高所で、術者たちが杖を構えた。

 

 正面右。

 

 左奥。

 

 残る二人も、今度は客席ではなく鬼太郎へ杖先を向ける。

 

 舞台裏で、サーシェスが煙幕へ指をかけた。

 

 まだ投げない。

 

 鬼太郎も、まだ撃たない。

 

 モーンが腕を下ろした。

 

「それでは始めよう」

 

 客席の視線が、濡れた檻の中へ集まる。

 

「今夜最後の演目――この子供は、どこまで壊せば死ぬのか」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。