神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

6 / 194
小鳥の初猟

第5話 小鳥の初猟

「火を消せ」

 

 ペタルの声で、鬼太郎は左手へ目を戻した。

 

 掌に灯した炎を消すと、〈シュライク〉を照らしていた赤い光も消えた。

 

「ここを燃やす気か」

 

「そのつもりはありませんよ」

 

「それでも燃えたら、同じことだ」

 

 鬼太郎は反論せず、左手を下ろした。ようやく出来上がった銃を、作った場所ごと失うつもりはなかった。

 

 ペタルは作業台の下から革の帯を取り出した。鬼太郎の腰へ回し、右腰の少し前に、銃の入る部分を合わせる。

 

「歩け」

 

 鬼太郎は作業台を回った。銃は脚へ当たらず、上着を下ろせば隠れた。

 

 抜こうとすると、裾へ引っかかった。

 

 足を止めて抜き直す。今度は出たが、握りが浅い。

 

 ペタルは手伝わなかった。

 

「撃つ相手は待たんぞ」

 

「練習相手くらいは、待っていただけると助かります」

 

 鬼太郎は銃を戻し、もう一度やり直した。

 

 覚えている動きのとおりにすると、腕の長さが足りなかった。銃を置く位置も、裾を払う手の高さも違う。急いで昔の速さへ戻そうとするほど、指がずれた。

 

 少しずつ、引っかかるところを直す。

 

 やがて抜いた直後に握り直す必要がなくなったころ、ペタルが弾薬の箱を持ってきた。

 

「これは銃の代金に入っていない」

 

「おいくらです?」

 

 金額を聞き、鬼太郎は財布を開いた。残りは多くなかった。それでも、銃だけ持っていても役には立たない。

 

 買った弾を鞄へ入れると、ペタルが言った。

 

「全部、練習で使うな」

 

「仕事の分を残せ、ということですね」

 

「それと、撃つ必要のないときに撃つな。金も減るし、人も来る」

 

「来てほしい方を選べるとよいのですが」

 

「選べるなら、誰も困らん」

 

 鬼太郎は箱の蓋を閉めた。

 

     ◆

 

 試射場では、初めの数発はよく当たった。

 

 だが、続けて撃つと穴の位置が右上へ離れた。狙った場所は変えていない。右腕が重くなり、銃口を戻すたび、少しずつ違うところで止まっていた。

 

「終わりだ」

 

 ペタルに言われ、銃を下ろす。

 

「まだ撃てますよ」

 

「何発目からずれた」

 

 鬼太郎は標的を見直した。撃った順番を思い出し、最初に外れた穴を指す。

 

「なら、その前に腕を休ませろ」

 

「実戦の途中でも?」

 

「隠れろ。当たらない弾を撃って、自分の場所を教えたいなら続けろ」

 

 鬼太郎は右手首へ触れた。

 

 記憶の中では、こんなに早く痛まなかった。だが、痛みを無視しても、標的の穴が中央へ戻るわけではなかった。

 

 別の日には、走ったあとに撃った。

 

 照準は呼吸に合わせて揺れ、息を止めても落ち着かない。銃を持ち続ければ、狙う前から腕が疲れた。

 

 鬼太郎は走り終えると壁の陰へ入り、銃を下ろした。相手の位置を確かめ、撃つときだけ構える。

 

 一発撃って、また隠れる。

 

 その合間に、左手を使うことも試した。

 

「アギ」

 

 奥の木片へ火球が当たる。同時に右手の銃を構えると、左肩の動きに引かれ、狙いが大きく逸れた。

 

 逆の順番でも同じだった。二つを同時に扱っていた記憶はあるのに、今の身体では片方へ引かれる。

 

 鬼太郎は銃を下げ、燃える木片を見た。

 

 火を避けて動く相手なら、行く先は限られる。

 

 炎を放ち、そのあとで構えればよい。

 

 今度は、火を放ってから左手を下ろした。右手の照準は、炎の脇に置いた標的へ向ける。

 

 銃声が一つ響いた。

 

 紙の端へ穴が開く。もう一度やれば、もう少し近づけられそうだった。

 

     ◆

 

 買い手に呼ばれたのは、その数日後だった。

 

 机の上に、男二人の写真が置かれている。鬼太郎は顔を見て、すぐに分かった。

 

 帳簿を取り戻した工場から、生きて逃れた二人だった。

 

「あれから、私の倉庫と部下について嗅ぎ回っている」

 

 買い手が言った。

 

「帳簿を探しているのですか?」

 

「それだけじゃない。仲間を焼かれ、隠れ場所も潰された」

 

「随分と嫌われたようですね」

 

「お前もだ」

 

 鬼太郎は写真を机へ戻した。

 

 買い手は、使われなくなった貨物集積所の場所を示した。二人はそこで、武器と協力者を集めている。

 

「前の仕事は帳簿の回収だった。今回は、あの二人を消せ」

 

「お二人だけでよいのですね?」

 

「二人の死を確認できれば終わりだ。ほかは邪魔なら好きにしろ。逃げた者を追う必要もない」

 

 鬼太郎は報酬を確かめた。弾薬を買い直し、食事と寝床代を払っても、手元に残る。

 

 しかも、相手は自分の居場所を探している。

 

「お受けします」

 

「銃を手に入れたからか?」

 

「報酬が必要ですから。それに、捜される場所で待つより、こちらから伺う方がよいでしょう」

 

 写真を鞄へ入れ、鬼太郎は席を立った。

 

「終わったら、あなたの部下が確かめるのですか?」

 

「お前に死体を運ばせる気はない。場所を知らせろ」

 

「報告だけでは、お支払いいただけないのですね」

 

「お前なら、確かめずに払うか?」

 

「いいえ」

 

 鬼太郎は写真を入れた場所を押さえた。二人の顔と、頼まれた範囲は覚えた。帳簿のときと違い、今回は相手を倒すこと自体が仕事になる。

 

     ◆

 

 夜の貨物集積所には、古い貨車が並んでいた。

 

 使われなくなった線路の間から草が伸びている。奥の倉庫にだけ灯りがあり、正面の扉脇で煙草の火が動いた。

 

 鬼太郎は貨車の陰を通り、倉庫の横へ回った。

 

 窓から中を覗くと、写真の二人と、知らない男三人がいた。机には銃と弾薬が並んでいる。

 

 外の見張りを含めて六人。

 

 鬼太郎は貨車の陰へ戻り、腰の〈シュライク〉へ手を添えた。出発前に弾は確かめてある。上着の裾も、抜くときに引っかからない。

 

 だが、ここには狙った場所で待ってくれる紙の標的はいない。

 

 相手の一人を見ている間にも、残る五人は動ける。撃てる銃を持ったからといって、その全員が同じ方向から来るわけではなかった。

 

 鬼太郎は、倉庫だけを見続けず、貨車の間に残る通り道へ目を向けた。

 

 裏口の前には人がいなかった。だが、そこから入れば、銃声を聞いた見張りに背後を取られるかもしれない。

 

「あのガキは、見つけたら殺す」

 

 中から声がした。

 

「火を出す前に撃てばいい」

 

 鬼太郎は窓から離れた。

 

 相手も、先の戦いで覚えたらしい。その考えは正しかった。

 

 違うのは、今の鬼太郎も、火を出す前に撃てることだった。

 

 正面へ回ろうとしたとき、靴の下で小石が鳴った。

 

「誰だ」

 

 煙草の火が地面へ落ちた。

 

 鬼太郎は貨車の角へ寄った。遠ざかるには音を立てる。見張りはもう、こちらへ向かっていた。

 

 男が角を曲がり、視線を下げた。

 

「子供?」

 

 足が止まる。

 

 鬼太郎は動かなかった。男の右手と、その上着の膨らみを見ていた。

 

「お前……火を出すっていう、あのガキか」

 

「おそらく、僕のことでしょうね」

 

 男の顔から、笑いかけた気配が消えた。

 

「動くな」

 

 右手が上着の内側へ入る。

 

 鬼太郎は裾を払い、〈シュライク〉を抜いた。

 

 男の手が銃をつかんだときには、銃口が向いていた。

 

 引き金を絞る。

 

 男の身体が後ろへ揺れ、線路脇へ倒れた。

 

 鬼太郎は照準を外さず、その手が動かないことを確かめた。紙の標的へ撃ったときと、手に返る反動は変わらない。

 

 その先で起きることも、覚えているとおりだった。

 

「外だ!」

 

 倉庫の中から声が上がった。

 

 鬼太郎は貨車の陰へ下がった。

 

 直後、側面へ弾が当たった。金属の音が響き、反対側からも足音が近づいてくる。

 

 正面へ出た男と、裏から回った男がいる。

 

 鬼太郎は低い姿勢で貨車の間を抜け、隣の線路へ移った。背後の砂利が弾ける。

 

 隣の貨車の陰へ入り、顔を出した相手へ一発撃った。

 

 男は身を引いた。当たっていない。

 

 鬼太郎も隠れた。先ほどまで頭のあった場所を弾丸が通り、車輪の向こうで靴音がする。

 

 もう一人が近い。

 

 銃を下げ、右腕を休ませながら待った。

 

 貨車の端から、男の銃口が出た。続いて顔が見える。

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を上げた。

 

 一発目が肩へ当たり、相手の銃声が頭上へ逸れた。鬼太郎は二発目を撃った。

 

 男が倒れる。

 

 右手首に痛みが走った。短い間に構え直し、反動を受けている。照準を戻すのに、試射場より時間がかかった。

 

 もう一度構えてみたが、先端が細かく揺れた。暗い貨車の向こうへ撃っても、当たると思えなかった。

 

 鬼太郎は腕を下ろした。練習で外した穴が、右上へ並んでいたことを覚えている。今、同じことを確かめる相手は、外れたと分かれば撃ち返してくる。

 

「撃たなくなったぞ!」

 

「回り込め!」

 

 声に続いて、二人分の靴音がした。

 

 鬼太郎は右手を下げたまま、左手を開いた。

 

 倉庫の脇に、壊れた木製の荷台が積まれている。男たちがこちらへ来るには、その前を通る必要があった。

 

「アギ」

 

 火球が板を砕き、炎が広がった。

 

 一人が驚いて足を止めた。もう一人は火から離れ、貨車の間へ飛び込んできた。

 

 鬼太郎は左手を下ろした。

 

 休ませていた右腕を上げる。先ほどまで誰もいなかった隙間へ、男の上半身が現れた。

 

 狙いを追いかける必要はなかった。

 

 銃声とともに男がよろめき、貨車へぶつかって倒れた。

 

 鬼太郎は再び隠れた。右手を握り直す。

 

 火と銃を同時に放つことは、できなかった。

 

 だが、火を避けてくる相手を、銃で待つことはできた。

 

 炎の向こうで、誰かが走った。

 

 倉庫へ戻るのではない。反対の線路へ飛び出し、そのまま暗闇へ遠ざかっていく。

 

 写真の二人ではなかった。

 

 鬼太郎は追わず、倉庫を見た。

 

 依頼の相手は、まだ中にいた。

 

     ◆

 

 裏口は開いていた。

 

 鬼太郎は扉の脇へ立ち、中の音を聞いた。荒い呼吸が二つ。机か何かを動かす音もした。

 

「聞こえますか?」

 

 物音が止まった。

 

「その声……工場にいたガキか!」

 

「ええ。先日はお世話になりました」

 

 銃声が返ってきた。

 

 扉へ穴が開く。鬼太郎は壁へ身体を寄せたまま動かなかった。

 

「今度は銃まで持ってやがるのか!」

 

「買い手か。いくらで雇われた!」

 

「気になりますか?」

 

「倍払う。金ならある!」

 

 鬼太郎は、扉の下へ伸びる影を見た。一人が壁沿いに近づいている。

 

「先にお受けした依頼がありますので」

 

「あのときは、俺たちを殺さなかっただろう!」

 

「あのときは、帳簿を取り戻す仕事でした」

 

 影が近づく。鬼太郎は銃を上げた。

 

「今回は、お二人を殺す仕事です」

 

 男が扉から飛び出した。

 

 鬼太郎は引き金を絞った。胸へ当たっても、男の手は銃を向けようと動いた。

 

 二発目で、男は後ろへ倒れた。

 

 鬼太郎の右腕が震えた。銃を下げ、息を吐く。

 

「来るな!」

 

 最後の一人が倉庫の奥で叫んだ。

 

 鬼太郎は入口から中を見た。写真と同じ男が、裏の窓へ向かっている。足元に散らばったものを蹴り、振り返った。

 

 男の手に銃があった。

 

 鬼太郎の右腕は、すぐには上がらなかった。

 

 左手を向ける。

 

「アギ」

 

 男の胸で火が弾けた。

 

 銃が床へ落ち、男は燃える服を叩きながら転がった。鬼太郎は近づかず、外へ戻る扉を背に待った。

 

 声が弱まり、動きが止まる。

 

 火が弱まってから、顔と呼吸を確かめた。写真の男で間違いない。

 

 入口へ倒れた男も動かなかった。

 

 依頼は終わった。

 

 机の上には、残った銃や弾薬があった。男たちの上着には金もあるだろう。

 

 鬼太郎は触れなかった。誰から奪い、どんな仕事に使ったものか分からない。拾ったものを調べるために、ここへ留まるつもりもなかった。

 

 外へ出ると、荷台の炎がまだ貨車の側面を照らしていた。

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を収め、留め具をかけた。

 

 右手首を回すと痛んだ。指は動くが、同じ戦いをもう一度できるとは思えなかった。

 

 買い手の部下が確認に来ることになっている。

 

 鬼太郎は倉庫を離れた。

 

     ◆

 

 夜明け前、逃げた男は酒場へ駆け込んだ。

 

 煤のついた服を見た者たちが顔を上げる。男は水ではなく酒を求め、注がれたものを一息で飲んだ。

 

「ガキだ」

 

「何の話だ」

 

「あいつらを殺したのは、ガキだった」

 

 笑った者もいた。

 

 だが、小さな銃を抜いた、手から火を出したと話す男の指は、杯を持ったまま震えていた。

 

「追ってきたのか?」

 

「来なかった。最初から、あの二人を殺しに来たんだ」

 

 その場で話を聞いた者が、翌日、別の場所で同じ話をした。

 

 火を出す子供と、その手に収まる小さな銃。

 

 まだ名前は知られていなかったが、何をしたかを語る者は増えた。

 

     ◆

 

 買い手の事務所へ通されたのは、確認に向かった部下が戻ってからだった。

 

「二人とも死んでいた」

 

 机へ報酬が置かれる。

 

「ほかにも三人。逃げたのが一人いるな」

 

「依頼のお二人ではありませんでしたから」

 

「噂は残るぞ」

 

「僕を捜して仕事を持ってきてくださるなら、助かりますね」

 

「お前を殺しに来るかもしれん」

 

「その方とは、条件が合わなさそうです」

 

 買い手は鬼太郎の顔を見たあと、右手へ視線を落とした。

 

「銃はどうだった」

 

「よく当たります」

 

「なら、不満はないな」

 

「銃にはありませんよ」

 

 鬼太郎は左手で紙幣を押さえ、右手で数えた。指を曲げるたび、手首の奥が痛んだ。

 

 約束された額は揃っていた。

 

 その日のうちに作業場へ行くと、ペタルは鬼太郎を一目見て、椅子を引いた。

 

「撃ったな」

 

「分かりますか?」

 

「銃とお前から、火薬の臭いがする」

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を取り出し、弾が残っていない状態にしてから渡した。ペタルは自分でも確認し、作業台へ置く。

 

「何発撃った」

 

 鬼太郎は数を答えた。外れた一発も、続けて撃ったところも覚えていた。

 

 ペタルに右手を取られ、手首を曲げられた。

 

 痛むところで、指が止まる。

 

「しばらく撃つな」

 

「次の仕事が来るかもしれません」

 

「その手を壊せば、その次はない」

 

 鬼太郎は口を閉じた。

 

 ペタルが銃を開く音がした。手元を見ると、初めて持った日にはなかった汚れが、部品についていた。

 

「銃も休ませた方がよいのですか?」

 

「汚れを落とせば動く。お前の手は、拭いても治らん」

 

「不便ですね」

 

「作った銃より、使う人間の方が面倒なことはよくある」

 

 鬼太郎は少し笑った。

 

「では、そちらのお世話もお願いできますか。身体を大きくするには、何を食べればよいのでしょう?」

 

 ペタルが顔を上げた。

 

「俺は銃職人だ」

 

「僕より大きいでしょう?」

 

「大人はみんな、お前より大きい」

 

「でしたら、どなたに聞いても今よりはよい答えが得られそうですね」

 

 ペタルは鬼太郎を見ていたが、やがて布と部品を一つ渡した。

 

「まず、これを磨け」

 

 鬼太郎は左手で部品を押さえた。右手は動かす角度を選び、ゆっくりと布を滑らせる。

 

 新しく手に入れたものを使って、仕事を終えた。

 

 次に使うまでに、銃は整えればよい。

 

 自分の身体をどう整えるかは、まだ聞いておかなければならなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。