神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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一歩を得るために

第57話 一歩を得るために

 

 鬼太郎は、〈ケストレル〉をホルスターへ戻した。

 ダンブルドアの目が、空いた右手へ移る。

 それを見届けてから、鬼太郎は左の指を一度曲げ、また開いた。

 

 同じ攻撃を、もう少し速く出す。

 それでは、あの足は動かない。

 知らない力を向けても、老人は見てから防ぎ方を選んだ。その次まで、こちらより早い。

 

 ならば、別々に防いでいたものを、重ねたらどうなるか。

 

「両手を使うつもりかね」

「これほど強い方へ試せる機会は、滅多にありませんから」

 

 口にしてから、自分の声が弾んでいるのが分かった。

 普通の相手なら、ここまでして確かめる前に倒れるか、逃げるかしてしまう。

 目の前の老人は、待っている。

 鬼太郎が何をするかを見るために、まだ杖をこちらへ突き出していない。

 

 右手を上げた。

 いつも銃を扱っている手だ。掌の前へ力をまとめると、左手で作る時とは違う所に、細かな力みが入った。

 

「アギ」

 

 赤い火が膨らんだ。

 すぐには、相手へ放たない。

 火を前へ送りながら、空いた左手を、その横へ差し出す。

 

「ザン」

 

 風が起こった。

 初め、火の縁が横へ裂けかけた。鬼太郎は右手で火を保ち、左の掌を斜めに傾ける。

 押し広げる風を、火の周りへ回す。

 自分の袖へ熱が戻り、頬が乾いた。

 

 火と風を、同じ場所へ出せば済むわけではなかった。

 右へ意識を寄せると風が膨らみ、左を絞ると火の流れが細くなる。どちらも手放さず、前へ向け直す。

 

 草が倒れ、砂が巻き上がった。

 回る風に引かれた炎が、その中を螺旋に走る。赤い筋が幾重にも重なり、人の背を越える火柱になった。

 鬼太郎は、両腕を前へ押し出した。

 

 火炎の竜巻が、草地を走った。

 

 ダンブルドアの白い衣が、向こうで見えなくなる。

 炎だけの時とは違う音だった。空気を巻き込む低い唸りに、砂と小石が打ち合う音が混じる。

 鬼太郎は歯を食いしばり、足を開いた。

 左だけを下げれば、風が崩れる。右を緩めれば、火が散ってしまう。

 

 ダンブルドアの杖先が、炎の向こうで光った。

 

 火の渦が、中央から裂けた。

 同時に、その左右で土が持ち上がる。外へ散ろうとした炎と砂は、反った土の面に沿って上へ流れた。

 鬼太郎は風を前へ送り続けたが、流れは老人の頭上へ抜けていく。

 白い髭が、再び見えた。

 

 老人の足は、苔の上にあった。

 動いていない。

 

 鬼太郎は、左手を下げた。

 回る風を止め、右から送り出していた火も途切れさせる。

 土の面に残った炎が細くなり、黒い草の上から煙が上がった。

 

 息を吸うと、喉が熱かった。

 右の掌が震える。左腕にも、重いものを持ち続けた後のような張りがある。

 火を一つ、風を一つ放った時とは違った。

 別々の流れを同時に保とうとした分、集中が削られていた。

 

 だが、空ではない。

 内側に残る力を確かめ、鬼太郎は一歩だけ横へ出た。

 膝は曲がる。足はついてくる。まだ銃も握れる。

 

「それを、何度使ったことがある?」

 

 ダンブルドアの声がした。

 

「今が、初めてです」

「そうじゃろうな。火より先に、君の肩が固まっておった」

 

 鬼太郎は、動いた土の面を見た。

 大きなものを出せば、相手の返す手も大きくなった。

 それでも、炎を受け止めて押し返すのではなく、通る先を変えられた。

 自分が支え続けるものを、相手は最後まで支え合ってくれない。

 

 煙が、二人の間に薄く残っていた。

 

 鬼太郎は右手で銃を抜いた。

 少し痺れた指を、握りへ合わせる。

 ダンブルドアの杖は、上へ抜いた風の方から戻ってくる。

 

 そこへ二発撃った。

 

 老人の手前で、弾が止まる。

 鬼太郎は、残る左手を低く向けた。狙うのは胸でも顔でもない。

 霜と焼けた草の境。老人の靴のすぐ脇だった。

 

「ジオ」

 

 細い雷が走った。

 ダンブルドアの杖が、地面へ下がる。

 そのままそこで止めることも、足元を別のものへ変えることもできたのだろう。

 老人は、右へ足を出した。

 

 一歩。

 

 雷は、今まで靴があった所へ落ち、短い光を残して消えた。

 鬼太郎は息を吐いた。口元が、勝手に持ち上がる。

 

「動いていただけましたね」

「君がそこへ狙うのを、見ておったよ」

「それでも、僕の攻撃に合わせた一歩です」

 

 ダンブルドアは、自分が立っていた所を見た。

 

「わしを倒す方は、どうなったかの」

「今の僕では、無理です。ですから、今日は別のものを取ることにしました」

「一歩のために、随分と使ったのう」

 

 右手の震えは、まだ止まらない。

 鬼太郎は、銃の握りをほんの少し深くした。

 

「使った分が、分かる形で残ったので。悪くありません」

 

 老人の目が、そこで初めて、足元から離れた。

 

「では、次はわしの番じゃな」

 

     ◆

 

 杖が上がった。

 鬼太郎は、ダンブルドアの手元を見ていた。

 光が来るとは限らない。足を取られた時も、先に動いたのは地面だった。

 左へ避けようとして、その先の草が立つのを見た。

 

 踏み出す前に止まる。

 反対へ回ると、足元から土の帯が持ち上がった。

 鬼太郎はそれを跳び越えた。

 着地する前から、次の帯が待っている。

 

 狙っているのは、今いる場所ではない。

 自分が次に足を置く場所だ。

 

 身体を捻り、片手を地面について転がった。

 土が袖を擦る。銃を持つ右手だけは上げたまま、膝を立てる。

 

 老人が、視界にいなかった。

 

 つい今まで立っていた場所には、煙と、盛り上がった土だけが残っている。

 鬼太郎は、銃口を上げたまま周囲を見た。

 

「同じ所で待つのは、もう終わりじゃ」

 

 声が、斜め上から来た。

 切り残された岩の上に、白い衣があった。

 いつ移ったのかを、鬼太郎は見ていない。

 

 岩の端が崩れた。

 落ちる破片へ羽が生え、小さな鳥の形になって飛び立つ。

 群れは、鬼太郎の顔と銃を目がけて来た。

 

 左手へ風を作りかけ、やめた。

 散らした先で、老人を見つけられるとは限らない。残る力を、目の前を一度空けるためだけに使いたくなかった。

 腕で顔を庇い、低く走る。

 石の翼が袖へ当たった。軽くはない。

 

 岩の陰へ抜けると、背後で靴音がした。

 

 振り向いて銃を構え直すより、身体が先に動いた。

 右手を開き、落ちる銃を足の甲で上へ送る。腰を返して回りながら、その握りをもう一度掴んだ。

 背後へ銃口が向く。

 

 肩に、鋭い張りが走った。

 

 引金を引く前に、胸へ何かが当たった。

 身体が浮き、草の上へ落ちる。受け身を取ったつもりでも、息が詰まった。

 

 右手に銃は残っていた。

 鬼太郎は片膝をつき、空気を吸った。

 

「今の動きも、昔のものかね」

 

 ダンブルドアは、少し離れた所に立っていた。

 

「……そうだと、思います」

 

 手順を考えて、できた動きではない。

 身体が覚えていた所へ、今の腕と足を置こうとした。

 だが、銃を掴んだ後に肩が遅れた。その一瞬で、老人の杖が先へ来た。

 

 鬼太郎は、もう一度立とうとした。

 土から伸びた帯が両足を押さえる。銃を向けようとする手首にも、硬いものが巻きついた。

 反対の手を動かす前に、そちらも止められる。

 

 物理的な拘束だった。

 パトラを使う相手ではない。

 焼くなら、自分の袖や腕も近すぎる。しかも、そこへ火を作り始める前から、老人の杖がこちらを向いていた。

 

 それでも、一つは残っている。

 鬼太郎は、相手の目へ意識を寄せた。

 

「プリンパ」

 

 僅かに残っていた力が、相手へ触れた。

 返ってきた感触は、今までの誰よりも固かった。

 顔も、杖も、乱れない。

 ダンブルドアは、そのまま近づいてきた。

 

「終わりじゃ」

 

 鬼太郎は、指の力を抜いた。

 続く何かを探しかけていた意識も、そこで止めた。

 

「分かりました」

 

 老人を見上げる。

 相手の息は、乱れていなかった。

 

「僕の負けです」

 

 杖が下がった。

 足と腕を押さえていた帯が崩れ、土へ戻る。

 鬼太郎は両手を動かし、銃口を地面へ向けた。

 身体の自由が戻っても、もう相手へは向けなかった。

 

     ◆

 

 キーノが来たのは、透明な防壁がなくなってからだった。

 鬼太郎は座ったまま、銃へ入った土を払っていた。

 

「肩は?」

「少し、捻ったようです」

「動くかどうかを聞いてない。痛いのか」

「痛みはあります」

 

 彼女は手を伸ばしかけ、鬼太郎が右腕を動かすのを見て止めた。

 代わりに水を渡してくる。

 鬼太郎は銃を安全な向きへ置き、左手で受け取った。

 

「あの火の渦、前にやってたのか」

「いいえ。両手なら、風を保ちながら火を送れるかと」

「やれるかもって思って、あれか」

 

 サーシェスが、焼けた草を靴で避けてきた。

 

「相手が悪かったな。もう少し使える奴なら、慌てるくらいはしただろうぜ」

「そういう相手に試すと、途中で終わってしまいますから」

 

 鬼太郎は、水を一口飲んだ。

 両腕の重さは残っている。特に右は、火を作り続けた負担と、最後の動きで捻った痛みとが別に分かった。

 それでも、手を開いたり閉じたりはできた。

 

「もう、同じことはできませんね」

「今日は、だな」

 

 キーノが言うと、鬼太郎は頷いた。

 

「ええ。今日は」

 

 彼女は溜息をついたが、取り上げようとはしなかった。

 鬼太郎は、水筒を返した。

 その手が震えているのを見てから、ようやく、随分使ったのだと思った。

 

 ダンブルドアは、倒れた草の間に立っていた。

 

「攻撃を合わせる考えは悪くない。じゃが、初めての組み方へ、その場で残りを注ぎ込みすぎじゃ」

「少しは、残していましたよ」

「見ておった。だから、倒れなかったことだけを注意しておるのではない」

 

 老人は、鬼太郎の右肩を示した。

 

「両手を使えば、その間は銃を使えん。火と風を保つことへ意識を取られれば、足も止まる。わしが待たずに攻めていたら、どうするつもりだったかね」

 

 鬼太郎は、渦を作った場所を見た。

 両足で、深く草を踏んだ跡がある。

 

「途中で、崩されていましたね」

「気づいたなら、次にどう変えるかを考えられる」

 

「両手を使うこと自体が、悪いわけではありませんよね」

「悪くはない。じゃが、片手でできておったことを二つ並べても、そのまま扱えるとは限らん。今の君は、風へ気を取られると、火を持つ肩へ力が入る」

 

 鬼太郎は右手を開いた。

 利き手だから、火もこちらで支えればよいと思っていた。実際に細かく変えようとすると、普段、空けた左手でしていることとは違った。

 左の風も同じだ。単独なら振り抜ける動きを、火を散らさない所で保たねばならない。

 

「片方を出したら、もう片方を見る。そうなっていたんですね」

「君の目が、何度も自分の手へ戻っておった。相手を見る時間も、使っておるのじゃよ」

 

 鬼太郎は、相手の杖から視線を外した時を思い返した。

 渦を形にすることへ夢中になり、老人の足を見直せたのは、火が届いてからだった。

 防ぐために何をしたのかさえ、炎が裂けるまで分からなかった。

 うまく回った、というだけで済ませていたら、次も同じように見失う。

 

 ダンブルドアは、すぐ答えを続けなかった。

 鬼太郎がその跡から顔を上げるまで待つ。

 

「それでも、強い火を出せば届くと決めつけず、途中で目標を変えた。勝てないと分かった後も、見て考えることはやめなかった」

「何も得ずに終えるのは、惜しかったので」

「そして、終わりと言われて止まった」

「約束しましたから」

 

 老人は、少しだけ目を細めた。

 

「教えよう」

 

 鬼太郎は、銃から手を離した。

 

「まずは見ること、防ぐこと、退くことじゃ。君の頭にある動きと、今の身体の違いも確かめる。どう使うかは、教える間も見せてもらう」

「ありがとうございます」

 

 立ち上がると、脚に少しだけ力が要った。

 だが、支えは求めずに済んだ。

 鬼太郎は、老人が最初に立っていた場所を見た。

 そこから動いたのは、たった一歩だ。

 その先で、相手が自分から動き始めると、ほとんど何もさせてもらえなかった。

 

 それが、嬉しかった。

 

「今度は、動き出してからも追えるようになりたいですね」

「負けたばかりで、もう次か」

 

 キーノの声に、鬼太郎は振り向いた。

 

「ええ。次に覚えることが、随分ありますから」

 

 ダンブルドアが、杖を長衣へ戻した。

 

「ただし、わしが毎日来るとは思わんように。入学前に、日を空けて数回。入学してからも、君一人へ付ききりにはなれん」

「教わったことを、次までに試す時間は必要でしょう」

「試すことと、自分を壊すことは分けなさい」

 

 鬼太郎は、上げかけた右腕を下ろした。

 キーノが、それを見ていた。

 

「日程は、先に知らせる。学校の条件も調べて、返事を持ってくる。今日聞いたことを、正式に認めたつもりにはならんように」

「そこは、待ちます」

 

 鬼太郎は頷き、それから、もう一つだけ尋ねた。

 

「僕がもっと強くなった後、今度は全て使って戦っていただけますか」

 

 ダンブルドアの顔から、笑みが薄れた。

 

「訓練の話では、なさそうじゃな」

「ええ」

「それは約束せん。わしには学校があり、守るべき者がおる。強さを比べる楽しみのために、自分か君のどちらかが死ぬところまで付き合うつもりはない」

 

 鬼太郎は少し考えた。

 怖いから断る、と言われたのではない。

 別に優先するものを持ち、そのために力を残すという返事だった。

 

「分かりました。理由があるなら、無理には」

「そこは、聞き入れてくれるのじゃな」

「お願いを聞いていただくことと、何でも聞いていただくことは違いますからね」

 

 ダンブルドアは何か言いかけ、やめた。

 サーシェスの口元が、また歪んだ。

 

「爺さん。教え甲斐はありそうだな」

「君も含めて、頭痛の種は尽きんようじゃ」

 

 銃をしまい、帰り道では、鬼太郎は右腕をあまり振らずに歩いた。

 右肩を休ませながら、どの動きで遅れたかを思い返す。

 砦の門が見える頃、老人が歩調を合わせてきた。

 

「今日は、紙に残して休むことじゃ。身体でやり直すのは、回復してから」

 

 鬼太郎は、もう一度だけ肩へ触れた。

 手順だけなら、今も頭の中で追える。

 それを今の腕でできるようにするには、まだ別の仕事がある。

 

「では、書く所から始めます」

 

 門をくぐると、ヴェリナが水場の掃除は終わったと知らせた。

 鬼太郎は礼を言い、借りた場所の後片づけについて話した。

 机に戻ったら、まず書いておきたいことがあった。

 

 最初の行は、火の大きさではない。

 両手を使った時、自分の足が止まっていたことだった。

 

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