神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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白い髭は、境界で笑う

 

第六十九話 白い髭は、境界で笑う

 

 ボリスが知らせた六人は、森へ入って半日も経たずに消えた。

 

 東から入ることも、杖を持つ者が二人いることも分かっていた。

 

 彼らは獲物を探していたつもりだった。

 

 実際には、森へ踏み込んだ時から見られていた。

 

 ズメイが上空から位置を知らせる。

 

 アラクネの糸が、逃げ道を塞ぐ。

 

 鬼太郎が正面から杖持ちを撃ち、サーシェスが離れた場所から残りを崩した。

 

 最後の一人は武器を捨てたため、すぐには殺さなかった。

 

 誰に森の話を聞いたのか。

 

 どこへ素材を売るつもりだったのか。

 

 次に来る者はいるのか。

 

 必要なことを聞き終えた後、男は自分も噂を流すから助けてくれと頼んだ。

 

「一度、森の者を売ろうとした方の噂を、誰が信用するのでしょう」

 

 鬼太郎が尋ねると、男は答えられなかった。

 

 戦利品は砦へ運ばれた。

 

 死体は森の者へ渡された。

 

 東の道には、罠だけが残った。

 

 それも翌日には、跡形もなく壊されていた。

 

     ◆

 

 砦で暮らし始めてから、二週間あまりが過ぎた。

 

 その間に、鬼太郎は十歳になった。

 

 特別な祝いはなかった。

 

 キーノが町で買ってきた小さな焼き菓子を食卓へ置き、サーシェスが酒の瓶を一本開けただけだ。

 

 鬼太郎が礼を言うと、キーノは余ったから買っただけだと言った。

 

 店では一つずつ売っていたはずだが、それを指摘すると機嫌を悪くした。

 

 十歳になって三日目の朝。

 

 主棟の煙突から、細い煙が上がっていた。

 

 屋根の穴は塞がっている。

 

 台所には棚がつき、川から引いた水が石の槽へ流れ込む。

 

 北壁も半分まで積み直され、門は軋みながらも閉じるようになった。

 

 キーノは自分の部屋を得た。

 

 内側から掛けられる鍵があり、覗き穴も鉄格子もない。

 

 サーシェスの部屋は、本人がほとんど使わないまま、予備の弾薬と空の酒瓶が増えていた。

 

 鬼太郎の部屋には、机と本棚、それに武器を手入れするための台がある。

 

 まだ完成ではない。

 

 それでも、雨を避けて眠るだけの場所ではなくなっていた。

 

 その朝、若いズメイが見張り塔の上へ降りた。

 

「人間が来た」

 

 中庭で銃を手入れしていたサーシェスが顔を上げる。

 

「何人だ」

 

「一人。老人」

 

「武器は?」

 

「杖はある。隠していない」

 

 鬼太郎は本を閉じた。

 

「何をしています?」

 

「森の境で立っている。道を聞かれて、ここで待てと言った」

 

「素直な方ですね」

 

「俺なら、お前を案内した奴から疑うがな」

 

 サーシェスが立ち上がる。

 

「どんな爺だ」

 

「白い髭。長い服。目に小さなガラス」

 

 キーノが、ボリスから買った新聞の束へ目を向けた。

 

 一番上の紙面には、英国の記事が載っている。

 

 写真の中では、長い白髭の老人が半月形の眼鏡を直し、紙面の外にいるキーノを見返していた。

 

「こいつじゃないか」

 

 鬼太郎も写真を見る。

 

 アルバス・ダンブルドア。

 

 英国の魔法学校ホグワーツの校長。

 

 紙面には、現代でもっとも著名な魔法使いの一人と書かれている。

 

「学校の校長が、森へ何の用だ」

 

「伺ってみましょう」

 

 鬼太郎が〈ケストレル〉を腰へ収める。

 

 サーシェスは狙撃銃を取った。

 

「サーシェスさんも一緒に行くのですか?」

 

「俺は別の場所から挨拶する」

 

「撃つなよ」

 

 キーノが言う。

 

「相手次第だ」

 

「それを撃つと言うんだ」

 

     ◆

 

 白髭の老人は、大きな樫の木の下で待っていた。

 

 紫の長衣は森の中でひどく目立つ。

 

 泥を避ける気もないらしく、裾には土がついていた。

 

 片手に杖。

 

 もう片方には、小さな紙袋を持っている。

 

 鬼太郎とキーノが木々の間から現れると、老人は穏やかに笑った。

 

「おはよう。案内役の若い竜には、ここで待つよう言われての」

 

「正しい判断です。勝手に進めば、別の方が迎えに来ていたでしょう」

 

「ほう。それは、あちらで銃を構えている彼かね?」

 

 老人の目が、一瞬だけ右手の斜面へ向いた。

 

 木々と岩の向こう。

 

 サーシェスが選んだ位置だった。

 

「気づいてやがる」

 

 遠くから、小さな声が聞こえた。

 

 ダンブルドアの笑みが少し深くなる。

 

「耳もよい方のようですね」

 

「年を取ると、聞きたいものだけよく聞こえるようになるのじゃよ」

 

「便利な老化ですね」

 

「君も長生きすれば分かる」

 

 ダンブルドアは紙袋を開いた。

 

「レモン味の飴はいかがかね?」

 

 キーノが袋と老人の顔を交互に見る。

 

「知らない老人から食べ物を受け取るなと教わらなかったのか」

 

「残念ながら、教えてくれる方がいませんでした」

 

「なら今、覚えろ」

 

「もっともじゃ」

 

 ダンブルドアは自分で一つ取り、口へ入れた。

 

「これで毒見にはなるかの?」

 

「袋の中の全てが同じとは限りません」

 

「随分と慎重な子供たちじゃ」

 

「森へ菓子を持って現れる校長先生よりは、普通だと思いますよ」

 

 鬼太郎が言うと、ダンブルドアは愉快そうに目を細めた。

 

「顔まで知られているとは、名が売れすぎるのも考えものじゃな」

 

「新聞で拝見しました。アルバス・ダンブルドアさん」

 

「そして君が、墓場鬼太郎くんじゃな」

 

 鬼太郎の笑みは変わらなかった。

 

 だが、右手は〈ケストレル〉へ届く位置にある。

 

「どなたから聞きました?」

 

「家族の名を調べる方法は、一つではないよ」

 

「答えになっていませんね」

 

「年寄りは話が長くての。立ち話では、ますます長くなる」

 

 ダンブルドアは、鬼太郎たちの背後へ広がる森を見た。

 

「君の家へ招いてはもらえんかね?」

 

「拠点です」

 

「家だ」

 

 キーノが横から訂正した。

 

「では、その議論も中で聞くとしよう」

 

     ◆

 

 砦へ着いてからも、ダンブルドアはすぐに用件を口にしなかった。

 

 直された門。

 

 積み直している途中の北壁。

 

 屋根に使われたアラクネの糸。

 

 中庭を横切る森トロール。

 

 主棟の窓からこちらを見ているヴィーラ。

 

 一つずつ眺め、時には足を止める。

 

「随分と賑やかな家じゃ」

 

「拠点です」

 

「まだ言うのか」

 

 キーノが呆れる。

 

 見張り塔から下りてきたサーシェスが、狙撃銃を肩へ掛けたまま近づいた。

 

「菓子を持って森へ来る爺さんほど、怪しい奴はいねえな」

 

「菓子を持たず、銃を持って森にいる若者よりもかね?」

 

「俺は怪しいって自覚がある」

 

「それは何よりじゃ」

 

 ダンブルドアは笑った。

 

 サーシェスも口元を歪めたが、目は笑っていない。

 

 老人は、森を歩いている間、一度も足を滑らせなかった。

 

 枝に長衣を引っかけることもない。

 

 サーシェスの銃口が向いた時も、歩調は変わらなかった。

 

 鬼太郎は、それを見ていた。

 

 これまで戦った魔法使いとは違う。

 

 杖を抜く前に撃てるかという話ではない。

 

 撃つ瞬間を作らせてもらえるかどうか。

 

 確かめてみたいと思った。

 

 同時に、今ここで試す理由はないとも分かっている。

 

     ◆

 

 食卓へ着くと、ダンブルドアはキーノが淹れた茶へ砂糖を三杯入れた。

 

「入れすぎだ」

 

「人生には、甘いものが必要での」

 

「自分のだけにしろ」

 

 キーノは砂糖壺を遠ざけた。

 

「さて」

 

 ダンブルドアが鬼太郎を見る。

 

「君は、いつ魔法界を知ったのかね?」

 

「英国へ渡った後です。杖を持つ方と、仕事で会いました」

 

「穏やかな出会いではなかったようじゃな」

 

「仕事でしたから」

 

「その仕事で、何人ほど死んだのかの?」

 

「覚えていません」

 

「覚えられぬほどか、覚える必要がなかったのか」

 

「両方でしょうね」

 

 柔らかな問いだった。

 

 だが、世間話ではない。

 

 ダンブルドアは、森へ来た理由、砦を選んだ理由、魔法生物と結んだ契約、外へ品を流す方法を一つずつ尋ねた。

 

 鬼太郎も、隠す必要のないものは答えた。

 

 生前の世界。

 

 失った力。

 

 再び強くなる目的。

 

 それらは話さなかった。

 

「この森へ入った者を、今も殺しておるそうじゃな」

 

 ダンブルドアが言った。

 

 キーノが、僅かに姿勢を正す。

 

 サーシェスは椅子の背へ身体を預けた。

 

「全員ではありませんよ」

 

「毒、罠、檻を持つ者かね?」

 

「それだけとも限りません。何をするために来たかで決めます」

 

「捕らえ、森の外へ引き渡す道もある」

 

「どなたへ?」

 

 ダンブルドアは答えなかった。

 

 この森を守る魔法省の役人はいない。

 

 近くの町へ連れていけば、買収された役人か、別の仲間へ渡る可能性もある。

 

「彼らは、この森に住む方々を捕らえ、切り分けて売ります。僕は、それを排除する代わりに、情報と資源を受け取る契約を結びました」

 

「契約であれば、命を奪ってもよいと?」

 

「よいか悪いかは、考えていません。必要かどうかです」

 

「まだ十歳になったばかりの子が、決めるには重すぎることじゃ」

 

「年齢を理由に手を止めれば、代わりに森の方が死にます」

 

「それでも、殺さずに済む相手まで殺すべきではない」

 

「降伏し、二度と害を与えないと判断できるのであれば、使い道を考えます。ボリスさんのように」

 

「使い道、か」

 

「善意で助ければ、また来るかもしれません。利益で繋げば、戻る理由ができます」

 

 ダンブルドアは茶を一口飲んだ。

 

 その目から、先ほどまでの笑いが少しだけ薄れる。

 

「わしは、君のやり方を正しいとは言えん」

 

「言っていただく必要もありません」

 

「じゃが、放っておくつもりもない」

 

「止めますか?」

 

 鬼太郎の声は変わらない。

 

 サーシェスの指が、机の下で僅かに動いた。

 

 ダンブルドアは、また飴を一つ取り出した。

 

「その話をする前に、別の道を示しに来た」

 

     ◆

 

 鬼太郎の父は、英国の魔法族の血を引いていた。

 

 ダンブルドア家から遠く枝分かれした家系。

 

 魔法を使えないスクイブとして生まれ、魔法界の外で暮らした。

 

 ダンブルドアは、調べた家系図といくつかの記録を机へ置いた。

 

「つまり、僕とダンブルドアさんは遠い親戚になると」

 

「随分と遠いがの」

 

「それで、今になって何の御用でしょう?」

 

「もう少し、親戚らしい驚き方を期待しておった」

 

「驚けば、何か変わりますか?」

 

「わしの気分が少しよくなる」

 

「でしたら、驚いたことにしておきましょう」

 

 キーノが額を押さえた。

 

「二人とも、話を進めろ」

 

「もっともじゃ」

 

 ダンブルドアは咳払いを一つした。

 

「君は十一歳になれば、ホグワーツ魔法魔術学校へ入学できる。今日は、そのことを伝えに来た」

 

「学校には、どの程度の本があります?」

 

「まず尋ねるのが、友人でも授業でもなく本かね?」

 

「強い魔法使いもいますか?」

 

「質問が一つ増えたが、安心できる方向ではないのう」

 

「入学を考えるために必要です」

 

 ダンブルドアは白髭を撫でた。

 

「図書館は、君が一年で読み切れるほど小さくはない。教師も、それぞれの分野で優れた者を揃えておる」

 

「悪くありませんね」

 

「もっと子供らしく喜んでもよいのじゃよ」

 

「条件を確認する方が先です」

 

 鬼太郎はキーノを見る。

 

「キーノさんも入学できますか?」

 

 ダンブルドアの視線は、すでにキーノへ向いていた。

 

 砦へ入った時から、時折その顔と手元を見ていた。

 

「その前に、本人へ尋ねてもよいかの?」

 

「私に?」

 

「失礼を承知で聞くが、あなたは、ただの人間ではないようじゃ」

 

 キーノの目が鋭くなる。

 

「見ただけで分かるのか」

 

「全てではない。じゃが、年寄りは長く生きた分だけ、知っているものが少し多い」

 

 キーノは鬼太郎を見た。

 

 鬼太郎が口を開くより早く、言う。

 

「私のことは、私が話す」

 

「もちろんです」

 

「私は、人間と吸血鬼の混血だ」

 

 ダンブルドアは驚かなかった。

 

 ただ、眼鏡の奥の目が僅かに細くなる。

 

「やはり、そうか」

 

「それで、学校には入れないのか」

 

「簡単ではない」

 

 答えは曖昧ではなかった。

 

「魔法界で吸血鬼は、闇の生物に分類されておる。あなたは人との混血であり、完全な吸血鬼とは違う。じゃが、学校の規則に明確な前例がない。理事や魔法省、それに他の生徒の親が何も言わぬとは約束できん」

 

「難しいなら、難しいと言え。哀れむ必要はない」

 

「難しい。じゃが、不可能とはまだ言っておらんよ」

 

「私を入れるかどうかを、鬼太郎とあんたで決めるな」

 

「では、あなた自身はどうしたい?」

 

 キーノはすぐに答えなかった。

 

 自分の杖へ目を落とす。

 

 使えるのは、明かりを灯し、消す呪文だけ。

 

 読めない本も、知らないことも、まだ多い。

 

「学べるなら、学びたい」

 

「鬼太郎くんと一緒だからかね?」

 

「それだけじゃない。私が決めた」

 

「よい答えじゃ」

 

 ダンブルドアは頷いた。

 

「ただし、方法は考える必要がある」

 

「キーノさんが入学できないのであれば、僕も行きません」

 

 鬼太郎が言った。

 

「お前、私が頼んだみたいに言うな」

 

「頼まれてはいませんよ。僕がそう決めただけです」

 

「それが勝手だと言ってる」

 

「でしたら、僕だけ入学してもよいと?」

 

 キーノは黙った。

 

 顔を背ける。

 

「……それも腹が立つ」

 

「難しいですね」

 

「お前のせいだ」

 

 ダンブルドアが、楽しそうに髭の下で笑っていた。

 

「もう一つ、条件があります」

 

 鬼太郎が続ける。

 

「サーシェスさんも連れていきます」

 

「俺も学校へ通うのか?」

 

 サーシェスが笑う。

 

「制服を着たいのであれば、止めませんが」

 

「教師より先に生徒が逃げるぞ」

 

「それについては、わしも同意せざるを得んのう」

 

 ダンブルドアはサーシェスの狙撃銃を見る。

 

「成人した武装傭兵を、生徒と同じように城へ入れることはできん」

 

「でしたら、僕も行きません」

 

 鬼太郎は即答した。

 

 ダンブルドアの眉が僅かに上がる。

 

「交渉のための言葉かね?」

 

「いいえ」

 

「坊主。俺を理由に学校を蹴る気か」

 

「三人で同じ部屋へ住みたいという話ではありませんよ」

 

 鬼太郎は地図を机へ広げた。

 

 森と砦。

 

 ボリスとの受け渡し場所。

 

 魔法生物たちの縄張り。

 

「僕には、森を守る契約があります。学校へ入るからと、一年の大半を放置するつもりはありません」

 

「休暇には戻れる」

 

「それでは足りません。週末ごとに戻ります」

 

 鬼太郎はサーシェスを示した。

 

「サーシェスさんへ、砦とホグワーツ近辺を往復できるポートキーを渡してください。僕は週末に、それを使って帰ります」

 

「学校の防護を越えるポートキーは、簡単には認められん」

 

「校内へ直接入る必要はありません。学校の外に、決めた場所があれば十分です」

 

「サーシェスさんは、学校に拘束しません。買い手から依頼を受けてもよい。森で狩りをしてもよい。必要な時に、自分の判断で動ける状態を保ちます」

 

「俺の予定まで勝手に決めるなよ」

 

「自由にしてよいと言っているだけです」

 

「言い方が気に入らねえ」

 

「内容に問題がなければ構わないでしょう」

 

 ダンブルドアは三人を順に見た。

 

 鬼太郎は、自分だけを学校へ連れていく提案を受けない。

 

 キーノを入学させる。

 

 サーシェスを学校へ縛らず、しかし移動手段は持たせる。

 

 週末には森へ戻り、契約を維持する。

 

「戻って、また無法者を殺すのかね?」

 

「無法者がいれば」

 

「いなければ?」

 

「鍛錬、調査、読書。することはいくらでもあります」

 

「正直なのは美点じゃが、時には相手を安心させる答えも必要じゃよ」

 

「安心していただくために、嘘をつくべきですか?」

 

「……君との会話は、飴ほど甘くはならんようじゃ」

 

 ダンブルドアは紙袋から最後の一つを取り出した。

 

「それに、条件を出すのは君だけではない」

 

「伺いましょう」

 

「まず、学校の中で勝手に人を殺さないこと」

 

 サーシェスが吹き出した。

 

「最初の条件がそれかよ」

 

「一番先に確かめるべきことじゃと思わんかね?」

 

「相手が殺すつもりで来た場合もですか?」

 

「身を守ることまでは禁じん。じゃが、倒れて抵抗できぬ者へ、必要がなくなった後まで弾を撃ち込むことは認められん」

 

「必要かどうかは、誰が決めます?」

 

「学校にいる間は、教師じゃ」

 

「僕ではなく?」

 

「君ではなく、じゃ」

 

 ダンブルドアは最後の飴をまだ口へ入れず、指先で転がした。

 

「銃だけではない。君が杖を使わずに起こす炎や、相手の判断と心を乱す力も、生徒へ向けてはならん」

 

 鬼太郎の目が僅かに細くなる。

 

「その名前は、ご存じないようですね」

 

「名前があるのかね?」

 

「ええ。ですが、どなたから僕の力を聞いたのかが先です」

 

「噂というものは、森よりも広く、新聞よりも速く進むことがある」

 

「また、答えになっていませんね」

 

「年寄りの悪い癖じゃよ」

 

 笑っている。

 

 だが、ダンブルドアが自分について調べてから来たことを、隠す気はなくなったらしい。

 

「それから、他の生徒を森の仕事へ連れ出さない。借りや報酬で、密猟者狩りへ参加させることもじゃ」

 

「本人が望んでも?」

 

「在学中は、学校の許可を取る」

 

「面倒ですね」

 

「十一歳の子供を預かる場所は、面倒でなければならんのじゃ」

 

 ダンブルドアは次に、サーシェスを見た。

 

「君にも条件がある。許可なく学校へ入らない。生徒や教師を仕事の標的にしない。学校で知った情報を売らない」

 

「学校に忠誠を誓えってんなら断るぜ」

 

「求めるのは忠誠ではなく、契約を守ることじゃ。仕事の内容と報酬は、君自身と決める」

 

「俺を坊主の付属品として扱わねえなら、話は聞く」

 

「その点では、わしとキーノさんの意見も同じようじゃな」

 

 キーノが頷く。

 

「ポートキーを認めるとしても、行き先は砦と学校外の指定地点だけ。第三者へ貸さず、出発と帰還は知らせる。授業を休む理由にも使わせん」

 

「キーノさんが帰るかどうかは、本人が決めます」

 

「当然じゃ」

 

「私を勝手に置いていくことも決めるなよ」

 

「毎回伺いますよ」

 

「毎回、自分で決める」

 

「同じでは?」

 

「違う」

 

 鬼太郎には、その違いがまだよく分からなかった。

 

 ダンブルドアは、今度は笑いを堪えなかった。

 

「キーノさんの入学には、魔法を扱えることと、学校生活へ危険がないことを確認する必要がある。あなたの出自を、必要もなく他の者へ明かすつもりはない。じゃが、医療を担当する者には伝えねばならぬ場合がある」

 

「最初から化け物として扱わないなら、必要な確認は受ける」

 

「約束しよう。規則を破った時は、他の生徒と同じように叱られるがの」

 

「それでいい」

 

 条件が一つずつ、食卓へ置かれていく。

 

 最後に、ダンブルドアは鬼太郎へ戻った。

 

「森の外へ追い返せる者、武器を捨てて降伏した者まで、処刑しないと約束してほしい」

 

「必ずとは約束できません」

 

「理由を聞いても?」

 

「降伏が、生き残るための嘘である場合もあります。二度と害を与えないと判断できれば、生かすこともある。ですが、判断する前から全員を生かすとは決めません」

 

「ホグワーツは、その判断にも処刑にも協力せん」

 

「求めていません」

 

「学校の人間、物資、名前を、そのために使うことも認めん」

 

「学校のものを使わず、僕が自分で行うのであれば?」

 

「わしが認めたことにはならん」

 

「止められないことと、認めることは違いますからね」

 

「君は、そこだけ妙に聞き分けがよいのう」

 

「褒めていただけるとは」

 

「褒めてはおらんよ」

 

 キーノが、少しだけ満足そうな顔をした。

 

「キーノさんの入学。サーシェスさんの立場。学校外と、この砦を結ぶポートキー。どれも、今ここで簡単に頷ける話ではない」

 

「でしたら、入学しないだけです」

 

「本当に、惜しいとは思わんのかね?」

 

「本と強い魔法使いには興味があります。ですが、他で探せないとは限りません」

 

 ダンブルドアは、ようやく飴を口へ入れた。

 

 しばらく噛まずに転がす。

 

 やがて、目元へ柔らかな笑みが戻った。

 

「では、規則を破らず、少々曲げる方法を考えるとしよう」

 

「曲げすぎて折るなよ」

 

 キーノが言う。

 

「その加減には、長年の経験がある」

 

「自慢するところか?」

 

「校長には必要な技能での」

 

 ダンブルドアは空になった紙袋を畳んだ。

 

 条件は、まだ一つも決まっていない。

 

 だが、双方が何を譲らず、何なら話し合えるのかは見え始めていた。

 

 鬼太郎も、譲らなかった。

 

 森の中の食卓で、入学の話はようやく交渉になった。

 

 第六十九話 終

 

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