神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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森は、値札を選ぶ

 

第六十八話 森は、値札を選ぶ

 

 最初に運び出されたのは、石でも木でもなかった。

 

 砦の外へ並べてあった密猟者の死体を、森トロールが二体ずつ肩へ担ぐ。

 

 アラクネは残る一体へ糸を巻き、手足が地面へ引っかからないよう束ねた。

 

 その横では、鬼太郎とキーノが所持品を分けている。

 

 銃。

 

 杖。

 

 弾薬。

 

 眠り薬と解毒薬。

 

 硬貨の入った袋。

 

 森へ仕掛けた罠の位置を書いた紙。

 

 売却した素材と買い手を記した帳簿。

 

「服まで剥ぐのか」

 

 キーノが、泥と血で汚れた外套を摘まんだ。

 

「隠し物があるかもしれません」

 

「これは?」

 

 内側の縫い目を裂くと、薄い銀貨が二枚落ちた。

 

「確認は必要ですね」

 

「嬉しそうに言うな」

 

 使える衣服は洗う。

 

 売れる物は保管する。

 

 それ以外を死体と一緒にどう処理するかは、森の者へ任せた。

 

 アラクネが糸を引く。

 

「所持品は、これで全てか」

 

「ええ。運んでいただいて構いません」

 

「森へ戻す。食べる者もいれば、骨を使う者もいる」

 

 キーノの手が止まった。

 

 しかし、何も言わなかった。

 

 埋めたところで、土の下では別の生き物が食べる。

 

 焼けば灰になる。

 

 少なくとも、死んだ後まで檻へ入れておくわけではない。

 

 森トロールが門を出る。

 

 アラクネも、その後へ続いた。

 

 密猟者が残した物だけが、中庭の布の上へ並んでいた。

 

「約束した通りですね」

 

 鬼太郎が言う。

 

 近くで門の金具を調べていたゴブリンが、顔も上げずに答えた。

 

「一度守っただけだ」

 

「では、二度目も守りましょう」

 

「三度目は」

 

「必要であれば」

 

 ゴブリンはそこで初めて鬼太郎を見た。

 

「その答えなら、まだ信用できる」

 

     ◆

 

 砦の修繕が始まって三日目。

 

 二階の屋根には、アラクネの糸を芯にした防水布が張られた。

 

 小人が割れた石を外し、森トロールが運んだ石材へ置き換えていく。

 

 川から主棟へ水を引く溝も、半分まで掘られていた。

 

 北壁は、まだ崩れたままだ。

 

 鬼太郎は壁の内側へ、細い杭を並べていた。

 

「それは何だ」

 

 背後から、キーノの声がした。

 

「仮の防壁ですよ。崩れた場所から入った者の足を止めます」

 

「先に台所の棚を作るって話だっただろ」

 

「ゴブリンの方が金具を作っています」

 

「お前が作る棚だ」

 

「僕より上手な方がいるのでは?」

 

「逃げるな」

 

 キーノは杭を一本抜いた。

 

 先端は鋭く削られている。

 

「それに、これは足を止める形じゃない。刺す形だ」

 

「両方できます」

 

「片づけろ」

 

「侵入者が来た場合は?」

 

「その時は、お前とサーシェスがいる」

 

「僕たちがいない時もありますよ」

 

「なら、門を先に直せ!」

 

 離れた場所で蝶番を削っていたゴブリンが、低い声を上げた。

 

「明日には閉まる」

 

「だそうですよ」

 

「だから今日は棚を作れ」

 

 鬼太郎は杭を見た。

 

 次に、主棟の壁際へ積まれた板を見る。

 

「棚の裏に杭を隠すのは」

 

「駄目だ」

 

 返事が早い。

 

 サーシェスは見張り塔の上から、そのやり取りを眺めていた。

 

「坊主。諦めろ。小娘は、お前が何を作ろうとしても見つけるぞ」

 

「あんたも手を動かせ!」

 

「俺は見張りだ」

 

「笑うのが仕事か」

 

「敵が来ねえと暇なんでな」

 

 その言葉が終わる前に、空から翼の音が落ちてきた。

 

 若いズメイが中庭へ降りる。

 

 着地した勢いで土埃が上がった。

 

「北の谷に、人間が三人」

 

 サーシェスの笑みが変わった。

 

「暇が終わったな」

 

 鬼太郎は杭を置き、〈ケストレル〉へ手を伸ばした。

 

「何をしていました?」

 

「巣の近くへ罠を置いた。肉に薬を塗っている」

 

 ズメイの尾が、苛立ったように地面を打つ。

 

「子供を狙ってる」

 

「場所を案内してください」

 

「私も戦う」

 

「巣を空ける必要はありません。逃げた者が向かうかもしれませんから」

 

 ズメイが鬼太郎を睨んだ。

 

 自分の縄張りへ入った敵を、自分で殺したいのだろう。

 

「一人も、そちらへ行かせませんよ」

 

 鬼太郎は柔らかく笑った。

 

「約束します」

 

     ◆

 

 三人の侵入者は、戦う相手を人間だと思っていなかった。

 

 木の根元へ置かれた肉。

 

 細い道を塞ぐ二つの罠。

 

 枝へ掛けた網。

 

 谷の奥には、幼いズメイが飛び立つために使う岩場がある。

 

 男たちは岩の陰へ隠れ、眠り薬が効くのを待っていた。

 

 一人目は、立ち上がる前に倒れた。

 

 鬼太郎の弾丸が、木の幹へ預けていた頭を貫く。

 

 二人目が杖を抜く。

 

 狙う先は、銃声のした正面だった。

 

 横から響いた別の銃声が、その腕を砕いた。

 

 サーシェスは一発目で仕留めなかった。

 

 男が地面へ落とした杖へ手を伸ばす。

 

「まだやるか?」

 

 声のした方へ顔を向けた瞬間、二発目が胸を貫いた。

 

 三人目は逃げた。

 

 巣の方角ではない。

 

 自分たちが来た道へ走り、途中で足を取られた。

 

 罠を仕掛けるために掘り返した土が、踏み込んだ足の下で崩れる。

 

 転倒した男が振り向いた時には、鬼太郎が立っていた。

 

「待て。俺は雇われただけだ」

 

「誰に?」

 

「町の仲買人だ。鱗を持ち帰れば金を――」

 

 男の手が、腰の短銃へ近づいた。

 

 鬼太郎は、その手が握るまで待たなかった。

 

 銃声が谷へ響く。

 

 鳥が枝から飛び立ち、すぐに森は静かになった。

 

「弱えな」

 

 サーシェスが死体の杖を拾う。

 

「獣を眠らせて、檻へ入れることしか考えていませんでしたからね」

 

「仲買人の名前は聞かなくてよかったのか」

 

「手紙を持っています」

 

 鬼太郎は男の上着から、折り畳まれた紙を抜いた。

 

 受け渡しの場所と時刻。

 

 求める鱗の大きさ。

 

 生きた幼体なら、追加で払うという一文。

 

 署名はない。

 

「次は、こちらから会いに行けそうですね」

 

 鬼太郎の笑みを見て、サーシェスも歯を見せた。

 

     ◆

 

 死体を砦へ持ち帰る必要はなかった。

 

 武器と鞄、手紙、硬貨だけを回収する。

 

 連絡を受けたアラクネが、日が落ちる前に三体を糸で包んだ。

 

 戦利品は森トロールが砦へ運ぶ。

 

 処理する物と、持ち帰る物。

 

 最初に決めた通りだった。

 

 その日の夜、若いズメイが砦へ来た。

 

 大きな翼の下から、小さな頭が一つだけ覗いている。

 

 幼体は鬼太郎たちを警戒し、すぐに隠れた。

 

「罠は全部壊した」

 

 若いズメイが言う。

 

「人間も戻らない」

 

「三人とも排除しました」

 

「聞いた」

 

 ズメイは前脚の爪で、小さな包みを押し出した。

 

 中には、青緑色の鱗が六枚入っている。

 

「抜けたものだ。子供から剥いだものじゃない」

 

「対価ですか?」

 

「借りを残しすぎるなと、ゴブリンが言った」

 

「よい判断ですね」

 

 鬼太郎は鱗を光へ翳した。

 

 薄いが、刃物で傷をつけても表面が白くなるだけだった。

 

 素材として使える。

 

 売ることもできる。

 

「お前が狩らないなら、また持ってくる」

 

「必要な分を、決めた対価としていただきましょう」

 

 ズメイは頷き、幼体を連れて飛び去った。

 

 キーノは、鬼太郎の手に残った鱗を見る。

 

「守った相手から、結局は素材を取るんだな」

 

「無理に剥ぐのと、抜け落ちたものを受け取るのは違いますよ」

 

「分かってる。だから余計に上手くできてる」

 

「褒めていただけるとは」

 

「褒めてない」

 

     ◆

 

 それから、森へ入った人間が全て死んだわけではない。

 

 薬草を採りに来た老魔法使いは、許可された場所を越えなかった。

 

 道を失った二人の若者は、罠も檻も持っていなかった。

 

 彼らは森の外へ追い返された。

 

 一方で、毒を塗った矢を持ち込んだ者は戻らなかった。

 

 ヴィーラを誘い出そうと、怪我人のふりをした者も同じだった。

 

 森の者が知らせる。

 

 鬼太郎たちが確かめる。

 

 敵であれば排除し、戦利品を砦へ運ぶ。

 

 死体は森へ渡す。

 

 繰り返すうちに、契約は言葉ではなくなった。

 

 屋根の穴が塞がる頃には、砦へ持ち込まれる物も増えていた。

 

 アラクネの糸。

 

 ズメイの抜けた鱗。

 

 ヴィーラが集めた薬草。

 

 ゴブリンが坑道で得た、量の少ない金属。

 

 全て、誰から何を受け取ったか記録した。

 

 キーノが記録をつけ、鬼太郎が用途と価値を分ける。

 

 だが、砦へ積むだけでは物資にならない。

 

 森の外で売り、必要な物へ替える者がいる。

 

 その候補が、自分からやってきた。

 

     ◆

 

 四人の密猟者が倒れた後も、一人だけ地面へ伏せたまま動かなかった。

 

 両手は頭の後ろ。

 

 杖は、自分から三歩先へ放り出してある。

 

 身につけているのは、森を歩くための服ではない。

 

 泥のついていない革靴。

 

 裾の長い上着。

 

 腰には金貨を数えるための小さな秤。

 

「撃たないでくれ」

 

 男は顔を上げずに言った。

 

「私は狩っていない」

 

「狩らせてはいましたね」

 

 鬼太郎が答える。

 

「買うだけだ。必要だと言う客がいて、捕る人間がいる。私は間を繋いでいるだけだ」

 

「では、あなたがいなければ、この方々も来なかったのでは?」

 

 返事がない。

 

 サーシェスが倒れた男の鞄を開けた。

 

 中には保存用の箱と、注文を書いた紙が束になっている。

 

「生きたヴィーラ。ズメイの卵。トロールの血。アラクネの毒」

 

 一枚ずつ読み上げる。

 

「随分と欲張りな買い物だな」

 

「私の注文じゃない!」

 

「ですが、代金は受け取る」

 

 鬼太郎は男の前へしゃがんだ。

 

「お名前は?」

 

「ボリス・マルコフ」

 

「本名ですか?」

 

「調べてもいい。本名だ」

 

 男――ボリスの声は震えていた。

 

 だが、黙り込まずに答える。

 

 生き残るために、自分が何を差し出せるか考えている。

 

「どこで売っています?」

 

「ソフィア。プロヴディフ。国境を越える品は、セルビアやルーマニアにも流す。英国から来る買い手もいる」

 

「魔法界の品を仕入れることは」

 

「できる。本、薬、道具。禁制品は値段が上がるが、伝手はある」

 

「情報は?」

 

「何が欲しい」

 

「この森の品を欲しがる方。森へ入る予定の方。魔法界で起きていること。それから、裏で大きな金が動く仕事です」

 

 ボリスが、僅かに顔を上げた。

 

「私を使う気か」

 

「あなたが使えるのであれば」

 

「何をすれば、生かしてもらえる」

 

 鬼太郎は条件を一つずつ伝えた。

 

 自分で森の生き物を狩らない。

 

 狩る者を雇わない。

 

 許可なく砦や、森の者の住処へ近づかない。

 

 決めた日に、森の外の指定場所へ来る。

 

 渡された素材を複数の市場で売る。

 

 誰が何を欲しがったかを記録する。

 

 森へ来ようとする者の情報を先に渡す。

 

 頼まれた物資は、支払った金額の範囲で調達する。

 

「売上は?」

 

 ボリスが尋ねる。

 

「あなたが受け取って構いません」

 

「全部か」

 

「ええ。僕たちが頼んだ品の購入費は、別に渡します」

 

 ようやく、ボリスが鬼太郎の顔を正面から見た。

 

「何のために」

 

「定期的に戻ってきていただくためです」

 

 鬼太郎は、ズメイの鱗を一枚取り出した。

 

「危険を冒さず、本物の品を無料で受け取れる。売れば全てあなたの利益になる。代わりに、情報と流通経路を提供していただく。悪い条件ではないでしょう?」

 

 ボリスは鱗を見た。

 

 偽物を疑い、指先で縁をなぞる。

 

 秤へ載せる前に、本物だと理解した顔になった。

 

「一度受け取って、戻らなかったら?」

 

「あなたの名前も、売り先も聞きました」

 

「脅しか」

 

「確認です」

 

 ボリスは、倒れている四人を見た。

 

 確認の意味を尋ねはしなかった。

 

「森に価値があるという噂も流してください」

 

 キーノの目が細くなった。

 

 ボリスも、すぐには頷かない。

 

「ここへ来る人間が増えるぞ」

 

「正確な場所や住処は教えなくて構いません。希少な素材が出る。持ち帰った者がいる。その程度で十分です」

 

「それで来た奴を、お前が殺すのか」

 

「話が通じれば、追い返すこともありますよ」

 

「通じなければ?」

 

「先ほど、ご覧になったでしょう」

 

 ボリスの喉が動いた。

 

「……分かった。やる」

 

「よい取引になりそうですね、ボリスさん」

 

「私には、断る方が難しい取引だ」

 

「その上、儲かります」

 

「そこだけは認める」

 

     ◆

 

 七日後。

 

 ボリスは約束した場所へ戻ってきた。

 

 一人だった。

 

 荷車には、保存用の瓶、薬品、羊皮紙、魔法界の新聞、古本が積まれている。

 

 森へ入るための罠も檻もない。

 

「頼まれた物だ」

 

 古本には、魔法生物から得た素材の保存法と、簡単な防護呪文の理論が書かれていた。

 

 新聞は、英国と東欧のものが混ざっている。

 

 価格表には、薬草、角、毒、鱗、羽根の相場が市場ごとに記録されていた。

 

 鬼太郎は品を確認し、約束した金を渡す。

 

 ボリスには、アラクネの糸とズメイの鱗、乾燥させた薬草を渡した。

 

「これだけか」

 

「少ないですか?」

 

「いや。最初から大量に出せば、値が崩れる。これでいい」

 

「やはり、あなたを残した価値はありましたね」

 

「笑いながら言うことか」

 

 ボリスは素材を箱へ収めた。

 

「それから、情報が一つある。森の東で、生け捕り用の網と眠り薬を買い集めている連中がいる」

 

「密猟者ですか?」

 

「間違いない。酒場で、この森なら一度に稼げると話していた。三日以内に入るつもりらしい」

 

「何人です?」

 

「六人。杖持ちは二人だ」

 

 鬼太郎は地図を広げ、聞いた場所へ印をつけた。

 

「次に来るまで、近づかないでください」

 

「言われなくても行かない。私はもう、この森で狩りをする必要がない」

 

 ボリスは素材の箱を抱え、森の外へ戻っていった。

 

 姿が見えなくなってから、キーノが口を開く。

 

「森を守るんじゃなかったのか」

 

「守っていますよ」

 

「噂を流して、人を呼び込ませてる」

 

「敵がどこから来るか分からないより、情報を得られる方がよいでしょう」

 

「それだけじゃない」

 

 キーノは鬼太郎の顔を指した。

 

「その顔は、戦う相手まで向こうから来るって考えてる顔だ」

 

「これまでの付き合いで、随分と分かるようになりましたね」

 

「誤魔化すな。守ってるのか、餌にしてるのか、どっちなんだ」

 

 鬼太郎は、森の奥へ目を向けた。

 

 砦には物資が入る。

 

 森の者は、密猟者から守られる。

 

 ボリスは危険を冒さずに利益を得る。

 

 そして、森を荒らそうとする者は、鬼太郎の実戦相手になる。

 

「両方でも、問題はないでしょう?」

 

「ある!」

 

 キーノの声を背に、鬼太郎は地図を畳んだ。

 

 東の森。

 

 六人の密猟者。

 

 杖が二本。

 

 次に確かめるものは、もう決まっていた。

 

 

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